表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/44

2 ログイン準備スタート

 十一月のこと。

 比較的どうでも良いんだけど、勤労感謝の日まで残り一週間ほど。

 例年より早く到来した冬の風が、まるで冷蔵庫のように冷たい今日この頃。


 ここ鳥小金井町は東京都だったが、23区には属していない。そしてもの凄い田舎だ。二十一世紀なかばでも開発が進まず、田畑や手付かずの森林が豊富に残っている。

 俺の家は別に由緒など全然正しくないのだが、この土地に昔から住んでいる地主の家系だった。

 有り余る土地は農業と、祖母の方はマンション経営などに使用している。


 そんな田舎村のような風景の中を、宅配業者が電動ワゴン車を走らせ、待望の荷物を我が家まで運んで来てくれた。


「ありがとうございます」

「ありがとうございました」


 受け取り確認用のタブレットにマイナンバーのパーソナルチップをかざすと、配達のおばさんは挨拶を残して去っていった。

 おばさんから受け取ったのは、日本アストリック社からの宅配で、みかん箱サイズのダンボール箱。

 貼り付けられたラベルの内容物表記欄には、精密機器と印字されている。

 ニヤニヤが止まらない。


「お兄ちゃん、なんか気持ち悪いよ」

「そうかそうか、変な虫でも見つけたんか」

「違うよ、お兄ちゃんのニヤニヤが気持ち悪いの!」


 いつの間に隣に来たのか、小学三年生になる妹の小夜さよが、トレードマークのポニーテールを揺らしながら怒った顔をした。

 小夜はからかうとすぐ怒る。

 可愛いやつだ。

 白いモコモコのセーターも似合っている。俺も紺のセーターを着ていたが、こんなにモコモコではない。

 さて重要な案件の最中だし無視しようかと思ったが、俺は妹に借金をしている身なので、以前ほど大きな態度が取れないのだった。

 仕方がないので、丁重に対応するとしよう。


「そっか残念だな……、お兄ちゃんの幸せな気分が、小夜にとっては嫌なものだったんだな」

「え、そんなの違うよ」

「ほんとに?」

「本当だもん!」

 小夜が心外だという表情になった。

「だったら俺の幸福を祝福してくれないか」

「しゅくふくってなに?」

「一緒に幸せな気分になることだよ、具体的には一緒にニヤニヤすることだよ」

「わかった、小夜もやる!」


 ダンボールを横に置き、屈んで背丈を合わせると、しばし妹と顔を見合わせてニヤニヤする。

 もはや、にらめっこの逆バージョン的な何かだ。

 うーん可愛いなあ。

 小夜になにかあったら、お兄ちゃん何でも力になるから頼ってくれよ。

 お金以外で。


 しばらくすると、俺の心が生暖かい何かで満たされた。

 これで当分は、殺伐とした世の中を渡って行けることだろう。

 俺は妹の頭をなでて区切りを付けると、受け取った荷物を抱えて階段を上がることにした。

 自室は二階の廊下の突き当りだ。


 どうやら小夜も生暖かい何かで満たされたらしく、居間のコタツに戻ってくれたようだ。

 ふむ、夕飯まで一人の時間を確保できそうだな。

 いま十五時くらいだから、約三時間と言ったところか。


 部屋に入ると、さっそくダンボールを開封して、中に入っている商品の箱を取り出す。

 さっきまで梱包材にまみれていた商品の箱を開けると、ヘッドホンのような形をしたRV四号型が収まっていた。


 RV四号型。

 日本アストリック社が開発した、新型のルシード・ドリーム・システム、略してLDSのヘッドセット。

 睡眠中に見る夢の中を、目が醒めている時の意識を保ったまま、自由に冒険できる装置。


 全体的に青っぽい塗装だったが、耳あての他にも額から両目にかけて、シルバーのプレートが付いてる。

 箱の中には本体とは別に、充電器をかねたスタンドと、PCに接続する時の専用量子通信端末が付属していた。

 あと読み応えのありそうな紙のマニュアル。


 ……分厚いな。

 読むのは後でも良いよな。

 まずはPCと接続してみよう。


 少し旧型のディスクトップの電源を入れると、簡易なニューロチップのAIが起動してディスプレイに明かりが灯る。

 今の時代、パーソナルコンピュータと言えば人工知能の事を指しており、簡単な疑似人格も備えている。

 さすがに感情を持つまでには至ってないけど。

 それなりに個性を持たせることは出来るので、ペットのように扱う人もいるそうだ。

 最近の俺は音声応答さえOFFにして単なるツール扱いをしているから、あるいは物静かな個性を獲得しているかも知れない。


 ちなみにRV四号型もニューロチップを採用しており、むしろニューロこそがLDSを発展させた最大の要因だと、前に読んだゲーム・ジャーナル・サイトに書いてあった。

 きっと俺のPCよりも、遥かに性能の良いチップなんだろうな。

 ヘッドホン程度のサイズしかないくせに……。


 PCディスプレイに、RV四号型とのリンクが完了したというメッセージが表示された。

 専用の無線端末の通信感度は良好だ。

 画面には設定項目が表示されていたけど、よく分からないのでデフォルトのまま触らず、他の情報から目を通す。


 おお、何やらナノマシンとのリンクもできるそうだ。

 レム睡眠を安定させるようだ。

 いわゆる覚め落ち、目が覚めてログアウトをするのを防ぐらしい。


 医療用ナノマシンが国や民間の健康保険の対象になったのは、たしか俺が産まれた頃だったと思う。

 今では保険適用外のサプリ扱いで一般市場にも出回ってるけど、保険を使っても十万円単位の費用がかかるのだから、適用外はすごい値段になってしまう。


 妹の小夜は幼少期から身体が弱く、四歳の時に血中ナノマシンを投与していた。そして毎年一度の補充&メンテナンス費用を稼ぐため、いつの間にか小夜には、自分の小遣いやお年玉を貯金する習慣が身に付いていた。


 ナノマシンが高額だという情報を与えたのは家族ではない、保育園の授業だ。

 仕方のない事とは言え、小夜が自分の体質を後ろめたく思うような教育は、ぜんぜんダメダメだと思う。

 まあおかげで、妹の通帳にはまとまった額がたまっており、今回は俺も助かったわけなのだが。

 ……大丈夫、必ず返済します、ええそりゃもう本当に。

 

 まあいずれにしろ、健康で年中金欠な俺にナノマシンの話しは関係ない。

 スルーして他の項目にざっと目を通す。


 ん?

 キャラクター作成?

 レベル1から?


 おかしな説明書きを見つけた。

 どうやらこのLDS、RV四号型には、ネットゲームがプレインストールされているらしい。

 その名も、ダナウエル大陸オンライン、というゲームだ。


 てっきり自分の夢の中を探検するゲームだと思っていたけど、こんなネットゲームが付属していたのか。


 ダナウエル大陸とは、集合無意識領域から集めたパーツで作り上げた、集合無意識領域に浮かぶ人工島のような世界だ、と書かれている。

 広大なマップを自由に行動する、オープンワールドらしい。


 文明の設定は、西暦で言うなら1600年あたりで、その100年後には本格的な農業革命や、工業機器による産業革命が起こっている、そんな時代だ。

 大航海時代の後期。

 西洋中世の末期。

 日本だと徳川幕府の江戸時代が始まった頃だな。


 科学の発展はまだ低いが、魔法があるようだ。

 剣と魔法と火薬とモンスターの時代らしい。


 普通にファンタジー要素満載か、面白そうだな。

 って言うか、集合無意識に浮かぶ島、つまり夢の中だから全感覚のアクションRPGって事だな、これは期待できそうだ。

 だが無料期間は一ヶ月で、その後は月額六千円となっている。

 ちょっと高すぎないか。

 課金アイテムも、近い将来発売するらしい。


 ……まあ良い、とりあえず一ヶ月は無料で遊べるってことか。


 時計を見ると15時半だった。

 いつの間にか三十分も経っている。

 少し急ごうか、さっさと始めないと変なところで中断する羽目になるぞ。


 PCディスプレイに表示された設定画面の説明にしたがって、家族団らんの夕飯に呼ばれるであろう時間帯、18時に無音起床誘導をセットすると、ヘッドセットをかぶってベッドに寝転がった。


 前面シルバーパネルの表面を指先で三度タップすると、RV四号型のスイッチが入って起動する。

 プンッと軽い電子音と共に、目の前のパネルにメッセージが浮き出てきた。


 いわく。

 初期設定を始めてよろしいですか、と。


 この段階でメインユーザーの網膜登録と、声紋登録をするらしい。

「初期設定を始めてくれ。5,9,1,1,0」

 肯定の意思と、画面に表示された数字を声で伝えると、頭の真ん中に波動のようなものを感じ、身体が鉛のように重くなっていった。


 俺は急速に、明晰夢めいせきむの世界に落ちていった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ