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41 アルバイト日和9

 いったい何を言っているんだ。

 すごい違和感がある。

 訴える、俺を?

 それって裁判の話し?

 どこの裁判所だよ。

 そもそも被害者は俺たちの方じゃないのか。


「ロギーってのは、ウバイさんにファイアーボールを撃った奴ですよね」


 ベッドの上に座っているシランジュが心配そうな顔で見ている、その頭を撫でながら金髪のボディビルダーに問う。


「そういう事らしいな、この宿のNPCであるウバイと争いになったようだ」

「争いと言うよりただの一方的な暴力だと思うけど。その頭のおかしい奴が俺を訴えるとか、まったく意味が分かリませんが」

「はぁ? なんで分からないの、頭悪いわね」


 ポニーテールの女が割り込んできた。

 見た目が明らかに外国人だし年齢も分かりにくいけど、多分18才くらいだろう。


 彼女が着ている服はEU加入国の各国女子A代表だけで戦うEUプロリーグ、そのイタリア代表のものらしかった。

 赤地に白と緑の斜め線がついている、この人はイタリア人かもと思う。

 ダナウエルでは言葉の壁がないから不思議な感じだ。


「いや、いきなり攻撃魔法で襲って来た奴が、何でこっちを訴えるんだよ」

 彼女に向かって状況を説明したけど、聞く耳を持たない顔で肩を竦めるだけだった。


「はいはい嘘乙、ちゃんと証言が取れてるから出鱈目を言っても無駄よ」

「証言って、どんな」

「プレイヤーが宿のNPCと共謀して襲って来たから、身を守るために応戦したけど、力及ばずに殺されたって話を聞いたわ。ほんとマナー違反どころか犯罪者じゃないの。泊り客を襲って金目の物を奪うとか、悪人プレイをしたいのかも知れないけど、もう少し他人の迷惑を考えろっての」


 女は俺を馬鹿にしたような視線を向ける。


 いやちょっと待って。

 その無茶苦茶な話は何なんだ。


 あいつはいきなりウバイさんに魔法を撃って、庇おうとした俺ごと殺そうとした。

 あの時ウバイさんはギリギリ助かったけど、HPリンクが間に合わなかったら命を落としていた。


「その有り得ない証言は誰が言ってんですかね、まあ聞かなくても分かるけど」

「内容が間違っていると言いたいのかね」

「全然違いますね、一方的に殺されかけたのはこっちで、身を守るために応戦したのもこっちだし」

「はいはい嘘乙」

「うるさいなぁ! 何で俺が嘘を言ってると決めつけてんの」

「当たり前でしょ! あんたの話はあんたしか証言してないけど、ロギーさんの話はその場にいたプレイヤー二人も事実だと証言してるもの!」

「はあぁぁ?」


 その二人って、ロギーって男の仲間だよね。

 あの場にいた黒人の娘とヒスパニック系の女でしょ。


「そいつらロギーの仲間じゃないか、話を合わせているに決まってるでしょ。第一あの場にはウバイさんやイシュマシュ、ミャーリャも居たのに、ちゃんと話を聞いてるのか」

「あんた馬鹿なの、そいつらってNPCでしょ、なんで話を聞く必要があるのよ」

「えええぇっ」


 あまりの言い分に、一瞬言葉を失ってしまう。

 いや聞くだろう、その場にいたんだから、当たり前じゃないか。


「もしかして、NPCからの話しは聞かないのか」

「当然でしょ」

「いや何で」

「ほんと頭が悪いわね、クエストでも無いのにまともな答えが返ってくるわけがないでしょ」

「ちょっと待ってどういう理屈なの、まともにNPCと会話したことないの」

「だから、するわけないでしょ馬鹿馬鹿しい」

「マジか……」


 部屋の入口に立ったターバンを巻く髭モジャの青年ザァイと目を合わす。その横に立つ妻のミャーリャは20歳くらいの線の細い女性だ。息子になる3歳のシランジュは俺のベッドの上で胡座をかいている。

 彼らを見て、感じて、話して、それでもコンピューターの作った心を持たないゲームキャラだと思えるなんて、むしろ逆に凄いと感じてしまう。

 

 ただのゲームだったら、いちいち町の住人に声をかけないのも分かる。

 イチザートにしても何万人もが非プレイヤーが住んでいるのだから、昔のコンピュータRPGみたいに誰彼構わず話かける方が異常だろう。通行人全員に声をかけるなど、ちょっと心の病ですらある。


 しかしNPCと関わりを持たないようにしたくても、普通にプレイしていれば顔なじみが生まれるし、気に入った酒場や食堂には店員もいるわけだし、常連客から声をかけられたりもする。

 そのうちに疑問を抱くはずだ。

 言葉や行動に込められた本物の生活感や感情、生命力を感じ取るからだ。

 彼ら彼女らは誰がどう言ったってAIには見えない。


 まあ、あたりまえなんだけど。

 なにせユンピアの説明によれば、彼らはアバター生命体という存在なのだから。

 何年前の事かはきちんと聞いてないけれど、日本アストリック社のスタッフが集合無意識領域に漂う精神体っぽい何かに、仮想空間とアバターを与えたのが始まりだったらしい。


「NPCは、ただのコンピューターが操作するAIとは違うよ。ノンプレイヤーのキャラってだけで、ちゃんと現実に存在している」


 少し物思いに陥りながら、俺はポツリとつぶやいた。

 それらの事はアストリック社の方針で極秘扱いらしいのだが、本当にさっさと発表して欲しいと思う。


「あー、あんたもその手の人なのね」

「え?」

「あれでしょ現代のAIは人間と同じ心を持ってるとか、持つようになるとか。私そういうの無理、受け付けないのよね」

「あ、いや、そういう話じゃなくて、まあAIの自我も否定はしないけど」

「ほらやっぱり、でも今はそういう頭の足りない話じゃないのよ、あんたの悪人プレイのことよ」

「悪人プレイって……」

「とにかく仮想現実にリアルの法律なんて関係ないけど、逆に言えばこっちサイドだけのルールってやつもあるの。つまり私たちプレイヤー自身が法律を作るのもアリってわけよ」


「法律を作る? プレイヤーが勝手に国の法律を作るって言いたいのか。それってギルドやチーム内の決まり事じゃなくてか」

「はぁ、本当に頭の悪い人と話すと疲れるわね、そいういう小さい規模の話じゃないの。つまりプレイヤーによるプレイヤーの作るプレイヤーのための法律ね。で、あんたはプレイヤーの法律に違反してるから裁かれるってわけよ」

「なんだよそれ……」


 一度に入ってくる情報が多すぎる、というか感覚というか感性が違い過ぎて、理解が追いつかない。

 えっと、ここって一応オープンワールドのゲームだよね。

 一部の人たちが勝手に法律を作って、他の人たちを従わせるって話し?


 ……あーそっか、なるほど、何となく理解した。

 つまりそういう話しか。

 勝手に作ったルールを、他のプレイヤーに押し付ける感じか。

 この二人はヤバイ連中かも。

 どっかのギルドかチームが始めたんだろうか、この二人の所属する団体はどのくらいの規模なんだろう。

 面倒な事になったのかも……。


 でも、そもそもネトゲのルールってのは運営が決めるものだよなぁ。ここダナウエル大陸の法律に至っては、運営どころか大陸の住人が決めるものって気がするし。

 もちろんプレイヤー間のトラブルは住人を巻き込まずプレイヤー同士で話すってルールがあっても良いけど、あくまで当人同士ってのが基本だろうし、こんな風に勝手に割り込んだ上に一方的に悪者扱いとか、結論を出すまでが幼稚すぎないか。


「まあ趣旨は分かったよ、そっちが勝手に作った法律とやらでロギーって奴に罰金を払えと」

「その通りだね、罰金じゃなくて示談金だがね。ちなみに我々には金銭は入って来ないよ、我々の活動は無料の社会奉仕だからね。君もダナウエルには我々のような存在が必要だと思うだろう」

「はぁ……」


 金髪のお兄さんが会話に入ってくる。

 ポニーテールの女子が何度かうなずいた。


「そうですね暴走するプレイヤーも多いみたいだし、そういう考えがあっても良いとは思います。ただし公正であればですけど」

「はぁ? 悪人プレイする奴が知った風な事を言えたものね! ああ気持ち悪い鳥肌が立つ!」

「あのさ、だからそういう態度が公正さに欠けてるんだよ、なんでこっちが悪いって決めつけるんだよ」

「ああもうアランさん、このアジア人って馬鹿すぎて話しにならないんですけど! 何度も何度も何度も証言があったからって言ってるのに!」


 女が甲高い声を上げる。

 いきなりヒステリーになるのは辞めて欲しい、一緒にベッドに座っているシランジュもビクッと震える。

 意味もなく幼児を怖がらせるな。

 あと、その証言が問題なんだよ、ぜんぶ嘘なんだから。


「話しにならない」


 思わずつぶやくと、アランと呼ばれた男が眉間に皺を寄せた。


「いや話しにならないのは君の態度ではないのか。君はロギーさんの方から襲って来たと主張していたが、それを証明する事が出来ないだろう。対してロギーさんは証人が二人もいるんだよ。ようするに目撃者だ。君の犯行を目撃した証人が二人もいる上に、実際に殺害されたロギーさんの訴えもあるのだから、言い逃れは出来ないんじゃないかな」


「だから言い逃れもなにも、その二人の目撃者ってのが犯人の一味だろうって言ってるんですよ。なんで犯人の証言を信用して、被害者の話しを嘘だと決めつけるんですか!」


「そんなわけないじゃない! ユーリィにしてもタリアって子だって、通りかかったところをロギーとあんたの戦闘に巻き込まれたって言ってるんだから!」


「巻き込まれた?」

「ああ違うわね、ロギーを殺したあんたが、目撃者のユーリィも殺そうとして襲ったんだっけ」

「は?」


 ふと、あの時の状況を思い出した。

 確かに側にいた女の人たちはウバイさんに攻撃はしていなかった。

 でもロギーの行動を止めてもいなかったはずだ。

 何がどうなっていたんだっけ。

 えっと、たしかウバイさんが金貨じゃお釣りが用意できないと文句を言って、黒人の少女が小銭を出そうとしたのをロギーが邪魔して、ヒスパニック系の女が他の宿へ行こうと言い出して。

 

 俺は寝起きで少しボンヤリしていた目じりを親指で押し込んだ。


「色々思い出してきた。三人は一緒に宿を取ろうとしていたから、最初から仲間だったはずだ。ロギーがファイアーボールを撃ったのは、ウバイさんがお釣りが用意できないから金貨を両替してこいと言ったからだ。それで俺はウバイさんをかばって、ロギーをやっつけた。それから仲間の女が弓矢を構えたから、やられる前に倒そうと思ったんだ……」


 目を閉じてゆっくり思い出す。

 うん、間違いないな。

 そう言えば、あの時の俺は周囲が敵だらけに感じていた。

 いやむしろ敵にいて欲しかった?

 やたら好戦的になっていた気がする、やっぱり狂戦士って固有スキルが関係しているんだろうか。

 だとしたら凄く嫌だなぁ。


「いい加減なことを言わないで!」


 灰色髪のポニーテールの女が、俺を睨みながら声を上げる。

 すごい形相だ。

 あまりに激高するから、逆にこっちは冷静になれる。


「さっきから、ああ言えばこう言うし、私たちの話は聞かないし、自分の立場ってものを理解しなさいよ!」

「立場って……」

「君はなかなか非を認めない性格をしているね、謝るのが出来ない人なのかな。いくらなんでも釣銭が無いから、宿の主人を殺そうとしたとか意味が分からない。話を作るにしても、もう少し人の心の動きってものを理解しなくちゃね、リアリティが無さすぎる」


 金髪のボディビルダーが、真面目な顔で覗き込むように言う。

 ………………。

 あー、もう本当に駄目だなこれは。

 何を言っても、最初からロギーって奴を信じているから、こっちの話しを聞く気は無いんだ。

 まあ最初から雰囲気がそうだったし、分かってはいたけれど。


「じゃあもう良いです」


 付き合いきれない。

 シランジュの頭をひと撫でして、俺はシーツを払いベッドから降りた。

 自分の体を改めて確認すると怪我は無くて、簡易なネグリジェっぽい布を着ていた。

 部屋を見回すと、ベッドの横の籠に俺の服がたたまれていた。

 手に取ると焼け焦げている。

 普通のジーンズやシャツだからね、ファイアーボールに焼かれてしまったのだろう。

 初期装備なので、固有結界に戻れば何着でも製造できるから損失は感じない。

 ただ今は戻る雰囲気ではないし、そもそもRV四号型を通さずにダナウエルにログインしている状態なので、固有結界に入れるかどうかも分からない。


 てかユンピアとも連絡は取れないし、そもそもどうやってダナウエルに繋がったんだろう。

 あのライブホールから通り抜けた怪しい通路は、一体なんだったのだろう。


 畳まれていたシャツの方は絶望的に焼けてボロボロだったけど、ジーンズの方は少し焦げているだけだった。

 とりあえずズボンだけ履いた。

 靴下と靴もあったので、淡々と身に着ける。

 上着もあったけど、こちらも燃えてボロになってたし、正直砂漠で着るには似合ってないと思うのでそのままにしておく。

 今着ているネグリジェみたいなローブ? トーガ? みたいなやつとジーンズで充分だろう。


 身支度をする間は無言な二人連れだったので、そのまま二人を無視しつつ入口にいたザァイに目線を送る。


「ウバイさんは?」

「こっちだ、奥の部屋にいる」

「そっか」

「ちょっとあんた、どこへ行くつもりよ!」


 部屋を出ていこうとすると、ポニーテールの女子に腕をつかまれた。


「煩いなウバイさんの様子を見に行くんだよ、大怪我してるみたいだし。他にも個人的な用事があって、あんまりノンビリしている余裕もないんだ、邪魔しないで」

「何を勝手な事を!」


 腕をつかんだ手に力が籠った。

 かなりの圧力で腕を締め付けてくる。

 きっと筋力のステータスを上げているのだと思う。

 でも筋力を上げているのは俺も同じだったし、なんなら体力もかなり上げていたし、そのお陰かもしれないけど、彼女の腕を捻り上げようとする行為はまったく効果を出さなかった。


 まあこういうのって、格闘技をかじった(ゲームでだけど)男子に言わせれば力より技の部類に入ると思うし。

 力まかせなら以前のワイトの方が上だったと思うし。

 まるでなってないな。


「アランこいつ抵抗する気よ!」


 女が叫ぶ。

 アランと呼ばれた金髪男は、困ったように肩をすくめた。



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