25 狩人小屋
しまった失敗した。
HPリンクを使っていなかった。
大猪との戦闘の話しだ。
まずいよな、一番やらなくちゃいけないフォローだったのに。
やっぱり相当慌てたんだな、考えが及ばなかった。
これでチェルシに怪我でもあった日にゃ、どん底まで落ち込む所だった。
常時リンクが出来るのだから、パーティ行動中はずっとかけた方が良いな。
今からでも遅くはない、やっておこう。
大猪の血抜きをしている待ち時間で、チェルシにHPリンクの説明をすると、何故か顔を赤くしながらうなずいてくれた。
さっそく常時リンクを繋げる。
これで分かったのだが、チェルシのHPは24/24だった。
ヒットポイントは体力の四倍だから、チェルシの体力は6しかないのか。
一般の大陸住人が5〜10らしいし、十四才の少女なら普通かも知れないけど、けしてスタミナが多いとは言えないよな。もしかしてこんな森の深いところに来るなんて、無理してるんじゃないのか。
心配になって様子を探ったけど、あまり疲れている印象は受けない。
とりあえず大丈夫なのかな。
森エルフだから、森の中は別なのかも知れないな。
大猪は木の枝に、逆さにして吊るしていた。
伸ばしたロープで後ろ足を縛った後、ロープの先を木の枝にまたがせて、力づくで持ち上げ、近くの幹にくくりつけた。
吊るしてから大猪の首にある頸動脈にナイフを入れる。
頭が半分吹き飛んでいたので充分な気はしたけど、太い血管を使った方が確実らしい。このあたりはチェルシにお任せだ。
本当は内臓も取り出した方が良いらしいけど、俺にしてもチェルシにしても、そこまでの技術は持っていなかった。
傷つけてはいけない箇所もあるらしい。例えば膀胱や尿道、大腸結腸あたりは、破ったりすると大変な事になるのだとか。
四、五十分もするうちに、ボタボタ落ちていた血も滲み出る程度になり、ほぼ抜け終わったように見えた。
終わったので大猪を降ろす事にしたのがだが、真下の血溜まりを避けれなかったので、片面がかなり汚れてしまった。
もう諦めるしかないのだけど。
周辺一帯はかなり血生臭い空気が立ち込めており、肉食獣を呼び寄せそうな感じが嫌だった。
この辺りには魔物はいないそうだが、狼の群れはいくつかあるらしい。
あと熊がいる、熊が猪を食べるのかどうかは知らないが。
最悪、大猪を置いて逃げれば助かると思うのだけど。
ここまで苦労した獲物を奪われるくらいなら、戦いを選ぶかも知れない……。
大猪は、俺が背負って運ぶことになった。
リュックを降ろして、代わりに頭を下にした大猪を背負い、ロープで括り付ける。
重い。
それ以上に重心が取りにくい。
前かがみになり過ぎて動きにくい。
血がベットリと服に塗りたくられる。
泣きたくなるわ。
でも力持ちなので、背負って歩く分には問題なかった。
俺の荷物はチェルシに運んでもらう。
片方のリュックをたたんで、もう片方に道具と共に押し込んだ。
さあ街に帰ろう。
出発だ。
ちなみにチェルシとユンピアはリュックに収まらないという理由で、弁当で持ってきたライ麦パンのチーズサンドや、丸かじり用の生野菜やらを片っ端から食べていた。
俺にも勧めてきたが、血生臭さで食傷気味だったので遠慮した。
ユンピアはともかく、細身で体力も低いエルフ娘まで食欲旺盛だな。
逞しいもんだ。
帰り道の歩調は遅い。
向かうときの倍の時間はかかっている。
森の深いところは足場が悪くて、平坦な場所がひとつもない。根っこにしても岩肌にしても苔にしても、少し気を抜いて歩くだけで転びそうになる。
二時間も歩くうちに、やっと少しだけ見晴らしの良い区域に戻って来れた。
昼下がりの日差しが地面まで落ちている。
ここらまで来ると森が明るい。
そのせいか地面には藪や草や落葉が多くなり、腐った葉が分厚い絨毯を作っている。
枯れ葉の層は、たまに本当に分厚いときがあり、踏み込むと十センチくらい沈んで転びそうになる。
ここでも足元に気を付けないと、思わぬ怪我を負いそうだ。
「おや」
木々の間から小さな家屋が見えた。
五十メートルほど離れた先だ。
行きがけは気が付かなかった、こんなところに建築物があるのか。
「小さい家があるけど、誰か住んでいるのかな」
背中の大猪が少しずれたので、立ち止まって背負い直しながら声に出す。
するとチェルシが「ああ、あれね」と答えた。
「知ってるのか」
「狩人小屋よ、狩人たちが宿泊するのに使ってるの」
「へえ、そんなのがあるのか」
「獲物が獲れるまで何泊かするのよ」
「すごいな」
「準備を整えて森の奥まで来るのは手間も時間もかかるでしょ、何も狩らずに帰るなんて効率が悪すぎるのよね」
なるほどね、そりゃ猟師は生活がかかっているものな。
俺たちみたいに日帰りだと半日くらいしか狩りが出来ないし、宿泊するつもりで森に入った方が、獲物と出会う機会も増えるよな。
「じゃあ俺たちも、使ってみるのも良いかもな」
「それは無理」
軽く言ってみたら、即座に駄目出しされた。
「そっか確かに年頃の男女ってのは良くないか」
「ばっ、違うわよ、そういうんじゃなくて組合の問題よ」
「組合ってなんだ」
「あの小屋は狩人ギルドの持ち物なのよ、組合員じゃないと使えないのよ」
「あーなるほど、そういう理由か」
「組合員が掃除したり備品を補充したりの管理をしているのよね。勝手に使っちゃ駄目よ、そんなの失礼だし、バレたら袋叩きに合うわよ」
なかなか怖い事を言う。
たぶん比喩とかじゃなくて、本当に死ぬほどボコられるのだろう。
罪人にも人権とか、捕まって送検されて裁判とか、そういうヌルいのは期待しない方が良さそうだ。
「じゃ俺たちもギルドに入れば問題ないんだな」
「ちょっとナミノ、あなた本当に常識がないわね。そんなに簡単に組合に入れるわけがないでしょ」
「駄目なのか」
「当たり前でしょ、まず最低でも、ちゃんと技術を持っていて、信用できる人柄だと保証されなくちゃ無理。要するに狩人ギルドの組合員からの紹介でなければ、相手にされないわよ」
「なるほど」
「その上で、誰かのチームに加えてもらったら、やっと晴れてギルドメンバーよ。普通は紹介者のチームに入って活動するけどね」
「ほほう」
「組合に入るってことは、一生の仕事として選んだって意思表示したも同然よ。私たちみたいに若かったら大切にされると思うけど、小屋の管理とか先輩の世話とか、けっこう雑務も忙しいわよ」
「あーいや、尋ねといてなんだけど、別にギルドに入りたいわけじゃない」
「でしょうね、分かってた」
そう言ってチェルシがニヤリと笑う。
「本当はパパが狩人ギルドの組合員だから、ナミノが本気だったら、明日にでもパパがギルドに紹介してくれると思うわよ」
「なに」
そう言えばチェルシのお父さんは、自分で狩った獲物を店で焼いてるんだったな。確か四人組で森に入ってるって言ってたな。
「ありがたい話しだけど、やめておく」
「そうよね、あまり向いていないと思うわ、この惨状だもん」
チェルシが大猪の頭のあたりを指差して言った。
いやそれは違うぞ、エンチャントを使わずに普通に撃てば大丈夫なんだからな。
あと狙いうちスキルも、全力で使わなければ良いだけだし。
そう反論しようとした時、それまで黙っていたユンピアが「あら」と声を出した。
「なんだ」
「あそこの小屋に、誰かいるんじゃないの」
さすがに大猪を背負った俺の頭には乗っていない。自力でフラ〜と飛んでいたユンピアだったが、人影でも見たらしく斜め上に軽快に上昇した。
「誰かいるのか」
「んー木陰で見えない……、見えた!」
「組合の人かしら」
「子供だわ」
「子供ですって?」
「森の中だぞ」
「なんかボロっちいわね、乞食かしら」
「乞食なら森じゃなくて街で生活するんじゃないのか」
「そうか、アンタするどいわね」
「馬鹿言ってないでよ、本当に子供なの?」
「ちっちゃい大人って可能性もあるわよ、スカートをはいた女っぽい。うーん、やっぱり木が邪魔でよく見えない」
ユンピアが上空から降りてきた。
「猟師の子かも知れないけど、こんな所にいるなんて普通じゃないわ。ねえナミノ、行ってみましょう」
「そうだな」
確かに俺たちの足でも街から数時間かかる森だ、大人と一緒だとしても子供が来て良い場所ではない。
第一、狩猟するなら足手まといだ。
表情の厳しくなったチェルシが急ぎ足になるが、大猪を背負った俺は早く歩けない。
「まってチェルシ、様子が変なんだから慌てず一緒に行こう」
「うん、ごめん」
声をかけると、ハッとしたチェルシが、少し気まずそうにうなずいた。
俺たちは、足並みをそろえて狩人小屋に向かう。
裏手から近づくと狩人小屋は、開けた場所に建っていた。
どうやら周囲の木を切り倒して、ごく簡単な開拓をしたらしい。
畑もあって、芋っぽい何かを植えている。
柵は無かったけど、畑が荒らされた形跡もない。
小屋の壁は木製の板材で作られており、小さい割に本格的なものだった。
ペンキは塗ってなかったけど、防腐剤になる薬ニスで保護していた。
敷地の裏の丸太置き場には結構な量の丸太が積まれており、薪の材料になっているようだ。
表にまわると、その子供の後ろ姿が見えた。
最初に目に入ったのは、ブルネットの髪だ。
背中の中ほどまで伸びたウェーブのかかった髪で、黒調の強いブルネットだ。ただし土埃にまみれて凄く汚れている。まったく艶がないし、傷んでボサボサだし、枯れた葉や小枝もからまっている。
服もところどころ剃れて破れ、泥や埃でボロ布になっていたが、元は白い木綿のワンピースみたいだった。
身長130センチくらい。
全体のフォルムから、小学生低学年の女の子くらいに見える。
俺の妹と同じ三年生くらいかも。
子供の後ろ姿を見て、チェルシが息を飲むような悲鳴を上げた。
見ると両手を口に当てている。
「なんだ?」
そりゃまあ想定以上にヒドイ格好だったが。
ユンピアまで、息を詰まらせていた。
俺の声に反応したのか、その子供がゆっくり振り向いた。
やけにゆっくりと。
無表情で、両眼が白濁していた。
皮膚も黄色にくすんだ灰白色だった。
子供は女の子のゾンビだった。
ハングレイさんとマックさんの葬儀の時、遺体の輸送の際にゾンビ化されていたのを見てたから、すぐに分かった。
俺は、確かにショックを受けたものの、つい先日ゾンビパウダーの一件を経験していたので、パニックを起こすほどではなかった。
何種類かいるアンデットの中でも、ゾンビだけは無害らしい。
何故ならゾンビの魂は肉体を離れて成仏しており、本当にただの動く死体でしかないからだと。
邪悪もなければ神聖もない、ただの動く有機物という扱いだ。
だが子供のゾンビは、俺を見て口を開いた。
何か言おうとしているのか。
「ヴアァ……」
ひどくしゃがれた声だった。
「ァアグ……テ……」
一歩だけ俺に近づく。
まだ数メートルの距離がある。
白濁した目には、何も映っていないように思える。
だけど女の子のゾンビは、俺の顔を真っ直ぐに見ていた。
「マ、ママぐぉ……」
聞き取りにくい、しわがれ声で言う。
「ダズ……ケテ……」
「びっくりしたわよ、まさか子供のゾンビなんて」
ユンピアが溜め息をはいた。
「嫌なものを見ちゃったわよ、誰の仕業か知らないけど、遺体をこんな所に放置するとか信じられないわね」
と声に怒りがこもる。
いやいや、それより何か言いたいことがありそうなんだが。
子供ゾンビが俺の方へ、また一歩進んだ。
「あらやだ、この子ってまるで意識があるみたいに動くわね。ゾンビにしてはやたら声を出してるし」
「いやいや、明らかに喋っているだろ」
「はっ? アンタなに言ってんのよ」
「いやだから」
そのときチェルシが、まるで崩れ落ちるように膝をついた。
両手で口を押さえたまま、涙を溜めていた。
「マリベルちゃん!」
嗚咽混じりの声を出す。
え、知り合いなのか!
チェルシが、身体を震わせて、泣きはじめた。




