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侯爵令嬢の恋と魔法  作者: 弓原 真紀
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レオナルド

ロイス様を探し出すと豪語したものの、はっきり言って自信はない。慌てて引っ掴んだ呪文集から捜索魔法を探し出したのはいいが、残念ながら使用するには探している人の持ち物が必要だという。

アルベルティ―ヌは、ロイスからまだ何かもらったことはない。そこで引っかかったのは城の捜索隊のことだった。王宮には、もちろんロイスの持ち物があるに決まっている。それなのに、未だ見つからないというのはどういうことだろう。呪文集は数か月前にマチルダに頼んで購入してもらった新しいもので、一級魔導士ともあろう彼らが知らないはずがない。

胸騒ぎを覚えたアルベルティ―ヌは、急いで箒を王宮へと向かわせた。



アルベルティ―ヌを追ったものの、ギデオンは、途中で彼女を見失ってしまった。信じられないテクニックで箒を操り、大人顔負けのスピードで飛行する彼女は別格だ。いくら特訓されたとはいえ、まだまだ追いつかない。

ふと王宮の方を見ると、東の塔から火の手があがっていた。考える間もなく、ギデオンの頭の中には嫌な予感で埋め尽くされた。もしも自分がアルベルティーヌならば。まず間違いなく、王宮へ向かっていることだろう。彼女は賢いが、それよりもまず先に体が動くのだ。そして、それが火事に気付いていたとしても、迷わずその中に飛び込んでいくことだろう。彼女は、身を呈して誰かを助けるということに全く恐怖を抱いていない。最悪、自分が死んでも、ロイスを助けたい。彼女はそう考えるに違いなかった。ギデオンとしては、それだけは何としても避けたかった。アルベルティーヌを失いたくないからだ。

いままで、アルベルティ―ヌはギデオンにとって最悪な女だった。父の親友でもある優秀な男と、先の妃殿下から信頼の厚かった「女戦士」と名高いセシリア夫人の娘は、突然変異があったとしか思えない、どうしようもなく残念な娘だった。それが、木から落ちてからというもの別人になったかのように劇的に変わった。もう、最高の友達だといっても過言ではない。ギデオンにとって、アルベルティ―ヌは大切な存在となっていた。ロイスも大切な友人ではあるが、アルベルティ―ヌはそれ以上だ。

ギデオンは早急に方向転換をすると、王宮に向けてこれまでで一番の速さで飛んで行った。


途中から、アルベルティ―ヌは王宮から火の手が上がっていることに気付いた。近くには王宮の官吏たちが消火活動を行っている。よく見ると、火は王宮に蔓延しているわけではなく、ロイスの部屋がある東棟の一角だけだった。火は決してそこから広がらない。これではすぐにでも鎮火できるのではないか、と思ったが、すぐにアルベルティ―ヌは我が目を疑った。

火が生きている(丶丶丶丶丶)。うねる姿は、まるで大蛇のようだった。

本でしか見たことはないが、これは恐らく闇魔法の一つ。よほど強力な魔力を持つ者にしか扱えない高度な魔法だ。確か、名前は…


「炎の呪い」


はっとして振り返ると、そこには見たことはないが、見覚えのある王子がいた。髪の色はロイスとは似ても似つかぬこげ茶色なのだが、目がロイスにそっくりだ。ということは、彼は恐らく妃殿下の愛息子であり、ロイスの異母弟であり、第二王子であるレオナルドだ。


「あなたは…」


アルベルティ―ヌの言わんとすることを察したのであろう、少年はゆっくりと頷いた。


「そうだよ。僕はレオナルドだ。残念だな、王位を継ぐべき兄上が亡くなられるなんて」


その言葉を聞いた途端、アルベルティーヌは心が怒りでいっぱいになった。理性は残っていたもの、幼い体になってから感情のコントロールが効きにくくなっている。もともと人と関わる経験が少なかったというのもに、いきなり多くの人間と関わることが増え、知らず識らずのうちにストレスを貯めていたのかもしれない。


「ねえ、これは誰仕組んだの?!あなたを皇太子の座につけるために妃殿下が仕組んだの?!殿下はどこにいるの?無事なのよね?!」


レオナルドは、矢継ぎ早に質問を浴びせてきたアルベルティ―ヌに面食らっていたが、「妃殿下」という言葉が飛び出た途端、目の色を変えてアルベルティ―ヌの口を塞ぎ、建物の陰へと引っ張った。本能的にアルベルティーヌは強烈な危機感を抱いた。


「いやー!!離しなさい、この悪王子!!」


アルベルティ―ヌは、自分の口をふさぐレオナルドの手を離したい一心で、がぶりと彼の手を噛んだ。


「っ」


レオナルドは痛みと驚きで手を離したものの、さらに暴れようとするアルベルティ―ヌを抑えるため、最悪の手段を選んだ。そう、名付けて「じゃじゃ馬娘のうるさい口を自分の唇でふさいじゃおう大作戦~★」である。その名の通り、事実上のキッスである。

勿論、この作戦は見事に功を奏し、レオナルドはアルベルティ―ヌを横抱き(お姫様抱っこ)にすると建物の裏手にやってきた。

半泣きになっているアルベルティ―ヌは、レオナルドが予想していたよりも随分とおとなしくしていた。

しかし、女というのは誤作動を起こすのも、我に返るのも早い。唇を離した途端、アルベルティ―ヌの平手がレオナルドの頬に飛んできた。間一髪で避けたレオナルドは、ブン、と唸った平手に思わず身震いした。


「なななななな何してくれんの、この変態馬鹿王子!!」


先ほどよりも、さらに罵詈雑言の修飾語が付いた。


「キキキキキキスをするなんて…ひひひ酷いっ酷すぎるっ」

「私の、私のファーストキスが、なんでよりによってこんなヘタレなの!?」


などなど、アルベルティーヌはもはや思ったことを全て口に出してしまっていた。

怒りのあまり声を震わせるアルベルティ―ヌは、自分の失言にも気づかない。一方のレオナルド冷笑するように口の片方だけを釣り上げたが、一瞬のうちに真剣な表情に戻った。


「落ち着いてよ」


口調は優しいが、棒読みである。アルベルティ―ヌはそんなことよりも、自分のファーストキスの相手に絶望するあまり、茫然としている。

いい加減に痺れを切らし始めたレオナルドは、アルベルティーヌの肩を掴んで揺さぶった。その反動で、ようやくアルベルティーヌは、今の状況を理解したようだった。


「私…なんてことを言ったのかしら」


大声で妃殿下がやったのではないかと、啖呵を切ってしまったのだ。レオナルドは、それに気づき、アルベルティーヌだと周りが認める前に隠れさせようとしたのだ。


「噛んでしまってごめんなさい。痛かったわよね?」


「うん、痛かったよ」


「そう…よね」


アルベルティーヌは何も言えなかった。できることは、ひたすら謝ることだけである。

わたし、王子様になんてことしちゃったんだろう…ん?王子…そうよ、レオナルド様じゃなくて今はロイス様じゃない!!ああもう、しっかりしなさいアルベルティーヌ!!


「レオナルド様、そんなことはどうでもいいの。それより、殿下はどこにいるの?!」


「そんなことって…」


レオナルドが地味に傷ついたように呟いたが、気が急いてるアルベルティーヌがレオナルドのことまで気が回らないようだった。


「ちょっと、どうなのレオナルド様!?何をぶつぶつ呟いてるわけ!?」


アルベルティーヌに嘆息しながらも、レオナルドはアルベルティーヌの方へ向き直った。


「分からない。母上が仕組んだことであっても、僕には知る余地がない。だけれど、兄上が生きていることだけは間違いない。もし、僕が計画するなら、兄上を殺さずに人質にして、確実に王が皇太子に私を任命するまで決して返さない。そして、任命の宣下を聞いたら、兄上を殺す。そうしたら、二度と皇太子の座を降りることはないし、政敵もいなくなる。一石二鳥じゃないか」


レオナルドが発した言葉は尋常ではなかった。ロイスより一つ年下であるのにも関わらず、これほど頭が良いのか。彼に王としての資質があるのかはわからないが、下手をすればロイスよりもずっと、王の器を持っているのではないか。

アルベルティーヌがそう思ってしまうほど、レオナルドは理路整然としていたし、賢さを感じさせる王子だった。


「訊き忘れていたけど、君の名前は?」


アルベルティーヌが沈黙していると、レオナルドはクスッと笑った。


「僕とキスしたこと、兄上に言おうかな」


と、笑いながら言ってきた。

なによ、脅迫するつもり!?

だけど、殿下にレオナルド一派の間諜だとは思われたくなかった。まして、それが事実ではないのだから。


「アルベルティーヌ・セルディックと申します、レオナルド様」


「セルディック一級魔導師の娘?」


「はい」


「ふうん…噂とはだいぶ違うね。君のファッションセンスは尋常じゃないらしいし、意地悪なんだろ?」


過去のアルベルティーヌの噂は、王宮中に知れ渡っていたようだ。


「お恥ずかしい限りですが、木から落ちてからは健全そのものです」


「木から落ちた?!」


レオナルドは度肝を抜かれたようだ。確かに、深窓の令嬢がすることではないが、そこまで驚く事だろうか。

レオナルドは、唖然とした後、唐突に吹き出して、涙が出るまで笑い転げた。


「さすがだね。王子の手を噛むは木から落ちるは…全く、紛れもないじゃじゃ馬娘じゃないか、君は」


「じゃじゃ馬娘…」


「君は面白いから、キスのことは黙っててあげる。いいよね、アルベル?」


愛称で呼ばれた事は気に入らないが、アルベルティーヌはレオナルドに、ほんの少しだけ好意を抱いていた。

なかなか気さくな王子様ね。



王宮を駆け回ってアルベルティーヌを探していたら、東棟の裏からアルベルティーヌはレオナルド王子と共に出てきた。

顔を真っ赤にしたアルベルティーヌとは対照的に、レオナルドはすこぶるご機嫌であるようだった。

ギデオンに気づいて駆け寄ってきたアルベルティーヌは、「炎の呪い」について一通り話した後、一級魔導師を呼びに行くのが最善策だと言った。その時、レオナルドは無実だということを特に強調していた。


「おい、待て」


「何?早く一級魔導師を呼ばないといけないのよ。殿下は、まだ見つかっていないのよ」


怒気を含んだ口調でアルベルティーヌは言った。必死にロイスを捜すアルベルティーヌは、ひたむきで真剣だった。


「レオナルド様には近づくな。殿下に間諜だと疑われかねないぞ」


「平気よ。レオナルド様とこの先、関わるつもりはないもの。今回はたまたま利害が一致しただけなのよ」


アルベルティーヌは言葉を、一旦、区切った。そして、力強く言葉を紡ぐ。


「それに、無実の人を犯人にするのは間違ってるし、レオナルド様は悪いお方じゃないわよ」


そう言い残すと、アルベルティーヌはさっと闇に消えた。



ロイスの誘拐事件から、三日が過ぎた。犯人は未だ見つかっていないが、レオナルドを支持する一派が加担したことは間違いなかったという。

アルベルティーヌとギデオンは、警備が以前にも増して強化されているロイスは庭にも出ることが許されていないため、セルディック侯爵家の家でアフタヌーンティーを堪能している。マチルダ特製のタルトは絶品で、ギデオンは目を見張っていた。

涼やかな風に揺られているハンモックに乗りながら、二人はいつの間にか寝てしまっていた。


「炎の呪い」を解除してもらった後、ギデオンとアルベルティーヌとギデオンは、レオナルドから借りたロイスの私物を行使して捜索魔法をかけた。すると、ロイスがいたのは廃墟と化した、どこぞの貴族の屋敷であった。案の定、ロイスに意識はなかった。ロイスの脱走を阻んでいるのは、魔法がかけられた鎖である。到底、アルベルティーヌやギデオンが太刀打ちできるような並の魔法ではなく、一級魔導師を呼ばなくてはならなかった。通信魔法を使い、ラファエルとカジミールに連絡を取ったのだが、屋敷にはどうやら妨害魔法がかけられていたらしく、アルベルティーヌ達が侵入していることが、敵に知られてしまったのだ。危うく命を取られかけた二人だったが、レオナルド(尾行していたらしく、アルベルティーヌ達が通信魔法を使ったのと同時に使用して、気づかれるのを防いだらしい)が呼んでおいてくれた魔導師達が駆けつけてくれたおかげで、命拾いした。

レオナルド曰く、僕に尾行されていることにすら気づかない君達に兄上が救えるはずないから、だそうだ。気にくわないことこの上ないが、レオナルドには感謝してもしきれない借りができてしまった。


***


「起きて、可愛いお姫様」


「ふへ?」


アルベルティーヌがむっくり起き上がると、そこにはレオナルドがいた。


「あら、殿下。どうしてここにいらっしゃいますの?」


眠そうに言ったアルベルティーヌの額に軽くキスを落としたレオナルドは、にっこり笑っているだけである。

寝起きの頭がよく働かないアルベルティーヌは、何をされたのかよく分からず、間抜けなパンダのようにぽけっとしている。


「おい、何で第二王子がいるんだ?」


黄昏れているアルベルティーヌをゆさゆさと揺らしながら、ギデオンがレオナルドに睨みを利かせている。


「兄上がお呼びだよ、ギデオン。僕はアルベルティーヌに会いたかったから、兄上に頼み込んで来ちゃった」


可愛らしい声音で甘えるようにレオナルドは言った。がっちりとアルベルティーヌの腕を掴んでいるのが、またギデオンの癪に障ったらしい。


「離れろ、バカ王子」


「あら、レオナルド様はとても賢い方ですわよ」


と、アルベルティーヌが余計な口出しをする。お姫様扱いされたのが嬉しいらしい。


「で、殿下は何と?」


「さあね。さしずめ、頭がお花畑の令嬢たちにお茶会に参加するんじゃない。兄上、断れない質だからね〜可哀想」


呑気に言ったレオナルドを殴りたい衝動に駆られながら、ギデオンはアルベルティーヌをずりずりと引きずりながらセルディック家を後にした。

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