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8 襲撃のグール

 さらにドォォン! と。

 俺達が鳥群の飛び立った方へ向かいだしてすぐ、もう一発の銃声が轟いた。

 その後に、獣のような、それでいて人間のような、奇妙で気持ちの悪い叫び声も聞こえて来た。

 遠くからの微かな声だったけど、異質な音色が耳に残った。

 思わず足を止める。

 これはもしや、誰かが何かと戦っているのか。


「なあ、いまの声って」

「多分あれは動物じゃないわね、魔物だと思う」

「やっぱり」


 短い時間に銃声が二発ってことは、少なくとも二人の武装した者がいるってことだろうか。

 火縄銃の弾込めは、短時間では無理だ。


 どうする。

 このまま向かうべきか。

 武器もなく、レベル1の俺が行っても、まるで役に立ちそうにない。

 それどころか、こっちの身も危険そうだが。

 だけど、無視しても良いとは思えない。


「行くぞ」

 その言葉に、ユンピアが少しきびしい目をした。

「別に良いけどね、武器もないのにモンスター相手に、何をするつもりかしら」

「なんだよそれ」

「深く考えずに、あきらかに危険と思われる状況に飛び込んで行くなんて、無謀も良いところよ。もしくはゲームだから、死んでも関係ないって思ってるとか」

「どっちも違うな」

「なら、なによ」

「えっとだな、ゲームなんだからイベントが発生するのは当然だし、これがイベントなら少々の危険は目をつぶって、様子くらいは見に行こうかなって感じかな」


 そう言うと、ユンピアがすごく複雑な表情を作った。


「あー、たしかにそういう事になるのね……。えっとね、ひとつだけ言っておくけど、ここは始まりの町のとは違って、クリア出来るように調整されたクエストなんか無いんだからね。魔物にしても野生動物にしても普通に危険だからね」

「……ほう?」

「もっと言えば、プレイヤーのために用意されたイベントもシナリオも存在しないの。始まりの町のチュートリアル・クエスト以外の全ての出来事は、プレイヤーに関係なく発生しているの。だから上手く解決できるとは限らないし、正しい攻略方法なんてのも存在しないの」

 ユンピアが、俺の顔をのぞき込む。

「だからね危険に飛び込むってのは、本当に危険なのよ」


 それってつまり、ダナウエル大陸オンラインってのは、世界設定とかNPCだけが用意されていて、事件や物語はAIたちが自然発生させているって事なのか? 

 しかしそれだと、下手すれば何事も起こらない時期が何年も続いたりするんじゃないのか。

 ゲームとして大丈夫なのか。

 運営は仕事をしてないのか?

 色々と謎すぎる。


「そう言えば、このゲームってプレイヤーキャラクターが死んだらどうなるんだ。なんかデスペナルティあるんだっけか」

 俺が尋ねると、またもやユンピアが困ったような怒ったような、複雑な表情を作った。

「なんだよ、またそんな顔をする」


「……そうね、デスペナルティでレベルダウンがあるわ。最低1レベルから、最大で10レベルのダウンね。高レベルキャラになるほどペナルティがキツくなるのよ」

 さらっと恐ろしい事を言う。

「いきなり10レベルのダウンかよ、厳しすぎるんじゃないのか」

「これはゲームシステムとかじゃなくて、この世界と魂の繋がりの問題だから、ゲームバランスが悪くなっても仕方がないのよ。むしろ驚愕の救済処置だわ、本来なら死に戻りなんて有り得ないし、女神様の負担が大きすぎるくらいよ」


 仕方がないと来たもんだ。

 集合無意識のパーツを集めて作ったとか言ってたけど、コンピュータのサーバーで管理してるってことは、プログラムで作った世界じゃないのか?

 だったら好きなように設定できると思うんだけどねえ。


 なんて風に考えているとき。

 少し離れた茂みから、いきなり人影があらわれた。


 この広い河川敷は、大河と雑林にはさまれている。

 大河は俺のすぐ後ろにあり、雑林は俺から50メートルほど先にある。雑林には細い小枝の植物が生い茂った場所もある。

 そいつは、そこからあらわれた。


「グ、ガ、ガァ」

 

 肌はくすんで赤黒い、全体的にヒビが入っているような感じだ。

 口が半分開いている、そこには鋭く尖った歯が並んでいる。

 眼球が黄色い光を放っていた。

 人間じゃない?

 硬そうな革の鎧を身につけて、腰にはカラになった剣の鞘をぶら下げている。


「グールよ!」

 ユンピアが叫んだ。


 グールというのは、俺の知識だと人間を襲うアンデットで、いわゆるゾンビの上位的存在だ。

 緩慢な動きのゾンビと違って、機敏な身体能力を持つイメージがある。


 さっきの銃声は、もしかしてこいつが原因なんだろうか。


 約50メートル先。

 そいつは俺を見つけると、猛然とダッシュしようとした。

 が、たたらを踏む。

 足元が滑って、思うように踏ん張れなかったようだ。

 河川敷の足元は危ういからな。

 丸く削られた大小様々な石が、びっしりと敷き詰められている。


 だが、それだけの話だ。


 グールは俺の方を見て、ゆっくりと首をかしげるような仕草をした。

 今度は走らずに、身体を丸めて、足元を踏みしめるように歩き出す。

 ザッザッザッとリズミカルに、こっちに向かって。


「ま、まずいな」

 足元が良くて走ったとしても、俺の50メートル走のタイムは、せいぜい八秒くらいだ。

 あのグールはもっと早そうだ。雰囲気からしか分からないが、もしも生きているときのリミッター的なものが外れているとしたら、逃げ切る自信はない。

 追手の動きを阻害する河川敷だったのは良かったけど、これも時間の問題だ。

「に、逃げましょうよ」

 ユンピアが言うが、だからどうやって逃げるんだよ。


 状況を見る。

 雑林の方は、もしかしたら誰か戦っていたのかも知れない。武装した人たちだ。上手く合流できれば助かる確率は上がる、かも知れない。

 しかしそのためには、グールの側をすり抜けて行かなくてはいけない。

 ……無茶だな。

 川の方はどうだろう。

 もう一度川の真ん中まで泳げば、グールは追って来れないかも知れない。

 だがあいつが泳げないという保証はない。

 平気で水に入って来たら、それこそ呼吸の必要ないアンデットの方が圧倒的に有利だ。

 ……これも安易に決断できないな。


 ギフトのゲートはどうか。

 こんなとき、もしかしたら一番使えるかもしれない能力。

 だが駄目だ。

 こいつはどこかにマーキングをしないと意味がない。

 まだどこにもマーキングしていないから使えない。


 グールがさらに近づいてくる。

 あと30メートルか。

 俺とユンピアは後ろに下がるが、もう川沿いギリギリまで来ていた。


 くそ、スキルはどうだろう。

 鉄砲術は、銃がなければ意味が無い。

 狙いうち、これも武器が無い。

 攻撃エンチャント。

 ……そうか、エンチャント魔法か。


 ザッ、ザッ、ザッと、リズミカルに近づいてくるグール。

 もとは欧州系の成人男性っぽい。

 変質した皮膚と違って、髪の毛だけは生前のままらしく金髪だった。

 両手の爪が、短剣のように長く鋭くなっている。

 半分開いた口から見える歯も、人間の倍くらい長くて鋭いし、どうやら顎の開く角度も大きいようだ。どういう攻撃をしてくるのか想像がつくってものだ。

 俺は足元にあった、少し大きめの、自分のこぶしくらいの石を拾った。


 やり方が分からないし、ユンピアに尋ねる時間もない。

 とにかく強く念じてみた。

 エンチャント。

 この石に、ありったけの攻撃力を付与してくれ!

 すると石に白い光が宿った。

 これが魔法なのか、上手く発動しているのか。


 あと20メートル。

 グールの気配が変わった。

 歩く速度が少し遅くなり、足音が重たくなる。

 攻撃態勢に入ったってことか。


 やはり硬そうな革鎧は避けて、むき出しの頭部を狙うべきだろう。

 足元が危ないのは、こっちも同じだ。

 慎重に投球の姿勢を構える。


「……グ、ォ」

 グールの口から声が漏れた。

 よく見ると変色した歯茎に、新しい血と生肉がこびりついていた。

 おいおいそれって、さっき銃を撃ってた人のものなのか。

 こいつに殺されたのか?


 あと15メートル。

 もう間近だ。

 ピッチャーとバッターの距離よりも近い。


 グールが身体を沈めて、明らかに跳びかかって来る体勢に入った瞬間。

 俺は持っていた、こぶしサイズのでかい石を、思いっきり力を込めながらグールに投げつけた。

 狙うは頭。

 あいつの頭部を、狙いうつ!


 注意していたので、足元はすべらなかった。

 素手で投げるのには重たすぎる石だったが、俺の筋力は15もある。

 一般人が5から10という世界だから、そこそこ高いのだ。このぐらいの石なら、あまり苦労せずにキャッチボールだって出来そうだ。


 ゴドンッ、グシャッと鈍い音を立てて、白光を宿したこぶしサイズの石が、グールの頭にめり込んだ。

「ウゴゥ!」

 グールがもんどり打って、ひっくり返る。

 バタバタ暴れながら、驚いたことに、まだ起き上がって来るようだ。

 頭に石がめり込んでいるんだぞ。


 もう一撃か。

「ナミノ! これ、ここのやつ!」

 ユンピアが良さそうな石の上に飛んで、真下を指差した。

 やや楕円形の、丸く削れた、こぶしサイズの石。

 うん、良く分かっているじゃないか。


 素早く石を拾って、攻撃エンチャントをかける。

 グールが立ち上がった瞬間。

 頭部を狙い澄まして、思いっきり投げつける。


 こぶし大の石+筋力15+器用度15+攻撃エンチャント+狙いうちスキルだ。


 ドゴンッと、今度は側頭部に命中した。

 石を拾うために移動したとき、結果的にグールの側面に回りこむ形になっていた。


 二個の石が頭にめり込んだグールは、うつ伏せに倒れ込み、今度こそ動くのをやめた。


 もう一つ石を拾う。

 エンチャントはかけなかったが、少し離れた場所で、油断せずにグールを監視する。


「死んだかな」

「その言い方はどうかしら、でも多分死んでいると思うわよ」

「だよな」


 確かめるために近づくしかない。

 ここで確実に仕留めておかないと、この後で不意をつかれる可能性だってある。

 一個じゃ不安だな、もう一個石を拾っておこう。

 両手にかまえておく。


 恐る恐る近づくと、グールの皮膚の様子が変わっていた。

 さっきまで赤黒くて、全身がひび割れていたのに、いまは青黒っぽく変色した普通の肌に見える。

 つまり死体だ。


 触りたくなかったので、もしかしたら失礼に当たるかもしれないが、腕や足を蹴ってみる。

 ぐちゃっとした嫌な感触がするだけだ。

 思ったより重たくて、蹴ったくらいじゃ大して動かない。

 ひっくり返したかったけど、足先じゃ無理だな。


「完全にグール化が解けているわ、もうただの死体ね」

 ユンピアの言葉に納得する。

 しかし人間の死体か。

 もちろんゲームのことで本物ではない、のだろうけど。

 生まれて初めて生で見たな……。


「仰向けにして身元とか探りたいんだけど、気持ち悪いからやめとくか」

「しっかし驚いたわ、まさか一人でグールを退治しちゃうとか。ちゃんと覚えてないけど、ソロだったら適正レベル12くらいで、四人パーティなら7くらいだと思う」

「そうなのか」

 だとしたら、まさに地の利ってやつだな。

 恐らくグール本来の運動能力が、発揮できていなかった。

「正直、見なおしちゃったわよ」

 ユンピアが腕を組んでうなずいている。

 なんだその上から目線は。


 そう言えばステータスはどうなってるんだろう。

 エンチャント二回使ったけど、MPは大丈夫だろうか。

 確認してみる。

 念じると、脳裏にステータスが浮かんだ。



 レベル:4

 名前:ナミノ

 種族:人間族

 性別:男性

 称号:なし


 獲得した能力値ポイント:12/12

 知力 :5

 筋力 :15

 器用度:15

 敏捷度:5

 体力 :15

 精神力:5

 HP:60/60

 MP:8/10


 ギフト:ゲート1

 

 獲得したスキルポイント:0/0

 スキル:鉄砲術 熟練度1

    :狙いうち 熟練度3

    :攻撃エンチャント(無属性) 熟練度1


 獲得した称号:なし



 レベルが4に上がっていた。

 MPは10から8に下がっている。

 エンチャントは一回につき、MP1を消費するらしい。

 そして狙いうちスキルの熟練度が3になっている。


 たった一度の戦闘で上がるとか、嬉しいねえ。

 しかしエンチャントの熟練度は上がってないな。

 どういう基準なんだろうか。


「レベルと狙いうちスキルが上がってるぞ」

 俺が声に出して言うと、ユンピアが目を見開いた。

「ええー、見せて見せて」

 側に寄って来て、頭の上に座り込んだ。

「おい」

「まあまあ硬いこと言わないで、くっつかないと見れないのよ」

 だったら肩でも良いんじゃないだろうか。


「いきなりレベル4になってる! えとねレベルがひとつ上がるたびに、能力値ポイントが4もらえるのよ。ポイントはそのまま能力値を上げるのに使うの」

「ふむふむ、この12を好きなように振り分けられるってことか」


「MPは休憩するか、寝ているうちに回復するわ。一時間で全体の一割ってところかしら。ちなみにプレイヤー・キャラクターの場合はHPも同じように回復するわ」

「つまり十時間休めば、MPもHPも完全に回復できるのか」

「そうね、そこそこの大怪我も治っちゃうわよ」


 ユンピアがうなずく。


「プレイヤー・キャラクターの場合のみなのか」

「大陸の一般人は、リアルな現実の人間と同じくらいの回復よ。ちょっとした裂傷でも治るまで何日もかかるわ。良くも悪くも、それが集合無意識の選んだ答えなのよね。RV四号型を通した場合のみ、つまりプレイヤーのアバターキャラクターのみが、その束縛から自由になれるってわけ」

「MPは?」

「そっちの回復は、大陸の一般人もアバターキャラと同じよ」

 そうなのか。


 しかしどうも、このゲームのシステムがしっくりこない。

 俺自身が、何かすごい勘違いをしているような気になってくる。


 だが困ったことに、何がどうしっくりこないのか、どこが違うと感じているのか、上手く説明できないから、天使に質問をすることもできない。


「でも凄いわね、狙いうちスキルがいきなり3になってる」

「それは俺も驚いてる」

「よっぽど相性が良いのかしら。ちなみにスキル熟練度の最大値は10よ。アンタの熟練3だと一応プロレベルね。5で中堅ベテラン、7で大御所て感じかしら。8から上は名人級ね」

「なるほどね。しかし他人の熟練度は確認できないんだよな」

「女神教会に行けば他の人にも見せれるけど、そうじゃなきゃ自己申告ね」

「ふーん。でもお前はいつでも、俺のステータスが見れるんだな」

「アンタのサポートキャラが、アンタの能力を見れなくてどうすんのよ」

「まあそりゃそうか」


 ん?

 でもそれって何か不公平じゃないか?


「おい、なんで俺はお前のステータスが見れないんだよ、お前のも見せろ」

「やだ! 無理!」

 頭の上に乗っていたユンピアをつかまえようとしたが、察知したらしくサッと飛び上がった。

「お前なあ」

「そもそも見れないんだからね、エッチ!」

 はい? なにを言うか。

「つーん」

 は、腹の立つ……。




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