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21 エルフの屋台

 長身のエルフの青年に見える肉焼き屋の主人は、テーブル台の上に陶器製の洗面器みたいな容器を置き、金網を上に乗せていた。

 中には小さく切り分けた薪が沢山入れてあって、赤々と燃えている。

 でも燃えてはいるが炎は出ていない。炭のように赤くなっている。ちょっと不思議な光景で、何かの魔法かも知れない。

 そこに金網を被せ、網の上で肉を焼いていた。


「おやチェルシじゃないか」

「食べに来たわよパパ、私の兎肉」

「あれは私が買い取った兎じゃないか、お前のものじゃないぞ」

「悪かったわね、私の、弓術で、仕留めた兎の、お肉よ」

「下ごしらえして他のと混ざったから、もう判らないよ」

「あー、しまった」


 青年は地味な無地の麻布のシャツに、同じく地味な羊毛のズボンをはいていた。羊毛は平たく押しつぶしており、毛布などにも使われているものだ。綿わたから作った木綿生地は高価な部類であり、いまチェルシが身に付けている染めた木綿の服は、普通の市民から見たら相当オシャレに映るらしい。もちろん絹のような希少な生地よりは、遥かに庶民的ではあるが。


 いやいや、そんな事はどうだって良いんだよ。

 今なんて言ったよ。

 パパかよ?


「そうか、すると君がナミノ君か」

 店主が肉を焼く手を止めて、俺に真っ直ぐな視線を向けた。

「今回の事では娘が世話になった、本当にありがとう!」

 深々と頭を下げる。


「え、いや俺は、そんな大袈裟な……」

 微妙に混乱した頭で、手を降りながら言う。

 こんな風に率直というか実直にお礼を言われるのは、たぶん生まれて初めてだろうな。

「君がいなければ、チェルシは生きていなかったと聞いた。ワイトの撃退にしても応急処置にしても、何から何まで世話になったそうじゃないか。エルシアも感激していたよ、君を里に招きたいから、一足先に帰って歓迎の準備をするそうだ」


 いま微妙に混乱したのは、あれだな。

 ついさっきまでは想像するだけだったエルシアさんの夫が、思いがけず目の前に登場したからだな。

 ぐぬー、いい男じゃないか。

 さすがにエルシアさんが選ぶだけの事はある。


 背の高い美男ってのはともかく、柔らかい物腰、実直そうな顔つき、何より俺みたいな奇妙なガキ相手に、なんの躊躇もなく頭を下げるあたり。

 格好良さと男らしさと、人柄の良さが滲み出ている。

 これは勝てないなあ。


「ええとチェルシのお父さんですか、エルシアさんから何を聞いたのかは判りませんが、俺はそんなに……」

「肉が焦げるわよ!」

 いきなりユンピアが叫ぶ。

「ちょっとそこのエルフ! 焦げたらどうするの、ちゃんと見てなさいっての!」

「こ、これは天使様……?」

 うん疑問符になるよね、当然だ。

 しかしそんな理由で、いきなり会話に割り込んで来るなよ。

「アンタのつまらない謙遜けんそんよりも、焼き加減の方が百倍大切だわ」

「なっ」

 俺の批判を含んだ視線に気づいたユンピアが言う。

「確かに言えるわね、ナミノはもっと自分を誇るべきだと思う」

 チェルシまで言い添えて来る。

 いや俺はプレイヤーだからな、ダナウエル大陸の外、リアル世界に肉体があって死なないんだよ。チェルシたちが思うほど勇敢でも無いし、命がけで戦ったわけでもない。

 それを説明するのが面倒だし、ユンピアも話すなって言うし、今のところは黙っているのだが。

 このまま付き合いが続くのなら、いずれ話す事になるだろうな。

 ……嫌われなきゃ良いけど。


「大丈夫ですよ天使様、この肉は焦げるほど焼いて欲しいって注文なんですから」

 そう言うと店主エルフは、テーブル台の下にあった大袋から長めの竹串を取り出して、網で焼いていた肉を次々と刺していく。

 三本の肉焼き串を作って、網の上は何もなくなった。


「ほらそこの人! 固焼き三本焼けたよ!」

 噴水広場の噴水の縁に腰掛けていた男二人が、手を上げながら近づいてきた。

 タレと塩レモンのどっちが良いかと尋ねられ、一人はタレ二本、もう一人が塩とレモン汁だと答える。

 タレの方は陶器のツボに入っているらしく、そのまま豪快に串ごと漬けて出す。ツボから抜くと、串肉にたっぷり付いたタレが地面にポタポタ落ちるが、それがまたやけに美味そうだ。

 甘辛い香りが鼻をくすぐる。

 三本目は、やはり陶器のツボに入った塩を手で掴み、木製トレイの上でさっと振りかけ、半分に切ったレモンをキュッと手早く絞りかける。

 小さな塩の粒が、透明な肉汁にジワっと滲んで溶けていく。

 香ばしく焦げた肉とレモンの香りが混じって、思わず唾が溜まってしまう。


「うはーっ」

 ユンピアが嬉しそうだ。

 うん、気持ちは分かるぞ。

 お値段は一本で銅貨五枚、まあまあの価格だ。

 贅沢ってほどじゃないけど、懐に余裕がある人向けかな。

 五百円くらいのイメージだろうか。


「丁度良かった、あと三本くらいなら残っている」

 そう言って店主が下の容器から肉を取り出した。

 網の上に乗せていく。

「天使様、ナミノさん、焼き加減はどうしましょうか」

「私はあぶりで!」

 すかさずユンピアが答える。

 いまいち分からないが。

「じゃあ俺は、さっき固焼き? ほどは焼かないくらいで」

 と答えておく。

「やわ焼きって言うのよ、私もやわでお願いねパパ」

「分かった、すぐ焼けるよ」


 網に乗せた肉は、大小様々なブロックに切ってあった。

 形がまったくそろっていないけど、焼き加減は大丈夫なのだろうか。

 トングのような道具ではさみ、手早く焼き面を変えていく。

 燃料にしている薪材は、まるで炭のように赤くなっており、炎は出していない。


「これ兎なのか、昨日チェルシが仕留めたやつ?」

 そう尋ねるとチェルシが少し自慢げになる。

「そうね、でも他のと混ざっちゃって分からないんですって。多分他の兎と、あと鹿肉が混ざってるみたい」

「小さめの方が兎だね、少し大きいのが鹿だけど、この周辺に多く生息している大赤鹿だよ。赤身が柔らかくて美味しいんだ」

 お父さん店主が補足してくれる。

「普通の鹿とは違うんですか」

「大赤鹿は、普通のやつより倍近く大きいんだ。臭みが少なくて味も良い。力は相当強いんだけど、その分動きが遅いから、私たち狩人からすれば狩りやすい獲物だね」

「へええ」

「焼くのが一番だが骨ごと煮込んだスープも絶品だ、特にスペアリブのトマトソース煮込みが良いね。今回の狩りは組合の四人で行ったし、屋台で売る分以外は宿屋の親父に卸したから、手元に残ってないけどね」

 話しながらも、焼き加減をしっかり見ている。

 先に火が通って来た肉は、網の端の方に移動させている。


「ねえパパ、その大赤鹿って私にも狩れるかな」

 チェルシが尋ねると、店主が首をかしげた。

「どうだろうね、チェルシの弓だと少し難しいかな」

「そうなの?」

「お前は当てるのは上手だけど、弓の威力が弱いだろ。今使っているのは五年前に買った初心者向けのやつだよね。使い慣れているだろうけど、そろそろ卒業して強い弓を購入しなくちゃ」

「そうかー、新しい弓か」

「後で見てくれば良い、収入があったんだろう」

「何よパパ、買ってくれないんだ」

「親が買うのは初心者用までだな、一人前の道具は自分で購入しなさい」

「パパのケチ」

「その方が真剣に選んで買うだろ、それも狩人としての経験だぞ」

 おおー、なんかお父さんっぽい。

 エルフも人間も、親子のノリは同じなんだな。

 しかしチェルシの弓術熟練度っていくつなんだろ。そこそこ上手いと思ってたけど、まだ初心者用の弓を使っていたのか。

 まあ考えてみれば14才なんだから、そんなすごい熟練者ってはずがないか。

 まずまずの一人前、弓術スキル3ぐらいだろうか。


 この世界の住人は、自分のレベルやスキルを確認できない。だが女神教会という所に行けば、自分のレベルや称号、スキル熟練度を見せてもらえるらしい。

 聖なる杯だか何だかの、水面に映し出されると聞いた。

 俺たちプレイヤーは自分で自分のステータスを確認できるし、同じプレイヤー同士なら、レベルや称号を名刺のように見せ合う事ができる。

 だが見せられるのは称号までだから、能力値やギフト、スキル熟練度を他人に見せたければ、大陸住人と同じように女神教会に行かなくてはいけない。


 パーティを組んだ仲間のステータスが分からないのは少々不便だ。なぜこんな仕様になったのか不思議だが、ユンピアに言わせれば、存在の個別化に悪影響が出てしまうという事だった。

 よく分からん。

 しかし戦闘中に仲間のHPさえ確認出来ないから、回復役の人の神経がすり減りそうな気がする。


「焼けましたよナミノさん、タレと塩のどちらにしますか」

 長さ15センチくらいの大きい竹串に、焼けた肉が刺し詰められていた。

 ボリューム感に、心が沸き立ってしまう。

「タレでお願いします」

 甘辛い匂いのするタレを選ぶ。

 ちなみにユンピアは、あぶりという焼き方で、これは熱だけをさっと通すレアーだったので、最初に焼きあがって現在夢中で頬張っている。

 串は重すぎて持てないから、木製トレイの上だ。

 塩レモンがお好みらしい。

 チェルシはタレを選んで、俺と一緒に肉焼き串を受け取った。


 ずしっと重いな。

 指先で持っているから、油断すると落としてしまいそうだ。


 兎肉は臭みがあったけど、コクのあるタレが臭みを風味に変えている気がする。タレには少しだけ香草の香りがしたから、ハーブ的なものが混ぜているのかも知れない。

 赤大鹿は柔らかくて肉汁も多くて、とても赤身だとは思えなかった。鹿肉ってもっと淡白だと聞いていたけど、すごくジューシーだった。


 じつに美味かった。

 エルフパパの屋台には、またすぐに来よう。

 銅貨五枚の価値は充分にある。

 もちろん代金は払ったよ、ユンピアの分も。以前なにかおごるって約束していたから丁度良かったかも。


 この後チェルシに引っ張られて、俺たちは弓職人の所を訪ねた。

 でもワイト事件の懸賞金、小金貨二枚程度では、欲しい弓が買えなかった。

 チェルシの気に入ったのは三枚の木材を合わせた高級な合成弓で、金貨二枚、日本円にして二十万円くらいの代物だった。


 小金貨だと十枚だな。

 高けえよ。


 そんなわけで、チェルシはしばらく森で狩りをして弓の代金を稼ぐそうだ。そして俺はチェルシのお金稼ぎに付き合って、大陸時間の三日後に、一緒に出かける事になった。


 狩猟の獲物だけで金貨二枚を貯めるとか、言うほど簡単じゃないらしいけどね。

 俺は銃の修行をかねているから、チェルシに付き合うのは全く問題ないけど。


 むしろこの機会を利用して、俺も何とか獲物を仕留めたいもんだ。

 出来たらさっき話しに出た赤大鹿を。

 それが無理でも、せめて兎か、キジとかでも良い。

 キジっているんだろうか。


 あーでも、チェルシのお父さんでも四人で狩りに出たって言ってたよな。

 前回は俺たち二人だけで行ったけど、大丈夫なんだろうか。

 いやユンピアを合わせて、一応三人か。


 ま、いいか。

 きっと何とかなるだろう。



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