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18 幕間の章 うんえいだより2

 三十分後。

 飲み残したコーヒーが、すっかり冷めてしまった頃。

 キャラクター名ナミノという少年が、プレイベートルームから出て来た。


 次の瞬間、そのアバターがダナウエル大陸に転送される。

 一般プレイヤーの記念すべき初上陸だ。

 きっと多くの社員、特に開発チームが注目している事だろう。


 だがその場所はB34区、推奨レベル12以上の領域だった。

 しかも大河のど真ん中、深い水の中。

 考えるのを止めたはずの恵は、思わず吹き出しそうになった。

 冷めたコーヒーに伸ばしていた手を止める。

 口に含まなくて本当に良かった。


「どうなってんのよ!」

 思わず声に出す。


 何から何まで予想外の出来事だった。

 プレイヤーの初上陸の時は、準備された三つの始まりの街、そのどれかに転送されるはずだった。

 きちんと街周辺に、強いモンスターがいなと確認して選んだ街だ。初心者用に様々なチュートリアル・クエストだって用意されているのに。


 ふとシステムログを確認すると、開発部から何らかの干渉があった事が判った。

 少年のサポートについた七大天使の、外部ネットワークへのアクセスを禁止したようだ。

 まあプレイ中はネット索敵など、プレイヤーと大陸外との通信を出来なくしているの で、その一環の処置なのだろうけど。

 もしかしたらタイミング的に、その介入が転送位置をずらしてしまったのではなかろうか。

 と恵はいぶかしんだ。


 もしそうだったら、これはプレイヤーに対する運営の大ポカで、説明後にきちんと謝罪をするべき案件である。

 そして現在、溺れて死にそうになっているプレイヤーの少年に、何らかのサポートをするべきなのだが。


 と思ったら、ナミノという高校生プレイヤーは、意外にも水面まで浮かび上がって、岸へと泳ぎ出した。

 上着まで脱ぎ捨てた。

 とっさのトラブルにも対応できており、最初の印象よりバイタリティが高いようだ。


 それにしてもサポートキャラとして同行している大天使というのが、プレイヤーの邪魔になっている事実に首をかしげてしまう。

 見たところ魔法のひとつも使えないようで、スキルの使用も出来ないようだ。あの妖精族のように小さいユンピアという天使は、一体何をしたいのだろうか。

 きちんと少年を助けて仕事をしなさいよ、と文句を言いたくなる。


 と言うか、そうだ、自分も仕事をしなくては。

 と恵は、遅まきながら気がついた。

 B34地区なのだから、運営のサポートを向かわせる必要がある。


 B34地区は、初期設定直後のプレイヤーが入るべきエリアではなかった。

 一番近い始まりの街からでも、ゲーム時間で十日以上の旅をする距離だ。

 初心者には手に余るアンデット・モンスター、グールが出没するエリアであり、山奥にはレイドボスクラス、大人数の部隊で挑むほどの大物クラス、ワイトキングのダンジョンがある。

 滅多にない事だが、ゲーム時間で数十年に一度は、ダンジョンから下級ワイトがさ迷い出る事もある。

 初期設定を終えたばかりのプレイヤーが、もしもワイトと出会ったら、瞬殺されること請け合いだ。


 というわけで、恵はもうひとつの仕事、ガーディアン・スタッフを呼び出す事にした。

 偶然にもバディを組んでいたイギリス人女性のクリスティが、現場から一番近いB31地区の始まりの街にいたので、少年の居る現地に向かってもらう事にする。

 クリスティは誰かと会話中らしかったので、音声ではなくメールで指示を入れた。


 ガーディアン・スタッフ、略してGSとは、一般プレイヤーの手助けをしたり、逆に問題行動の多い者を拘束、ときには討伐する者たちである。

 本人の夢の延長であるLDSのシステム上、問題のあるプレイヤーの強制ログアウト、いわゆる垢バンが出来ないために、対応処置としてガーディアン・スタッフが用意された。

 また今回のように、一般プレイヤーがシステム上のトラブルに巻き込まれ、個人では抜け出せないような状況になった時も、駆け付けてフォローしなくてはいけない。


 ガーディアン・スタッフには、それぞれバディが組まされており、大陸内部にいたら分からないマクロな視点からの情報を受け取る事が出来る。

 恵はまだクリスティが訓練生だった二年前から、彼女の相棒をしていた。


 しかし今回、クリスティの場所からB34地区に行くためには、海路と陸路を経由して、早くても十日はかかってしまう。

 本来なら大陸中に散らばっているGSだが、ゲームスタート時の今日だけは、全てのGSは三つの始まりの街に集結していた。本来は他の地区にプレイヤーは居ないはずだったので、これはどうしようもない。

 だから結局、少年には何とか自力で、近くの街まで移動してもらうしかない。


 あるいは、さっさと諦めて、ログアウトしてもらうとか……。

 ゲーム時間で十日なら、現実時間で三日半くらいだ。

 今すぐにでもメールを送り、「三日程待っていただければ、スタッフが街まで護衛します」と連絡するのも手だ。

 まあもっともログイン中はメールを読めないので、いずれにしろ本人がログアウトをするのを待つしかないのだが。


 どうしようか、上司に進言してみようか。

 などと考えているうちに、ナミノがグールに襲われていた。


「あああー!」


 思わず声に出る。


 しかも恐ろしい事に、少し離れた林の木の根の穴には、ダンジョンからさ迷い出たらしい下級ワイトが潜んでいた。


「あ、これは終わったわね……」


 悪い事は重なるものである。

 いきなりグールに襲われて、しかもワイトに目をつけられるとか。

 これは一回死亡するのは確実だろう。

 少年のレベルが1だから、実質レベルダウンのデスペナルティを受けないのが、せめてもの救いかも知れない。

 だからと言ってアンデットに食い殺される体験は、下手をするとトラウマになりかねない程ショッキングなものではあるが。

 恵は数年前の自分の経験を振り返って、寒気を思い出した。

 

 近くの街道には、乗り合い旅客馬車の一行がいたが、どうやらすでにグールに襲われた後で満身創痍のようだ。

 それに近いと言っても少々離れていたし、もしも気づいて助けに駆け付けてくれても、時間的に間に合わないだろう。


 しかし乗合馬車にいたアバター生命体たちの様子が変だ。

 と恵は首をかしげた。

 いくらグールに襲われて死人が出たとしても、馬を馬車から外して休ませるとか、何をしたいのか分からない。


 とか何とか思っている内に、少年に向かってグールが飛びかかった。

 同時に少年が、手に持っていた大きな石を投げつける。

 見事にグールの頭に命中して、凄い衝撃と共にめり込んでいる。


「え?」


 何が起きたのか、恵はすぐに理解できなかった。


 倒れたグールが起き上がったところに、もう一発、大きな石で追撃をする。

 これもまた、凄い衝撃と共に頭にめり込んだ。

 グールが河原に倒れ込んだ。

 もう動かない。


「う、嘘でしょ、なんで投石程度でグールがやられちゃうのよ」


 ガーディアン・スタッフの中には高レベルプレイヤーがいて、中にはまともな武器も使わず、投石でグールを倒せる猛者も確かにいるのだが。

 ナミノは、レベル1プレイヤーだ。


 慌ててログを確認すると、少年が投げた石にはエンチャントがかけられていた。

 それだけではない。

 なんと二発とも、クリティカルヒットを発生させている。

 防御力無視、ダメージが最低でも1.5倍以上。

 しかも今回のクリティカルは1.5どころではなく、二撃ともダメージ三倍の数値が出されていた。

 狙いうちスキルが、最高の働きを見せたようだ。


「……ほとんど最初の攻撃で終わってるじゃない、オーバーキルも良いところよ」


 よく見ると、スキルの熟練度も上がっている。

 狙いうちスキルが3になっている。

 ありえない成長速度だった。


「ちょっと……レベルアップは良いのよ、ソロでグールを倒したら、そりゃ4くらいには上がるでしょうよ。でも一度の戦闘で熟練度が3って、どうなっているのよ」


 この世界、ダナウエル大陸にも常識というものがある。

 今回、現実の世界から送り込まれた一般プレイヤーは、効率的なレベルアップやレベルキャップの削除が出来るクエストの提供、また自由な能力値ポイントの振り分け、さらにはスキルポイントを消費するだけで習得できる数々のスキルなど。

 そういった、大陸の一般住民たちからすれば、破格の優遇処置が取られている。


 しかしスキルの習得までは簡単だとしても、その先の熟練度までは、一般住民と同じように訓練して上げていくしかない。

 一般住民たちと同じように、常識的な方法で成長させるしかない。


 それがこの世界のルールであり常識だった。

 もしも量子コンピュータで介入して、勝手にキャラクターの数値をいじったりすると、途端にキャラクターの動作が不安定になってしまうのだ。


 いわゆるラグやフリーズを起こすのである。

 この現象は、あらゆる種類の介入で発生した。


 だから運営側でキャラの能力値をいじるのは不可能だったし、戦闘などで負傷して死に戻る時も、かなりのレベルダウンを加えないとキャラクターがフリーズを起こした。


 デスペナルティで最大10レベルのダウンなど、悪夢としか言いようがない。

 普通のネットゲームでは絶対に有り得ない。

 高レベルのキャラクターになれば、数ヶ月分のプレイ時間に相当するだろう。それまでの努力が全て水の泡だ。

 そんなゲーム、ユーザープレイヤーに見放されてしまう。


 だがその処置をしなければ、アバターキャラクターが動作不良を起こすのだから、どうしようもない。

 大陸の常識から大きく外れた優遇処置には、同じように大きなペナルティを合わせる必要があった。でなければキャラクターはまともに動かなくなる。

 ここ何十年もの研究によって、それは明らかにされている。


 だからナミノがスキルの熟練度を、たった一度の戦闘で、もっと言えばたった二回の使用だけで3まで上げるなんて、世界のルールから逸脱している。

 あきらかに常識外れだ。

 スキルとの相性が良くて才能があったとしても、毎日トレーニングを積んで、数週間から数ヶ月は必要なはずだ。

 現実で考えても分かる、それまで未経験で素人だった者が、一度や二度の体験だけで、プロレベルの技術を身につけるはずがない。


 これはすぐに動作不良を起こして、アバターキャラクターが使用不可能になるようなケースだった。

 だがナミノに不具合の様子は無く、ごく普通に動いているように見える。


「少年、あなた一体、何者なのよ」


 恵はしばらく、呆然とシステムログを見つめていた。



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