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34 アルバイト日和2

 ライブが始まった。

 俺は警備のためパリッとした警備用の制服に着替えて、会場の一番後ろの壁に立っている。

 出入り口の横だ。

 万が一、素行の悪い客が出たら、注意をうながしたり外へ連れ出さなくてはいけない。

 他にも具合が悪くて倒れる人が出るかも知れないし、幼い子供の迷子が出たりするケースもあるそうだ。

 火事などが起きた時に、入場客を誘導する役目もある。

 舞台の設備が終わった後で簡単な説明を受け、昼過ぎから軽くシミュレート練習もした。

 ちなみに素行の悪い客役も避難する客役も、何故か全部三浦の爺孫二人組が買って出た。

 わざわざ手伝ってくれて有りがたいのだけど、おもちゃとして遊ばれていたような気もする……。


「あおぉぉぉぉん!」

 意外に可愛らしい声が、ライブホールの空間に響き渡った。

 インディーズロックバンド、る〜がる〜のボーカル、三浦みうら那由なゆの遠吠えだった。

 ついさっきまで俺をおもちゃにしていた三浦さんは、一年先輩で高校二年生だ。今は真っ赤なAラインのワンピースに真っ赤なブーツをステージ衣装にしていた。

 先輩と言っても、実授業に使っている学校は違うけどね。

「「おおおーん!」」

「「わおーん!」」

「「おおおぉぉー!」」

 ライトアップされたステージ上の三浦さんに応えて、薄暗い客席からの遠吠えレスポンスがあった。

 何十人、もしかすると何百人もの人たちが吠えている。

 昨年に続いてのライブイベント、「二周年だから遠吠えで祝う!」が始まったのだ。

 二階席は使ってなかったけど、一階席の980席は、八割以上が埋まっていた。

 大入りだ。

 そして初っ端から、みんなテンションが高い。

「うおぉぉぉぉぉぉん!」

 と再度、絹らしい薄手のワンピースをヒラヒラさせながら三浦さんが吠えると。

「「「おおおおおーん!」」」

「「「うおおおぉぉぉ!」」」

「「「あおおおーーーん!」」」

 と客席のボルテージがさらに上がる。

 なかなかの盛り上がりだ、本当に自主制作で音楽配信しているインディーズなんだろうか。

 それともインディーズってのは、これが普通なんだろうか。 


 ファンの年齢層は幅広いという話だったが、このライブに集まった客は十代後半から二十代後半くらいが多かった、男女比はほぼ半々だ。

 もしかすると年齢層の偏りは、コラボゲストで呼んでいるメジャーレーベルのバンドや、配信できる練習スタジオで活動している、中学生女子バンドの影響かも知れない。

 ただ客たちが、る〜がる〜の音楽を認めているのは間違いないのだろう。

 会場の皆は、ステージのる〜がる〜に目を輝かせている。

「みんな、ありがとー!」

 三浦さんの声に続いて、演奏が始まる。

 まずはドラム、すぐにベース、さらにギター二本とキーボード。

 単純でノリの良い16ビートが、大音量で会場を包み込む。


 いやーすごいな。

 これがライブってやつか。


 中学生の頃は演劇サークルにいたけれど、こんな生ライブの盛り上がりは知らなかった。

 バンドと会場の一体感も凄い。

 まあ俺は裏方の大道具小道具照明等々を受け持っていたから、ステージの感覚なんて知らないんだけどね。


 三浦さんが歌い出すと、古典的で古臭いメロディラインが華やかに色づく。

 ときに激しく張って、ときに太く力強くて、また細く澄んだり、優しく囁いたり。声も素敵だし語りかけるような表現力だ。

 楽器のリズムとメロディも心地良くて、身体を動かしたくなる。

 単調なリズムだからこそ、楽器の表現や音を鳴らすタイミングが目立つ。それが完璧だから気持ちが良い。しかも誰かがノリで即興を入れても合わせるあたり、さすがにメンバーは年季が入っている。

 警備の仕事とか全部忘れて、耳を傾けたい。


 だが今日の俺は仕事人間なのだ。

 借金返済のために、身を粉にして働くのだ。

 演奏に夢中になるわけにはいかない。

 くっそー、次の機会には絶対チケットを購入しよう。

 絶対に!


 ひときわ高くギターが掻き鳴らされた。

 間奏に入ったのだ。

 三浦さんは両腕を上げてクラップを要求している。

 すぐさま会場の客たちが応える。

 そんなとき。

 ライブ会場全体に、数十本の真っ白な光の柱が走った。


「ん?」


 下から上に、次から次へと。

 よく見ると直径五センチくらいで、柱というよりも太い光の棒って感じか。

 10秒くらい続いて終わった。


「なんだ今のは?」


 3D映像の演出だろうか。

 それにしては、会場の人たちが何の反応もしていないけど。

 演奏に夢中で気づかなかったんだろうか。

 派手な光だし、歓声のひとつも上がりそうなものだが。


 と思ったら、会場が大きく揺れた。

「うおぉ!」

 どうぅんっと何かがハウリングを起こす。

 俺も危うく足を取られそうになる。

 立ち上がってリズムを取っていた観客たちも、何人かは足を滑らせて、椅子の上に座り落ちていた。

 さすがに演奏も止まる。

 会場内にざわめきが満ちた。

「わわっ、今の地震!?」

 三浦みうら那由なゆの声がマイクを通して響いた。

「び、びっくりだねーっ、皆さん大丈夫ですかーっ」

 明るい声で言う。

 すぐに不安げなざわめきが収まり、大丈夫でーすとか、平気だよとか、元気な声がレスポンスされた。さすがにインディーズと言えどもプロだ、こんな時も出演側の顔を忘れないし、むしろステージトークのネタみたいに使っている。

 自分だって不安だったはずなのに、おくびにも出さない。

 あっという間に、ライブの雰囲気を取り戻してみせた。

「ほんっと関東って地震が多くて嫌よねー。よーし、そんじゃ再開するぞー!」

 マイクを持ち、片手を高く上げて叫ぶ。

 観客も、それに応える。


 と、その時。

 また会場内に白い光が走った。

 今度はさっきよりも細く小さかったが、まるで雨のように大量だった。

 雨と言っても、光が向かった方向は下から上だったが。


 その足元からのシャワーが消えると、また同じように地面が大きく揺れた。


「きゃあっ!」

「おっと」

 始まったばかりの演奏がまた止まる。

 マイクにも三浦さんの悲鳴が入ってしまった。

「で、でかいぞ」

 誰かの声がする。

 揺れは五秒から六秒ほど続いて止まった。

 かなり長かったように感じる。

「し、震度5かなーっ」

 マイクを持った三浦さんがおどけた声色で言うが、さすがに少し震えていた。


 ここで筋肉質の幸之助さんがドラムのブースから降りて来た。

 孫の三浦さんに何かを言ってマイクを受け取った。

「あー、ちょっと良いか。そうだ高島、客席の明かりを点けてくれ!」

 幸之助さんが作業チーフをしていた高島さんに指示を出すと、すぐに客席の天井照明が点いて明るくなった。

 それから話し始める。


「ええと皆さん、この井之頭ライブホールは耐震構造がしっかりしており、震度7でも崩れないようになっています! また地元の方がいるなら御存知だろうが、井之頭ライブホールは災害時の避難場所にも指定されているそうだ。三鷹市と協力して、水や食料、寝袋や薬品などの備蓄もされている」

 幸之助さんは、いったん間を取って客席を見渡す。

 皆、静かに耳を傾けていた。

「あー、つまりライブホール内は非常に安心できる場所であり、むしろ外よりも安全である事を理解して落ち着いて欲しい。ええと、ライブの方は申し訳ないが三十分ほど中断して、外の様子を確認してから、再開するかどうかを決めたいと思う。なにせもしかすると避難してくる方が居るかも知れないからな。皆さんもお持ちの携帯端末など使って、家族の安否などを確かめてもらいたい」

 確かに、これだけの地震であれば、何らかの被害が起きた可能性があるし、避難民がやって来る可能性もある。

 うーん、俺も家に連絡を入れておこうかな。

「会場の扉は開放するが、我々が安全を確認するまでは井之頭ライブホールの外に出るのは控えてもらいたい。詳細は追って館内放送で告げるので、よろしくお願いする!」

 そこまで話して、幸之助さんは顔を上げた。

 一番後ろに立っていた俺と目が合う。


 あ、そうか。

 慌てて片手を上げて、了解の意志を示した。

 今の俺は警備だ。

 幸之助さんの視線は、きっと警備として考えて行動しろという合図だろう。


「そ、それでは皆さん、慌てずに行動して下さい! ええっと、まだ揺れるかもしれませんが、その時は姿勢を低くして、むやみに動かずに冷静な対応をお願いします! 井之頭ライブホール内は安全ですので、安心して揺れが収まるのを待って下さい!」

 とりあえず、さっきの幸之助さんの言葉を借りて声掛けをした。

 マイクが無いから素で張り上げる。

 ちょっと声がひっくり返って、恥ずかしかった。


 ちなみにライブホールが避難場所になってるなんて知らなかった。

 ここって頑丈に作ってあるんだな。


 次に近くの扉を開放してまわった。

 二重扉を開いたまま固定する。

 会場の後ろの壁にはドアが三箇所あって、右壁と左壁には一つづつある。左右の方は他のスタッフがやってくれるようだ。

 雇っていた大学生たちが職場拒否をして消えたので、代わりに井之頭ライブホール専属のスタッフさん二人が、急遽警備を手伝ってくれている。

 太った年配の男性と二十歳半ばの女性だ。

 しかし用意した制服のサイズが合わず私服のままなので、いかにも警備員といった制服を着ているのは、この会場で俺ひとりである。


 なんか、ひとりだけプロフェッショナルな出で立ちである。

 まあ中身が高校一年生なので、我ながら何かのコスプレみたいな感があるのだけど……。

 全身鏡で確認した時は、膝をつきそうになった。

 あまり意識してなかったけど、改めて確認すると、俺って結構幼い顔つきかも知れない。

 くそ、若いって罪だ……。


 その後、どうやら心配した揺れ戻しも無く、十分も経たないうちに周囲は落ち着きを取り戻して行った。

 ただし客たちの間に、揺れとは別の不安というか、疑問が充満し始めていた。

 今の地震の情報が、どのサイトにも上がっていなかったらしい。

 この情報スピード化が著しい時代とは思えない反応だ。

 最近では情報共有の新しい法案が通ったとかで、民間の団体が世間を監視できるようになっている。

 ネット情報の拡散も、年々速度が増している気がする。

 リアル社会でも民間団体が、公共の場所に監視ドローンを飛ばしたりしており、それが普通に受け入れられる程には、個人情報拡散への忌避感は低い。むろん公共領域に限っての話しであり、自宅などのプライベートを覗かれるのは論外だが。

 まあ外で撮影されるのが嫌で引き篭もる人もいるそうだけど。

 なおライブホール近くの井の頭公園でも、広い園内を2機の小型ドローンが飛んでいるらしい。ここから配信される監視映像は、誰もがネットから見れるようになっている。

 俺は見たこと無いんだけどね。


「やっぱこっちも出てないな」

「ツィートにも無いわ、てか捏造扱いされて腹が立つ」

「マジか、三鷹市どころか井之頭公園も揺れてないみたいだぞ、なんかどこも普通っぽい」


 話し声が聞こえてくる。

 俺も手元の携帯端末で確認してみた。

 確かに、臨時ニュースもなければ、災害アラートも発動していない。

 特にメールも無ければ、SNSにもメッセージは無い。


「うーん、どうなってんだ」

 あれだけの大きな揺れなら、被害が無くてもニュースには流れるはずだ。


 その時、持っていた携帯端末が着信を受けて振動した。

 マナーモードにしてあるので音は出ない。

 振動は連続して止まらないので、電話の方である。

 画面表示には「チーフ高島さん」と出ていた。

 慌てて受信マークをタップする。


「はい浪野なみのです」

「ああ浪野君、そっちに那由なゆちゃんが行ってないかい」

「三浦さんですか、いや見てませんけど」

「……そうか、困ったな、どこへ行ったんだ」

「いないんですか」

「いないんだよ、こんな状況だってのに」

「えっと、トイレとかじゃないんですか」

「そこは安倍さん、ホールのスタッフの女の人に確認してもらったよ、トイレにも居なかった」

「そうですか」

「困ったよ、どこか心当たりはないかい」

「いや、うーん、ちょっと分かりません……、売店の自動販売でジュースを買ってるとか」

「ああ、そういう可能性もあるのか。いやここで自分で買いに行くとは思えないが、もし見つけたら連絡をして欲しい」

「了解しました、ちょっと売店を見てきます」

「よろしく頼むよ」

 そう言って通信が切れた。

 ふむ、売店に行ってみるか。


「きゃああああ!」


 そう思って歩き始めた途端、甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「うわああ!」

「な、なんだこいつ!」


 え、なに。

 今度はいったい何事だよ!

 

「痛てえ! か、噛まれたああっ」

「いやあああああっ」

「危ねえ、刃物っぽいの持ってるぞ!」


 騒ぎがどんどん大きくなる。

 どうやら売店の方からみたいだ。

 とにかく取り敢えず、俺も売店の方へ走る。


「なんですか! どうかしましたか!」


 逃げ出すもの、逆に様子を知りたくて近づく者、遠巻きにしている者。

 そんな人たちを掻き分けて現場らしき場所に着く。

 目に入ったのは、毛むくじゃらの背の低い人影だった。

 いや、人ではない。

 どちらかと言えば猿に近いかも知れない。

 しかし猿のような愛嬌は感じられないし、猿にしてはサイズが大きい。

 小学生くらいの背丈はある。


「ゴ、ゴブリンだ……、こいつはゴブリンだぞ!」

 誰かが叫んだ。

「ネット配信で見たことがある、こいつダナウエル大陸のゴブリンだ!」


 その言葉に、思わず俺は固まってしまった。



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