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侯爵令嬢の恋と魔法  作者: 弓原 真紀
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王子はどこへ?

アルベルティーヌは憤慨していた。

何故か。それはギデオンのせいである。初めましてと言っておきながら初対面ではなかったし、何よりあの小馬鹿にした笑いが気に食わなかった。


「まあ、僕としては丁度いいね。優秀な人材は多いほうが良い」


と、上から目線での発言は許し難い。

何よ、このガキ!私の方が歳上なのよ!?

だが優秀な人材と言われて嬉しいのも、また事実である。


「ギデオン、ロイス様のことはどうするの?いずれは外に連れ出せと命令されるようになるわ」


「仕方ないよ。防御魔法を習得してもらうまでは時間がかかるだろうし、陛下も目を光らせていらっしゃるから」


「陛下はロイス様を溺愛なさっているのかしら」


「それはもう。だから、ご自身でロイス様に保護呪文をかけられてるんだ。その呪文がある限り、ロイス様は殺されることはないよ。妃殿下は弟閣下にも保護呪文をかけてくれと懇願しているようだけど、見込みは薄いね。何しろ、保護呪文は皇太子になった王子が代々使用してきた大切なお守りなんだ」


「そうなの。ギデオンは王宮のことに詳しいのね」


アルベルティーヌがそう言うと、ギデオンは自嘲気味に笑った。


「まあね。僕の母は先の妃殿下の従姉だったから。妾妻と言ってもそれなりの貴族の娘だったから、よく王宮にも遊びに来てたんだよ」


なるほど、通りでロイスと仲が良いわけだ。でなければ一級魔導師の子息であろうとも、そう簡単に王子に、それも皇太子を有力視されている王子に近づけるはずがない。この年頃のたいていの貴族の子息は、王子に気に入られようと魔法の習得に必死になっているはずだ。アルベルティーヌをよそに、ギデオンはうずうずした様子で訊いてきた。


「君は確か、飛行魔法にだけは異様に特化してたよね?見せてよ」


お安いの御用だ。元のアルベルティーヌの才能はそれはそれは優れていた。箒だけでなく、この歳で瞬間移動魔法が使えるらしい。既に何回か試したら、ラファエルが驚愕していた。

アルベルティーヌは、自身たっぷりに右手を前に突き出して呪文を唱えた。すると次の瞬間、アルベルティーヌは池から数メートルほど離れた場所に立っていた。ギデオンは唖然とした様子で見ている。どうやら、できないと思っていたようだった。

ふん、甘く見るんじゃないわよ!!


「嘘だよね…?」


「ふふふ。私の十八番なのよ」


にっこりと微笑んで言えば、ギデオンは本当に心底感心した様子だった。

目を輝かせてアルベルティーヌを見ている。

あら、意外と素直なのね。


「僕にも教えてよ、アルベル。僕は君に防御魔法を教えるから」


ふふん、やっぱりまだ可愛気があるわね。


「勿論よ。ねえ、ロイス様も交えて一緒にお勉強しない?王立学院に入るまでは、どうせ家庭教師のつまらない授業を聞く羽目になるんだから」


アルベルティーヌがそう言うと、ギデオンは苦笑気味に微笑んだ。アルベルティ―ヌの家庭教師は神経質であり、ちょっとでも集中力が途切れれば、すぐに癇癪を起こすのでアルベルティ―ヌは大嫌いだった。

マチルダが教えてくれても良いと思うのだが、彼女にはきっぱりと断られてしまった。


「僕はスケジュールを立てるから、君は魔法書の選んでくれないかな?ロイス様は、美味しいお菓子を用意してくれるだろうから」


ギデオンはすっかり乗り気である。もちろん、教科書を選ぶのはお安い御用だ。今でも出版されている本は書店で買えばよいし、家にあった絶版になっている貴重な本はマチルダに頼んで複製してもらおう。きっと、楽しいに違いない。物語の展開からは、既にずれてきているが、アルベルティ―ヌが別人になった時点で仕方のないことだろう。


「素敵!アフタヌーンティーに憧れてたの!」


「君はアフタヌーンティーをしたことないの?貴族なのに?」


しまった、口が滑った。でも、ここはアドリブで乗り切る!!


「そういう意味じゃないのよ。お友達としたことはないって意味よ」


アルベルティ―ヌがそういうと、ギデオンは皮肉な笑いを浮かべた。


「そうだろうね。君は友達なんていなかったと思うよ」


「失礼ね!でも、今はあなたがいるもの。違う?」


ギデオンは虚を突かれたようだったが、やがて照れたように笑った。

うわ、すっごい可愛いじゃない。笑窪がチャーミングね。

ギデオンとアルベルティーヌは顔を見合わせて、楽しそうに笑い合った。


勉強会は大成功だった。ロイスは習得が早く、あっという間に初歩的な防御魔法を扱えるようになった。外に連れ出せとせがまれるのではないかとアルベルティ―ヌは慄いたが、ロイスはそれよりもブルームキャッチャーにすっかり魅せられたらしい。ギデオンやロイスが毎日泥まみれ、傷まみれになるまで飛行魔法を教えた。箒を使った飛行魔法は、風魔法の中でもそれなりの難易度がある。アルベルティ―ヌは母譲りの才能のおかげと、もしかしたらあったのかもしれない過去の、すなわち佳奈が転生して来る前のアルベルティ―ヌがしたいた努力の賜物のおかげで、飛行魔法はお手のものであった。それよりも、ブルームキャッチャーにおいて使えそうな魔法を習得することに励んでいた。


「ロイス様、曲がって曲がって!木にぶつか…ああやっぱり。痛そう…」


「こらギデオン、そこで高度落として!!」


「違うわよ、ほら回転して!!避けなさい!!」


王子だろうが、なんだろうが、最早アルベルティ―ヌは敬語を忘れて喉が許す限りの大声で指導していた。その甲斐あったか、ギデオンもロイスも瞬く間にめきめきと上達したいった。


そんな風に過ごしていれば、季節はいつの間にか秋を迎えていた。佳奈が生前、読んだことのあるストーリーとは展開がだいぶ変わっている。まず、主人公は貴族ではあるが平民同然の生活を送っているはずだ。初めて訪れた王宮で迷子になり、たまたますれ違ったアルベルティーヌに意地悪されているところをロイスに助けられ、彼女は恋に落ちるが、身分も分からず名も名乗らなかったロイスの面影を密かに胸に抱くのだ。そして、ロイスとの再会を夢見る。ロイスの王立学院入学から翌年、彼女は入学を果たす。そして、アルベルティーヌと運悪く再会し再び何かと意地悪をされるのだが、素晴らしい青年へと成長したロイスに助けられ、二人は恋に落ちる。アルベルティーヌはロイスによって、30も歳上の好色ヨボヨボ老貴族に嫁がされるのだ。そんなのは絶対に嫌だし、そもそも王宮で主人公には会ったことさえない。だが、年齢的にはこの頃だろうし、ロイスの服装も絵本にあった通りであるので間違いないと思える。

そして、ギデオンは物語の中ではロイスの親友という設定になっており、アルベルティーヌを追放するのに一役買う人物となっている。敵と言ってしまえばそこで終わりだが、佳奈が転生したことによって、彼はアルベルティーヌを見直したようだし、ロイスもすっかりアルベルティーヌとは気心の知れた仲となっている。意図したものではなく、完全に成り行きだ。佳奈は当初、王宮に行くのを拒んでいたのに父に、ほぼ強制的に連れて行かれたのだから。

そりゃそうよね、悪趣味なドレスを着た意地悪な馬鹿令嬢を好きになるはずないもの。

佳奈がアルベルティーヌに転生したことによって、アルベルティーヌは最悪の結末を迎えなくて済みそうだ。


「お嬢様、沐浴のお時間です」


紅茶を飲み終えると同時に、マチルダが呼びに来た。終始見張っているのではないかと思えるほど、彼女がアルベルティーヌに声をかけるタイミングは完璧だ。


「ありがとう、マチルダ」


「お嬢様のくださったローションのおかけで、わたくし、すっかりお肌の調子が良くなりました」


アルベルティーヌは余暇で魔法薬を調合していた。肌荒れに悩むマチルダに、感謝を込めてオリジナルのローションをプレゼントしたのだ。マチルダは、この世界に転生する前の佳奈の母親によく似ている。特に、ちょっとした所の仕草がそっくりで、アルベルティーヌの精神安定剤だ。アルベルティーヌの生母であるセシリアは既に亡くなっているので、マチルダはアルベルティーヌの母代わりとして大きな存在だ。かつてのアルベルティーヌがマチルダをどう思っていたからは分からないが、今はマチルダが大好きである。


沐浴を終え、艶やかなシルクのネグリジェに着替えたアルベルティーヌは、ラファエルに〝おやすみのキス〟をするとベッドにもぐり込んだ。甘やかな花が枕元には生けてあり、アルベルティーヌを心地よい眠りへと誘う。だが、うとうとしかけていたところで、階下からガタン、バタンという穏やかではない音が響いてきた。そして、次の瞬間には階段を駆け上るブーツの音が響き、アルベルティーヌの寝室へと迫っていた。考えるよりも先に、衝動的に布団にもぐり込んだアルベルティーヌが目の端に捉えたのは、ギデオンであった。


「アルベル!」


ギデオンは震えるアルベルティーヌを布団から探り出し、落ち着かせるように頭を優しく撫でた。


「一体、何があったの?」


アルベルティーヌがおそるおそる訊いた。悪い予感しかしない。


「陛下が行方不明なんだ」


「嘘でしょ?!」


あまりのことの重大さにアルベルティーヌは震撼した。


「箒小屋から子供用の箒が一本、なくなっていた」


その言葉に、アルベルティーヌは慄然とした。ロイスに飛行魔法、正確に言えば飛行技術を教えたのは他でもない、アルベルティーヌ自身だからだ。


「で、でも、ロイス様には保護呪文がかけられているでしょ?王宮から抜け出せるはずがないわ」


「そうなんだよ。だから、余計に問題なんだ。王宮に保管される箒には全てシリアルナンバーが刻印されているし、場所が探知できる魔法がかけられている。それを解除できるのは、一級魔導師、それも魔法大臣候補の魔力が強い者たちだけだ」


「…つまり、誰かが陛下を唆したと言いたいの?」


アルベルティーヌは、震える声を抑えて言った。そうでもしなくては、ロイスが本当に見つからない気がしたのだ。


「僕の父は既に捜索に出ている。君の父上も、そろそろ出発するころだろう。僕たちは殿下を探しだせる魔法をまだマスターできていないし、父上から自宅待機を命じられている。殿下を探すのは大人に任せるしかない」


アルベルティーヌがギデオンに提案しようとしていたことは、全て先に封じられてしまった。だが、本物の箱入りで街をしらないロイスが安全でいられる時間は長くないだろう。一刻でも早く見つけなくてはならないのだ。そのためなら、アルベルティーヌは自身の危険を顧みるつもりはない。

何故か。

それは、彼がギデオンと同じアルベルティーヌの初めての友達であるからだ。

これほど他人を心配するのは、生まれて初めてだった。彼が王子であろうとなかろうと、アルベルティーヌは彼を助けたい一心でいっぱいだった。


「ごめんね、ギデオン。私はロイス様を探しに行くわ。貴方はここで待っていて」


アルベルティーヌはそう言うと、姿をくらました。

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