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23 大河は南北、森は東西

 早朝、まだ暗い。

 小高い丘を中心に発展した石造りの都市ヘルンは、草原や林を縫うように建てた高さ4メートルの、分厚い石垣に囲まれている。

 主に東の森の野生動物が、街に入り込まないための用心だ。

 滅多に人里には現れないが、熊や狼が生息している。

 かなり広い範囲をカバーしており、郊外の端の方だと手付かずの森林が残っていたりする。


 ヘルンの街には東西南北に出入り口があり、西側は坂道から下のミレーヌ大河に繋がっており、船着き場から荷台が行き来している。

 南側は大河にそった港町ダビットへの街道があり、俺たちが使った門だ。

 東側は東の森へ出向くのに調度良くて、狩りに向かう人や、森エルフの里へ行き来するエルフの姿も見える。

 これら三つの門は良く使うので、守衛はいるけど基本的に開放しっぱなしだ。

 残りの北門だけは、この先には特に何もなく滅多に使わないため、通常は閉じられている。ただし鍵はかかっていないので、守衛の兵士に頼めば開けてもらえる。

 いずれ開拓村が作られるようになれば、北門の役目も多くなるだろう。


 なお4メートルの石垣だが、四方の門までまわるのが面倒だったら、乗り越えても問題ない。

 ヘルンの領主は官僚的な気質が薄くて、それほど人民の出入りを管理していない。良く言えば大らかな人柄らしいが、そのうち何か問題が起きそうな気がしないでもない。


 俺とチェルシが泊まっている宿屋は、東門の近くに位置していた。

 まだかなり暗い部屋のベッドから身体を起こす。

 初冬の早朝だけあって寒い。

 暖炉はあったが、有料の薪は購入していない。ログアウトするための宿だったし、ログイン中は街に出ているから、暖炉の火は必要ない。

 当然だが食事も作らないので、鉄鍋や食器のレンタルも利用していない。


 窓にはガラスなどは無く、木製の観音開きになっている。隙間から薄明かりが、滲むように差し込んでいる。

 室内には俺とユンピアだけだ。

 チェルシは別の部屋をとっているからな。


「よしよし、ちゃんとログインしてきたわね」

 薄い暗闇の中でユンピアが言う。

「なんだよそれ、偉そうに」

「ふーんだ、言っておくけどアンタがいない時にチェルシの相手をするのは、私なんだからね」

「だから何だよ」

「つまりアンタと狩りに出かけるのを、チェルシが楽しみにしているってことよ。もしもナミノがログイン出来なかったら、私がチェルシを、なだめなくっちゃいけないんだからね」

 ユンピアが宙に浮きながら腕を組む。

 言われてみれば、そういう事か。

 最近の俺は、大陸時間で三日に一度のログインだからな。

「悪かったよ、いつも世話をかけてます」

 と頭を下げる。

「分かれば良いのよ」

 と、得意げな顔になって、俺の頭の上に座った。

 うーん、頭に乗るなと文句を言いたいけど、段々慣れて来た自分がいるな。


 寝起きであれば普通なら目がショボショボしたり、身体が硬かったりするが、アバターキャラクターの場合は完全に完調の状態だ。

 顔を洗う必要もなければ、ひげ剃りの必要もない。

 着替えの必要さえないので、壁にかけてあった初期装備の革のブレザーを着ると、もういつでも出発できる。この上着は見た目以上に保温性も優れている。

 ワイトに襲われてボロボロになったジーンズも、例のキャラメイクで使った固有結界に戻って、初期のデフォルト装備に着直したから新品だ。

 固有結界にはハンガー機能があって、装備を何十着も記録させておき、タップひとつで着替えられる。

 初期装備以外は、着る度に少しずつ傷んでいくみたいだ。


 この日、チェルシとは早朝に宿の前で待ち合わせしていた。早速向かおうと思い、俺は部屋の隅に置いていたリュックを背負った。

 中には食料と、遠出で便利そうな道具も押し込まれている。

 火縄銃はリュックの上に横にしてくくりつけた。街から出て森の奥に行くまでは、このままリュックに乗せておこうと思っている。

 夜明け前だし、あまり音を立てないようにして部屋から出た。

 ここは二階だ、端の階段に向かう。

 まだ少し時間的に早かったけど、暗い部屋の中にいるよりは、外で待つほうが気分的に良いのだ。


 宿の裏口のドアを開けると、冷たい初冬の風が流れ込んで身が縮んだ。

 外に出ると夜明け独特の、まったく喧騒の聞こえない、硬くて澄んだ大気に包まれた。

 まだ薄暗いが、あっという間に明るくなっていく。

 巨大な星雲が消えかけた空は、白くて美しかった。


「あら、もうチェルシが来てるわ」

 宿の前に行くと、すっかり準備の整ったエルフ娘の姿があった。

 麻の上下に羊毛の腰巻き、分厚い革のブーツ、少々野暮ったい毛皮のチョッキを身に付けている。

 防寒装備も完璧だ。

 足元には弓と矢筒、リュックや水袋が置かれていた。

 そう言えば水袋の事を忘れていたな、自分のリュックに押し込んだままにしてある。


 俺を見つけたチェルシが、口の中だけで「あ」と言った。

「おはよう、まだ早すぎると思ったのに、来てたんだな」

 声をかけると、チェルシの頬が少し赤くなった。

「お、おはよう、ちょっと目が醒めちゃったのよ。暗い部屋でひとりだと、気分も暗くなっちゃいそうでしょ」

「そうだな」

「そうよ、だから早く来てたのよ」

「ちょっと水を入れてくる、少し待ってくれ」

 俺はリュックから膀胱革製の水袋を取り出すと、宿の裏手に行って井戸の水を汲んだ。

 プレイヤーであるアバターキャラには、飲食の必要はない。

 しかし誰かと一緒に行動する時は、こういう常識的な事を、きちんと合わせた方が良いと思うんだよな。

 それに必要がなくても飲み食いは好きだし、余分に持っていれば、何かの役に立つかも知れない。


「おまたせ、それじゃ街から出るか」

 チェルシと、その場に残っていたユンピアに声をかける。

「そうね、少し早い出発だけど、森の奥に向かうから丁度良かったかも知れないわ」

 そう言ってチェルシがリュックや矢筒を背負った。

 森の浅い部分、人里の近くには獲物が少ない。

 この五十年や百年をかけて、動物たちは人里に近づいても良いことが無いと学んでいるのだ。

 獲物が欲しければ、森の奥へ入った方が確実だ。それには徒歩で何時間もかかるので、日帰りの予定であれば早朝うちに出発した方が良い。


 石造りの都市ヘルンは全体的に西の船着き場に中心が寄っていて、そのあたりは石畳や石の階段が敷かれている。

 対して他方三門の周辺には敷石はない、代わりに林や農地と、むき出しの土の道がある。

 この時期の畑は何も植えずに休ませている。

 通りがかりに見る畑は何も植えておらず寂しげだが、休めせるためだから仕方がない。時期的には少し早いが冬の天地返しをしている所もあった。

 うちの実家も農家だから手伝いをさせられたし、畑の様子なら見れば分かる。

 天地返しは土を掘り返して、害虫などを冷気や日光で殺すのが主な狙いだ。

 冬の間に土が硬くならないようにする目的もある。

 この街の東側はなだらかな丘陵地帯になっており、街の中心から離れるほど人の手の入らない雑草地も増えていく。

 そんな中を進んでいくと、田舎風景の中に、長い石垣と東門が見えてきた。

 東の門は分厚い木製で作られており、金属の補強がされていた。両開きで内側からカンヌキをかけるようになっているが、年中開け放たれているので、立派な扉がただの飾りになっている。


「ねえ兵隊さん、最近の森はどんな様子かしら」

 石垣より少し背の高い東門には、槍を持った二人の兵士が立っていた。

 二十歳くらいの青年たちで、硬そうな革鎧を着込んでいる。

 二人とも疲れた顔をしており、どうやら夜勤だったらしい。

「あーどうだっけか」

 チェルシに声をかけられた青年兵士が、首をかしげた。

「ええとだな、狼の群れの噂は聞かないな、他も特に注意はないな」

 もう一人の兵士が答える、こっちはソバカスが残っている。

「そう、ありがとう助かったわ」

 チェルシが片手を上げると、兵士たちも手を上げて返事する。

「今から森に入るのか、気をつけていけよ」

 と言う兵士を後に、俺たちは門をくぐって街を出た。


「あの二人、眠そうだったな」

 寒い中で大変そうだ。

「もうすぐ交代のはずだから、あとひと頑張りよ」

 半分独り言みたいな俺の言葉に、はずんだ声のチェルシが応える。

「こんな所で夜勤とか、退屈そうで気の毒だ」

「門番に就かされた兵士の宿命ね、新米兵士や老兵の役割なのよ。老兵はいつも昼を担当をしているわ」

「さっきの二人は新米なのか」

「もちろんそうよ。森の様子を尋ねた時も、ちょっと戸惑っていたし」

「ドーマンは老兵になるのかな」

 それを聞いてチェルシが吹き出した。

「どうかしら、本人に尋ねてみたら」

「……やめとく」


 東の森の端っこは丘陵地帯の先にある。少し離れているが、遠目に見えるくらいの距離だった。

 街と大河をはさんだ反対側の西の森と違って、凶暴な魔物は生息していないと言う。

 ミレーヌ大河の向こう岸にある西の森へは、狩猟許可がないと入れないらしい。安全のための処置という話しだった。

 よっぽど凶暴なのだろうか。

 大河のお陰で、魔物は街に近づけないって事だ。

 もちろん絶対という話しではなく、ごくたまに河を泳ぎ渡った獣型の魔物が街に近づいたりもする。

 危険ではあったが、一匹がはぐれて来る程度であれば石壁で防衛できたし、ヘルンの兵士たちによって問題なく退治できるようだ。

 それに西の森の狩猟を専門に活動している、ビアンカム機関という団体もあるらしい。魔物退治ならお手の物らしく、万が一ヘルンの兵士で手に負えなくても、彼らがいれば大丈夫らしい。


 森に入る直前くらいで、太陽が丸く顔を出した。

 本格的に朝だ。

 なだらかな丘陵地帯がそのまま森になっているようで、どこを歩いても起伏がある。森の浅い部分は葉を落とした木々が多く、足元には土になりかけた枯葉が重なり、絨毯のようになっている。

「この辺りでも兎とかリスならいるのよね、美味しくないけど狐なんかも。でも今日は大物を探すから、さっさと奥に行くわよ」

「大物か」

「そうよ赤大鹿だって狙っちゃうんだから」

 

 さらに一時間も歩くうちに、周りの木々は徐々に背を高くしていき、暗い色の常緑樹が増えていく。

 地形もさらに起伏が大きくなり、徐々に前人未到といった雰囲気をかもしだす。

 大きな木と伸びた枝や葉のせいで、日差しが下まで届かない場所が増えてくる。


「これが昼なお暗いってやつか」

 足元の根っこにつまずきそうになりながら言うと、チェルシがニッコリ笑った。

「面白い表現ね。そうよ森の奥は暗くて静かなのよ。でも耳をすますと命の声に満ちているのが分かるわよ」

 言われて耳をすましてみたが、よくわからなかった。

「エルフは耳が大きいもんなあ」

「なによそれ、馬鹿にしてるのかしら」

「違うって、チェルシの耳は可愛いと思うぞ」

「な、なによ突然」

「ちょっと触ってみたい」

「それは絶対にお断り」

 やっぱエルフの尖った耳は、触ってみたくなるよな。

「まだ奥に行くのか、もう方角も分からないぞ、空が見えないから太陽の位置もハッキリしない」

「森の中なら任せて頂戴、絶対に迷ったりしないから」

「頼もしいな」

「森エルフなのよ、私は」

 前に聞いた事があったけど、森エルフのは生まれつきの固有スキルがあるそうだ。たしか森歩きだったと思う。チェルシのお父さんは腕利きの狩人でもあるそうだが、森歩きスキルが高いお陰だとチェルシは言っていた。

「でもたしかに、この辺りまで入れば、そろそろ準備をした方が良いわね」

 そう言ってチェルシが足を止めた。

「この先は武器をかまえましょう」

 担いでいた弓を下ろして手に持った。

 俺もリュックを一度下ろして、くくりつけていたマスケット銃をほどく。


 でもってリュックの中から丸火薬の小袋を取り出して、銃の銃口から極小丸火薬をサラサラコロコロっと流し入れ、次に弾丸を一個取り出して、同じように銃口から下に落とす。

 それから木製の押し込み棒であるカルカ棒で、ギュギュッと念入りに圧をかけて押し込む。

 ここでしっかり隙間を無くしておかないと、せっかくの火薬の爆発力が逃げてしまって、威力が落ちるのだ。

 圧迫する、これがとても重要。

 次にリュックから火口箱を取り出して、火打ち石で木屑に火を付ける。燃えた火種で縄の先に火を灯す。

 この火縄を、引き金と連動している、火ばさみにセットする。

 最後に爆発力のほとんどない粉状の点火薬を火皿に入れて、すべての準備が完了した。


 これで引き金を引いたら、火皿に向かって火縄が落ちる。

 火皿に入れた粉火薬が燃え上がって、銃身の奥に押し込められた丸火薬に火が届く。

 すると圧迫されていた丸火薬が爆発して、強烈な力で弾丸を外へ押し出す。

 という仕組みだ。


 改めてリュックを背負い直した。

 さあ、ここからが本番だ。


 チェルシを見ると、挑戦的な目をして俺にうなずいた。



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