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第26話 怪しい魔道具量販店

「えっとー、ここみたいッスね」


 壊れたケトルを持ったイエリーが、そう言って大きな建物を見上げる。

 そこはハザマの街の中心地に建っている、三階建ての魔道具量販店だった。

 

 イブに聞いたところ、自動湯沸かし器(ケトル)はこの店で買ったらしい。


「自分はここに来るの初めてっス」

「そうなのか?」

「ええ。自分の仕事で手いっぱいで……いつかゆっくり見に来ようと思ってたんスけどね。今日まで忘れていたっス!」

「普通、道具屋として同業者の視察ぐらいしておくものだろうに……まったく商売っ気のない奴だな」


 あははと笑いながら言うイエリーに、グレイフィールは呆れ顔になる。

 とはいえ、グレイフィールもここを訪れるのは初めてだった。

 いきなり中に突入してもいいが、まずは入り口付近の様子をみることにする。


 何人かの客がひっきりなしに出入りしていた。

 扉は常に開けっ放しにしてあり、ドアボーイなどはいない。

 出入り口の左右には大きな窓があって、そこには主力商品と思しき魔道具が数点ずつ、中に並べられていた。


 グレイフィールは窓に近寄って中の商品を覗き込む。


「鑑定」


 そう言って、また左目にかけていた片眼鏡モノクルに触れる。

 するとそれぞれの魔道具の中身が透けはじめ、魔力がどのように流れているのか、またどのような仕組みになっているのかが手に取るようにわかるようになった。


「ふむ……ここにあるものもすべて、あの一年の時限装置がついているようだな」

「ええっ!? 本当ですか、グレイフィール様! じゃあ……」

「ああ。あれは購入後に何者かに細工を入れられたわけじゃない。買う前からすべて、仕組まれていたということだ。これは問題だぞ」


 ジーンにそう説明をしていると、店から一人の客がまろび出てくる。


「おい、いい加減にしろ! これで三回目だぞ! すぐに壊れるようなもん売りつけやがって! こっちも商売でやってるんだ。いつ壊れるかわからんもんを売られちゃ、困るんだよ!」


 客はそう言って、後から出てきたキツネ顔の女店員に食ってかかっている。


「お客様。保証は一年以内となっております。それを越えた修理は有償で行わせていただきますと、先ほどもご説明申し上げたはずですが……」

「何が保証だ! 有償つったって、ほとんどこれを買ったのと同じ値段じゃねえか! 冗談じゃない、もうここで買い物なんかするか。インチキ商売しやがって」

「インチキとは心外ですね。多くの方が当店を利用なさっているのですから、もう少し言い方に気を付けていただかないと……」


 そう言って女店員が手を叩くと、奥から屈強な体つきをした男の店員が二人出てきて、客の両腕をがっちりとつかんで店の裏へと連れていこうとする。

 客は悲鳴をあげた。


「うわっ、なにをしやがる! やめろ! 誰か、助けてくれえ!」

「おい、ちょっと待て」


 そこに、グレイフィールが声をかけた。


「ん、あなたは?」

「通りすがりの魔道具技師だ。その客の商品、連れて行く前に私に少し見せてみろ」

「……?」


 キツネ顔の女店員はわずかに首をかしげたが、目で合図すると男たちに客を離させる。


 客は男たちの手から逃れると、これ幸いとグレイフィールの元へと駆け寄って来た。

 そして、持っていたケトルを渡してくる。


「な、なんだかわからねえが、ありがてえ。これだ。これが急に壊れちまって。あんた、これを直せるのかい」

「さあな。とりあえず、同じものをこちらもちょうど持ってきている。同じ不具合なのかどうか確認させろ」

「あ、ああ……」


 グレイフィールはまた左目の片眼鏡モノクルに触れ、鑑定を行う。

 紫色に光ったレンズが、さきほどと同じように原因となるものを映し出した。


「やはり、これもか……」

「どうした、原因がわかったのか?」

「ああ」

「そうか。なあ、もし可能なら、これ、あんたが直しちゃくれねえか。俺はここからちょっといった通りで喫茶店を開いてる者なんだが、急にこれが壊れちまったもんでな、とっても困ってるんだ。普通のケトルはこないだ全部処分しちまったし……。修理費は一万エーンぐらいまでなら出す、だから頼む!」

「……」


 グレイフィールは客の男の必死な頼みに、首を振った。

 ちらりと女店員を見るとにやりと笑っている。


「ふふふ。そうですよねえ、たった一万エーンで修理だなんてふざけているにもほどがありますよ。その自動湯沸かし器(ケトル)はもともと五万エーンもするんです。とても複雑な作りですし、魔道具技師のあなたならそれを修理する手間がどれだけかかるかわかるでしょう。さあ、そういうわけで、あなたも諦めて、二度とインチキなんて呼ばないようあちらで誓約書を書いて――」

「待て。誰が一万エーンで修理するか。こんなもの百エーンで直してやる」

「え?」


 女店員がもう一度客の男を諭そうと近づいた時、グレイフィールはそう言って周囲を驚かせた。


「な、な、百エーンですって? あなた何を言っているの?」

「タダでだっていいくらいだが……さすがにそれでは私の腕が泣くのでな。さあ、どうする、喫茶店の男よ。直すのか。それともあの女の元に戻るか?」


 グレイフィールは目の前で狼狽えている女店員を無視して、客の男に交渉を持ちかける。

 男はポカンと口を開けていたが、いそいそと懐から銀色のコインを一枚取り出すと、グレイフィールに手渡した。


「少ねえと思うが、あんたがそれでいいってんならそれで頼む!」

「わかった」


 言うが早いか、グレイフィールはそれを預かり、右手に魔力を集中させて男の持っていたケトルに触れた。グレイフィールの右手は紫色に輝き、人差し指と中指、そして親指から三本の輝く爪のようなものが伸びる。

 そしてその爪はケトルの中に音もなく侵入し、やがて中から小さな四角い黒い箱を取り出した。

 さらにそれを手の中で握りつぶす。


「これさえなくなれば、また動くはずだ」

「ほ、本当か」

「ああ」

「帰って使ってみねえとわからねえが……本当なら助かった。ありがとうな、魔道具技師の兄ちゃん!」


 そう言って、喫茶店の男が去っていく。


「な、な、な……」


 キツネ顔の女店員は目の前で起こったことが信じられないといった様子だった。

 わなわなと体を震わせて、屈強な男の店員たちとともにおびえている。まさか原因となっている部分の部品を正確に摘出されるとは思わなかったのだ。


 グレイフィールは意味ありげな視線を女店員たちに送った。

 あえて何も言わない。

 さきほどの部品が何なのかも、どうやって直したのかさえ。


 でもそれで十分だった。


「お、おい、うちにもその店で買ったけど、すぐに壊れた魔道具があるんだが……」

「う、うちにもよ!」

「なあ、いくらでも出すから、うちのも直してくれ」

「うちのも頼む!」


 そう言って周囲の通行人たちがわらわらとグレイフィールの近くに集まってくる。

 その人々の顔を見渡して、グレイフィールは一言だけ言った。


「だから、百エーンでいい」

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