31 夜明けの森
波長のようなものを感じて目が覚めた。
自室のベッドの上だ。
頭に違和感を感じたけど、すぐにRV四号型だと気がつく。
今のは無音目覚ましの誘導だったのか。
部屋はまだ暗くて、頭が重い。
「おはようナミノ」
RV四号型からユンピアの声がした。
「……おはよう」
すごく眠い。
「ひどい声ね、すぐにインするの?」
「そっちの状況はどうなってるんだ」
「チェルシは起きて朝食を作ってるわ」
「へえ」
「ゾンビっ子は相変わらずだけども……」
「なんだよ」
「うーん、見た方が早いかな」
なんとなく思わせぶりな事を言う。
「ちょっと顔を洗って、目を醒まして来る」
俺はヘッドセットを外して洗面所に向かった。
顔を洗うと、少し頭がハッキリしてきた。
古い柱時計を見たら午前5時10分だ、セーターを着てたけどちょっと寒いな。
喉も乾いたので、冷蔵庫に入れておいた炭酸飲料を一気飲みした。
ついでにトイレにも行っておく。
部屋に戻るとヘッドセットをかぶりなおしてベッドに横たわった。
「じゃログイン頼むわ」
「了解よ」
今度は暖炉の前の、毛布の上で目を覚ました。
狩人小屋も夜明け前で暗かったけど、テーブルの上に置かれたランタンの光が、柔らかい黄色い明かりを付けていた。
暖炉の火もある。その火には小さい鍋がかけられていて、スープを煮込んでいるようだった。
テーブル前の椅子には昨夜と同じ姿勢のマリベルと、チェルシも座っていた。
チェルシはペンを持ち、何かを書いているようだ。
ユンピアは暖炉の近くに体育座りをして、どうやら火の番を続けているようだった。
俺は身を起こした。
「あら、目が覚めたのね」
気づいたチェルシが振り向いて言う。
「おはよう、調子はどうだ」
「おはよう、たっぷり寝たから完璧よ」
「そっか」
ゾンビっ子のマリベルもこっちを見たので、おはようと声をかける。
マリベルがうなずいた。
「ちょっとアンタ、私にはないの?」
と不満そうなユンピアにも、おはようと挨拶して頭をなでる。
頬を膨らませていた。
さっき部屋で挨拶したからいいじゃないか。
立ち上がってみると、意外に身体が軽かった。
現実の肉体のダルさは関係ないようだ。
「なにやってんだ」
筆記に戻ったチェルシに近づいて覗き込んだ。
なめした革、恐らく羊皮紙に何かを書き込んでいる。
「借りた物や使った物をリストにしているの。勝手に狩人小屋に泊まっちゃったし、ちゃんと報告して謝罪と支払いをしなくちゃいけないでしょ」
「お、おう、なるほど」
言われてみれば、確かにそうだよな。
「松明とか畑の芋とか、勝手にもらっちゃったし」
「芋?」
「朝ごはん用に、一個もらったの」
「あーあれか」
暖炉の鍋の中身らしい。
「そう言えばさ、猪を出しっぱなしだと鳥や動物に食べられるって言ってたけど、畑は大丈夫なのか、荒らされそうなんだが」
畑の中に隠されていた小屋の鍵を掘り出す時、それなりに立派な作物が育っているのが目に入っていた。まったく荒らされた様子がないのを不思議に思ったのだ。
「ふふ、あそこには動物避けの魔法がかけられているのよ」
「なんと」
そんな魔法があったのか。
「結界魔法のひとつで、狩人ギルドの偉い人が習得しているらしいわ」
「ほほう」
「よし、こんなものね」
俺と話しながらも手早くリストを書き終えたチェルシが、ペンを置いて背伸びをした。
「朝食の準備をするから、ちょっと待っててね」
そう言うと奥の棚にある、木製の器などを取りに向かった。
テーブルに残されたのは、俺とマリベルだ。
ゾンビっ子は毛布にくるまったまま、じっと椅子に座っている。
そういやユンピアが何かほのめかしていたな。
近づくとマリベルはいつもと同じく、俺の顔を見上げるようにした。
少しだけ白濁したダークブラウンの瞳が、ランプの光を反射している。
「ん?」
思わずマリベルの顔を覗き込んだ。
昨日はもっと濁っていなかったか。
よく見ると顔の様子も違っている。黄色にくすんでいた灰白色が、薄く青白いものになっている。
手を伸ばして頬を触ると、昨夜よりも柔らかくて弾力があった。
ゴムよりシリコンに近い。
「どうなってんだ」
思わずつぶやく。
「ね、驚くでしょ」
ユンピアがふらーっと飛んで来た。
「ほんとだな、綺麗になっていて驚いた」
と、その言葉に、マリベルがビクっと動いた。
「ん?」
振り向くと視線をそらせる。
相変わらず無表情かと思いきや、微妙に表情が出ている気がする。
覗き込もうとしたら、さらに顔をそむけられた。
……まあいいか。
「そうだ、昨日マリベル用に服を用意してたっけ」
小屋の入り口に畳んであった、Yシャツと革のブレザーを持ってくる。
「ちょっと椅子から降りて立ってくれ」
声をかけるとマリベルは立ち上がってくれた。背が低くて足が下まで届いてなかったけど、ストンと滑り落ちるように上手に椅子から降りる。
「これさ、俺のシャツと上着しかないけど、毛布で森を行くよりはマシだと思うんだよな、着替えてみないか」
尋ねてみると、マリベルがうなずいた。
「よし、それじゃ着替えよう」
彼女に近づいて毛布を取ろうとする。
するとマリベルは毛布の端をにぎって、取れないように抵抗をした。
「あ、あれ?」
「………………」
「いや、だから」
「ダ……メ……」
「え?」
「あー!」
暖炉から小鍋をテーブルに運んでいたチェルシが、怒ったような声を上げた。
「な、なに」
「ナミノの変態!」
「えええ!」
「マリベルちゃんに何してるのよ!」
慎重に鍋をテーブルに置きながら、チェルシが責める口調言う。
「いやいやいや、着替えさせようとしただけだから、何も問題ないから」
「はああ?」
鍋を置いたチェルシが、腰に手を当てた。
「あなた乙女の肌を何だと思ってんの」
「え」
「なにが問題ないよ、無理やり脱がそうとしてたくせに」
「いやいや、それは違う……、いや違わないのか? いや違うだろ!」
チェルシが、何も分かってないのねと頭を振った。
「いやだって、そんな変な意味はないし、だいたい昨日は川で洗っても何も言わなかったじゃないか」
「あれはあれ、これはこれ、そんな事くらい分かりなさいよ。さあマリベルちゃん、あっちに行って着替えましょうね、私が手伝うわ」
するとマリベルは素直にうなずいて、チェルシと一緒に物置の方へ歩いていった。
「理不尽だ……」
思わず口に出る。
少し経つと着替え終わったゾンビっ子が帰ってきた。
膝近くまであるYシャツと上着が、アンバランスというか、ちょっと面白いと感じてしまう。
うん可愛いんじゃないのか。
「けっこう可愛いじゃないか、間に合わせだから充分だよな」
「そうね……、と言うかマリベルちゃん、本当に肌が綺麗になってる」
「あの黒い液と関係ありそうだな、昨日のあれって聖属性魔法の効果らしいぞ、ユンピアが言ってた」
「うん、私も聞いた。なんか納得しちゃった」
「なんだよ心当たりがあるのか」
「乗り合い馬車で聞いたんだけど、マリベルちゃんがお母さんと二人でヘルンに向かった理由って、ヘルンの女神教会の神官様に誘われて、出家するためだったらしいわ。ただね、聖属性とか巫女見習いの話は出なかったわね。神官様には聡明さを買われたって、お母さんが話していたわ」
「そうなのか」
「なんかね、マリベルちゃんのお父さんは他の人と結婚していて、自分は屋敷から出させてもらえないって言ってたから、複雑な環境だったみたいよ」
「そ、そうなのか」
「外の世界とヘルンでの新しい生活が、とても楽しみだったみたい……」
そ、それってすごく不憫だな。
でも、だとしたらマリベルの身元の方はすぐに分かりそうだ。
身内への連絡も、スムーズに出来そうだ。
「ちょっとアンタたち、スープが冷めちゃうじゃない!」
ユンピアの声がした。
見るとテーブルの上で、小鍋を指差している。
相変わらず食べ物に関しては空気を読まない奴だ。
「そうだった、ナミノも朝ごはん食べるでしょ」
「うん、もらうよ」
もちろん俺だって食べるのは大好きだ、遠慮なくもらっておこう。
「少し猪の肉を使わせてもらったわ。調味料が塩しかなかったけど、スネアの実を持ってきてたから潰して混ぜてみたの。あとお芋の角切りね」
言いながらチェルシが木製の椀にスープを入れる。
木のスプーンごと手渡してくれた。
「ありがと、いただきます」
椀の中身は、思った以上にボリュームがあった。
少しとか言いながら、太い肉が何切れも入っている。
大猪の肉には赤身とは別に、見た目は脂身みたいな白い身がたっぷりあって、ふかふかで弾力ある触感が美味しかった。
初めて食べたけど、猪って良いな。
塩味だけってのは残念だけど、肉から出たダシと油の旨味が強かったし、変な名前の実も良い味を出していた。
芋のアクセントも悪くない。
「うん、これは美味いよ」
「ほんと! よかったー。ぜんぜん熟成してないから不安だったけど、脂が乗ってたおかげで旨味が出たみたい」
「ちょっとチェルシ、アンタ意外に料理上手ね」
皿の上に乗せた猪肉を頬張りながらユンピアが言う。わざわざ小さく切り分けているあたり、気配りが利いているな。
ふと心配になってゾンビっ子の方を見ると、特に何も気にした様子もなく、さっき着せたシャツや上着を珍しそうにいじっていた。
気に入ってくれたのかな。
疎外感とか感じてないよな?
そんな俺の様子を、今度はチェルシが見ていたみたいで、フッと笑われた。
「なんだよ」
「別にー」
なぜニヤニヤするんだ。
「お兄ちゃんみたいね」
「あーまあな、そんな感じだな」
現実世界に妹がいると言いそうになったが、現実世界って何だって話しになりそうだから誤魔化した。
危ない危ない。
「それにその服、本当に魔法で何着も出せるのね、ペアで着てると親子みたいね」
「ちょっと待てよ、さっき兄妹みたいと言いながら、いきなり親子ってなんだよ」
「ふふ、冗談よ冗談」
「なんなんだよ」
「ゴメンね、なんかちょっと意地悪言いたくなっちゃった」
「なんでだっ」
そんなやり取りをしながらも朝食が終わって、チェルシが片付けを始める。
俺も出発のために、身の回りを確かめる。
とは言っても、俺のやれることは、ほとんど何もない。
出発する時に大猪を背負うくらいのものだ。
あとマリベルの面倒を見ることか?
しばらくするとチェルシの準備も整ったようだ。
庭に出てドアに鍵をかけて、裏の畑に鍵を隠しに行く。
さっきのリストを書いていた羊皮紙はテーブルの上に置いてあった。
俺も昨日と同じように、大猪を背中に背負ってロープで固定した。
頭と内臓が無くなった分だけ、かなり軽く感じる。
チェルシも荷物を背負って、これで出発の準備が完了した。
時刻は大陸時間の午前六時五十分。
辺りはだいぶ明るくなっている。
朝の光が、森全体を柔らかく包み込んでいる。
深呼吸すると、すごく気持ちが良い。
「そうだ、ちょっと考えたんだけどさ」
「え、なに」
「なによ急に」
俺の言葉に二人が振り返る。
「いやさ、大猪が思ったより軽くなってるから、いけるかも知れないと思ってさ」
「だから何よ」
ユンピアの言葉にチェルシもうなずく。
「マリベルを抱えて行こうと思うんだが」
「えぇ!」
「なるほど……」
チェルシは驚き、ユンピアは納得顔をする。
「どうかなマリベル、抱えてみても良いかな」
ゾンビっ子に問いかけると、うなずいて応えた。
「じゃ、こっち来て」
トコトコっと小幅に歩いてくる。
うーん昨日にくらべて、かなり動きも良くなっているな。
でもやっぱり遅い。
お姫様抱っこをしてみたが、俺が大猪を背負って前かがみになっているせいで、今ひとつバランスが悪い。
そこでマリベルには自分の手を伸ばして、俺の首に抱きついてもらった。
さらに両脚で胴体を挟み込むようにさせると、丁度下からまわしている腕に腰掛けられる。
でっかい赤ちゃんの縦抱きみたいだ。前後のバランスが取りやすくて、前かがみ度も浅くなる。
「お、なんか楽だな」
重量的に問題ないので、背筋が少しでも伸びた方が楽なのだ。
「行けそうだ」
体温のないマリベルの身体は冷やっとしていたが、歩き出したら少し暑くなるから調度良いだろう。
「よし出発しよう、昨日より少し早めに歩こう」
と提案する。
なにせ大陸時間の昼過ぎにはログアウトしなくちゃいけないからな。
早め早めの巻きで進めておきたい。
「確かにそれなら、四時間くらいで街に着きそうね」
ザッザと軽快に歩く俺を見て、チェルシも納得する。
ヘルンの街を目指して、俺たちは移動を始めた。




