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12 一時帰宅

 目が覚めて、RV四号型のヘッドセットを外す。

 枕元に置いてある時計を見ると、17時過ぎだった。

 窓の外も逢魔が時を過ぎ、夕暮れが終わりかけている。

 現実時間で一時間三十分ほどログインしていたようだ。


 ダナウエル大陸は、現実時間の三倍の速度で動いているらしい。

 こちらの一時間が、向こうでは三時間というわけだ。


 確かに夢というのは、わずかな時間で長いストーリを見せることがある。

 でも、それならばもっと早い倍速でも良いような気もする。


 そこで何故三倍速なのかとユンピアに尋ねてみたら、かなり長い説明になると言われたので、また別の機会に聞くことにした。

 ただ簡単に言えば、神経伝達物質や脳内ホルモンの分泌速度から、そのあたりが限界というのが一番の理由らしい。


 本当の限界倍速は、脳内の電気反応の速度、つまり電気の速度に準じるらしいが、その場合は情報処理だけは出来ても、気持ちや感情が置いてきぼりになるらしい。


 例えば悪口を言われて、内容を理解して、自分と結びつけて、不快感を得て、悪口を言った相手に腹を立てる。

 この一連の動きには、電気信号だけでなく、神経同士を連絡しあう伝達物質や、気分や感情に強く関わる脳内ホルモンの存在がある。

 ゲーム内の倍速を上げ過ぎると、脳内物質の分泌速度や、それら物質の細胞間の移動が追い付かなくなる。そうなると例えば悪口を言われてから三十秒後に腹を立てる、みたいな感情のズレが、あらゆる行動で発生してしまう。

 プレイヤー同士で混乱するのは必至だ。


 感情のズレを気にしない情報処理だけであれば、五倍くらいまでなら大きな肉体的ストレスを受けずに、体験することが可能だとか。

 脳が消費する酸素や栄養的に、さすがに長時間はキツイらしいけど、いつか勉強用に試してみたいと思っているんだよな。

 まあ時間がたっぶりあっても、実際に勉強するかどうかは、怪しいところではある。


 ワイト迎撃げいげきの準備が一段落したので、俺は一度現実世界に戻っていた。


 このタイミングを逃すと、面倒になりそうだったから。

 いま大陸では太陽が沈んで、夜が始まったばかりだ。


 本当はログアウトを18時頃の家族の夕飯に合わせたかったが、その時間は大陸では夜の21時になる。

 本格的な夜になる頃はエルシアさんたちと一緒に居て警戒したかったので、本日の家族の夕飯の団らんを断るために、今のうちのログアウトが必要だった。


 何も告げずに夕飯時まで寝ていたら、間違いなく妹の小夜に叩き起こされる。

 物理的攻撃によって。

 けっこう攻撃力が高くて痛いし、最悪戦闘中に起こされる可能性もあるので、あらかじめ危険を回避しておく必要がある。


 俺はベッドから起き上がると、RV四号型のヘッドセットを頭から外して、勉強机の上にあった専用のスタンドに立てかけた。

 スタンドは充電器もかねている。

 連続使用をしても一週間は電池が持ちそうだが、こまめな充電は大切だろう。


 何となくPCをチェックしたら、ゲーム中のプレイが録画されていた。

 ログアウトしているので、現在は一時停止状態になっている。


 録画ボタンをクリックしたのは、夢の中の出来事だと思ったのだが。

 …………。

 まあ良いか。


 二階の部屋を出て、タンタンタンと軽快に階段を降りる。


 何気にうちの階段の作りは立派だ。

 家は古い木造だが、代々の地主の家系もあって、そこそこ風格のある建物だった。

 畑と林に囲まれるような土地に建っている。

 祖母や母たちは農業に勤しみ、父はサラリーマンをしていた。

 祖母はマンション経営もしているようだが。

 で、俺が高校一年生、妹の小夜が小学三年生だ。

 五人家族である。


 それぞれ仕事学業の時間帯がバラバラで、朝食も昼食も時間が合わないのだが、夕飯だけはそろって食べようというのが、我が家の決まり事であった。


 なお冬季のルールでは、18時から19時の一時間以内に夕食開始となっている。

 連絡無しで時間に遅れた場合は、掃除やら洗濯やら雑用やらのペナルティが課せられる。

 これが意外と容赦ないので、気をつけなければならない。


「お兄ちゃん、テレビ見るの?」


 ふすまを開けて畳部屋の居間に入ると、コタツに入って大型ディスプレイを見ていた小夜が、心配そうな顔で問うてきた。

 17時半からのアニメが見たいのだろう、毎週リアルタイムで見るのが楽しみらしい。

 コタツには祖母も一緒に入っていた。


「んにゃ、テレビは見ない」

「じゃあエクシスガールズ一緒に見る?」

「残念、今日は見ないぞ」

「残念ね」


 俺と小夜のやりとりを、祖母がニコニコしながら見ていた。

 七十歳だったが、五十に見えるほど若々しい。

 農婦としてもマンション経営者としても、まだまだ現役バリバリである。


「ばあちゃん、母さんは台所か」

「そうだねえ、準備してるよ」

「俺、今日は夕飯いらんから」

「そりゃゲームかね」

「ばあちゃん、するどいな」


「お兄ちゃん、食べないの」

「今日は食べん」

「なんで」

「大切な用事があるから」

「大切なの?」

「うむ、だから残念だが食べない」

「残念ね」


 今度は本当に残念そうな顔をしながら小夜が言う。

 俺はコタツには入らずに、そのまま居間を出て台所に向かった。


「母さん、今日は夕飯いらないから」


 広めの台所には、ショートカットでエプロン姿の母がいた。

 料理中だ。

 こちらも祖母に負けずに若々しい。

 そういう血筋なのかも知れない。


「ちゃんと食べないと、ゲームさせませんよ」


 これまた祖母に負けず勘が良い。

 血筋なのか。


「ちょっと都合があるんだよ、ほらネットゲームだし、他の人と時間を合わせたいんだよ」

 嘘は言っていない、まあ生身の人間相手ではないかも知れないが。

 母も昔はネトゲにハマったことのある世代だ。

 俺の言い分も、ある程度は理解してくれる。


「そんなに面白いの、そのLDSだっけ」

「まあね」

「ふーん、今度私にもやらせなさいよね」

「今度だよ、今日は駄目だから」

「はいはい」


 喋りながらも、母は着々と鶏の唐揚げを作っていく。

 あ、これ、すごい美味そうだな。


「やっぱり後で食べるから、作ったやつ台所のテーブルに置いといてよ」

「仕方ないわねえ、ちゃんと食器は洗っといてね」

「わかった」


 取り敢えず必要なことはすませたので、台所を出て自分の部屋に向かう。

 もうすぐ父も帰ってくるだろう。

 しかし今日の晩餐の男勢は、父ひとりになってしまうな。

 頑張れ父よ。


 部屋に戻る前にトイレも済ましておく。


 自室に戻ると、もう一度PCのキャプチャソフトを確認してみる。

 やはり録画中で、一時停止状態だった。

 これ絶対、LDS中の夢の中で起動させたソフトだよな。


「ユンピア、なあ聞こえてるか」


 勉強机の上、PCディスプレイの横に置いた充電中のRV四号型に向かって、声をかけてみた。


「あらナミノ、もう用事は終わったの」


 するとユンピアが返事を返して来て、ちょっと驚いた。

 ただし音量は小さい。

 PCの音声応答はオフにしてあるし、RV四号型には外部スピーカーは付いていないので、恐らくのヘッドホン出力を、限界まで上げているのだろう。


 ユンピアは元からあったゲーム機本体のAIに、上書きする形でダウンロードされて来た。いまや俺のRV四号型はユンピアの魂が入った箱で、肉体のようなものらしい。

 だからこうしてログアウトをしていても普通に会話ができる、という事なのだろう。

 ちょっと驚いたけど、これはなかなか便利かも知れない。


「そっちの様子はどうだ」

「まだ宵の口よ、みんなで焚き火を囲んで、ドーマンは干し肉を炙ってる」

「俺は?」

「あんたは、ぐっすり寝てるわよ。さっきチェルシが呆れていたわ」

「ワイトの気配はないな」

「まだ全然ないわね」


 ログインしなくても、向こうの状況が分かるのはありがたい。


 ちなみにログアウトの方法には二種類あって、肉体であるアバター・キャラクターを残しておく半ログアウトと、現地にアバターキャラを残さないで、煙のように消え去る完全ログアウトだ。

 完全の方は、ログアウトをした時の空間の位置に固定され、再度インしたときは、同じ場所からスタートする。


 船や馬車などの乗り物に乗っているときなど、完全ログアウトをしてしまうと、再度インした瞬間に地面や海中やらに落下する羽目になる。

 身体を運んで欲しければ、半ログアウトでアバターキャラを残して、乗せていってもらわないといけない。


 今回は俺は乗り物を使っているわけじゃないけど、半ログアウトを選んでいた。

 これは完全ログアウトをしたら肉体が消えるので、後の説明が面倒臭そうだったからだ。

 それに、せっかく信頼関係が生まれかけているのに、いつでも逃げ出せることを教えて、不安を煽りたくもなかった。


 逃げるつもりなんて、ないんだからな。

 少なくとも、誰か一人でも仲間が生きている限りは。


 まあ、どのみち戦闘中は、自主的なログアウトが出来ないんだけどね。


 いろいろ考え出したら、大陸のみんなが心配になってきたな。

 俺のアバターキャラにしても、見た目は普通の睡眠だが、実際は中の人がログインしないかぎり絶対に目を覚まさない。

 いまワイトに襲われたら、たとえ仲間が手足を剣で刺して起こそうとしても、熟睡から目を覚ますことはない。


 さっさと戻るとするか。

 本当はユンピアにキャプチャソフトのことを尋ねてみたかったけど、それはまた今度の機会にしよう。


 俺はRV四号型を持ち、頭にかぶり、ベッドに仰向けに寝転がった。


「ユンピア、ログインするからよろしく」

「了解よ」


 ちゃんとヘッドホンの音量をしぼって、調整したユンピアが応える。


 すぐに頭の真ん中に、波動のようなものを感じた。

 意識を保ったまま、俺は眠りの世界に落ちていった。



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