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侯爵令嬢の恋と魔法  作者: 弓原 真紀
6/23

クリスマスダンスパーティー

それから暫くして、季節は冬になった。

ルポンヌの教室の暖炉では火の精が勢いよく木を燃やしていた。もう時期、クリスマスを迎えようとしているのだが、アルベルティーヌは少し気鬱であった。

毎年、ルポンヌの生徒は王宮のクリスマスパーティーに招待されるのが慣わしで、今年も例外ではなかった。

王宮のクリスマスパーティーはとても楽しい。美味しい食事が並び、一流の楽隊が音楽を奏で、様々な魔法が披露される。貴族とはいえ、国王が直々に招待した信頼の置ける者たちばかりなので、これ見よがしな嫌がらせを受けたことはない。問題は、パーティーの初頭にあるダンスだった。アルベルティーヌは、誰か一人をパートナーに決めなくてはならない。ロイスと組むのは以ての外だが、ギデオンや級友と組むのも、あまり気乗りはしない。本音を言うと、レオナルドをパートナーにしたいのは山々だが、王子をパートナーにした貴族令嬢は、ほとんど婚約者として見なされる。官僚として働くつもりのアルベルティーヌとしては、懸念がある。


「ああ、どうしよう…」


アルベルティーヌが呟くと、隣の席に座っていたシルヴィアがクスッと笑った。あの後、彼女とアルベルティーヌは色々あって、今では友人となった。


「アルベル、私に遠慮しないでギデオン様をパートナーに選ぶべきよ」


シルヴィアが何を言いたいのか、アルベルティーヌには理解できかねる。

妖艶でありながらも、婀娜っぽさというものをまるで感じさせない清廉されたシルヴィアをパートナーにと望む男は少なくない。いや、それどころか虎視眈々と狙っているのだ。


「どうして皆、ギデオンを推すの?」


アルベルティーヌがそう言うと、シルヴィアは顔を引き攣らせた。


「アルベル…。貴女、残酷ね」


「どういう意味?」


ラファエルもギデオンをパートナーにしたらどうか、と勧めてきた。アルベルティーヌが訳を問うと、シルヴィアと同じように顔を引き攣らせた。殿下に相談したら、苦笑されて、僕と組まないかと言ってきたので、聞こえないふりをして引き下がった。


「ギデオンは素敵よ。だからこそ、私が組むべきじゃないわ」


「ギデオン様は、貴女に誘われるのを待っていらっしゃるのよ。お誘いを片っ端から断られているらしいわ」


シルヴィアの言葉にアルベルティーヌは瞠目した。


「まさか。今回のパートナーは公爵夫人となる可能性のあるギデオンが……あ」


アルベルティーヌは自分で言った言葉に、その意味を気づかされた。

ギデオンが自分を選ぶのは、未来の公爵夫人を見極めたいのではないか、という的違いもほどがある見解に辿り着いたのだ。


「そうね、そうだわ。私、ギデオンをパートナーに選ぶわ。そうしたら、うん、そうよ」


勝手に一人で納得したアルベルティーヌが、どういう風に勘違いしているとは分からぬシルヴィアであっが、まさか、ギデオンが自分に好意を抱いていると全く理解していないのであるとは、露ほども思っていないだろう。


「ねえ、アルベル。貴女、ギデオン様をどう思っているの?」


恐る恐る訊いたシルヴィアに、アルベルティーヌは首を傾げた。そして、躊躇いもなく言った。


「もちろん、友人よ」


シルヴィアはアルベルティーヌのあまりの鈍感さに、ギデオンを不憫に思わずにはいられなかった。


「…本当に?」


「嘘をつく必要なんてないでしょ」


アルベルティーヌはそう言い残すと、ギデオンがいるであろう庭へと足を運んだ。


***


庭で読書をしていたギデオンは、衣が草を擦る音で背後を振り返った。


「アルベルティーヌか」


「ギデオン、少し良いかしら。話があるの」


いつになく改まった口調ではあるものの、相変わらず、態度だけはくつろいでいる。アルベルティーヌは何の断りもなく、ギデオンの隣に腰掛けた。


「クリスマスパーティーで、私のパートナーになってほしいの」


アルベルティーヌが何の語弊もなく言い放った言葉に、ギデオンは目を丸く見開いた。


「アルベル、それは…」


「どういう意味かは分かっているわ。でも、安心して」


「本当に?」


「もちろんよ。気にしなくて良いわ」


「いや、気にするも何もないが…」


微妙に話が合っているものの、二人の意味はもちろん違っている。

アルベルティーヌは、ギデオンと結婚するつもりなんてさらさらない。あくまでもギデオンの友人として、彼の助けになろうと言っている。一方のギデオンは、とうとうアルベルティーヌが公爵夫人として自覚を持つべく、パートナーに自分を選んでくれたのだと思っている。


「とにかく、クリスマスの夜、迎えに来てね。待ってるわ」


悠然と微笑むアルベルティーヌの意味合いは、非常に難しい。ギデオンがその気になるのも無理はなかった。じゃあね、と言ってその場を離れて行くアルベルティーヌを見て、ギデオンは嬉しそうな笑みを浮かべた。


***


ダンスパーティを前にアルベルティーヌは、シルヴィアを家に呼んでドレスの選考をしていた。衣装屋が運んできた型のサンプルを選び、色、生地、装飾も全てオリジナルにするーという離れ業を簡単にこなすシルヴィアほど、アルベルティーヌはドレスへの執着はない。どう考えても、一流のデザイナーが製作したドレスの方が素敵だし上品だ。王室御用達の高級ドレスメーカー、CHOUETTE(シュエット)の一級品の中から吟味するというのは、なかなかの難題であった。

何故か。どのドレスも息を呑むほど、美しいのだ。結局、シルヴィアのお眼鏡にかなった、アイボリーの絶妙なバランスでドレープが組み合わされたAラインドレスを選んだ。ウエスト部分には繊細な細かい宝石で飾られ、肩の部分は柔らかなレースで覆われている。靴は神秘的な雰囲気のする、銀色のハイヒール。その上に、ふんわりとチュールをまとえば、もう完璧である。

プリンセス、と言っても過言ではない。


「アルベル、貴女、本当に美しいわ」


シルヴィアはうっとりとため息をついた。


「絵の中から出てきたプリンセスみたいよ。ギデオン様も未来の花嫁のお披露目にぴったりだって思われるわ」


シルヴィアが何気なく言った言葉は、興奮しているアルベルティーヌに届かなかったのは、不幸中の幸いなのか、否か。


「シルヴィア、髪はアップにした方が良いわよね?」


「そうね、それがいいわ。変に編まずに、軽くポニーテールで結んで、白い薔薇を飾ったら素敵よ」


楽しそうに顔を見合わせて喜ぶ二人は、無邪気で、まだ、あどけなさを残していた。


***


クリスマスダンスパーティ当日。アルベルティーヌはシルヴィアの提案に少しアレンジをして、清楚だが華のある仕上がりを見せた。マチルダは感激のあまり、おいおいととどめなく涙を溢れさせ、ラファエルは我が娘の美しさに思わず笑みを零していた。

アルベルティーヌが王立学院に入学して以来、ラファエルは忙しくなった。家に帰らない日も増え、アルベルティーヌと共に食事をすることすらも難しかった。アルベルティーヌも勉強やら何やらで忙しく、ましてや、ダンスパーティのための準備は予想外に多くて父と言葉を交わす時間もなかった。

黒い外套を羽織り、磨かれた大理石が敷き詰められたエントランスホールの椅子に腰掛けたアルベルティーヌは、迎えに来るギデオンを今か今かと待ちわびていた。恐らく、今までで一番、ギデオンに会いたくて仕方がなかった。


「アルベルティーヌ」


ガチャリ、と音が響いてギデオンが姿を現した。黒いタキシードに身を包み、その上に外套を羽織っている。黒鳥の羽がついた帽子には、うっすらと雪があった。

アルベルティーヌがギデオンに見惚れているのと同じくして、ギデオンもアルベルティーヌに見惚れていた。


「すごく…良いね」


詰まったものの、ギデオンは甘い響きを声に含ませて言った。


「ありがとう、ギデオン」


にっこりと笑うアルベルティーヌの頬は、うっすら紅く染まっている。化粧を施し、一段と大人びているアルベルティーヌは、見る者の心を一瞬にして捉えるのは、まず、間違いないだろう。

ギデオンは静かにアルベルティーヌに歩み寄ると、優しくアルベルティーヌの手を取り、甲にそっとキスをした。


「行くか」


馬車まで優雅にエスコートするギデオンは、アルベルティーヌが今まで見ていたギデオンとは、全く違った。男の色香を漂わせている。

不意にアルベルティーヌの心臓が、とくん、と鼓動した。


「どうした?」


ギデオンの一挙手一投足に見惚れる自分自身におろおろしながらも、アルベルティーヌはギデオンの(かたわら)に控えられることができるのを、心から嬉しく思った。


雪の降る夜道を、馬車は心地よい音を響かせて進む。王宮の正門をくぐり、会場へと着いた。既に人が続々と到着しており、アルベルティーヌは緊張してきた。高揚する気分を抑えようとするが、ギデオンを見るたびに、それは消えていった。


「ド・シャロンジェ公爵令息、ギデオン様とセルディック侯爵令嬢、アルベルティーヌ様。どうぞ中にお入りください」


係りの者に案内され、アルベルティーヌはギデオンにエスコートされながらホールへ足を踏み入れた。純白だ大理石の上に、赤いカーペットが引いてある。氷の彫刻や、巨大なツリー、美味しそうな食事が並んでいる。

アルベルティーヌはそちらへ行きたくて仕方なかったが、まずはダンスホールへ行くのが決まりだ。

案の定、ギデオンの周りには公爵夫人に選ばれようと華やかな色合いにドレスで着飾った令嬢や、娘を嫁がせようと企む少し押しの強い貴婦人たちが、砂糖を求めるアリの如く群がってきた。隣にいるアルベルティーヌは、いち早くロイスとレオナルドが救出してくれたので難を逃れたが、そうでなければ、折角のドレスが台無しになるところであった。


「アルベルティーヌ、本当に、君は誰よりも綺麗だよ」


「ありがとう、レオナルド様」


ロイスは、白い式典服を着ている。それが、白馬の王子様そのものでありすぎて、アルベルティ―ヌは一瞬、本当に失神しそうなほどだった。対照的に、レオナルドは黒い式典服を着ている。パリッとした少し控えめな装いは、第二王子にふさわしいものだった。

二人とも、本当に美形であり、ギデオンと並んでも全く見劣りしないであろう。レオナルドに関しては、アルベルティ―ヌが好意を寄せるくらい、人格者でもある。


「アルベルティ―ヌ、ここにいたのか」


ほうほうの体で逃げ出してきたギデオンは、明らかに不満の色をにじませていた。何故か、ギデオンは昔からレオナルドを警戒して、一緒にいるのを好まない。


「やあ、ギデオン。今夜だけはアルベルティ―ヌを独り占めできるね」


レオナルドもギデオンに対抗意識があるらしく、さっそく喧嘩腰だ。


「残念ながら、これからはずっと、という表現が正しいですね、殿下」


「何を言っているのかな?アルベルは君の所有物じゃないんだよ」


レオナルドが強気に言うと、ギデオンは軽く一蹴した。


「アルベルティ―ヌは私の妻になりますから」


ん?今、信じられない言葉を聞いたぞ?ロイス様もニコニコなさってるし…?


「まだ分からないよ。たかだかパートナーに選ばれたくらいで」


「ほう、たかだか、ですか。随分と自信がおありのようですが」


バチバチと、火花が飛び散ったように見えた。

だが…それどころじゃない!


「別に僕は、この場でアルベルを婚約者としてもいいんだよ」


信じられない言葉がレオナルドから炸裂した。当のアルベルティ―ヌは茫然とするしかない。


「残念ですが、殿下。少し遅かったようですね。私はアルベルティ―ヌから“覚悟はできている”と直に言われたのですよ」


レオナルドとロイスが、同時にアルベルティ―ヌを見た。ロイスの瞳は好奇心で輝いているものの、レオナルドは叱責するような目つきだった。

ななな何よ、二人揃って!!!さっきからとんでもないことばっかり言うし!!

アルベルティ―ヌが困惑していると、ホールに高らかにファンファーレが鳴り響いた。


「両殿下、ここにおいででしたか!早くお席にお戻りください!陛下がまもなくいらっしゃいます!」


従者に追い立てられるようにして玉座近くの席に戻るレオナルドの顔に、悔しそうな表情が一瞬だけアルベルティ―ヌも視界に入った。しかし、瞬きののちには、いつもの「王子」の顔に戻ってしまっていた。


***


ダンスが終わると、アルベルティ―ヌはレオナルドに話しかけることはできなかった。令嬢のダンスの相手をするのに忙しい様子であったからだ。一方のギデオンも、先ほどからずっと黙りこくってしまっている。


「ギデオン、さっきのレオナルド様のお言葉ってどういう意味だったの?」

「レオナルド様が私を想ってくださっているってことなの?」

「婚約って、婚約よね?間違いないわよね?」


いくらアルベルティ―ヌが問いかけても、ギデオンはつれない返事を返すばかりだ。いや、返事というよりも、適当に相槌を打っているだけで、ますます機嫌が悪くなっているように思えた。

アルベルティ―ヌは、仕方なしに席を外すことにした。


「あそこにあるバニーユ、食べてみない?ついでに紅茶をとってくるわ」


離れていこうとするアルベルティ―ヌの腕を、ギデオンは掴んだ。

突然のことに、思わず裾を踏みつけそうになったアルベルティ―ヌは、振り返って見たギデオンの表情に呆気にとられた。


「ギデオン…?」


「君はレオナルド様が好きなのか?」


好きだ。

好意を抱くくらいなのだから、間違えようがない。


「僕の妻に、なるのにか?」


「妻?」


驚きを顕わにするアルベルティ―ヌを見て、ギデオンはその秀麗な顔を歪ませた。


「僕をからかったのか」


ギデオンの絞り出すような声に、アルベルティ―ヌは自分がどこかでギデオンを傷つけたことを悟った。


「ギデオン」


おそるおそるアルベルティ―ヌが訊くと、ギデオンは、はっきりと傷ついた表情をしていた。


「私…よくわからないけど、ごめんなさい。貴方を傷つけたのね」


「よくわからない、だって?」


ギデオンは怒ったように言った。

なぜ怒られるのか分からず、困惑気味の様子であるアルベルティーヌが、さらにギデオンの怒りを煽った。


「本気で言っているのか」


「何をそんなに怒っているの?」


心底、不思議そうに言うアルベルティ―ヌを見て、ギデオンは得体のしれないものを見るような目つきになった。


「なによ、その目は」


むっとしてアルベルティ―ヌは言った。


「何が、だって?おいおい、アルベルティ―ヌ、ふざけないでくれよ」


心なしかギデオンの口調も普段と違っていた。


「ふざけてなんていないわ。失礼ね」


「そうかい。なら君は僕の妻になるつもりはないとでも言うのか?」


「あるわけないじゃない。だって、貴方が他の令嬢を見極めるために協力してるだけだもの」


「他の令嬢を見極める、だって?じゃあ、君の〝覚悟〟っていうのは何だ?僕と結婚するための〝覚悟〟じゃないのか?」


「なんですって?!」


アルベルティ―ヌは大声をあげた。ギデオンが言ったことが信じられなかった。


「ああ、通りで話が通じないわけだ」


半笑いを浮かべて絶望的な表情をしたギデオンは、頭を抱えながら天を仰いだ。


「ギデオン、まさか貴方、私のことが好きだとでも言うつもりじゃないでしょうね?!」


「いいや、そのまさかだよ。だって僕は…」


「嘘よ」


茫然自失に陥っているアルベルティ―ヌに、ギデオンは悲しそうな表情になった。


「君は…ずっと前から僕の気持に気づいているのかと思っていたよ」


アルベルティーヌには去っていくギデオンを引き留めることが出来なかった。ただ、そのまま、彼の背中を見つめていた。

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