16 迎撃戦が終わって
悲痛なユンピアの声が、俺の耳に届いていた。
「チェルシが死んじゃった!」
身長15センチくらいの白い四枚の翼を持つ少女が、泣きそうな顔で宙に浮いていた。
はっとしてチェルシを見ると、倒れたところをエルシアさんに抱きかかえられている様子が分かった。
痛む全身を引きずって近づくと、遠くの焚き火に照らされたチェルシの両眼あたりが、暗く落ち窪んでいるのが見て取れた。
まるでワイトみたいだ。
まさかアンデット化なのか。
これって、不味いんじゃないのか。
このままワイトになるなんて絶対に嫌だぞ。
エルシアさんは、チェルシに向かって何度も治癒魔法をかけていた。
しかし主に傷の治療に使われる治癒魔法では、見たところ傷の無いチェルシには効果が無いようだ。
それでも手を止めずに、何度も何度も必死で魔法をかけている。
「……息をしてないの、し、心臓が止まっているの、どうしたらいいの」
そばに来た俺に気づいたのか、エルシアさんが震えながら俺を見上げた。
「ねえナミノさん、魔法が効かないの!」
悲鳴のような声を上げる。
どうしようもないと思った。
だけど。
どうしようもないからと言って、何もせずに諦めるのは違うかも知れない。
例え意味が無いのだと、頭では分かっていたとしても。
「どいてください」
思いつく限りは、何かをやってみようと思う。
エルシアさんには、横にどいてもらう。
俺は手首を触って脈が無い事を確かめると、チェルシの胸に両手を重ねた。
まずは心臓マッサージだ。
二年ほど前、中学生の時に保健科目の一環で、応急処置の実授業を受講した。
対象は溺れた人と、心臓発作で倒れた人の二例だけだった。
たいした知識でもないけど、やってみようと思う。
心臓の方はAEDを使いたいところだけど、無いのだから素手で押すしかない。
二十回ほど押したら、次は人工呼吸だ。
チェルシの後頭部を支えて、口から息を吹き込む。
二度、三度。
それからまた心臓マッサージ。
チェルシの身体は、氷のように冷たかった。
いきなり体温が無くなるなんて、さっきまで生きていた人間とは、とても思えない。
でも、だからこそ。
普通じゃ説明がつかないほど冷たいからこそ。
まだ終わっていないような気がしてきた。
きっと何か不思議な力が働いている。
だからとにかく、心臓マッサージをしたら、人工呼吸をする。
冷たくて柔らかい唇。
また心臓マッサージ。
声に出して数を数える。
エルシアさんの、何かが裂けるような細い泣き声がする。
どこか遠い場所から、聞こえて来るような気がする。
人工呼吸をする。
また心臓マッサージ。
いつの間にか、身体の痛みが消えていた。
さっきの戦闘の時みたいだ。
音も無くなる。
目の前のエルフの少女だけが、俺の全てみたいに感じる。
出会って間もない少女。
素敵な母親を持っている少女。
それが俺の全て。
人工呼吸をする。
また心臓マッサージ。
終わらないループ作業みたいだ。
永遠にこのまま続ける運命かも知れないと。
ちょっと思う。
けど。
俺はさっきから心の何処かで、チェルシの魂を感じていた。
それはエルフの少女の体内で炎のように揺れている。
って事は、なんだよ。
やっぱ、まだ生きているんじゃないか。
「おい、もういい、もう止めろ!」
どれだけ時間が経ったのだろう。
五分か、十分か、三十分か。
ドーマンが俺の肩をつかんで、何か言っていた。
チェルシの口元が、青白く光っていた。
この光は知っている、ワイトのバイタル・ドレインだ。
でも、少し違う。
だってそんなはずはない。
俺はチェルシは死んでいないって、気が付いているのだから。
「ナミノ!」
誰かが批判めいた口調で言う。
そして何度目になるのか、人工呼吸をしていた最中だった。
いきなり俺のHPが、ごっそり吸い取られた。
同時にチェルシが、ゴボっと重たい咳をする。
そのまま少しの間、今度は普通にゴホゴホと咳き込み出した。
「な!」
「チェ、チェルシ!?」
ドーマンとエルシアさんが、驚きの声をあげる。
「ゴフッ……、う、あっ、あれ? なによ、どうし……たの?」
チェルシが、意識を取り戻した。
きちんと自分の力で息をしている。
ちゃんと言葉を喋っている。
いつの間にか、体温も戻っている。
「チェルシ!!」
エルシアさんが、飛び付いて来た。
俺ごとチェルシを、思いっきり抱きかかえる。
「チェルシ! 良かった! 良かったぁぁぁ!」
「ちょ、ちょっとママ、何なのよっ」
「良かったわあぁ!」
どうやら俺は、かなりボケっとしていたようだ。
状況は大体分かるのだけど、まともにリアクションが取れずにいた。
なんて思っている内に、少しずつ意識が元に戻っていく。
目の前のエルフの少女で埋められていた意識が、すーっと変化していく。
まるでたった今まで夢を見ていて、急に目が醒めたような気分だ。
「ちょっとママ、いい加減にしてよ!」
エルシアさんがチェルシと俺を一緒に抱いているので、三人の密着度がすごい。
それに気づいたチェルシの頬が、段々と赤く染まっていく。
でもって、俺と彼女の目が合った。
さらに力を入れたエルシアさんによって、鼻と頬がくっついた状態だ。
「うっ?」
「あ、どうも」
「離してぇぇぇ!」
ついにチェルシが暴れ出した。
「い、痛い、痛いってっ」
俺を殴るな!
何とかエルシアさんの腕をほどいて抜け出るのに成功する。
真っ赤になって怒っているチェルシの顔は、さっきまでの暗く落ち窪んだ眼窩の雰囲気が、完全に消えていた。
もうアンデット化の心配はない、どっから見ても間違いなく生者だ。
そしてまたもや、俺は急激に蘇った全身の痛みに、歯ぎしりをしていた。
勘弁してくれと思いながらも、さっき減ったらしいHPを確認しておく。
HPは40になっていた。
64ほど残っていたので、一気に24ポイントが消えたようだ。
くっそ、キツイな。
恐らくチェルシに渡ったのだと思う。
うーん、さっきの青白い光って、やっぱりバイタル・ドレインに関係あったのかな。
ついでにスキルを確認すると、激痛耐性が6に上がっていた。
今まさに体中が痛いのだけど……、もっと一気に上がってくれても良いんだけど!
なぜか狂戦士も2に上がっている。
ここ何度か起こった異常な集中力は、もしかしたら狂戦士が関係しているのかも。
お、狙いうちが5になってた。
たしか5ってベテランの域って話だけど、こんなに簡単に上がって大丈夫なのかね。
そしてもうひとつ、新しいスキルを覚えていた。
その名も、HPリンク。
うん、これだな。
HPの受け渡しがあったんだな。
きっとこのスキルのお陰で、チェルシを助けるのに成功したのだ。
……うん、でも実はさっきのあれ、やっぱりバイタル・ドレインを受けたような気がしてきたけど、きっと気のせいだろうな。
どうなんだろう。
まあいいか。
HPリンクの詳しい仕様は分からないけど、後でユンピアに尋ねてみよう。
狂戦士についても、教えてもらわないとな。
そのユンピアを見ると、チェルシとエルシアさんのまわりを飛んでいた。
もの凄く元気だ。
「ナミノ〜!」
目が合ったら、こっちに向かって飛んで来た。
ベタっと顔面に張り付く。
おい、痛い。
「ナミノ〜、あんたスゴイわ! スゴイわよお!」
顔面に張り付いた天使を片手でペリペリ剥がすと、ユンピアが手足をバタつかせながら言う。
なんか楽しそう。
ん、昔つかまえたクワガタを思い出したぞ。
でもこいつはクワガタではない、ポイって捨てよう、ポイって。
「ナミノさん、ありがとうございます、本当にありがとう」
またエルシアさんがやって来て、両手で俺の手を取り、深々と頭を下げて、俺の手を自分の額に当てた。
よく分からないが、すごく感謝しているという意味っぽい。
「ちょっと、それってあんた」
ユンピアが呆れたような口調で言う。
「それは一人前の巫女に対する尊敬の意よ、簡単にやっちゃいけないんだからね」
そう言えばエルシアさんは、以前に見習い巫女とやらの世話をしていたらしいな。
そこで覚えたのかな。
「そうですわね天使さま、でもナミノさんは聖属性魔法と同じ、いやそれ以上の奇跡を与えてくれましたわ。まさに神前の礼に相応しく思いますし、今の私はこれよりも深く感謝を示す礼を知りませんから、もう仕方がないのですわ」
エルシアさんが、また涙を浮かべながら顔を上げてニッコリ笑った。
「止まって冷たくなった心臓が動き出すなんて、そんな奇跡は聞いたことがありません。さっきだって私は本当は諦めていたんですよ。もう駄目だって絶望していたのに」
「俺も嬉しいですよ、ちゃんと役に立てたし、みんなで生き残れたし」
本当に、何とかワイトを倒せて良かった。
ん? 倒す?
慌ててワイトの方を見ると、そこには平べったく潰れたホロ布があった。
中に居たはずのワイトが、消えている。
「しまった!」
周囲を見回すが、今は夜中だ。
焚き火の周辺だけは物が見えるけど、少し先の山林からは、墨を溶かしたように真っ暗になっている。
空の星雲は輝いていたが、地上を照らしてくれるほどではない。
とても探しようがない。
拘束出来ていたのに、これは痛恨の失敗だ。
「逃げられた」
俺の言葉に、ドーマンたちがハッとした。
ワイトが居なくなっていることに、遅まきながら気づいたようだ。
聖属性や邪属性の攻撃でとどめを刺さなければ倒せない。
分かっていたのに、油断していた。
炎の攻撃も出来なかった。
まあそっちは、結局のところ必要なかったかも知れないが。
「す、すまん……」
ドーマンが気落ちして言う。
「完全に俺のせいだ、俺が見張っていないといけなかったのに」
口調が苦しげだ。
確かにその通りだけど、まあ仕方がないよな。
「仕方がないですよ、それでも撃退は出来たのだから、当初の計画通りとも言える」
それに俺にしても、すぐにロープなり何なりで確実に捕まえなかったのだから、これはもう全体責任ってやつだろう。
チェルシの容体もあったし、ワイトの監視がおろそかになったのは、どうしようもない。
「本当にすまん、こんなに早く回復するとは、気が抜けていた」
「気持ちを切り替えましょう、こうなったら夜明けまで、もう一度仕切り直しです。まあでも、あのワイトが今夜また襲撃してくるとは思えないですけど」
「そりゃそうね、ボッコボコだったもんね!」
ユンピアが割り込んでくる。
「みんなで焚き火の側に行きましょう。エルシアさんも、それからチェルシも。俺も体中が痛いから少し休みたい。ドーマン、悪いけど毛布を貸してくれませんか」
「ああ分かった、遠慮しないで使ってくれ」
本当は完全ログアウトして、固有結界内で安全安心に回復したいところだが。
今回は半ログアウトで我慢して置こう。
とりあえず俺のプレイヤー的な部分が、どこまでバレても大丈夫なのか分からないので、隠せるだけ隠しておこうと思う。
ユンピアだって、そうして欲しいと言っているし。
いずれはバレると思うけどね。
だって二万人近くがRV四号型を購入して、続々とこの世界にログインしてくるのだから。
俺たちが、ここの住人とは全然違う存在だって事は、すぐにダナウエル大陸の常識になっていくはずだ。
馬車の荷台には八枚ほどの毛布があった。
そのうちの二枚を取って、なんとチェルシが地面に重ねて敷いてくれた。
「わ、私だって感謝くらいしてるんだから」
と何気にツンデレっぽい言い方がムズ痒い。
まあ心臓が止まっていたとか言われても、死にそうになった自覚なんか無いだろうし、エルシアさんから話を聞かされても、素直に感謝できないのは理解できる。
と言うか、心臓マッサージや人工呼吸という行為の方を、問題にしている気がする。
そればかりはなあ、仕方がないですから……。
て言うか俺だって初めてのキスだし。
中学の時の実授業は、精巧な人形でやったし、生はこれが初なんだよな。
いやいや、待て待て、今日のこれはノーカウントってやつだよな。
そもそも救助活動なわけだし。
しかし、よく躊躇せずにやれたよな、さっきの俺って。
せっかく焚き火の近くに敷いてくれたので、ありがたく毛布の上に寝転ぶことにする。
するとエルシアさんが、上にかける用の毛布を、もう一枚持ってきてくれた。
でも毛布をかける前に治癒の魔法を使ってくれるようだ。
肩とふくらはぎが、ひどく痛む。
特に足の方は、破けたジーンズが自分の血でベットリとなっていて、かなりの重症であることが分かる。
見ていると痛みが増して来る気がする。
エルシアさんの治癒魔法は、想像以上に凄かった。
呪文を唱えだすと、じわじわ暖かくなって、痛みが和らいで行った。
治癒魔法は本当に凄い。
でも俺としては、さっさとログアウトしたい。
だってそうすれば、完全に痛みと決別できるのだもの。
というわけで。
俺は後の事をユンピアに任せて、半ログアウトすることにした。
何かあったら、とにかく早く俺に知らせること。
それだけは強く言って聞かせなくちゃな。
後でRV四号型を通して言っておこう。
ホントに頼むからなユンピア。
エルシアさんの治癒魔法を受けている内に眠ってしまう。
そんな様子を演出しながら、俺はアバターキャラを残して、ログアウトをした。
ーーーーー
レベル:7
名前:ナミノ
種族:人間族
性別:男性
称号:なし
獲得した能力値ポイント:12/24
知力 :5
筋力 :15
器用度:15
敏捷度:7
体力 :25
精神力:5
HP:40/100
MP:4/10
ギフト:ゲート1
獲得したスキルポイント:1/1
スキル:鉄砲術 熟練度1
:狙いうち 熟練度5
:攻撃エンチャント(無属性) 熟練度1
固有スキル:激痛耐性 熟練度6
:狂戦士 熟練度2
:HPリンク 熟練度1
獲得した称号:なし




