27 小川
現在、狩人小屋は誰も使っていなかった。
どこも締め切って、人の気配がない。
「小屋の鍵はこっちよ、場所はパパから教えてもらってるの」
そう言って向かったのは、裏にある畑だった。
何やらブツブツ言いながら距離を図ると、いきなり土の中に手を突っ込む。
取り出したのは、小屋の扉の鍵だった。
「そんなところに隠しているのか」
「うん、知らなかったら絶対分からないわ」
「だろうな」
表に戻って小屋のドアを開けると、早速中に入る。
中の壁もむき出しの板で、外壁と同じ材木で作ってあるようだ。床もフローリングだ。天井には一応天井板があって、それなりに家っぽい体裁が整っている。
部屋は三つあり、ひとつが暖炉と台所とテーブルなどが置いてある広間。あとのふたつは物置だった。
物置には様々な道具が仕舞われており、厚手の毛布が何枚もあった。
ベッド等は置いておらず、どうやら毛布を広間に敷いて寝るらしい。
あまり住むのに適した環境ではない。
やけに頑丈な木窓を開けていると、チェルシから水を汲んできて欲しいと頼まれた。
少し先に小川があるらしい。
大量に欲しいというので理由を聞くと、大猪をさばいて内臓を抜くと言う。
このまま一晩放置するよりは、チャレンジした方が良いらしい。
作業台は小屋の外、表の庭に作られていた。
広間にあった長い棒は、何に使うのかと思ったら担ぎ棒だった。
両側に水くみ用の桶を下げて、肩に担ぐのだ。
早速担ぎ棒を肩に小川方面に向かい始めると、なぜかゾンビの女の子が付いて来ようとした。
「マリベルちゃん、駄目よここに居て」
気がついたチェルシが声をかけるが、無視して俺に近づいてくる。
「なんだ川に行きたいのか」
尋ねてみたがリアクションがない。
うーん、どうしたもんか。
別に来るのは構わないけど、速度が問題なんだよな。
この子に合わせていると仕事が遅くなる。
そうだ、ユンピアに任せよう。
「おいユンピア、マリベルの世話を任せた」
「へ?」
「よく分からんけど一緒に川に行きたいみたいだ。でも俺は何往復もしなくちゃいけないだろ、だから往復している間にお前のナビで川まで連れて行ってくれ」
「まあ良いけど……」
「なあマリベル、ちゃんとユンピアの言う事をきくんだぞ」
するとマリベルは、しっかりとうなずいた。
ユンピアとチェルシも、目を丸くする。
「アンタたちって、やっぱり意思疎通してるのね」
「いやいや、ゾンビの言葉はともかく、こっちから話すだけなら誰の言葉でも普通に伝わると思うぞ」
「そうなの? えっとマリベルちゃん、私の言うことも分かるの?」
驚いたチェルシの言葉に、またマリベルがうなずく。
「そっか、そうなのね」
考え込むようにチェルシが言った。
「分かった、これはパパとママにも相談しなくちゃ」
「いきなりどうした」
「いいの、こっちのことよ」
「ふーん……」
考え込むようにしていたチェルシが、何か決心したようにうなずいた。
そして少し晴れた表情で、物置の方へ姿を消す。
「水くみ、早めにお願いね!」
物置の方から、チェルシの声がして来た。
「まかせろ!」
と応えておく。
必要な量は、台所の小樽ひとつ分と、庭の中樽二つ分らしい。
これだけなら三往復で済みそうだったが、一応もう一回だけ余分に汲んでおく事にした。
現実世界なら面倒くさいと思うはずの重労働だが、アバターキャラの俺だとまったく苦痛を感じない。
むしろ軽い運動みたいなもので、気持ち良いくらいだ。
恐らく筋力だけでなくステータスの体力25という、この世界から見れば人間離れしたスタミナやバイタリティのお陰だと思う。
こんな簡単な肉体労働で誰かの役に立てることが、何気に嬉しかったりもする。
最後の四回目の水汲みで小川まで来た俺は、川の側に寝転んでユンピアとゾンビの子が来るのを待っていた。
ゾンビっ子は何か目的があるようだったし、彼女ひとりでは難しいことかも知れない。
必要ないかもしれないが、一応俺もそばにいた方が良いだろう。
しかし思った以上に到着が遅いな。同じ道筋を使っており何度もすれ違っていたから、森に迷ったりはしてないはずだが。
少しウトウトしかかった頃、やっと姿を見せた。
「起きろーっ」
ユンピアが俺の鼻をペチペチ叩く。
「やめろ、むず痒いわ」
片手で追い払いながら、身体を起こした。
「やっと来たのか」
ゾンビっ子の方を見ると、小川の側に寄ってワンピースの色々な所をつかんで、引っ張ったりしていた。
なにをやりたいんだ。
しばらくすると、ついに裾を持ち、バッと両手でスカートをまくり上げた。
「ぶっ」
「ちょっ、あなた、なんのつもりっ」
頭の上まで持ち上げるけど、そこからどうしようも無くなったようで、最終的には手を離して元の状態に戻った。
ゆっくりと俺の方に顔を向ける。
「……えっと」
「ビィ……ズ……あビ」
「え、なに」
「ブィ……、ミ……ズ……あび」
「水浴び?」
マリベルが力強くうなずいた。
「ジェ……ルシ……、ギデ……い」
「チェルシが綺麗だって?」
またマリベルがうなずく。
なるほど、チェルシの姿が綺麗に見えて、自分も身奇麗にしたくなったのか。
これが女心というものなのか、なんかすごいな。
たとえ死んでも綺麗でいたいのか。
てか幼女であっても、女心なのか。
ユンピアの方を見ると、目を丸くしていた。
「ちょっと、どういうことよ」
「だから水浴びしたいんだってさ、チェルシの姿を見て自分が汚れている事に気づいたみたいだぞ」
「ゾンビなのに?」
「ゾンビの前に女の子なんだろ?」
「そ、そうなのかしら」
意外そうな顔をするユンピアには、女心が理解できないらしい。
まあ俺にだって、よく分からないんだけどさ。
マリベルが俺に向かって両手を上げた。
バンザイの格好だ。
ええと、それってつまり。
服を脱がせろという意味なのか。
なるほど、さっきの奇妙な行動はワンピースを脱ごうとしていたのか。
「脱がせば良いのか」
尋ねるとうなずく。
ゾンビってのは敏捷度だけでなく、器用度も低いのかな。
胸の前にあった三つのボタンを外して、ボロ雑巾のようになったワンピースを裾から持ち上げると、Tシャツのようにまくって脱がした。
キャミソールのような肌着も着ていたので、それもバンザイさせたまま取る。
小川に入りたいようだったので、靴と靴下も取った。
後はパンツだけになり、さすがに迷ったが、このまま濡らしても後が面倒なので脱がせた。
裸になったマリベルは、ゆっくり小川に足を踏み入れた。
小川の深さは、彼女の太ももあたりまである。
少し屈んで両手で水をすくって洗おうとするが、動作が緩慢すぎて、すくった水が全部両手からこぼれている。
そもそも指をしっかり閉じれないから、フォークですくっているようなものだ。
「仕方がないな」
俺は自分の靴と靴下だけ脱いで、小川に入った。
マリベルのそばに行く。
「洗うのを手伝おう」
水を手ですくって、まずは手足から洗ってあげることにした。
ゾンビの身体は冷たい。
黄色っぽい白灰に変色した皮膚も、古くなったゴムのように弾力がない。
言ってみれば、ゴム製の古びた人形のようだ。
気をつけないと皮膚がやぶけたり割れそうで怖い。
ゾンビの耐久力って、どれくらいあるんだろう。
分からないから、できるだけ丁寧に手で擦った。
髪の毛の方は、ほうきに絡まったゴミを叩くように、まずはバサバサっと埃や枯葉を落としてから、四つん這いになって頭から水に浸かってもらった。
こっちも毛根が心配だ、抜けたら嫌なので丁寧にやっておく。
シャンプーでもあれば良かったが、じゃぶじゃぶ流すだけでも、そこそこ洗える。
つい去年までは、妹の小夜を風呂に入れていたので、何となく要領は分かる。
小夜は小学三年生になってからは、ひとりで入っていた。
十五分くらいで、大体洗い終わった。
肌着に包まれていた上半身は、思ったより汚れていなかった。
後はブラシでもあれば爪の泥も全部取れるのだが、今はそこまでは綺麗に出来ない。
でもとりあえず、目立つ汚れは落とせたから良かった。
「しかし、こうなったら服が残念だよな」
あまりにもボロ布だ。
「せめてパンツだけでも洗うかな」
と思って手に取ったら、近寄ってきたマリベルに横取りされた。
「あれ?」
「イ……イ……ガラ」
「お、おう」
無表情なのに、なんか怒ってる?
マリベルがバンザイしてうながすから、さっさと服を着せることにした。
本当は完全に乾いてからが良いんだけど。
最初に知ってればタオルの代わりを持ってきたのにな、髪の毛がびしょ濡れだ。
太陽は徐々に傾き、現時刻は大陸時間で15時24分だった。
日の入りが始まるまで、残り一時間ってところか。
チェルシが大猪の内臓を取るのを手伝わなくてはいけないので、そろそろ帰らないとまずい。
「俺は先に帰るからな、また世話を頼むぞユンピア」
「わかったわ」
「じゃあマリベルも、後でな」
うなずくマリベル達を残すと、俺は水桶を吊るした担ぎ棒を背負って、早足で狩人小屋を目指した。
四往復、八度目の道筋ともなれば慣れたものだ。
木の根や足場の悪い所を避けながら、軽快に歩調を早める。
担ぎ棒を背負い、気持ち良くハイペースのウォーキングで狩人小屋まで歩く。
俺が初期装備で選んだ靴は革製だったが、靴底をはじめ基本コンセプトは歩くに適したスポーツ・ウォーキング・シューズである。
さすがに人の手の入っていない森では足元が滑り気味だったけど、この世界の一般的な靴よりは、遥かに性能が良い。
気を抜かずに注意していれば、ハイペースでも問題なく歩ける。
また身体のバランス感覚は敏捷度に依存しており、7しかない俺は大陸一般人の平均値だったが、担ぎ棒の扱いは器用度に依存しているようなので、人並み以上の15を振っている俺にとって、水をこぼさずに歩くなど楽勝だった。
狩人小屋の広場まで帰ってくると、庭に置かれた高さ二十センチ程の、あまり高くない作業台に仰向けになった大猪と、大きめのブラシで大猪を洗っていたチェルシがいた。
全長二メートルの巨体大猪は、作業台から潰れた頭をはみ出している。
俺と目が合うとチェルシは、ちょっと怒った顔をした。




