表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/44

7 上陸編スタート

 そして転送された先は。

 水中だった。


「「!」」


 ここがダナウエル大陸なのか?

 だが、いずれにしろ、ここは完全に水の中だ。


 どうなってんだ!


 驚愕で見開いた目に映るのは、上下左右、見渡す限りの深い水中。

 危うく思いっきり息を吐きそうになり、気力で抑えこんだ。


 俺のたいして長くもない髪の毛が、海藻のように水に広がる。

 手足を動かすと水の抵抗で重たいし、身体が回転しそうになって、平衡感覚が無くなる。

 水温も冷たい。


 横を見ると、両手で口を抑えたユンピアが、完全なパニックに陥ってバタバタぶくぶくもがいていた。


 俺はユンピアを胴体ごと手でつかむと、光の差し込む方向、恐らく水面と思われる方向へ泳ぎ出した。

 正直言って水の中だと、上と下が微妙に分からなくなる。


「ブハァッ」

 と水面から顔を出せた。

 よかった、やっぱり上だった、間違ってなかった。

 手の中の天使を離すと、ぴょんっと空中に飛び上がってホバリングした。

「あ、あぁ、ああぁ……」

 ショックで言葉がおかしくなってるが、水は飲んでいないようだ。


 ざっと周囲を見回すと、どうやら大きな川の真ん中にいるらしかった。

 両側に岸が見える。

 どちらも100メートルほど先のような感じだ。

 これは大河ってやつなのか。

 凄まじい広さだな。

 水面に出られたのは良かったが、ここで立泳ぎを続けるのは、体力的に厳しそうだ。

 水も冷たい、なんか手足も重い。

「岸は、あっちか」

 右手側の方が、左側よりも少し近いように見えた。

 そっちに向かって泳ぎだす。

 すごく遠い。


 泳ぎ出して分かったが、手足が重いと感じたのは衣服のせいだった。

 ジーンズのわずかなヒダヒダが、水の抵抗をやたらと強くして重たい。

 何より上着のブレザーが、ほんのちょっとだけ脱げかかり、腕を動かすたびにつっぱって自由に泳けない。

 革か、革だからいけないのか?


 脱ごう。

 そう決意する。


 立泳ぎの状態だと、生地がベッタリして脱ぎにくい。

 仕方がないので吸えるだけ息を吸うと、もう一度水の中に潜って、なんとか脱ごうと頑張ってみる。

 これが意外に難敵で、五秒、十秒とかかっても、なかなか上手く袖から腕が抜けてくれない。

 中途半端に半分ほど脱げているので、奇妙なロメロスペシャルみたいな感じになって、まともに泳ぐこともできない。

 危うく溺れそうになりながらも、なんとかブレザーを脱ぎ切ることに成功して、再度水面に頭を出すことができた。

「はあ、はあ、はあっ……」

 死ぬかと思った、マジで。


 しばらく泳ぐと。多分50メートルくらい岸に近づいたら、うっすら川底が見えてきた。少しずつ浅くなっているようだ。

 水の流れ自体はゆったりしていたので、川そのものは泳ぎやすい。暑い季節で水着を着ていたら、きっと快適な気分になれただろう。

 だがダナウエル大陸は、どうやらリアルと同じ寒い季節のようだ。さらにYシャツとジーンズをはいたままだから、まったく快適な気分になれない。

 靴も意外に邪魔だな、とにかく泳ぎにくい。

 脱ぎたかったけど、すぐ後で歩く事になるし、捨てるわけにはいかないよな。


 それに現状はある意味、靴よりもずっと鬱陶しいのがくっついている。

 俺の頭の上に。

 人の髪の毛を、馬のたてがみのようにつかんで、後頭部に抱きついているやつがいる。

 こいつに比べたら、少々泳ぎにくいのなんて大した問題じゃない。


 馬鹿なのかな。

 人が苦しんでいるのに分からないのかな。

 飛べるんだから、飛んでくれないかな!


 と強く念じるが、残念なことに固有結界を出たせいか、俺の思念がユンピアに届くことはなかった。

 声に出して叱るほど気持ちに余裕がないし、口から水が入りそうだし、呼吸だけで精一杯だ。手で払いのけるのも体力を使いそうなので、仕方なく放置の方針を取る。

 後でおぼえておけよ。


 さらに20メートルほど平泳ぎしていたら、やっとつま先が川底に届くあたりに来た。

 すっごい泳ぎ疲れたので、少し潜り気味に川底を足で蹴って、ぴょんぴょんと跳ねるような歩き方に変えた。

 頭にしがみついた天使は、それでも手を離そうとはせずに。

「うぐっ、むぐっ」

 と、頭が水に潜る度に変な声を上げていた。


 そこから先は早かった。

 すぐに腰の高さの水深になり、心底ホッとした。


 小石やゴツゴツした岩の多い岸に上がると、何はともあれ大きめの岩にもたれかかって、数分間気持ちを整える。

 危機が去ったせいか、急に手足の力が抜けた気がする。

 なんか腰が抜ける気分。

 これは単に筋肉の使いすぎかもしれないが。


 いや待て、考えてみれば、ここは夢の中なんだよな。

 筋肉疲労だって本物じゃなくてイメージのはずだ。


 そう思って身体を触ったり周辺に視線を走らせるが、どう確認してもリアルな現実としか思えない。

 濡れた衣服も気持ち悪いし、冷えた身体も調子悪い。

 て言うか、陸の上は風が寒いぞ。

 川岸だから、吹きさらしなんだな。

 すげえなLDSって、とても夢の中とは思えない。

 ここまでリアルな不快感を、再現しなくても良いだろうに……。

 せめてもの救いは、今は昼下がりらしく、まだ日差しがあるってことだ。


 さてとりあえず、もうひとつの問題を片付けようか。

 俺は未だに後頭部に張り付いている自称サポートキャラを、片手でつかんで、ひっぺがした。


「やんっ」

「やかましい」

 ポイッと空中に捨てる。

「あ、ひどいっ」

「ひどくない」

「むー」

 ふくれっ面をするな。


「それよりも、ここはどこなんだ、なんで転送先が川の中なんだ」

 どうやら、さっきまでのパニックから立ち直ったユンピアが、額に敬礼のように手を水平に当て、「んーっ」とわざとらしく周囲を見回した。

「わっかんないわねー」

「…………」

 こいつは、何のために俺について来ているんだ。

「そんな態度で良いのか、サポートキャラの天使さまよぉ」

「う」

「マップ機能とか持ってないのかよ、せめてこの場所の情報とか。どこに向かって進めば良いのか知りたい」

 それと、きちんと休める場所が欲しい、近くにないのかな。

 泳ぎ疲れた上に、身体が冷えきっている。

 濡れた衣服を乾かしたい。

 脱いで裸になるなら、風の当たらない場所が欲しい。


 あらためて周辺を見回すと、まさに大河と呼べる大きな川が、目の前を悠々と流れている。くの字のカーブを緩やかに描いるのが分かる。俺の上がった岸はカーブの内側だ。

 遠くに見える向こう側の岸は、すぐに雑林になっていた。

 こちら岸は広い河川敷になっており、大小様々な丸石が敷き詰められている。大きな岩も多い。

 河川敷の途切れる辺りは、反対岸と同じように雑林になっていた。


 どうしよう。

 人の気配が、全然ないぞ。

 つまり周囲に、人の手が入った様子がない。

 遠くの雑林の上あたり、数羽の鳥がかたまって飛んでいる。

 これぞ、ザ・大自然って感じの風景。


 俺は、遭難しているんだろうか。

 唯一の救いである晴れた空を見上げる。透き通るような青い空と、薄い雲と、冬の太陽の日差し。深いため息が出た。


 なにこの無理ゲー。


 ゲームだよな、これって。

 やたらリアルで、本当に無意味なくらいにリアルで、寒くて、溺れそうで、本気で命の危機を感じるほどの作り込みだけれど。

 ただのネットゲームなんだよな?

 だったらせめて、転送後は近くに街があるとか、案内役のNPCを準備して欲しい。


「ここってダナウエル大陸で間違いないんだな。ダナウエル大陸オンラインだよな」

 さっきから首をかしげているユンピアに向かって問うてみる。

「そうよ、それだけは間違いないわね」

 そう言って、目玉を上に向けてグリグリ左右に動かす。

 何かを検索するとき、こいつはそういう仕草になるようだ。

 ちょっと面白い。


「駄目だわ、ぜんぜん繋がらない」

「どういう意味だ」


「だから外部の情報、つまりインターネット上の各サイトにアクセスできないのよ。あと日本アストリック社にある量子コンピュータ、ゲームサーバーとのアクセスも大幅に制限されちゃってる」


「だからつまり?」

「…………」

 ユンピアが黙りこんでしまった。


「そうか、要するにお前、サポートキャラをクビにされたのか」

「ちがーう! 絶対ちがーう!」

 悲鳴のような声を上げる。

「違うもん、女神様から直接任されたんだもん」

 まあそうだな、クビじゃないだろう。


 そもそも俺のRV四号型のシステムAIに上書きされているんだから、ここでクビになって消えられたら、ゲーム機本体のシステムが動かなくなってしまう。

 それは困る。


「つまりあれだな、プレイヤー・キャラクターと一緒に行動しているから、俺が情報面で有利になりすぎないように、運営がお前にアクセス制限を加えたんだろうな」

「運営の仕業だって言うの?」

「今も監視しているかもよ。てか監視していると思うぞ」

「むー、それはありえる、女神様に言いつけてやる」

「だからこれからは、外部のデータベースじゃなくて、お前個人の記憶が頼りってわけだ」


 ユンピアが目を見開いて俺を見る。

 なぜ意外そうな顔をする。


「お前はダナウエル大陸に詳しいんだろ。この場所がどの辺りか見当はつかないのか。こんなでっかい川が、そう何本も流れているとは思えないんだが」

 ユンピアが両手をポンっと叩く。

「アンタ良いところに気づくわね!」


 しばし腕を組んで考えこむユンピア。

「そうね」

 パッと顔を上げた。

「きっとミレーヌ大河だわ。川幅から考えると、川下の方は海が近くて港町があるはず。多分歩いて十日ほどね」

「と、十日……」


 近いと聞いて一瞬期待したが、なんだよ遠すぎだよ。


「上流の方にも街があって、ちょっと覚えてないけど、こっちの方が近いかも知れないわ。大河沿いの街だから、川にそって歩けば絶対に着けるはずだけど」

「その上流の街って、どのくらいの距離なんだよ」

「うーん、私達のいる場所が正確に分からないから何とも言えないわね。でも風に潮気を感じないし、海よりは近いかも知れない」


 なるほど、信頼できそうな推測だな。

 でもなあ。

 食料を持ってないんだよな。

 あと武器がない。

 野外ってさ、多分、いや絶対モンスターとか出るよな。


「なあユンピア」

「なによ」

「このゲームってさ、食事はどうなってんの」

「ん、えーとね、プレイヤーのアバターキャラクターは必要ないわよ」

「へ」

「大陸の住人だと、食べないと餓死しちゃうけど、RV四号型からログインしているプレイヤーは、現実の肉体があるからね。ただし、現実が空腹だったら、こっちでもずっと空腹のままだけど」


「そうなのか」


「こっちでも食事はできるわよ。普通に。栄養も満腹感も得られないけど、満足感は得られるかもね」

 なるほど、今から長い距離を移動しても、食料の心配はしなくて良いんだな。

 空腹での行動制限も無いのか。

 とりあえず助かった。


「あとは武器か」


 いま何かに襲われたら、あっという間に、そして一方的に殺される自信がある。


「不親切なゲームだよな。こういうサバイバルさせるんだったら、初期装備に武器とか道具を持たせるべきだと思うんだよな」

 そう言うと、ユンピアが首をかしげた。


「それが不思議なのよね。そもそも最初に転送されるのは、始まりの街のはずだったのに」

「始まりの街って」

「たしか三つの街がスタート用として設定されたはずよ。周辺に生息するモンスターが比較的弱かったらしいわ。チュートリアル的なクエストも用意されているの」

「それじゃ何で、川の中とか」

「何かの手違いか、不具合か。それともアンタのせいか……」

 ユンピアが、じーっと俺を見る。


「なんで俺のせいになるんだ」

 あまりの言い様に、思わず声が大きくなる。

「だってねえ、アンタって最初から在り得ないことばかりやってるから」

「何にもしてねえだろ」

「はっ、これだから」


 どこぞの外人みたく両手を広げながら言う。

 腹立つやつだな。


「まあ、だからこそ私が使わされたわけだけどね。私のおかげでアイテール投射を阻止できてるんだからね。アンタが変な場所に行かないように、転送のシステムに介入してるってわけよ」

 なるほどな、もちろんこいつがサポートとして来たのが、善意からってのは認めよう。

 そしてどうやら俺が、何かしら予想外の出来事を起こしたってことも。

 腹が立つ上に、RV四号型の本来のAIの方が、サポート面で有能そうだけど。

 ん、いやまて。

 いま何か気になることを言わなかったか。

「なあユンピア、いまお前さ……」


 さらに尋ねようとした、その時。

 ドオンッ!

 と大きな炸裂音が聞こえた。

「銃声だわ」

 ユンピアが言う。


 慌てて周囲を見ると、河川敷の先にある雑林から、音に驚いた鳥達が一斉に飛び立つのが見えた。

 反響して方向が分からなかったが、銃声はそっちの方だったのかも。

 俺とユンピアは、顔を見合わせた。


「行ってみる?」

「当たり前だ、行くぞ」


 上手くすれば、欲しい情報が手に入るかも知れない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ