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15 ワイト迎撃戦 後編

「待たせたなナミノ!」

 もと冒険者で乗合馬車を経営する、中年男ドーマンの声がした。


「行くわよナミノ!」

 エルフの女子で風系の魔法が得意な、チェルシの声もする。


「私の用意も出来てます!」

 チェルシの母で若手のアイドルみたいに可愛い、エルシアさんの声もする。


 仰向けになったワイトにまたがり、顔面を殴りつけていた俺は、それを聞いて手を止めた。


 隙が出来たように見えたのか、俺の両足のふくらはぎに爪を立てていた手を緩めると、ワイトは身体をよじって俺の下から抜け出した。

 今度こそ、本当に束縛から逃れる。


 だがもちろん、そのまま逃がすつもりは全然ない。


「うぉりゃ!」

「ガッ!」


 立ち上がったワイトが動き出す前に、速攻で背中から抱きついて、動きを邪魔するためにまとい付く。

 掛け声で自分を奮い立たせて、立ち上がるときの足の痛みを我慢した。

 爪を使われないように、腕の上からまとめて抱きつく。


 だが、痛みで踏ん張りが利かない。

 何とか作戦開始の準備が間に合ったのだ、ここで逃げられては台無しになる。

 崩れ落ちそうな下半身を支えながら、必死になって腕に力を込める。


「ハ、離セ、コイツッ」


 ちなみに作戦のためには、ワイトに地面に寝られていては困るのだった。

 立ち上がってもらわないと、ロープで巻くのも難しい。

 今この状態こそ、当初に予定していた形だ。


「風よ! 私の声を聞いて!」

 チェルシが勇ましい声で呪文を唱えた。

 魔法の呪文というのは、集中を高めたり、使用するときのトリガーの役割を持っており、内容そのものはそれぞれ術者の好みらしい。

 無詠唱でも良いとか。


 地面から上に向けて風が舞起こり、二人がかりで持っていたホロ布が、パラシュートのように膨れ上がった。

 風壁の魔法を上手にコントロールしている。

 ホロ布の両端をしっかり持ったまま、チェルシとドーマンが素早く移動して、俺とワイトをはさむ位置につく。

 まさに真上にパラシュートだ。


「落とすわよ!」

 チェルシの合図で風が消えて、ホロ布が下に落ちた。

 俺とワイトの上に被さって来る。


「ナンダ?」


 人間にしがみ付かれたまま、頭から布を被せられるなど、ワイトのとっては謎の行為にしか思えないだろう。


 このタイミングで俺はゲートの能力を発動させて、自分の背中側ギリギリに鏡面の扉を出現させた。

 ワイトに回していた腕を解き、ロープをかけられる寸前に後ろに下がる。


 その瞬間、俺は馬車の正面あたりから、30メートルほど離れた路上に、転送されていた。


 すぐに視線を上げる。

 馬車で半分ほど蔭になっていたが、ドーマンとチェルシがワイトにロープをかけている様子が見えた。

 二人して器用に縄の両端を渡し合いながら、グルグル巻にしている。


 よし、良い感じだ。

 ワイトの頭に、陶器の瓶がぶつけられて割れた。

 中のオリーブ油がベッタリかかる。

 エルシアさんも、練習通りにやっている。


 俺は取り敢えず、ゲートの魔法陣の横に置いておいたマスケット銃を持ち上げた。

 だが火縄に火を付けてなかったので、弾丸を撃つことが出来ない。


 くっそー、ワイトの襲撃って深夜じゃなかったのかよ、来るのが早すぎだろ。

 せめてもう少し遅かったら、火縄銃の準備も万端だったのに。

 今から火口箱で火を起こして縄に火を付けるなど、あまりにも時間が掛かりすぎる。

 丸弾丸だけは、筒の中に押し込んでおいたけど。


 仕方ないな、出来ることが無くなったけど、どうしよう。


 俺の役割は半分以上、というかほぼ終わっているんだが、ここでノンビリ見ているだけってのも申し訳ない気がする。

 手にしたマスケット銃を杖に使いながら、慎重に立ち上がってみた。


 ふくらはぎが痛い。

 そういやユンピアはどこだ。

 周辺を見回すと、何のことはない、馬車の上あたりを飛び回っている。


 そこだ、やれ、いっちゃえ、みたいな声がしている。

 戦闘に夢中のようだな。


 あいつって俺のサポートするのが仕事なんだよな……。

 いやまあ良いんだけどさ。


 良い機会なのでHPを確認すると、残り68ポイントだった。

 さっきドレインを受けた時は74だったから、あの肉をえぐる爪攻撃などなど合わせて、たった6ポイントしか減ってない。

 肩とふくらはぎが血だらけだから、出血分かも知れないな。

 いずれにしても内臓や太い血管など、重要箇所にダメージを受けない限りは、あまりHPは減らないみたいだ。

 もちろん痛みを受けるだけで、戦う意欲はガリガリ削られるのだが。


 ためしにスキルを確認すると。

 おお!

 いつの間にか「激痛耐性 熟練度5」を習得していた!

 さらにもうひとつ。

 いつの間にか「狂戦士 熟練度1」を獲得していた!


 って、激痛耐性はともかく、狂戦士ってなんだ?

 あれか、バーサーカーってやつか。

 正気を無くして暴れまわって、近くにいる味方も攻撃するってやつ?

 ……いや、ありえないだろ。

 

 それに、いま軽くスルーしたけど。

 激痛って何だよ。

 やっぱワイトの爪攻撃って、激痛だったのかよ。

 でもそれってゲームとしてどうなんだ。

 痛いのが怖くて、戦闘なんか楽しめないよ。

 実際、全然楽しくないよ。

 ゲームとして、根本的に間違っているだろ。


 と、そんな事は、今考える事ではなかった。

 何はともあれ、NPC達(もうただのプログラムとは思えなくなっているけど)の生死のかかった戦闘の最中だ。


 そして順調に拘束されていたワイトが、ここに来て急に暴れ出した。


 高い筋力と優れた身体能力を持つアンデット。

 そんなワイトがパニックでも起こしたのか、ホロ布をかぶせられ、ロープに縛られた状態で、跳ねたり、どこかへ走ろうとしている。

 まるで暴れ馬だ。


 あっ、チェルシがロープを引っ張られて、勢いで宙に浮いた。

 そのまま地面に、叩き落とされる。

 同時にホロ布のワイトの顔あたりに、青白い光が収束していく。

 恐らく半分盲撃ちだろうけど、少し下向きの首の角度の先には、ロープを握ったままのチェルシが倒れていた。


 まずい。

「避けろチェルシ!」


 バイタル・ドレインの青い光が、チェルシの胸部あたりを直撃した。

 当たった瞬間に、跳ねた魚のように身体がしなって、その格好のまま硬直する。

 まずい、これはまずい。

 ドーマンは気づいていないようだ、チェルシに向かって、もっと力を入れて引っ張れと怒鳴っている。

 上空のユンピアにしても、ワイトの動きが止まったーっ、と嬉しそうだ。

 なぜ気づかない。


「ドレインだ! 早く止めろ!」

 叫んだけれど、こっちの声が耳に届いていない。

 くっそ!


 約30メートルの距離。

 どうすれば良い。

 手に持っているのは、弾を撃てない火縄銃のみ。


 ダメだ、考える余裕も時間もない。

 苦しげだったチェルシの表情が虚ろになる。

 ドレインは続いている。


「何やってんだ!」

 とにかく、あの場に行かなくてはならない。

 走るしかない。


 半歩動くたびに、ふくらはぎが悲鳴を上げる。

 激痛耐性の熟練度5ってのは、激痛の五割を消すという意味だろうか。

 そして激痛ってのは、我慢できないほどの痛みを指すのだと思う。

 例え半分に減ったとしても、残りの半分だけで充分すぎるほどキツイ。


 さっきは、痛みに気づかないフリが出来たのに。

 ひと息ついて集中が途切れたのか。

 それでも走るしかない。


「チェルシ!?」

 エルシアさんの声がした。

 やっと異常に気づいたらしい。


 頑張って走るけど、歩みが遅い。

 と言うより、今の俺って普通に歩くより遅いかも。

 考えてみれば敏捷度は5だった。

 大陸の成人の一般住民と比べたとき、誰よりも走る速度が遅いという数値だ。

 現実で言うなら、運動会に参加したメタボお父さんと同じか、あるいはそれ以下の速度って事になるのかも。

 さらに足の傷のせいで、まともに動かせない。


 俺はステータスを開けて、残っていた未使用の2ポイントを、敏捷度に振り込んだ。

 これで5から7になる。

 少しはマシになったはずだ。


 おお、少し身が軽くなった。

 すごい即効性だな。

 思わず足元を見ると、両脚が白く光っている。


 ん?

 これはエンチャントの魔法?

 

 いずれにしても、さっきの戦闘中みたいな、ヒリヒリした集中力が戻ってきた。

 その集中力のお陰なのか、あるいはエンチャントのせいなのかは分からないが。

 さっきみたいに、痛みを無視することが出来た。

 もちろん痛い、すごく痛い、でも走れるぞ!


 気合も新たに地面を蹴った瞬間、まるで予想していなかった脚力で前方に跳んだ。

「うわ!」

 思わず声が出る。

 一気に三メートルくらい跳んだ。


 大丈夫、バランスは崩さなかった。

 対応できる、立ち止まる必要は無い、このまま行けそうだ。


 次の一歩は4メートルくらい進む。

 何となく月面遊歩みたいだが、けっして緩やかなアーチではなく、矢のような高速のライナーだ。

 次の一歩は5メートルくらいか。

 一歩ごとに速度が上がる。

 すごい。


 俺は持っていた火縄銃を、横向きに殴り構えた。

 銃全体にもエンチャントをかける。

 あと半分。

 恐らく二、三歩で届く。

 時間にすれば、0.5秒くらいか。

 狙うのは頭。

 慎重に、だが全身全霊で。

 叩きつけてやる!


 筋力15+器用度15+狙いうち+エンチャント(脚)+エンチャント(重たい火縄銃)+速度と俺の体重。


 嘘みたいな高速で、青い光を出すドレイン中のワイトが、目前に迫って来た。

 そのすれ違い様に、横殴りに構えた火縄銃を叩きつける。

 まさにバッティング。

 ホロ布ワイトの顔面上部に、寸分違わずヒットした。

 火縄銃の肩に当てる大尻の部分が半分ほど顔面にめり込み、凄まじい負荷が俺の手首や腕や上半身全体にかかる。


「うぉりゃあああ!」


 知らずに叫んでいた。

 全体重をかけ、ナナメ下に振り抜く。


「ブボォフォ!」


 ホロ布ごとワイトが吹っ飛んだ。

 強風に千切れて飛んだ、テルテル坊主みたいだ。

 俺も並んでゴロゴロ転がる。 

 ドーマンが何か叫んだようだが、聞き取れなかった。


 急いで立ち上がると、何も考えずに火縄銃を振りかぶった。

 少し離れたテルテル坊主の元に駆け寄って、力いっぱい振り下ろす。

 頭だ。

 二度、三度。


「ドーマン! 槍で突け!」


 ワイトは動かない。

 だか、そんなことはどうでも良い。

 やれるときにヤル。


「ドーマン!」

「分かった!」


 槍を持って駆け寄ってきたドーマンが、ワイトの胴体あたりを狙って突き刺した。

 俺も手を止めない。

 二人して攻撃を加え続ける。

 何度も、何度も。

 ワイトは動かない。


「お、おいナミノ」

 かなり強張った顔をしたドーマンが、俺に向かって手のひらを向けていた。

「もう良いんじゃないのか、こいつ動かないぞ」

 槍先をワイトに向ける。

 確かに、もうずっと動いていない。

 もう良いのだろうか。


 本当に?


 うーん攻撃を止めない俺を見て、ドーマンが完全に引いている。

 いや、でも、うーん。

 なんか止めたくないんだよな。


「分かりました」


 でもまあ、とりあえず俺も手を止めた。

「だけど油断は出来ませんよ、見張っていて下さい、少しでも動いたら攻撃して下さい」

「お、おう、了解した」

 ただの棍棒と化してしまったマスケット銃でワイトを突っついたが、ピクリとも動かなかった。

 通常攻撃では倒しきれないって話しだったが。

 しばらく放置していたら復活するのかも知れないな。

 だから本当に油断はできないが。


 俺は、ひとつ息をついた。

 そのタイミングで、銃と両足にかかっていたエンチャントが消える。

 そして全身に強烈な痛みが走る。

「うっく!」

 あわててHPを確認すると、68から64に減っていた。

 さっきの爪攻撃が6ポイントの被ダメージだったことを考えると、今回の俺の攻撃はかなりの自爆というか、自滅攻撃だったようだ。

 両腕は元より、上半身の所々に痛みが増えている。

 ちなみにMPは残り4になっていた。

 ワイトとの戦闘前は9だったから、勝手に魔法が発動した場合も、きちんと減るらしい。自動発動はありがたかった反面、MP管理的には大問題だな。


 っと、急に周辺の音が蘇ってきた。

 そのせいで今までずっと、聞いていたのに、聞こえてなかった声に気が付いた。


「ナミノ! ねえナミノったら!」

 ユンピアが叫んでいた。

「チェルシが! チェルシが死んじゃったよぉ!」



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