第24話 道具屋アリオリ
「さ、お二人ともこちらっス」
大通りから一歩入った路地裏に入ると、こじんまりとした一軒の店が見えてくる。
軒先には、「道具屋アリオリ」と書かれた看板がかけられていた。
「ただいまーっス」
開け放たれたドアからずかずかと中に入り、ワーウルフのイエリーは店の奥へと声をかける。
「おおー、なんじゃ犬っころ。もう帰ってきおったのか?」
姿は見えないが声だけは聞こえてくる。
年老いた男性の、しわがれた声だった。
「店長! 犬っころって、その呼び方はやめてくださいっス! 今お客さんが来てるんスから!」
「んん? 客じゃと?」
ひょこっと、声の主が勘定台の棚越しから顔を覗かせる。
それは、長い白髪を後ろでまとめた小柄な老人だった。
店内には、鉱石や薬草、辞書や地図、また、つるはしなどの作業用具、鍋などの食器や日用品、その他ありとあらゆるものが山となって積まれている。
その間を縫うようにして、イエリーの後をついていっていたグレイフィールだったが、いざ人間を目の前にすると警戒した。
「ううーん? なんじゃ……妙な御仁たちじゃな」
「……!」
勘の鋭そうな老人に、グレイフィールはさらに身をイエリーの後ろにひそませる。
「ちょっと、グレイフィール様!」
ジーンが見かねて声をかけた。
「ここまで来たんですから! じゅる……もっと堂々と、胸を張ってください! じゅるり……お一人じゃなく、わたしたちもいるん……ですから」
しかしよだれをしまうので精一杯のようだ。
「そ、そうだな……」
若干引きつつ咳払いをすると、グレイフィールは改めてイエリーの後ろから現れた。
「ふふ。いかにも私は――」
「で、犬っころ。この御仁たちはいったいどんな用でいらっしゃったんじゃ? お前がわざわざ連れてきたということは、きっと特別な用件なんじゃろ?」
「ま、まあ、その通り……なんスけど……」
「ん? どうした」
名乗ろうとしたところを華麗にスルーされて、グレイフィールはひくひくと口元を引きつらせていた。
それを恐ろしげに見やりながら、イエリーは苦笑いをする。
「い、いやあ! イブが直接お礼がしたいっていうもんで! それでその――例の薬草を採取して下さった方々をお招きしたんスよ!」
「何? 例の薬草、じゃと……?」
はて、と首をかしげた老人だったが、すぐに何かを思い出したらしく居住まいを正した。
「ハッ。あ、あの<流星の花>か! ということは、この方たちがイブのことを……」
そこまで言うと、老人はすぐさま作業台を飛び越えて、グレイフィールたちの前に膝をついた。
「こ、このたびは! うちの孫娘のために貴重な薬草を集めていただきまして、本当にお礼のしようもございません! 私めはここの道具屋の店主をやっております、アリオリ・オリオという者です。どうぞ、お見知りおきを……」
老人はそう言って頭を下げながらひれ伏す。
「アリオリ……」
表の看板は、どうやら老人がそのまま自分の名前を冠したもののようだ。
グレイフィールはゆるやかに瞑目すると言った。
「店主。私は、グレイ……。……グレイだ。こちらは私の助手のジーンと言う」
思わず本名を名乗りかけてしまったグレイフィールだったが、とっさに縮めた名を告げた。だが、ジーンの方には考えが及ばなかったようで、そのまま本名を紹介してしまう。
ジーンはなんで自分だけ?というように、抗議の目でグレイフィールを見た。
しかし、訂正されることはなかったのでしかたなくそのまま「合わせる」ことにする。
「じ、ジーンです……。よ、よろしくお願いします」
「ほっほっほ。グレイ様にジーン様ですな。お二人は、冒険者で? それともそこのイエリーと同じ、薬草や鉱物を採取するハンターで――」
「いや」
職業を尋ねられ、グレイフィールはきっぱりと首を振る。
「店長。このお方は……魔道具技師っス」
「魔道具技師?」
そこにイエリーのフォローが入り、店主の老人はイエリーに耳を傾ける。
「そうっス。ウチにこのあいだ、何点かすごい魔道具を入荷したじゃないっスか。あれを作ったのは全部、このお方たちなんスよ」
「このあいだの……。ああ、あれか。そりゃあすごい!」
「魔道具を作るついでに、その材料も集めたりする人たちなんス」
「なるほど……。とにもかくにも、本当に感謝いたしますですじゃ。ではさっそく、そのイブを呼びましょう。イブ、イブ!」
納得した老人は、店の奥の方に声をかけた。
すると、軽やかな足音が聞こえてきて、ひょっこり小柄な少女が顔を出す。
「なあに、おじいちゃん」
「なあにではない。お前にお客さんじゃぞ」
「お客さん……?」
栗色のやわらかそうな髪を、うしろで長いおさげにしている少女だった。
長いこと病を患っていたせいか、肌が真っ白い。しかし血色の好い頬をしている。
少女は目をぱちくりとさせるとグレイフィールたちを見た。
「イブ、キミが会いたいと言っていた、薬草をとってきてくれた方々っスよ。グレイ……様と、ジーンさんっス」
「あ、あなた様方が……」
イエリーからの紹介を聞くと、イブはグレイたちの方に駆け寄ってきた。
そして思わず手を取り、目に涙を浮かべて言う。
「本当に……ありがとうございます! あの薬草のおかげでわたし、こんなに元気になりました! ずっと諦めていたけれど、もう一度こんな健康な体を取り戻せて……とっても幸せです。ありがとう……ございます!」
「……」
グレイフィールは熱くお礼を言ってくるイブに対して、何も反応できなかった。
そもそも母親以外の人間と、触れあったのも初めてである。
体と顔の表情が固まったまま、グレイフィールはじっと少女の顔を眺めているしかなかった。
「グレイ……様、グレイ様!」
「はっ」
ジーンが見ていられずに声をかけると、グレイフィールはようやく金縛りが解けたようになり、あわててイブの手を振り払う。
「そ、そのような礼を……言われる筋合いはない。私はやるべき仕事をこなしただけだ。それに今日は、どのような効果がでているのか、実際に確かめに来たのだ」
「ふふ」
グレイフィールの言い分を聞いたイブは、思わず笑い、それからイエリーの方に目くばせをした。
「イエリー、あなたのお知り合いってどんな方々かと思ったら、とっても謙虚な方々なのね。今お礼はいいって言われただけど、それじゃわたしの気が済まないわ。ああ、せめてお茶をお出しさせてください。美味しいお菓子もあるんです。さあ、こちらへ!」
そう言って、店の奥に案内される。
グレイフィールとジーンたちはイエリーと顔を見合わせると、言われるままイブのあとを付いていった。




