20 ヘルン編スタート
「ナミノーっ、こっちこっち、この先の肉焼き屋台が美味しいんだから!」
エルフ娘のチェルシが、俺の手を取って強引に歩き出した。
ちょっと前なら考えられないほど、俺に対する距離が近い。
しかもよく笑う。
ワイトに襲われていた時とは別人みたいに、明るくて元気な様子を見せている。
きっとこっちが、本来の姿だったのだろう。
チェルシは人間で言えば、14才くらいの年格好に見える。
でもって長寿のエルフ族ではあったが、彼女の場合は本当に14才だ。
肩まで伸ばした金髪と、緑の瞳が印象的な美しい少女だ。
もちろん耳はとがっている。
今は弓を装備せずに、新しく買った木綿のワンピースと、羊毛のショートマントを身に付けている。ワンピースはインディアン風なデザインの入った服だ。
冬の日差しの下、明るくはためいて可愛らしい。
「うはー、魅惑の肉焼き!」
この声はユンピアだ。
全長15センチ足らず、妖精のような小さな身体に、白くて短い羽が四枚はえている。
ピンクの髪のボブカットが目立っている。
瞳は黒くてクリっとしており、白い絹のような素材の、薄いドレスを身に付けている。
あまり役に立っていない気がするけど、俺のサポートをするために女神から遣わされた天使という事だ。
ちなみに頭に輪っかは無い。
そしてこいつは何が気に入ったのか、最近は隙あらば俺の頭の上に鎮座している。
俺はと言えば、白いYシャツとデニム風ジーンズ、本革の茶色いブレザー、同じく本革製のスポーツウォーキングシューズという出で立ちだ。
どれもアバターキャラ初期設定時の服装であり、この初期設定の装備だけは、無料で何度でも新品を購入できる。
デザイン的に周囲からちょっとだけ浮いているけど、革の服を着ている人は多いし、デニムにしてもチラッと見るだけなら、よく使われているホロ布生地とあまり違わないし、周囲の反応からも問題なさそうに思える。
石造りの都市ヘルン。
いま俺たちがいる所だ。
高さ4メートルの石壁で囲まれている街。
一見して壁が低いようにも思えるが、人間同士の戦争ではなくて、野生の獣や獣型の魔物が入らないための壁なので、充分な高さらしい。
小高い丘を中心に発展したそうで、やたらと坂や段差の多い街。
足元にはミレーヌ大河が流れており、綺麗な水と肥えた土壌、見渡す限りの森と林に囲まれた豊かな都市。
人口六千人ほどが暮らしており、この時代としては大きな都市になるらしい。
ワイトを撃退してから、リアルで五日目、ゲーム時間では二週間ほど経過していた。
あの後、焚き火の側で朝を迎えた。
二頭の馬が少し回復していたので、まだ馬車を引くのは無理だったけど、少しだけ荷物を積んで、ヘルンを目指した。
三十年ぶりにワイトが出たという事で、街はけっこうな騒ぎになった。
俺もチェルシも、あとドーマンやエルシアさんも、当事者という事でヘルンの兵士たちから色々と質問をされた。
だがそれも今は落ち着いて、やっと開放された俺たちは、心身ともにリラックスしている最中というわけだ。
ここ数日は、好きなように過ごしている。
ところで今回、俺がワイトを馬乗りになって殴ったとか、マスケット銃を棍棒代わりに殴り飛ばしたとか、そういう話はしていない。
どうせ言っても信じてもらえないから、言わない方が良いという事になった。
それでもワイトを撃退して、グールを退治したのは信じてくれて、ヘルンの領主から報奨金を貰えた。
一人につき小金貨二枚と銀貨五枚。
日本の物価に換算すると、小金貨は一枚二万円くらいで、銀貨は千円くらいの価値だ。
命をかけた戦いの割には大した額じゃないが、降って湧いた話だし、貰えるものはありがたく頂いておこう。
なお俺がキャラメイク時に渡された金貨三枚だが、こっちは一枚十万円の価値があるらしい。
思ったより大金で、しばらく先まで生活が出来そうだった。
いや、この金で初期装備を買えという事なんだろうな。
俺の場合は、ドーマンの同僚だったハングレイの形見のマスケット銃を譲り受けていたから、店で初期装備を購入する必要はない。
棍棒代わりに殴りつけた銃だったが、エンチャントのお陰で本体が守られていたらしく、あれだけ叩き付けたのに曲がった箇所もなく、普通に使えるようだった。
弾や火薬も、けっこうな量を頂いた。
ドーマンは、先週のうちにハングレイとマックの遺体を回収して葬式をあげていた。
俺たちも、二人の葬儀には参加させてもらった。
二人とも他に身寄りはいなかった。
火葬の後に埋めた。
そしてこの時に分かったのだが、ワイトに襲われたのはドーマンたちだけでじゃなく、他にも二つの馬車が道に乗り上げており、中は死体が数体あった。
死体の数がたらなかったそうで、姿の見えない者は、恐らくアンデット化して、森や山中に迷い込んだと思われている。
石造りの都市ヘルンと港町ダビットを繋ぐ街道は、ここ三十年は大きな問題もなく利用されていたが、これからしばらくは両街の兵士が、警戒体制を敷くそうだ。
ちなみにひとつ驚愕した事があって。
なんとこの世界には、ゾンビパウダーなる魔法の粉が存在していた。
これは普通に入手できるものであり、遺体などを運ぶ時に、遺体に振りかけて使用する。
ゾンビパウダーを浴びた遺体は、その場でゾンビとなって起き上がり、自力で移動を開始するのだ。
これには、本当の本当に驚愕した。
恐るべきカルチャーショック。
ハングレイとマックは、基本的には馬車で運んだのだけど、乗り降りは自分の足で移動したらしい。馬車の中でも行儀よく座っていたようだ。
俺は降りるところしか見なかったが、けっこう怖い風景で、背筋がゾッとした。
とくにマックさんの頭には、こぶし大の石がふたつ埋まっていたし……。
取れなかったから、そのまま火葬にするんだと。
なおゾンビ化しても、そこに魂は宿らないから、特に問題は無いという話しだった。
やっぱ文化が違うわ……。
他に乗客だった司書官たちの遺体も回収できたようだが、最初に襲われたという母親と幼い娘の遺体は発見できなかった。
他と同様にアンデット化して、森や山中に迷い入ったと思われている。
その後、葬式が終わったドーマンは、ワイトを対策するためヘルン軍の対策部隊に入隊した。
もともとヘルンの兵士だったし、馬などの私財を失ったし、街を守りたい気持ちもあるし、現役で通用する体力もあるし、古巣に帰るだけだから気が楽だし、という理由らしい。
多分街道の守護にまわるのだと思う。
エルフママのエルシアさんは、ヘルンから歩いて一日半ほどの場所にある、森エルフの集落に帰った。ヘルンの領主は森エルフと同盟のような関係を結んでおり、街中でもエルフの姿を見掛ける。集落との往来も盛んらしく、顔見知りの誰かと一緒に帰ってしまった。
うーむ残念だ。
集落で待っているであろう夫の存在に、殺意を抱いてしまう。
しかしエルシアさんたちは森エルフって種族になるんだな、エルフも多種多様らしい。
で俺はと言えば、何故か集落に帰らず街に残ったチェルシと、サポート天使のユンピアとの三人で、同じ宿屋に宿泊しながら、初めてのダナウエル大陸の観光を楽しんでいるという状況だ。
いや、観光だけじゃない。
初めてという事なら、生まれて初めて火縄銃も撃ってみた。
スキルを覚えたのは良かったが、二度も戦闘を経験しながら一発も撃てなかったから、とにかく撃ってみたかった。スキルだって泣いている。
やってみると思いの外、反動が強くて銃口がブレた。現代社会の銃というイメージより、使い勝手の悪い携帯用大砲ってイメージだ。使用する丸火薬の量も目分量らしく、状況によって増やしたり減らしたりするそうだ。
その辺りの感覚は、基本的には自分の経験で覚えるものだし、射撃そのものも、ある程度熟練しないと実戦で使えないらしい。
これが軍隊だったら、横一列に並んで撃てば良いから、そんなに技能は必要ないのだが。俺はソロプレイヤーだから練習あるのみだ。
で、つい昨日の事、これも生まれて初めて森に狩りに出かけた。
チェルシも一緒だ。
なかなか刺激的な経験だった。
ほとんど遊びのレジャー感覚だったので、生活のために狩りをする住人に対して、少しだけ悪い気がした。
ちなみに獲物は獲れなかったよ。
運もあるだろうけど、こっちの存在が動物たちにバレバレのようで、狙っているうちに逃げられるケースが多い。なかなか簡単にはいかないようだ。
て言うか、銃を構えて狙った途端に逃げるんだから、野生の勘っぽいのは大したもんだ。
この街に滞在中に、必ず何か獲物を仕留めると誓った日であった。
現地で別行動したチェルシは、弓矢でウサギを一羽仕留めていた。
くやしい。
そのチェルシお勧めの肉焼き屋台は、三日に一度しか営業しないそうだ。
それもそのはずで、屋台の主人は自分で狩りをすると言う。
狩猟や下ごしらえと串作り等で二日、営業が一日というサイクルらしい。
「やっぱり屋台やってた。パパ! お昼を食べに来たわよ!」
チェルシが俺の手を引きながら訪ねた屋台は、噴水のある広場の端に建てられていた。
二十歳ほどの青年に見える背の高い男性が、金網の上で肉を焼いていた。
耳がとがっていた。




