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第32話 ウンディーネの涙

「グレイフィール様……これは、いったいどうなってるんですか!?」


 時は移り、夕刻――。


 鏡の精によってグレイフィールたちのもとに呼び戻されたジーンは、目の前の異変に驚いていた。

 先ほどよりもあきらかに水量が増え、さらに嵐の日のように荒れ狂っている川。

 このままいくと、いまにも水が土手を乗り越えて洪水となりそうである。


「あのおじいさんが言ってた通りになりましたね……。でもどうしてこんな急に」


 老人の村人サムスが言っていた、「昼に砂金が盗られたら、夜には洪水になる」という話。

 しかしグレイフィールは、それを一笑に付すかのごとく言った。


「フッ、『どうして』などと……。そんなことはどうでもいい。とりあえず、洪水が起きなければいいのだろう? ならば 『洪水が起きる前に』この川の水をすべて、別の場所に転移させるまで」

「て、転移……ですか?」

「そうだ。どうせなら水のまるで無い【魔界の砂漠】あたりがいいだろうな」

「ま、魔界の砂漠に……?」

「おい、鏡!」

「はいはーい」


 グレイフィールが呼びかけると、すぐに魔法の鏡の精が移動してくる。

 ジーンはヴァイオレットの姿を見て笑顔になった。


「あ、ヴァイオレットさん! 来てたんですねー」

「ええ。吸血メイドちゃんもおかえり。お散歩楽しかった?」

「はい! 人間界で食事はしちゃだめってグレイフィール様に言われてるので、美味しそうな『光景』だけ味わってきました。うん、人間を見てるだけでもだいぶ満足しましたねぇ。うへへへへ……」

「あ……。そ、そう……」


 ヴァイオレットはやや引き気味でジーンの話を聞いている。

 だが、すぐにごほんと咳払いをすると、グレイフィールへ視線を戻した。


「ええとー、冷血王子様? 今の転移の話だけど……いったいどの程度、転移させればいいわけ? 具体的な水の量を言ってちょうだい」

「そうだな……。あの妙な魚がいなくなるまで、だ。それと、川の水の増加が起こらなくなったと確認できるまでやれ。最悪この川が干上がってもかまわん」

「干上がっても……? へえ、それは面白そうね」


 ヴァイオレットはくすりと笑うと、途端に全身を赤紫色に発光させはじめた。

 体中から魔力がほとばしっている。

 それに呼応するように、川の水がざわめきだした。みるみるうちにそれは鏡の中へと吸い込まれていく。


 ジーンとイエリーは、その様子に目を見開いた。


「す、すごい……ヴァイオレットさん、人だけじゃなくて、こういうのも転移させられたんだ……」

「ふーん。あの鏡の精さん、なかなかやるっスねぇ。もともとヤバそうな気配は感じ取ってたっスけど、まさかこれほどの力を秘めているとは……」


 しばらくすると、川は一筋の水すら流れなくなった。

 ヴァイオレットは得意そうにふんぞり返りながら、また鏡の表面に姿を現す。


「ふう。ま、こんなもんかしら~? 見事にからっけつよ」

「まあ……いいだろう」


 周囲を見渡したグレイフィールが、そう言って満足げにうなづく。

 その後、しばらく様子を窺っていたが、また水量が増えるということはなかった。グレイフィールはことが完全に収束したと判断する。


「これで洪水の危険はなくなったか……。では一旦帰ろう」


 言いながら、グレイフィールはパラソルと椅子(バカンスセット)をしまい、砂金がたっぷりと収納された『魔法のトランク』を持ち上げる。

 しかし、ヴァイオレットが突然あわてた声をあげた。


「あっ、あっ、ちょっとみんな~~~! さっきの川の水を転移させた先が、お、おかしなことになってるわ~~~!」

「おかしなこと、だと?」

「と、とにかく一回見に行ってちょうだい!」

「ええ……? もーなんなんですかぁ、ヴァイオレットさん……」

「あの……呪いは? みなさん呪いのこと、お忘れじゃないっスか? 呪いの危険性って……あの、まだなくなってないような……?」


 不安そうなイエリーも含め、一同は魔界の砂漠へと移動する。

 すると、そこには一つの大きな水たまりができていた。


「ふむ……転移させた水が吸収しきらなかった、か」


 魔界の砂漠はかなり広大である。

 大量の水を送っても、グレイフィールはすべてその砂の中に吸収されるだろうとふんでいた。

 しかし、現実は予想外となっている。


 よく見ると、水たまりのあちこちで例の魚が跳ねていた。

 さらにひときわ大きな魚が水たまりの中央で暴れている。


「あれは……」


 それは上半身が人、下半身が魚という、人魚のようななにかだった。

 その体もまた、他の魚同様スライムのように半透明となっている。


「……何なの、アレ?」


 ヴァイオレットが、鏡の中で腕を組みながら不思議そうに見ている。

 ジーンは隣のグレイフィールを見上げて言った。


「グレイフィール様、あれって魔獣……の類ではないですよね? もしかして……」

「ああ。あれはウンディーネ、だ」

「ウンディーネ!?」


 イエリーはその言葉に思わず強く反応した。


「ウンディーネってあの……いわゆる水の精霊、ってやつっスよね? 自分、初めて見たっス……」

「万物にはそれぞれ魂が宿る。精霊は……生き物ではないものに宿った魂のことだ。おそらくあれは、あの川に棲む水の精霊だ。あのような現象を起こしたのも、おそらくやつの仕業だ」

「グレイフィール様。まさかそれ……最初から気付いてたんですか?」


 ジーンはやれやれといったまなざしでグレイフィールを見ている。


「どうして、そう思う?」

「『だから』ここに転移させたのかなって、今思ったものですから」

「ふむ。それなりに頭が回るようだな、ジーン」

「だって。別に海でも良かったはずですよ? 転移先は。でもわざわざグレイフィール様はこの【魔界の砂漠】に移動させた。それはつまり……」


 グレイフィールは一歩前に進み出て、水たまりに近づいた。

 その先には暴れ狂うウンディーネとスライム状の魚たちがいる。


「そうだ。こやつを『滅する』ために、ここへ転移させた。海ではまだ水分がある。だがここには……ほぼ水分がない。よって、この場に転移させるだけで無に帰せると考えたのだ」

「やっぱり……。気付いたのって、いつからですか?」

「あの村人の話を聞いてからだな。川に神様がいると言っていた。その時に、もしやこれは精霊のたぐいの仕業ではないかとアタリをつけたのだ。案の定異変が起きて、確信に変わった。だが……私の予想よりもこの精霊ははるかに高位だったらしい。今も力がありすぎるせいか、こうして水たまりを形成するほどになっている」

「なら、ど、どうするんっスか!? 洪水は阻止できたけど……まだそいつ、生きているんスよね? も、もしや呪いってのも、こいつのせいだったり……」

「ああ、その通りだ」

「ひいいっ……!」


 グレイフィールの説明に、イエリーは顔が真っ青になる。


「……呪いも、こやつの力だ。おそらく、我々の体内の水分をどうにかするのだろう。この半透明の魚たちもそうだ。空気中から水分を集め、自分の魂の一部を宿すことで、こうした魚というかたちに留めているはずだ。だが……わからん」


 グレイフィールは眉根を寄せる。


「なぜそのようなことをするのか。その理由だけが不明だ。理由を聞かずともこの場で滅せられていたのであれば、訊く必要もないと思っていた。だが……まだ生きているのであれば、『呪い』は解けていない。ならば、そのための対策を早急に取らねばなるまい」


 辺りはゆっくりと日が暮れていっている。

 もし完全に夜となれば、なにがしかのスイッチが入って、呪いが完成してしまうかもしれない。

 その前に原因を調べて、呪いを解かなければ。


 焦る気持ちを抑えつつ、グレイフィールは水たまりに侵入し中央にいるウンディーネの側に行った。


「おい、ウンディーネ。水の精霊よ。なにゆえそう荒ぶっている。なぜ砂金を取られたらあのような暴挙に出るのだ」

『……!!』


 呼びかけに反応したのか、ウンディーネがその透明な顔をグレイフィールに向けた。


『あなたたち……許さないっ! あたしとあの人の絆を……思い出を……根こそぎ奪っていって……。それに、こんなところに勝手に移動させたりして。許さない!』

「あの人……?」


 バシャンと水の中に潜ったかと思うと、勢いよく飛び出して、ウンディーネはグレイフィールに体当たりしようとする。

 しかし、グレイフィールがぽつりとつぶやいたことで、直前で止まった。


『そう。あの人……。金鉱山が盛んだったときに、出会ったあの人。でも……金が出なくなったら、急にいなくなってしまって。あたしは、あの人に告白した。結ばれたのは一度だけ。でもその後すぐにいなくなってしまった。今どこにいるのかわからない。だから、あたしは、あの人との思い出だけで生きていたの。あのかつての思い出の象徴が、あの砂金。あれが無くなったら、あたし、あたしは……』


 そう言うと、ほろほろとウンディーネは泣きはじめた。

 半透明の体なのでよく見ないとわからないが、涙が頬からこぼれ落ちている。

 それは足元の水たまりに落ちて、スライム状の魚に変わった。

 あの魚はこうして生まれたらしい。


『あの人との絆を奪わないで……! わたしには、あの人しか、あの人しか……』

「あの人、か。そこまで想っているなら、そいつが今どうしているか、知りたくはないか?」

『えっ……?』


 グレイフィールは振り向くと、ヴァイオレットに自分の近くまで来るよう促した。

 ヴァイオレットは言われるまま、水たまりの上に移動する。


「はいはい、なあに? 冷血王子様~?」

「この鏡で見てみよ、ウンディーネ。お前の想い人がいるところを。これは魔法の鏡といって、好きな場所を見たり、その場に転移できたりするという便利なシロモノだ。そいつの側に、行ってみたくはないか?」

『そんな……まさか……』

「嫌ならいい。だがもし見てみたいのなら、そやつの元へ行ってみたいのなら、私たちの呪いを解け。これは交換条件だ」

『…………』


 ウンディーネはしばらく考え込むと意を決したように言った。


『わかった……。お願い!』

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