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第10話 ワーウルフの商人との再会(3)

「これは……<流星の花>、か?」


 その薬草は厳重に、小さな円柱状のガラスケースの中にしまわれていた。

 見た限り完全に乾燥しており、複数の黄色い花とくすんだ色の葉が、か細い茎にくっついている。


 グレイフィールとともにそれを覗き込んでいたジーンは、不思議そうにつぶやいた。


「流星の……花? これ、ただの草じゃないんですか?」

「いや。あらゆる病を治す、とても珍しい薬草だ」

「あらゆる病を治す!?」

「そうだ。不死のお前にはまるで縁のないものだろうがな。これは魔界でしか見つからない、しかも発芽する条件がかなり限られている植物だ」

「これ……魔界だけの植物なんですか」

「ああ、私が見た文献ではそうだった。おいイエリー、これをいったいどこで手に入れた」


 薬草を見下ろしながら、グレイフィールが訊ねる。


「えっとー、これはっスねえ……。何年か前に魔界に入ったときに、たまたま見つけたものなんス。でももう……これが最後の一つになっちまいました。ちなみに、売り物ではないっス」

「売り物ではない?」

「はい。薬にするには数が足りないんスよ。だからこれは、自分が標本として持ってるだけのものなんス」

「……では何故、これをここに出した」

「えっ」

「売り物でないものをわざわざこの場に出した。その意図はなんだ?」

「そ、それは……」


 商人のイエリーは言いよどむと、急に真面目な顔つきになった。


「実は……自分はこの薬草をずっと探しているんス。人間の知り合いに……どうしても病気を治してやりたいやつがいて……。でも、その薬を作れるほどの量はなくて。博識なグレイフィール様なら、この薬草の、他の生育地とかをご存知なんじゃないかと思って……」

「……」

「わ、悪かったっス! 普通に訊けばいいとこをこんな……試すような真似をして! でももしご存知だったら、どうか教えてほしいっス!」

「……」

「だ、駄目っスか?」


 不安そうに見上げてくるイエリーを、グレイフィールはどこか冷めた気持ちで見つめていた。


 私情だ。取り引きとはまったく関係がないことだ。


 そう思うが、イエリーにとっては今日が千載一遇の機だったということもまた理解できた。

 きっと藁をもすがる思いで、ついこのような行動に出てしまったのだろう。


 それは、今のグレイフィールもまったく同じ状況だったからだ。

 グレイフィールでさえ、久しぶりに訪れたこの機を無駄にするまいと懸命になっていた。それを、命がかかった者のために待ち望んでいたとあれば、より必死になるというものだろう。


「やっぱり失礼、だったっスよね……。魔王のご息子様であられるグレイフィール様に、こんなやり方……。本当、申し訳なかったっス」


 イエリーはそう言って、<流星の花>を荷箱に戻そうとした。

 だがそれを、グレイフィールは止める。


「待て。その薬草は、あとどれほどあればいい」

「えっ……?」

「薬にするにはあと、どれほどの量があればいいかと訊いている」

「え……ひゃ、100グラームぐらいあれば、いいっスけど……。な、なんで……」


 急にグレイフィールからそんな質問をされ、イエリーは戸惑いをみせた。

 だが、側にいたジーンはすぐにピンときて、叫ぶ。


「ぐ、グレイフィール様? まさか――!」


 そして徐々にその目をきらきらと輝かせはじめた。


「も、もしかして……その薬草を探しに行こうとしてるんですかっ!? グレイフィール様が。ね、そうなんですかっ?」

「い、いや……! その薬草をもし知っている者がいたら、こいつに教えてやろうとだな……」

「またまたぁ。いまグレイフィール様、絶対探しに行く気でしたよね? ご自分で。それで見つけてさしあげようと……。ってやっぱりそれって、人間のため(・・・・・)だからですか?」


 最後の方はまわりに聞かれないよう小声でささやいてくる。

 誰にもバラすな、と以前約束させられたことをジーンは忠実に守っているらしかった。


 しかし、グレイフィールは顔をしかめ、ひときわ威圧的な声で言う。


「……おい、見当違いのことを言うな。私はただ――」

「はいはい。えへへっ」


 しかし、ジーンにはその効果はまったく無く、相変わらずどこ吹く風であった。


 そんな中、イエリーはよろよろと立ち上がり、嬉しそうにつぶやく。


「ああ、そんな……。ほ、本当っスか? グレフィール様が直々に探してきてくれるなんて……嬉しすぎるっス。自分は満月の晩しか魔界に入れないっスからね。そうしてくれるならものすごく助かるっスよ! もしたくさん見つけられたら、お礼の方は目一杯させていただくんで、よろしくお願いしますっス!」

「あ、いや……その、だな……」

「うわ~、グレイフィール様さすがです~! これでまた一歩、魔王として前進しましたねっ!」


 なぜだかジーンは、そう明後日の方向に断言してくる。

 そういうつもりはまったく無かったが、グレイフィールはもう何も言わないでおいた。


 一方イエリーは、どこか遠くを見つめながら何事かをうわごとのように呟いている。


「ああ、あの子も……病気が治るってわかったらきっとすごーく喜ぶっス~。まさかまた、ここに呼ばれるとは思ってもいなかったっスからね。こりゃあ自分にも運が向いてきたっスよ~。そうだ! もしグレイフィール様が予想よりたくさん採ってきてくれたら、あそことあそこにも高く売りつけて……へへへっ」

「……」


 さすが商人の端くれ。波に乗れるとわかったら、どこまでもその可能性を信じて次の手を打とうとする生き物である。

 グレイフィールはなかば呆れつつも「どうしてこうなった!」と、また思わずにはいられなかった。口の端がピクピクと引きつっているのを自覚する。



 他に買うものも無いので、グレイフィールは取引を一旦終了させた。

 イエリーは、「また連絡してくださいっス~」と言いながら、ヴァイオレットの鏡を通過してまた人間界へと帰っていく。


 イエリーが帰ったあとには、もとからいた三名(?)だけが残された。


「あーあ。あーんな安請け合いしちゃって~。ホント、冷血王子様ったら人間が大大だーい好きなんだからぁ……」


 鏡の精ヴァイオレットが、そんな皮肉をグレイフィールに投げかけてくる。

 吸血メイドのジーンは、それを聞いてハッと顔をあげた。


「え? あ、あの、ヴァイオレットさん……もしかしてグレイフィール様の秘密……ご存じなんですか?」

「え? なになに? 秘密って。なんのことぉ?」


 グレイフィールの秘密。

 それは、「魔王の息子でありながら、人間と友好的にかかわりたいと思っている」ということであった。


 それをヴァイオレットはきょとんとして聞いている。

 一方、グレイフィールはまずいことを知られた、という顔になっていた。

 その二人の顔を見比べ、ジーンはさらにハッとなる。


 そしてとてとてと、足早にグレイフィールに近づくと語気を強めて言った。


「グレイフィール様? だからあの時ああ言ったんですね? 『魔族では』って!」

「……っ! な、なんのことだ」

「とぼけないでくださいっ」


 グレイフィールはとっさにしらばっくれた。

 だが、もうほぼバレてしまっているようなものだった。ジーンの追及は続く。


「他にも言った人がいたかってことですよっ!」

「なになにぃ、だから何のことよぉー?」

「ヴァイオレットさんはちょっと黙っててください!」


 ヴァイオレットは面白そうな雰囲気を察して首を突っ込んでこようとする。

 しかし、ジーンはそれをぴしゃりと止めた。


「ねえ、そういうことだったんでしょう? グレイフィール様!」

「くっ……」


 歯噛みをし、グレイフィールはさらに顔を背ける。

 あんな恥ずかしい口止めをしたにもかかわらず、他にも話した者がいたとあっては恰好がつかない。


 しかしジーンは<転移>を使ってまで、グレイフィールの前へと回りこんできた。

 グレイフィールは何度も顔を背けようとするが、相手は諦めない。


 やがてグレイフィールはついに観念した。


「ああっ……もうわかった。そうだ! 鏡と……あとさっきの商人も、厳密に言えば<魔族>ではない。だからそいつらだけは除外していた。お前にそれを言うとまた面倒になると思ったからな。う、嘘はついていなかったであろうが!」

「たしかに。嘘、じゃなかったですけどね。でも……え? 今なんかさらっと大事なこと言いませんでした? あ、そうだ。バイオレットさんだけじゃなく、イエリーさんも……知ってた? ええっ、そうだったんですか!?」

「ああ……」

「なあんだ。それならそうと、早く言ってくださいよー」

「……なに?」


 ジーンはまたあっけらかんと言うと、右手の人差し指を立てた。


「だったら、これでより魔王様になりやすくなりましたよね!」

「はっ?」

「ヴァイオレットさんやイエリーさんも協力者だった、ってわかったんです。なら、グレイフィール様のやりたかったことにも、より近付きやすくなったってことですよ。いずれはこのまま魔王様に……ってのも夢じゃないですね!」

「……」


 いったいどこからその自信が湧いてくるのか。


 だが。

 そうかもしれない。

 そうなれるかもしれない。

 いや、魔王には決してならないが。


 今まであえて自身から離して考えていたことが、もう一度手の届く距離になった。

 そんな気がした。


 人間たちと魔族とがもう一度仲良く交流し合える日が。

 来るかもしれない。実現できるかもしれない。


 それはたしかに、言われた通りだと思った。協力者がいるならば……と。


 魔法の鏡と、人間との橋渡しをしてくれる商人。

 そしてこの吸血メイド――。


「いや」


 グレイフィールはそこまで思うと、強く首を振った。


 間違うな。違う。このメイドだけは、ただ単に自分の仕事をまっとうしようとしているだけだ。あくまで自分のために行動しているに過ぎない。


 鏡や商人は誰の傘下でもない身分だが、このメイドは……父親の息がかかった者なのだ。

 信用するな。


 グレイフィールは深呼吸をすると、もう一度静かに宣言した。


「私は絶対に、魔王にはならん!」

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