表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/44

32 ヘルンめぐり

 道中でトラブルもなく、東の森の歩行は順調に進み、やがて長草の生え茂る丘陵地帯に抜けた。

 見渡す視線の先に、石造りの街ヘルンの建物が見えた。

 大陸時間で午前10時過ぎ、良いペースで進めたようだ。


 この辺りは膝上まで伸びる雑草の草原になっており、風が吹くたびに草の匂いがすごい。少しくすんでいたが冬でも枯れない種類のようだ。晴れた空の日差しも気持ち良くて長閑のどかだ。


 三、四十分も歩くと、高さ4メートル程の長い石壁が見えて来る。

 大きく分厚い木製の東門が開いており、白髪交じりの痩せた兵士と、筋骨隆々でスキンヘッドの兵士が、門番として立っていた。

 二人とも壮年だ。

 俺たちが近づくにつれ、二人は驚愕の表情を浮かべた。


「こんにちは兵隊さん、いつもご苦労様」

 チェルシが声をかける。

「……ひとりで担いで来たのか」

 スキンヘッドの兵士が俺を指差して言った。

 確かにこの格好は、ちょっと異常なのかも知れない。

 全面にはカエルみたいにへばり付く女の子を抱えて、背中には大猪を背負っている。

「まあ俺は、腕力だけはありますから」

 と応えておく。

「すごいなお前……、えーと報告にあった妖精連れの二人だな、昨日の早朝に森に出かけたらしいが、無事に戻って来れたか」

「ええそうなの、狩人小屋を使わせてもらったわ」

「勝手に使ったのか」

「この子を拾ったから仕方なくよ、連れ帰るために朝を待ったの」

「この子? ってゾンビじゃないか!」


 チェルシの説明を受けた兵士が、抱いたままのマリベルを覗き込むと、驚いて声を上げた。


「森に放置するわけに行かないでしょ、連れ帰ってあげなくちゃ」

「そりゃ確かに、その通りだ」

「登録が必要かしら」

「ヘルン隊の本部に行ってくれ、手続きと身元確認の要請が出来る」

「了解よ」

「しかし、これはまた立派な猪だな」

「ふふ、運が良かったわ」

「そうだな、羨ましいよ」


 一通りの確認と挨拶がすんで、俺たちは東門をくぐった。

 通りすがりにスキンヘッドが肩を叩いて、ご苦労さんと言ってくれた。

 マリベルを運んできた事へのねぎらいらしい。

 どんな世界であっても子供が死ぬのは辛い出来事だ。せめて遺体くらいは遺族の元に届けてあげたい。だからご苦労さん、と。

 壮年の門番の声には暖かさが込もっていて、俺にはそんな風に聞こえた。


「先に猪を買い取ってもらいましょ」

 チェルシが猪を指して言った。

「それは助かる」

 さすがにずっと背負うのは重たいからな。

「もうちょっと頑張ってね」

「おう」


 どこで売るのかと思ったら、狩人組合の本部だった。

 西の路上市場通りに近い場所にあり、人通りが多くて歩きにくい。


「ちょ、こんなところで……、あ、すみませんっ、まってチェルシ……」

 何人かにぶつかりながら、なんとかチェルシの後ろについて歩く。

 組合の本部は石造りの立派なニ階建てで、一階は事務になっているらしく、両開きのドアは開けっ放しになっていた。

 止め石が置かれてあった。

 かなり大きな入り口だったので、大猪を背負ったまま入ることが出来た。

 ありがたい。


「こんにちは」

 チェルシが声をかけると、「あらいらっしゃい」とカウンターにいた年配の女性が席から立った。

「あらジュノーの娘さんね、何か御用……、それ凄いじゃない!」

 五十歳半ばに見える女性は、チェルシから俺に視線を移した途端に叫んだ。

「まあまあまあ、なんて立派な猪でしょ」

 カウンターから身を乗り出している。


「買い取って頂きたくて、どうでしょうか」

「勿論かまわないわよ、奥の作業台まで持っていって頂戴」

「ありがとうございます」

「いま出払っているから、査定には一時間ほどかかるかも知れないわ」

「分かりました、またそのくらいにお邪魔します」

「ほんと、たいした獲物だわ」


 廊下の先にある奥の部屋に案内され、作業台の上に大猪を降ろした。

 やっと開放された。

「ぐっはーっ」

 ついでにマリベルも降ろして、思いっきり背伸びをする。


 歩き出すとゾンビっ子がゆっくり付いてくる。

 歩調がのろいな。

 ふむ。

 両手を差し出すと首に抱きついて来たので、また抱える事にした。

 足をカニみたいにして巻きつけてくる。

 同じ服を着ているし、これって本当に兄妹に見えるかもな。

 てか、この子の服も買いに行かなくちゃな。


 チェルシはカウンターの女性と、狩人小屋の事で話していた。

 女性は一度マリベルを確認した後、チェルシの渡した羊皮紙を受け取った。どうやら小屋に残してきた分と合わせ、二枚書いていたようだ。

 しきりに頭を下げるチェルシに、年配の女性は笑いながら応えていた。

 ……なんだ、思ったより寛容じゃないか、ボコボコにされると心配して損した。

 まあチェルシの殊勝な態度に対して、寛容になってくれたのかも知れないけど。


「次は役所ね」

 組合本部を出たチェルシが言う。

「ゾンビは遺体扱いだから、本来は身内が引き取るものなんだけど、すぐに身内が引き取れない場合は死体安置所に預けるか代理人が引き取る事になるの」

「死体安置所があるんだな」

「役所に、つまりノルンの兵士隊本部にあるわよ、ナミノはどうするつもり」

「もちろん俺が引き取るさ、とりあえず身内の正体が分かるまではな」

 それを聞いたらしいマリベルの腕に、少しだけ力が入った。

 キュッと首に抱きついてくる。

 うんうん、ここで見捨てるような事はしたくない。

「そうか、そうよね」

「ん、どうしたの」

「ほんとは私が引き取ろうと思ってたんだけどなぁ。マリベルちゃん、すっかりナミノに懐いちゃったもんね」

「そうだな」


 と言ったら唐突に、チェルシが首をかしげた。

「うーんそれはそれとしてね、さっきまで猪があったから目立たなかったけど、首に抱きつかれたまま歩いてるのって違和感あるわよ……」

 目を細めながら言う。

 確かに俺の身長が171センチ、マリベルは俺のみぞおち程の背丈だ。

 そんな大きな子を、赤ちゃんのように縦抱きしている。

 今までは解体途中の生々しい猪があったから、そっちの方が目立っていたけど、こうなると抱えている理由が不明な分だけ悪目立ちしそうだな。

 周囲の人にとっては、なんで女の子を抱えて歩いているんだろうかって話しだよな。


 って、まてまて。

 前に抱くから変なんだよ、猪が無くなったんだから背負えば良いだけだ。

 そうすれば、ほら問題ない。


「そうかしら……、まあさっきよりはマシか」

 マリベルを背負い直した俺を見て、腕を組んだチェルシが評価を下す。

「今日のところは歩く速度が問題だからな。大陸の昼過ぎにはログアウト……、じゃなくて眠らなくちゃいけないんだ、それまでに急ぎの用事を全部すませたいんだよ」

「そうなのね」

「おう、今回は長時間ずっと起きていたけど、正直ちょっとキツイし」

「また寝ちゃうのね」

「悪いな、でも心配はいらないぞ」

「うん知ってる……」


 話の流れから少し急ぎ足になって、ノルン隊本部に向かう。

 領主の屋敷の近くに建てられており、前にワイトの聞き取り調査で二日ほど出向いたことがある。

 三階建の石の建物で、大砲の弾もはじきそうなほど分厚い壁だ。

 門構えも立派である。

 でも街の門のように、見張り番は立っていなかった。

 ノルンは基本的に平和な街なので、あまり領民を警戒していないようだ。


「ではこれで、このゾンビはあなたの所有となります」

 説明を聞き終わり、役所のカウンターでサインをすると、俺はマリベルの身内代理人として正式に登録された。

 またマリベルは遺体と同時に物品扱いになり、俺の所有品、つまり財産として扱われる事になった。

 代理人でありながら個人の財産ってのは奇妙な話しだけど、ゾンビは痛みやすいので、こういう手続きにしておかないと、本当の身内が引き取るときに、難癖を付けてくる場合があるらしい。

 ただの代理人の癖に、大事な家族の遺体を傷付けたと。

 だから受け渡すまでは代理人個人の財産という事にして、本人の物だから本人が傷付けても問題ないという体裁を取るらしい。

 これで法的に訴えられても、問題ないというわけだ。

 ただもちろん死体遺棄罪や遺体陵辱罪など別の刑罰も存在するので、例えばモンスターと戦わせて傷つけたり、面白がって見世物などにすれば、犯罪として裁かれる可能性がある。

 この手の道徳面では、女神教会も黙っていない。


 ところでマリベルには、本当の身内がいるわけだが。

 以前チェルシが聞いたかぎりでは、ろくな身内じゃ無さそうだったので、「森で見つけたゾンビ」の身元調査を役所に要請するのは止める事にした。

 俺とチェルシ、それからユンピアと話した結論だ。

 下手をするとマリベルが、火葬などで処分されるかも知れない。

 身内の人たちの様子が分からない限り、マリベルの存在を積極的に明かすのは避けた方が良い。

 役所には、心当たりがあるので自分たちで訪ねると説明した。


 嘘は言っていない、その通りにするつもりだったし。

 俺たちはマリベルの身内を探し出して、独自に調査をすることにした。

 まずは出家する事になっていた、ヘルンの教会で話しを聞こうと思う。

 うまく聞き出せれば良いけどな。

 結果如何では、いずれ港町ダビットまで足を伸ばすかも知れない。


 でもまあ、それも少し先の話しだ。

 しばらくはマリベルの身柄を、俺とチェルシで世話することになった。

 俺がログアウトしている間はチェルシに任せる。


 役所での手続きを終えると、俺たちは狩人組合本部に、査定の結果を聞きに行った。

 驚くことに大猪は、金貨6枚で買い取って貰えた。

 金貨6枚、日本円にして約六十万円。

 マジか、大金だぞ。


 大物の上に脂が乗っており、最高の肉質らしかった。

 血抜きや内臓抜きの処理も上手に出来ており、さらに品質を高めていた。

 それを聞いたチェルシの顔が、パァァッと輝いたのが印象的だった。

 うんうん、よかったな。

 金貨は3枚ずつの山分けにした。


 さあ次に向かうべきは、お待ちかね、商店街や路上市場での買い物だ。

 今日の俺は太っ腹だ。

 前に領主から貰った分も結構残っていたし、ちょっと贅沢しちゃおうか。


 最初に向かったのは、もちろんマリベルの服だ。

 可愛らしい木綿の服を何着か買った。

 支払いは俺だが、見繕ったのはチェルシだ。

 もちろん下着や肌着も購入した。

 靴も買い替えた。

 青白い肌や白濁した眼を隠すために、薄手のフード付きローブも買った。

 街で連れ歩く時は、ゾンビと知られない方が良さそうだもんな。


 マリベルの用事が終わると、チェルシに引っ張られて弓矢専門の武具屋に入る。

 彼女の気に入った三重層の合成弓は、まだ売れずに残っていた。

 金貨2枚で購入する。

「これで大猪だって倒せるわ!」

 とか言ってるけど、あいつらは危険だから止めたほうがいいぞ……。


 宿に戻ると、女将にゾンビお断りの通達をもらった。

 くそー、良いじゃんか、けち臭いなあ。


 仕方がないので他の宿を探す事にする。

 チェルシと二人して何件もまわっているうちに、西の門の外、街の壁の外になってしまうのだが、ミレーヌ大河沿いの大きな船着き場の近くに、質素な宿を見つけた。

 二十歳前後の若い夫婦と、年老いた男の三人で経営していた。

 客のほとんどは船漕ぎや港町ダビットの下級労働者で、宿賃が安い分だけガラも悪い。

 一階の酒場には、安酒しか置いてなかった。

 それでも若い夫婦の方は人当たりが良くて、ゾンビの身内代理人になったナミノに理解を示してくれた。

 死体安置所に預けるよりは、よほど人情があると。


 俺は二人部屋を長期で借りて、チェルシは一人部屋を短期で借りた。

 別に同じ宿にする必要はなかったのだが、とりあえず泊まってみるそうだ。


「この辺りで暮らすなら、あまり良い服は着ない方が良いわね」

 チェルシは残念そうに、マリベルが着るべき服を仕分けていた。


 しかし当のマリベルにとっては、この宿の立地条件はかなり良かったらしい。

 何故なら彼女は、もの凄く川に行きたかったらしいので。


 この日最後のイベントは、ゾンビっ子と一緒にミレーヌ大河の岸に行った時だった。

 買ったばかりの服に着替えていたマリベルは、森の小川の時のように、俺に向かってバンザイをした。

 どうやら脱がせろと催促しているようだ。

 周囲に人影も無かったので、言われるままに脱がせると、裸のマリベルは川の中に入って行って、例の聖属性魔法を使った。

「ぁぁあ”あ”あ”ぁぁあ”ぁぁあ”ぁ!」

 という悲鳴付きで。

 白く光る手をお腹に押し付けて。


「なにやってんの!」

 思わず岸から叫んでしまう。


 しばらくするとマリベルは、黒い体液を口や眼や鼻や耳からボゴボゴと流し出し、うつ伏せに倒れ込み、ぷかーっと水に浮いて流され始めた。


「お前はぁぁぁ!」

 慌てて川に入って、遠くまで流れていくマリベルを捕まえる。


 裸になり、ミレーヌ大河に入って、聖属性魔法を自分にかける。

 これはマリベルの日課になった。

 ちなみにユンピアは、流されていくマリベルを見て、腹を抱えて笑っていた。



読んで頂いてありがとうございます!

設定見直しのため、少しのあいだ投稿を休憩します。

また読んで頂けたら嬉しいです。

よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ