血の呪い
投稿が遅くなって申し訳ありません。
引き続き、「侯爵令嬢の恋と魔法」を宜しくお願い致します。
アルベルティーヌから出てくるおどろおどろしい何か、に気づいたのはシルヴィアだけではない。
それは、ロイスもギデオンも同じだった。鉄が磁石に引き寄せられるように、強く見えないものが彼らをアルベルティーヌの元へ向かわせた。
ロイスとギデオンが現着し、アルベルティーヌを目にした時、シルヴィアは既に呑み込まれていた。一体、何の魔法が作用したのか全く理解することができなかった。当たり前だ。この魔法が解明されたことは未だかつて、ただの一度もないのだから。
「シルヴィア嬢、離れろ!」
呆然と立ち竦むシルヴィアを一喝すると、ギデオンはアルベルティーヌの元へ駆け寄った。ギデオンが近づいても、アルベルティーヌは微動だにせず、顔を俯かせたまま立っている。焦ったそうな様子でギデオンが彼女に触れようとしたその時、ギデオンは後ろ向きに弾き飛ばされた。
「一級魔導師を呼んでくる」
そう言い残して、シルヴィアと共にその場を去ろうとしたが、二人は何かに阻まれた。バチッという音が鳴り、シルヴィアの長い髪に先端が焦げた。ロイスは目を大きく見開き、シルヴィアは腰を抜かす形でその場に崩れ落ちた。ギデオンが慌ててアルベルティーヌに駆け寄り、止めようとするも再び弾き飛ばされた。
「どういうことだ…」
あまりのことに言葉を失う一同の前で、アルベルティーヌはゆっくりとその場で一回転した。ふふふ、という不気味な笑い声が響き、アルベルティーヌが顔を上げ、にっこりと微笑み、思わず身の毛がよだち、戦慄させる声で言った。
「初めまして、皆様」
***
本能的に何かを察知したラファエルは、カジミールを伴って王立学院に来ていた。
先ほどから異様な魔力を発する娘に、彼は戦慄した。姿を隠すために隠密魔法を使っているのだが、アルベルティーヌの視線は間違いなく、ラファエルを捉えていた。
まさか───血の呪いが解き放たれたのか。
アルベルティーヌの持つ血の呪い。それは、闇の魔力、及び時の魔力に関係するものだ。もしも、時の魔力が彼女自身に対して発動している場合、ラファエルはアルベルティーヌを失う可能性は十分にあった。
ラファエルは、アルベルティーヌがあの日を境に、何故あれほど人格が変わったのか知っていた。それは、ラファエルの母、すなわちアルベルティーヌの祖母、及び彼の妻であるセシリア、そう、つまりアルベルティーヌの母が、アルベルティーヌと同じ現象に陥ったからである。
ラファエルの母、エリザベートはセルディック家の女当主であった。婿養子がラファエルの父であるので、セルディック家に伝わる血の呪いは、エリザベートにも受け継がれていた。エリザベートがこの状態に陥ったのは、ラファエルの父が病で亡くなってから数年後のことだった。ある日突然、母は今までの記憶を全て失った。当然、ラファエルのことも覚えていない。医師に見せたところ、原因不明なので何もすることはできない、と言われた。それでも諦めきれなかったラファエルは、家の書物という書物を全て読み漁った。すると、代々の当主が残していた(当主以外の者が読めないように封印されていた)日記を発見した。そこには、血の呪いの影響を色濃く受け継いでいる者に関わる重要な記述が多く見つかった。結果、ラファエルは母の病(血の呪いによるもの)の原因を解明するに至った。それが「転生」である。この世界の者では無い人間が、ある日突然、転生して生者に乗り移る(この言い方には微妙な齟齬があるが、他に的確な言い方があまりないのでこう表記する)のだ。
アルベルティーヌが突然変異を起こしたのは、別人に転生されたからなのではないか、という考えに行き着くのにも時間はさほどかからなかった。幸い、アルベルティーヌは魔法を愛する賢い少女に成長したし、むしろ転生前より、遥かにラファエルとは仲が良くなったので、この世界のことを教えこむだけでよかった。しかし、常にアルベルティーヌの血の呪いが再び封印されるのか、それも気がかりだった。血の呪いは、どうやら一定の周期で封印されたり、解放されたりするらしい。それは個人差があるため、詳しいことはよくわかっていない。
「ラファエル、これは?」
厳しい顔つきのカジミールは、一分の隙もなくアルベルティーヌを凝視している。
「…分からない」
「セシリア夫人にも、同じようなことは?」
カジミールの放った予想外の発言に、ラファエルは動揺した。
「いや…彼女の生家は既にないし、彼女自身に何かあるというのは聞いたことがない」
と、無難に返答した。何故、嘘をついたのか自分でもよく分からなかった。
カジミールは、まだ納得していない様子だが、ラファエルの動揺を誤解したらしく、以後は追及してこなかった。
「セルディックの血の呪いは?」
「私が当主になる前に、母がああなってしまったから、詳しいことは聞けていない。それに、私は血の呪いの影響をほとんど受けていないから、どのような症状が出るのかもよくわからない」
ラファエルがそう言うと、カジミールは小さく舌打ちした。
「とりあえず、この囲いのようなものを何とかしないと。殿下の御身になにかあれば、責任をとるのではすまないぞ」
「しかし、下手に行動して、アルベルティーヌを触発するのも良くない」
どうにもこうにも動かない状態がしばらく続いた。「囲い」の中にいる三人も、訳がわからない上に魔法を行使できないようであった。
「…ギデオンの所為なのか」
ぽつり、とカジミールが呟いた。
「どういうことだ?」
「ほら、伯爵令嬢と婚約しただろう」
「…どうなのだろう。アルベルティーヌは何とも言っていなかったから」
二度目の沈黙が訪れた。今は講義の真っ最中であるから生徒はいないが、そう遅くないうちに人が現れる確率は高い。ロイスの危機だと言えば一も二もなく、すぐさま憲兵が駆けつけるだろうが、それはセルディック家の血の呪いを公にするのと同じ事だ。下手をすれば、アルベルティーヌは一生、監視される可能性だってある。ここは何としても、アルベルティーヌを落ち着けて事を収めたいのだ。
しかし───その緊張は呆気なく破られた。
コツコツ、と足音を響かせながら階段を下りてきたのは、一人の少女であった。毒々しいほど鮮やかなピンク色のドレスをまとった、妖艶な雰囲気の少女は、ギデオンを見るなり足を速めた。隣でカジミールが顔を顰めたのが分かった。
「まあ、お義父さま」
可愛らしい声でその少女はカジミールに礼をした。ラファエルには目もくれない。
「ギデオン様が、いきなりお教室を出て行かれたと聞きましたので、こちらへ参りましたの」
にっこりと微笑みながら、その少女はアルベルティーヌたちのいる方を向いた。だが、その惨状を顔色一つ変えず、ねっとりとした口調で言葉を発した。
「酷いわ。ギデオンさまを傷つけるなんて、信じられない」
あからさまにアルベルティーヌを蔑む声で、その少女は言った。
「全く、これだから嫌われるのですわね」
アルベルティーヌは、その少女に方を見ようともせず、ただ静かにギデオンと対峙していた。しかし、それが少女の癪に障ったらしい。ラファエルが止める前に、少女はアルベルティーヌに向かって魔法の放った。
バチッという音がして、「囲い」が火花を散らした。しかし、アルベルティーヌは見向きもしない。何回かそれを続けるうちに、少女はムキになっていった。ラファエルとカジミールが止めようとするも、先ほどから身体が重くて動かない。
どういうことだ…?
少女の放つ魔法がとうとう派手になった時、アルベルティーヌが鋭い視線を少女に向けた。同時にギデオンがその方向へ目を向けると、愕然とした表情になった。
「カッサンドラ」
それを見た少女は、満足そうに、にんまりと口元を歪めた。
「うるさい子犬は、お黙りなさい」
囲いを消したアルベルティーヌが傲慢に言い放つと、少女の顔色が見るからに変わった。醜悪に歪めた顔は、みるみるうちに赤くなり、ぎりぎり逸れたものの、アルベルティーヌの真横を鋭利な何かが通過していった。
「はっ!なにが子犬ですって?あたくしが子犬なら、あんたは負け犬よ!今更のように、あたくしのギデオンさまに近づかないで!」
数秒間、アルベルティーヌはその少女を見つめていた。そして、おもむろに片手を少女へと向け、優雅な笑みを浮かべながら二言三言、呟いた。
「ごめんなさい。でも、貴女が先だったのよ」
何をしようとするのか、少女が理解した時、魔法は鮮やかに放たれた。
だが───それを受けたのは、咄嗟に走り出したラファエルであった。
***
自分に魔法を放った少女を攻撃する直前、ラファエルは本能的に走り出した。
娘を挑発した少女を守るためではなく、最愛の娘を守るために、だ。
もしも、その魔法が少女にまともにあっていたならば───。間違いなく、アルベルティーヌは罪人となって、王宮の地下牢に繋がれただろう。
へなへなとその場に座り込んだ少女の目の前で崩れ落ちたのは、鮮血で胸を汚したラファエルだった。アルベルティーヌは驚いたように目を見開いたあと、怒りに顔を歪ませてラファエルを睨んだ。
更に魔法を放とうとしたが、それはカジミールによって牽制された。それでも、アルベルティーヌは暴れてそれに抗おうとするのをやめない。
「離せ、この愚か者!私の邪魔をするな!」
次の瞬間、アルベルティーヌの魔力が増幅するのが目に見えて分かるのと同時に、カジミールは応援を要請した。
駆けつけた要請部隊は、血を流して倒れているラファエルと、異様な魔力をほとばしる少女を見た途端、詳しくはわからないまでも、ある程度は状況を汲み取ったらしい。アルベルティーヌを囲むと、じりじりとその間を縮めていく。さすがに分が悪いと判断したのか、アルベルティーヌは、黒い煙と共に姿をくらました。