9 ゲート検証と馬車
まあ良いか。
殺されそうな危機を乗り越えたのだから、今回は許す。
ユンピアにしても緊張から開放されて、はしゃぎ気味なんだろう。
それよりも問題は、これからどうするかだ。
さっき溺れかけたときと、さほど状況は変わっていない。
男の死体が増えたくらいのものだ。
と思ったが、銃声の件があったか。
そうだな、誰かがいたはずだから、探しに行ってみよう。
グールと戦闘をしたようだから、どうなっているのか分からないけど。
と言うかグールが無傷で、口の中に血糊とか生肉がはさまっていた事を考えると、あまり好ましい想像はできないのだが。
「さっきの銃声の方へ行ってみよう。誰かいるかも知れないから、探すのを手伝ってくれ」
「……わかった」
ちょっと考えこんだユンピアが応える。
複雑そうな表情だな、俺も同じ気持だよ。
これ以上、死体は見たくないけどな。
両手に持っていた石を捨てようかと思ったけど、やっぱり持っていくことにした。
必要無いとは思うけど、思いたいけど、グールが一匹だけとは限らない。
でも、もしも他のグールがいたとして、このまま林の中で戦うのは、相当不利かも知れない。
地面が土なので、さっきよりずっと機敏に動くだろうし、その分だけ回避力も高いはずだ。
戦闘になりそうなら、今回みたいに足場の悪い場所でないと、十中八九勝ち目がないと思う。
そもそも俺は狙撃に特化した能力振りにしてるんだから。
ただし攻撃を命中させれば、銃でなくても敵を倒せると分かった。だから両手が塞がってしまうけど、この石は持っていくしかない。
二個あれば、二回は攻撃できるはず。
河川敷を出て、藪をかきわけて雑林に入ると、途端に寒さが和らいだ
すっかり忘れていたが、俺は水浸しになった上、やけに冷たい川沿いの風に晒されていたのだ。
その風が林の木々によってなだめられ、微風になっている。
まだかなり寒いが、非常にありがたい。
それにしても、凍えていたことを本当に忘れていたな。
さすがゲームだ、一定以上の不快感は与えないように出来ているのだろう。それとも戦闘の高揚感で、気にしてなかっただけだろうか。
……うん、凍えてることを思い出したら、急に寒くなってきた。
一定以上の不快感を超えているな……。
歩くたびにジーンズがグシャグシャして気持ち悪い。
靴と靴下も、なんだかズポズポする。
乾いた服と暖房器具が恋しい。
しかしこの雑林は、実際に足を踏み入れてみたら想像以上に広かった。
見渡す限りというか、先が見通せない。
奥の方に行けば、鬱蒼とした森になってるんだろうな。
外国の自然公園は、こういう感じだった気がする。
東京都がスッポリ入ってしまうほど大きな森林。
あれって広すぎて、公園って言葉が全然似合わないと思うんだけど。
「なあユンピア、お前飛べるんだから、高い目線で辺りを探って来てくれないか」
「ん、いいよー」
てっきり嫌がるかと思ったら、あっさり承諾したユンピアがフワーと飛んでいった。
背中を見送る。
あいつの気分も良く分からんな。
ステータスを見せるのは嫌がるくせに、もっと面倒そうな偵察は苦にしていない。
そう言えば銃声の時に、モンスターがいるなら危険だから行くな、みたいな事を言うし。かと思えば今は捜索に積極的だし。
まさかグールが複数いる可能性に、気づいていないのか。
……まさかなあ。
と、そうだ。
独りになって、急に思い出した。
ギフトのゲートを使っておこう。
使用感を確かめておかねば。
次に何かあったときには、有効に使いたいもんな。
いやむしろ、少ない手札を有効に使えないと、次こそ死ぬのは俺の方だ。
ゲートを使うためにはマーキングが必要って話だった。
どうやれば良いんだろう、さっきのエンチャントみたいに、頭で想像すれば出来るんだろうか。
試しにマーキング、と集中して念じてみる。
あれ、上手くいかないぞ。
やり方が違うのか?
あるいは念じ方が足りなかったのだろうか。
両手に持っていたこぶし大の石を、足元に置いて息を整える。
ぐぬぬぬ。
マーキング!
さらに強く念じた。
数秒が経つと目の前の地面の上に、淡く光る白線があらわれた。
その線がすーっと走って、直径二十センチほどの円を描く。
成功したか、と思って念じるのを止めたら、線も円も消えてしまった。
まだ終わってなかったのだろか。
もしかしてもっと時間をかけないといけないのか、と考えて、また強く念じる。
すると光る線が出て円を描き出す。
しばらくして気づいたが、強く念じる必要はなかったみたいだ。
軽く想うだけで良い。
単に時間が必要ってだけか。
三重の円が描かれ、続いて奇妙な文様や記号、文字らしきものが描かれた。
俗に言う魔法陣というやつだろう。
一分間ほどかけて、筆が止まった。
どうやら今度こそ完成したらしい。
魔法陣は、念じるのを止めても消えずに残っていた。
よし、マーキングは成功したと思われる。
さっそくゲートの検証だな。
その場から十歩ほど離れて魔法陣を背中にしたまま、今度は「ゲート」と念じてみる。
すると目の前に、アーチ型の鏡のようなものが出現した。
大きさは、高さが普通の部屋のドアと同じくらいだ。
恐る恐る手で触ってみると、鏡面がスッと透明になり映像が映った。
俺の後ろ姿が映っていた。
数メートル離れた場所で、片手を前に出している。
後ろ側に視線を向けると、魔法陣のあった場所にも、まったく同じアーチが出現していた。
どうやらこの風景は、魔法陣の場所から見た周囲の風景のようだ。
移動先の様子があらかじめ分かる仕様か。
ありがたいな。
これ上手く使えば、監視にも使えそうだな。
他にも操作できるか試してみる。
どうやら表の面が向いている風景を見ることができるようで、角度も三百六十度、好きな方向に動かせるようだ。
グルグル回すと、上下前後左右、全ての角度を観察できる。
うぅ、うっぷ。
いかん3D酔いしそうだ。
垂直に戻しておく。
よし次だ。
移動するぞ、本当に瞬間移動できるのかな。
ゲートの表面はガラスのようにツルツルだったが、入りたいと念じたら空気のように抵抗がなくなった。
まず右手だけを、すすすっと突っ込んで見る。
顔をあげて確認すると、少し離れた魔法陣の上のアーチから、俺の右腕が突き出ていた。
なるほどな。
身体の断面の方は鏡のようになっていた。
一歩踏み込んで半身を入れたら、向こうのアーチからも俺の半身が出ている。
そのまま身体を全部いれたら、まったくタイムラグなしで、魔法陣の場所に移動していた。
移動が終わるとゲートは消失したが、魔法陣は残っている。
ステータスを確認すると、何も変化がなかった。
MPの消費も消費していない。
検証を続けよう。
今度は二十メートルほど離れてゲートを出してみる。
前回とまったく同じだった。
やはりタイムラグなしで移動できる。
何度もくり返してみたが、どれも同じ結果だった。
MPも消費しないし、身体が疲れる様子もない。
ふむふむ。
あらかじめセットしておけば、何度でもコスト無しで使用できるわけね。
すげえなギフト、使い放題かよ。
「ちょっとアンタ、なにサボってるのよ」
偵察から帰ってきたユンピアが、腕組みをして立ち止まっていた俺を睨みつけた。
「そんなことはないぞ」
「サボってるじゃない。私にだけ探索させて、自分は動いてないじゃない」
地面に置きっぱなしの、こぶし大の石を指差して言う。
なるほど、なかなか鋭い考察だ。
「違うってば、ちょっと見てくれないか、ゲートの練習をしていたんだよ」
魔法陣から少し距離を取り、ゲートを念じる。
鏡面のアーチが、俺の目の前と、魔法陣の上に出現した。
「どうだ」
「なにがよ」
「だからゲートだよ」
「何を言ってるのか分かんない」
あれ、見えていないのか。
「鏡みたいなやつが見えないか」
「何にも見えないわよ」
「ほら、移動するぞ」
そう言ってアーチの中に入ったら、一瞬で魔法陣の上まで移動した。
「すごい!」
とユンピアが目を丸くした。
「ゲートね! 女神様のギフト! 私はじめて見たわ!」
そうなのか、天使でもゲートの能力を見たことなかったのか。
今までは希少だったらしいもんな。
「どうやったの」
「いや、エンチャントと同じで、念じるだけだな」
「ふーん」
「他人には見えないんだな」
「そうみたいね、残念だわ」
「なあユンピア、ここにある魔法陣も見えないか」
「どこ?」
「俺の足元にあるんだけど」
「ぜんぜん分かんない」
「そうか」
どうやらゲートに関するものは、どれも他人には分からないようだ。
しかしもう一つ検証したいことがある。
「ちょっと俺に触ってくれ、その状態で確かめたい」
「良いわよ、どっこいしょっと」
「おい」
「硬いこと言わないの」
なぜか俺の頭の上に座り込むユンピア。
気に入ったのか、そうなのか。
「ゲート」
魔法陣から離れて念じると、目の前と魔法陣の上に、二つの鏡面アーチが出現する。
「どうだ」
「やっぱり見えない」
「それじゃ通るぞ」
ユンピアを頭に乗せたままアーチをくぐる。
「きゃあっ」
可愛らしい悲鳴が聞こえた。
魔法陣の上に移動して来たのは、俺ひとりだった。
さっきまで俺がいた場所には、四枚短翼のピンク頭が、土の地面に尻もちをついていた。
人の頭の上に乗って、油断していたようだな。
「ひどい!」
「そうだろうか」
「人でなし!」
「そこまで言うか、まあ悪かったよ」
「むー」
私に土をつけるとは、などと格闘家みたいなセリフをはきながら、ユンピアが白い絹のドレスをはたく。
あーそう言えば、こいつも川で濡れていたから、土埃が泥みたいになってるぞ。
ちょっと可哀想かも。
しかしゲートというギフトが他人を運べないのは、非常に、とても、すっごく残念だ。
手荷物とかアイテムだったら、どのくらいの量を運べるのだろうか。
少なくとも、ポケットに入っている金貨三枚は一緒に移動したようだが。
またいずれ検証したい。
「ところでユンピア、どうだったんだ偵察の方は」
「それそれ、あっちの方に馬車みたいなのが見えたわよ」
「なに」
「ちょっと遠そうだったから戻ってきたの、一緒に行きましょうよ」
「よし案内してくれ、サンキューな」
「了解よ」
下に置いてあった、こぶし大の石をふたつ拾うと、天使の案内にしたがって歩き出す。
しかしゲートが問題なく使えて良かった。お一人様専用ってのは不満だったが、雑林探索での安全性が飛躍的にアップした。
何かあってもマーキングしたこの場所に移動すれば、俺だけは逃げられる。
ユンピアは無理だけど。
……ううむ、いやまあ、多少心苦しいが。こいつは上空にでも逃げれば、大抵の敵は手出しが出来ないから、きっと大丈夫だろう。
ユンピアの案内にしたがって雑林の奥へ進んでいくと、遠くの木々の間に丸いテントみたいなものが見えた。
どうやら、それが馬車のようだった。
近づくにつれ、会話らしき数人の声が聞こえて来た。
が、それが突然、ピタリと止まる。
不思議に思って俺も足を止めた。
「どうしたのナミノ」
「いや、なんか様子が変じゃないか」
「そう?」
「だって声が聞こえてたのに、いきなり静かになるから」
そう言ったとき、何かがヒュンっと頬をかすめた。
すぐ後ろの木の幹に当たる。
振り返ると、一本の矢が刺さっていた。
「なっ」
「なんなの!」
馬車の方から飛んできたらしい。
見ると、射ったのは馬車のホロ屋根の上に立った人影らしかった。
少し遠かったが、小柄な女性の姿が見えた。
「何するのよ、危ないでしょー!」
ユンピアが講義の声を上げた。