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第31話 スライムみたいな魚の出現

「ホントに洪水が起こるんスかね……? どう見てもこれから天気が崩れるようには、見えないんスけど……」


 川のほとりにしゃがんでいたイエリーが、空を見ながらそうつぶやく。

 だいたい洪水が起きる時というのは、尋常でないほどの豪雨が長期間続いた時と決まっていた。だが、今は雲一つない晴天だ。


 一方グレイフィールは、魔法のカバンから折りたたみ椅子とテーブル、そして日よけのパラソルを取り出して居心地の良い場所を確保しようとしていた。


「あーっ、ず、ずるい! ク……グレイ様だけ!」


 吸血鬼メイドのジーンが、それを目ざとく見つけて非難する。

 しかしグレイフィールは全く意に介さず、椅子の座り心地だけを確かめるとすぐにいつもの読書をしはじめた。


「バカ正直に立って待っていなくても良いだろう。お前はお前で、好きにしていろ」

「好きにって……。あのですね、だいたいこれ洪水が起きるまでどれくらいかかるんですか? 村人Aさん?


 くるりとジーンは村人Aを振り返る。


「それによってはわたし、超ヒマになるんですけど……」

「村人Aってな……。わしにも一応サムスという名前があるんじゃが。んー、そうじゃなあ……だいたい砂金がその日の昼に盗られたとしたら、その夜ぐらいじゃな。洪水が起こるのは」

「よ、夜!?」


 それって今からめちゃくちゃ待つじゃないですか! と吠えてから、ジーンはがくりとその場に崩れ落ちた。

 訊かれた方の老人はやれやれという目でジーンを見下ろす。


「それまで、ただ意味もなくここで待ってるっていうんですか……? そんな……そんなのっ、ヒマ過ぎて死にそう! あ、あのグレイ様? その間その採った金の加工をするっていうのは? しないんですか?」

「これか。いや、塔に戻ってからきちんと加工したい。よってここでは……何もすることがないな」

「そ、そんなぁ……」


 ジーンはまた深くうなだれる。

 グレイフィールはというと、砂金を収納したカバンを一度だけ見つめ、またすぐ紙面に視線を戻した。

 辺りはとてものどかであり、これから災害が起きるとはとうてい思えない。ジーンはとりあえず夜になるまでの間、村人A……もといサムスという老人に村の方を案内してもらうことにした。


「ということで、ちょっと行ってきますね……。あ、グレイ様、わたしが戻るまでなんかあってもすぐ解決しないでくださいよ」

「なぜだ?」

「なぜって、わたしはグレイ様のお目付け役なんですよ? 貴方様のご勇姿を見逃す、なんてことがあってはならないでしょう」

「だったらこの場から離れない方がいいのではないか」

「そういうわけにもいきません! もしわたしがヒマで死んじゃったらどうするんですか? グレイ様責任とってくれるんですか?」

「お前は、死なない。二重の意味でな」

「……」

「まあ、憶えていたら呼んでやる」

「ありがとうございますっ! じゃあ、夜になるまでに戻ります!」

「まったく勝手な……。いいか? くれぐれも『食事』はするなよ」

「はーい」


 そう言いながら、意味ありげな笑みを浮かべるジーン。

 グレイフィールは一抹の不安を覚えたが、例の約束を違えるくらいなら即また追い出せばいいと考え放置することにした。


「じゃ、行きましょう! おじいさん!」

「だからわしにはサムスという名が……」

「いいから早く早く!」


 老人と連れ立って去っていくジーンの背を見送る。

 ふと、グレイフィールはそのままイエリーの方を見た。すると彼は、背中の荷箱から一本の釣竿を取り出そうとしている。


「おや。釣りか?」

「ええ。自分もただ待ってるだけじゃもったいないんで。これでも釣りは上手い方なんスよ。見ててくださいっス!」


 そう言いながら、針にエサをつけてブンと川面に投げる。

 浮きがしずかに川下に流れていく……。

 しばらくおだやかな時間が流れた。

 小鳥がときどき美しい声で鳴き、爽やかな風がそよそよと吹き渡っていく。


 いつの間にか、垂らした糸がグイグイと引いていた。

 イエリーはハッとなって竿を引く。


「おっ、おおおっ!? こ、これは……大物の予感っス! もしかしてこの川のヌシ、じゃないっスか? も、燃えてきたっス~~~!」

「ほう……」


 意外な引きの強さに、俄然やる気を出しはじめたイエリーを、グレイフィールは好奇の目を持って見た。

 しばらく竿と格闘していたイエリーはついに大きな魚を釣り上げる。


「どっせい!」


 勢いよく魚が河原に打ちあがる。だがその魚は、どうにも奇妙だった。

 なぜかスライムのように半透明の体をしている。


「んんっ? なんか妙っスね。こんな魚……見たことないっス。グレイ……いや、もう誰もいないからいいか。グレイフィール様、こいつがなんだかわかるっスか?」

「なにやらスライムのようだな……」


 魔物図鑑を開いて、グレイフィールはさっそく当該の生き物を特定しようとする。

 だがそれはどこにも載っていなかった。

 見た感じ普通の魚である。水の中でなければ生きていけないのは一緒のようだ。スライムのように透明な体だが、固さはそれほど柔らかそうではない。陸で勝手に動き回るということもなかった。


「ううむ……。これはこの川だけに生息しているものか?」

「自分はよく釣りをするっスけど……こんな魚を見たのは本当に初めてっスね。他の人に聞いても、たぶん同じこと言うと思うっス。新種、っスかねえ」

「魔界でもこんな生き物はいないな。そうか……新種、か」


 ぴちぴちと河原の石の上で跳ねている魚は、しだいに動かなくなっていった。

 そして、完全に息の根が止まった瞬間。

 バシャン、と四散して水に変わる。


「なっ!」

「ええっ?」


 グレイフィールとイエリーは同時に驚く。


「なっ、なっ……い、一瞬で消えたっスよ。魚!」

「そうだな。私も今それを見た。どういうことだ……。水……に変わったのか?」


 濡れた周囲の石を見て、首をひねるグレイフィール。

 だが、横を見るとなにやら川に異変が起き始めていた。

 バシャバシャバシャバシャと川面が激しく波打っている。


「さっきまで穏やかだったのに、いったい何が起きている? ……鑑定」


 そう言うと、グレイフィールは左目に装着した片眼鏡(モノクル)に触れた。

 片眼鏡が魔力を帯び、紫色に発光する。


「ふむ……。なかなか面白いことになっているな」


 グレイフィールは、川の中にたくさんの魚がいる風景を見た。

 その魚はすべて、さきほどのスライムのような半透明の魚だ。

 そのため普通ではそれを視認することはできない。だが鑑定をすることによってはじめて、川面が波打っている原因がわかったのだった。


「な、なにかわかったんスか?」

「ああ。あの魚が、川にたくさんいる。異常な程な。そしてそれは今も増殖中のようだ……」

「ええ? あの魚って、今自分が釣り上げた変な透明のやつのことっスか?」

「そうだ。このままでは川の水よりも魚の方が多くなってしまうだろう。そうなれば、いずれこの魚たちはみな死ぬ」

「ど、どうしてこんなことに……」

「知らん。だがこれを放置すればさきほどの老人が言った通り、夜には付近に水があふれるだろうな」

「そんな……」


 バシャバシャと川は怒ったように荒れ狂いはじめている。

 グレイフィールは何かを思いつくと、虚空に向かって呼びかけた。


「鏡よ、鏡! 聞こえるか?」

「はいはーい。なにかしら~。あれ? 吸血メイドちゃんがいないけど、どっか行ったの?」


 鏡の精ヴァイオレットが、グレイフィールたちのすぐそばに鏡ごと出現する。

 だが、キョロキョロとあたりを見回してジーンがいないことにすぐに気付いたようだった。


「ああ、あいつは今近くの村に寄り道をしている。いますぐここに連れて来てくれ」

「それは……いいけど。砂金は? もう採取できたの?」

「もう採った後だ。だがひとつ問題が起きてな」

「問題?」

「そうだ。これからここで洪水が起きるのを止めなければならなくなった。お前の力を貸してもらう」

「え? アタシ?」


 ヴァイオレットは自分を指さして、きょとんとした顔をする。

 こうして洪水を食い止めるための作戦が始まったのだった。

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