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侯爵令嬢の恋と魔法  作者: 弓原 真紀
9/23

起床

投稿が長らく空いてしまいました。申し訳ありません。

少し短いですが、新たに投稿いたします。

「いやああああああああああ!」


はっとして飛び起きると、そこは常に変わらないアルベルティーヌの部屋だった───。


と言いたいところだが、ここは王宮の貴人専用牢である。重みを感じて目線を下に向けると、右の手首には魔法が使えないようになる鎖が巻きついていた。

アルベルティーヌは、何度目かになるため息を盛大に吐いた。元はと言えば、誰が悪いのか。少なくとも佳奈ではないことはご承知いただけるだろう。となると、やはり転生前のアルベルティーヌか。だが、それも微妙に違う。

ああ、「血の呪い」さえなければ。

ここ数日、アルベルティーヌは父親が自分の放った魔法に倒れるシーンで目が覚める。

いくら「血の呪い」の影響で「ブラックアルベルティーヌ」になってしまったとはいえ、自分自身がやったことに変わりはない。未だに意識が戻らない父を思うと、胸が張り裂けそうだった。

どうしよう…もしも、もしもお父様が亡くなられてしまうようなことがあったら…。

アルベルティーヌだけが路頭に迷うのならさほど問題ではない。しかし、マチルダを筆頭とした家人たちまでも迷惑を被るのはアルベルティーヌの矜持が許さない。


ガチャリ、という音がして何とも言えない表情のギデオンが部屋に入ってきた。

彼が今回の件において一抹の後悔を抱いているのなら、それは彼の誤解に過ぎない。


「家に帰って静養していろとの沙汰が下ったよ。緘口令が敷いてあるから、情報が漏れることはない。安心して休むといい」


佳奈が目覚めたのは、あの日の出来事から丸二日経ったあとだった。それまでギデオンやロイス、シルヴィアは死に物狂いで偽装工作に奔走してくれたらしい。

自分のせいで危うく命を失いかけたというのに、何と親切で愛すべき友人たちなのかと、アルベルティーヌは心から感謝した。

また、アルベルティーヌが知らないところでギデオンはあの令嬢と婚約を解消していた。


「お父様の体調はどう? お目覚めになった?」


何しろ、ブラックアルベルティーヌの魔法を直に、生身の身体に受けたのである。

アルベルティーヌの目が覚めた時、ラファエルはまだ意識不明の重体だった。カジミールが応急処置をしてくれたというが、それでも後遺症が残る可能性があるという。「血の呪い」が発動している時、アルベルティーヌは自我を失うらしい。誰であろうと気に障ったものは徹底的に潰すスタイルなのだ。でなければ、さすがに身内の情けというか、たった一人の肉親にあれほど強力な攻撃を仕掛けたりはしない。ましてや、相手は魔法を行使できない状況にあったのだ。

もはや、冷酷、残忍としか言いようがない。


「目は覚めたが、意識がまだ朦朧としている。幸いにも元々の魔力が回復を促しているみたいで、後遺症が残る可能性は低いそうだよ」


「本当に? 良かったわ。お父様に何かあったらどうしようかと思っていたの」


心底、安心した様子のアルベルティーヌを見てギデオンは胸をなでおろした。

元のアルベルティーヌに戻っているか心配している節があったのだが、これなら問題なさそうである。アルベルティーヌは自分のやったことの記憶はあるらしく、半狂乱になってしまったのだ。食事も満足に取らず、たった七日のことなのに随分と痩せてしまっている。


「ルポンヌにも、もうすぐ復学できるはずだ」


話題を変えようとギデオンはそう言った。

ところが、アルベルティーヌは寂しそうな表情をして首を横に振った。


「ありがとう、ギデオン。でもね、私、ルポンヌには戻れないわ」


「僕たちの努力を水に返すつもりなの?」


笑いを含んでギデオンは言ったが、アルベルティーヌは悲しそうに淡く微笑んだ。


「本当にごめんなさい。でも、私は二度と学院には行かないわ。血の呪いがいつ再発するのか分からないというのに、皆を危険に晒すわけにはいかないもの。それにね、そんな危険性を孕んだ人間が国政に携わってはいけないのよ」


「血の呪いが、もう二度と再発しないことだってあるだろう。アルベル、君の魔法は隠しておくにはもったいない」


食い下がったギデオンにアルベルティーヌはとどめを刺した。


「ありがとう。でも、ごめんなさい、ギデオン。可能性が1%でもある限り、私は何があっても表に立つつもりはないのよ。官僚になるつもりもないし、結婚もしないわ。これ以上、セルディックの血を繋いじゃいけないの」


アルベルティーヌの決然とした様子にギデオンは言葉を失った。

彼女の長年の夢であった官僚になるという夢を捨て、周囲を危険に巻き込むセルディックの血筋を絶やすために生涯独身を貫くという。彼女は大の子供好きである。いつか働きながらでも大事に育てるのだと、誇らしげに語っていたのがギデオンの脳裏に鮮やかに蘇る。

現実とは何と残酷なのだろう。

ギデオンは彼女があまりにも哀れに思えてならなかった。それでも良いのかと訊けば、アルベルティーヌは即答するだろう。

私がそれを望むのだ、と。

彼女の強い正義感と自制心、そして罪悪感が彼女が幸せになるのを拒む。彼女が心の底で何を望もうと、彼女の理性がそれを猛烈な勢いで跳ね返す。


「さ、この鎖を早く外してちょうだい。魔法が使えないと、身体が重くて仕方ないわ」


アルベルティーヌはにっこりと笑って言った。まるで何事もなかったかのように、全てを吹き飛ばすくらい、爽やかで清々しい笑みだった。


***


それからまもなくして、アルベルティーヌは一人、姿をくらました。どれほどロイスやレオナルドが優秀な人材を派遣しても。どれほどシルヴィアやギデオンが探しても。

彼女はとうとう見つかることはなかった。


ギデオンは一番の成績でルポンヌを卒業し、闇と時を司る部署に配属された。ロイスとシルヴィアもそれぞれ優秀な成績を修めた。

そんな彼の元にはたくさんの求婚であふれた。しかし、それを開くこともなく彼は常に何かを追っていた。言うまでもないだろう。



アルベルティーヌである。

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