11 ワイト戦の準備
「頼む、ワイトの撃退に力を貸して欲しい!」
ドーマンが頭を下げて言った。
「ここからヘルンの街まで、馬車で二日ほどだ。徒歩でも半日ほど歩けばヘルン軍の守備隊の防衛範囲に入る。守備隊は訓練されていて強いからな、保護してもらえば安全だ。ワイトが俺たちを殺したければ、保護される前じゃないと難しい。だから今夜が最後のチャンスってことになる」
宙をにらみながらドーマンが言う。
「じつはここまで、昼夜休まずに馬を走らせて来たんだが、ついに馬たちがヘバっちまった。四肢の筋肉が炎症しているし、馬車をつないでも動こうとしない」
なるほど、それでさっきから馬の方を気にしているのか。
俺と話している最中にも、何度か視線を向けていた。
心配なんだな。
「そもそも四頭引きだったんだが、最初の襲撃でワイトに二頭が殺されてしまったから、残った二頭に無理をさせてしまった。いまから考えると、最初から足を奪ってなぶり殺しにするつもりだったんだろう」
ドーマンが悔しそうに言う。
「だが俺たちはワイトの狙いに気づかなかった。とにかく襲われた場所から離れれば助かると思って、馬たちにも無理をさせたんだ。だがあいつは次の日の晩もあらわれて、乗客とマックの命を吸い取りやがった。しかも全員を襲わずに、笑いながら歩いて立ち去りやがった」
歩く?
なるほどワイトってのは、普通に肉体があるんだな。
命を吸うってイメージから、幽霊みたいなやつかと思ってしまった。
頭も良いらしい、恐らく人間並みには。
「そこでやっと気づいたんだよ、あいつは俺たちを逃がすつもりはない。じっくりと時間をかけて、恐怖を与えながら殺すつもりだと」
ドーマンはマスケット銃を握りしめた。
「仲間を二人失った、六人いた乗客も生き残ったのはエルフ母子の二人だ。もしも馬がヘバッてなければ、馬車と積み荷を捨てて三人で逃げる方法もあったが、いまとなっては不可能だ。いずれにしろ日の沈む前にヘルンの街の防衛範囲に入ることは出来ない」
ドーマンが俺を見る。
「ここで迎え撃つしかないんだ。頼む、手を貸してくれ」
どうやらワイトは日中は行動しないらしい。
つまり俺個人は、恐らく見つかっていないわけだ。
日が落ちる前にここを離れれば、ワイトは俺という存在に気付かず、ドーマンとエルフ母子を殺した後に、自分の巣なり何処なり帰って行くのかも知れない。
そもそも戦闘中でなければ、俺にはログアウトという、反則気味の危機回避手段だって取ることができる。
勝つ見込みの薄い戦闘に参加して、無駄にデスペナルティを受けることもない。
二頭の馬たちを見ると、本当に弱って元気が無さそうだった。
そう言えば幌馬車は、道の真ん中に駐めているようだ。馬たちが引っ張れないから脇に移動できないんだろうな。
「ねえナミノ、助けないの」
俺が返事を迷っていると、ユンピアが心配そうな顔をした。
おや、どうしたんだ。
さっき銃声が聞こえた時は、危険に飛び込むなと言ってたのに。
「さっきと態度が違うじゃないか」
「あ、あの時は別でしょ、状況も分からず戦闘に介入するのはどうかと思っただけよ。いまは状況が分かってるし……」
言いながらも、声が小さくなる。
そうだよな状況は分かっている、普通に考えて危険すぎる。
そもそも俺は駆け出しどころか、初心者丸出しの4レベルプレイヤーだ。
「ちなみに対ワイト戦の適正レベルはどうなんだ」
「えっとねワイトは個体によってかなり強さが違うんだけど、ソロで戦うなら最低でも22か3くらいかな。四人パーティなら15レベル前後かな。もちろん撃退だけよ、討伐は別物」
「そうか」
「それとね言わなきゃいけないから言うけど、この適正レベルはプレイヤーキャラクターの場合だけね。大陸の住民の場合は兵士でも、下手したら倍くらい欲しいかな」
ユンピアの声が、ますます暗くなる。
何が違うんだろう、まあ今は良いか。
「で、多分だけど、あの男はレベル15、エルフ娘は10ってところね。エルシアは20は超えてると思うけど、戦闘スキルは持ってないでしょうね」
なるほど、みんな俺よりレベルが高そうだが、ユンピアの口ぶりから察するに、あまりアテには出来ないってことなのかな。
でもまあ。
「分かった、この話し、引き受けようと思う」
「え?」
俺の言葉にユンピアが変な声を上げる。
聞き耳を立てていたドーマンとエルフの少女も、驚いた顔をしている。
エルシアさんだけがニッコリ笑った。
「あ、あなた頭がおかしいんじゃないの! どう考えても断るところじゃない!」
少女が叫んだ。
「馬鹿野郎、引き受けてくれるんだから変な事を言わないでくれ! こいつは単身グールを倒したってんだから、見かけよりはずっと頼りになるはずだ。それに天使が一緒にいるんだ、少しは希望が持てるってもんだろ」
「そうかも知れないけど……」
エルフ娘が俺を見ながら、申し訳なさそうにする。
ふむ、意外に他人を思いやる娘なんだな。
もっと自分本位な子供かと思ったが、失礼な認識だったようだ。
「いいの?」
顔色をうかがうようにユンピアも問う。
「いいんだよ、お前もエルシアさん達を見捨てたくないんだろ」
「うん」
「俺も同じだよ、たとえAIだとしても、死んだら本当に消されるんだろ。そんなの目覚めが悪いもんな」
「……うん」
「それにさっき話を聞いて、勝てるかも知れないって思ったし」
「勝つ可能性があるって思うの?」
「まあそんな気がするってだけだけど」
と言うか、さっきのグールとの一戦があったから、そんな気になるのだろう。
襲われる瞬間、最後の最後で戦う方法を思いついた。
今回だって分からないじゃないか。
何も出来ないはずだったのに、何とか出来るかも知れない。
あの時投げた石のように、答えは足元に落ちているかも知れない。
そんなわけで、まずは改めて自己紹介だよな。
謎の上位アンデット、ワイトを撃退しなくちゃいけないんだ。味方の戦力は確実に知っておきたい。
「俺はナミノ、鉄砲使いだけど今は武器を持ってない。筋力には自信がある。あと攻撃エンチャントが一応使える。あなた方も技能を教えてくれませんか」
まずは自分から紹介した。
あっ、ギフトのことを話し忘れた。うーん今から付け足すのも何だかなあ。
ちょっと迷いながらドーマンを見たら、それで促されたと思ったようで、彼はうなずいて応えてくれた。
「そうだな一度仕切りなおすか。俺はドーマン、槍とこいつが使える。こう見えても元はヘルンの兵士だ、腕には自信がある」
そう言って、手に持ったマスケット銃をかざす。
「ナミノ、お前さんが鉄砲使いなら、ハングレイのマスケット銃があるから使ってくれ。弾も火薬も充分にあるはずだ」
「本当か、それはありがたいです!」
やった、こんなところで銃を入手できるとは。
あ、でも、くれるとは言ってないのか。
まあいいか。
ちらっと横たわる死体を見てしまう。
うん、別に欲しいとか言いませんから……。
「私はチェルシ、見ての通りの弓使いよ。あと風壁の魔法が得意だけど、今回は意味ないわね。……その、さっきは大して理由もなく疑って悪かったわ、ごめんなさい」
なかなか素直なところもあるようだ。
本当に、思ったより良い子かも知れないな。
そして敏捷度は、かなり高そうだ。
「私はエルシア、チェルシのママです、よろしくね」
エルシアさんが、俺に可愛い笑顔を向けてくれた。
うわー、なんか癒される。
優しくて暖かい感じ。
こんな緊迫した状態で、余裕を忘れない姿勢はすごい。
同じエルフで、しかも母子なのに、まるで娘とタイプが違うよなあ。
「私は傷の回復を高める治癒魔法と、どこでも眠れる安眠魔法、あと水を操る洗濯の魔法が使えるのよ」
エルシアさんが言う。
「治癒魔法ですか、すごいですね」
「あらあら、ありがとうねナミノさん」
一番戦力にならない感じだったのに、見かけによらない人だ。
もしも冒険の旅をするなら、こういう人材は絶対に必要だよなあ。
でも洗濯の魔法ってなんだ。
「最後は私ね、私はユンピア・ユンピアーノ、女神様からナミノのサポートを仰せつかった天使よ。使えるスキルは……とくに無いわ!」
ないのかよ!
「と言うか、使う権限をもらっていないのよね。ナミノが安定して活動できるように転送とかのシステムサポートすること、選択決定の手助けをすること、ナミノの行動の決定を尊重して、惜しみない助言を与えなさいって言われていること」
ビシっと人差し指を、自慢気に立てる。
「その全部を隠れてコッソリやる、それが女神様の御意思なのよ!」
は?
さっきメタ発言は控えろと言いながら、自分は色々ぶっちゃけ出すから唖然としたが、隠れる? 何を言っているのか理解できない。
「どこがコッソリなんだ」
「…………。」
「そうか、そういえば最初はシステムのフリをしていたな、ほんっとに最初だけ」
「うるさいわね! いまはそんなこと話してる場合じゃないわよ!」
このやろう、怒って大きな声を出したら誤魔化せると思ってんじゃないか。
だが確かに今は、エセ天使の話をしている場合じゃない。
後でしっかり問い詰めるけどな、転送サポートの結果が川の中だったことも含めて。
キョトンとしてるドーマンたち三人に向かって、ひとつ咳払いをする。
「えっと、まず確認したいんだけど、ワイトに殺されたらアンデットになるかも知れないって話のことだけど。俺を襲ってきたグールの他にも、グールがいるんじゃないのか。他に殺されたのは、乗客四人と馬が二頭だっけ」
俺に言葉に、チェルシが鼻を鳴らした。
「あなた本当に無知なのね。まず殺されたらってところだけど、正確には命を吸われて殺されたら、って事よ。他の方法だとアンデット化しないわ。馬も大丈夫よ、ゾンビ化することはあっても、それ以上の上位アンデットにはなれないのよ。確率も人間よりずっと低いわ、魂の質の問題ね」
「ほほう」
チェルシの説明にうなずく。
それじゃ良くあるゾンビゲームみたいに、獰猛な犬や烏のアンデットも存在しないのかな。
あーでもゾンビにはなるんだな、グールは無理でも。
「乗客だがな」
ドーマンが引き継いで話しだした。
「最初の晩に身なりの良い母親と娘がいたんだが、この二人が命を吸われた。二頭の馬も最初のときだ。すぐに逃げ出したから、死体が変化したかどうか分からない。だがもしグールに変質していたら、今頃は俺たちに追いついてるし、襲ってきたはずだ」
なるほど、疲れ知らずのアンデットで、しかも敏捷そうなグールが昼も夜も走ってくれば、とっくに追い付かれているってことか。
「昨夜の二度目の襲撃で、司書官の男二人と、仲間のマックが命を吸われた。死体は置いてきたから司書官の方は分からない。マックはグール化して俺たちを追いかけ、ついさっき襲って来たよ。仲間のハングレイを殺った後、お前さんたちの方に向かったみたいだな」
ふむ、そうすると現時点で襲って来ないのだから、他にグール化した者はいないと考えて大丈夫なのか。
ワイトは強敵ではあるけど、敵が一匹だけであれば、付け入る隙もありそうだ。
「なあユンピア、ワイトの見た目と能力を教えてくれ」
「いいわよ」
ユンピアが翼を羽ばたかせて腕を組む。
「そうね、見た目はマミー、ミイラと似ているわね。シワシワでゴワゴワ、でもミイラよりは肉付きが良いわ。目は落ち窪んでいるけど、力が強くなったら眼球が消えて真っ暗な穴が開くのよ、今回のやつがどの位か分かんないけど」
「昨夜襲われたときに目が合ったわ、だから眼球は消えてないわ」
チェルシが言う。
「そうか」
「バイタル・ドレインってスキルで命を吸い取るけど、これは一種の魔法攻撃だから、回避ができなくもないわ。射程は熟練度に依存していて、目玉付きなら大体1メートル程度だし対象も一体だけよ。前方にしか撃てないけど、障害物を素通りするから注意が必要よ」
どうやら完全な近距離&近接攻撃タイプって感じだが、障害物を素通りする攻撃ってのは、屋内だと不利だったかも知れないな。
ああ、いや、盾や鎧じゃ防げないって事にもなるのか。
けっこう嫌な攻撃だな。
ワイトの攻撃は、そのドレインの魔法だけなのだろうか。
「他に中距離や長距離の、攻撃方法は持ってないんだな」
「ないみたいね。知能は人間並みだし、アンデットは生前のスキルも持ってるから武器も使えるけど、ワイトの性質かしら、あまり武器や装備を好まないみたいなの。爪が鋭いから、そこは注意ね」
「そのバイタルドレインの攻撃力ってどのくらいなんだ。一般の人なら、どのくらいでやられちゃうんだ」
「平均的な一般人なら、一撃か二撃で命を落とすわ。その場で吸われ続けたら三、四秒くらいかしら」
「なるほど、なあ」
一般人なら一撃で危ないのか、ちょっと厳しいな。
やはり強敵っぽい。
「他に注意するところってあるか」
「運動能力はグールより高いわよ」
「なに……」
ユンピアがうなずく。
「それからアンドット類は日中も行動できるけど、ワイトは日光が苦痛らしいから普通は夜だけ、それも太陽光による輻射熱も嫌がるから、深夜から明け方に行動する習慣がついているらしいわ。冬場でも日が暮れて直後は行動しないって聞くわね」
「輻射熱も駄目なのか」
「さっきも言ったけど、通常攻撃と通常魔法は耐性が高くて効果が低い。それにHPを削ることは出来るけど、トドメを刺すことはできないわ。かなり厳しいけど何とか大ダメージを与えれば、撃退できるはずよ」
「炎を嫌がるんだよな」
「そうね、炎にだけは耐性が低いみたい。あと炎攻撃を受けるとパニックを起こす個体もいるそうよ。でもさっきも言ったけど、トドメを刺したければ聖属性か邪属性じゃないと駄目だからね」
「あのワイト野郎は二日目の夜、つまり昨夜だが、司書官のひとりを後ろから羽交い締めにして、命を吸い取った。こっちの銃も弓矢も全部避けたくせに、マックが剣で斬りつけた時は避けずに攻撃を受けて、そのままマックにしがみついて、あいつの命を吸い取りやがった」
ドーマンが話に入ってきた。
「注意すべき点と言うなら、あの野郎は相手を捕まえて動きを封じた後に、命を吸い取るんだよ。そして中距離、長距離の攻撃は、今のところ一発も当たってない」
なるほど。
中距離、長距離はこちらから一方的な攻撃はできるけど、ほぼ確実に回避される。
近距離、近接はワイトの運動能力が上だが、こちらの攻撃力をナメているから、あえて回避しない所もある。
身体能力はグール以上。
ワイトのドレイン攻撃は前方のみ、恐らく射程1メートル。
回避は難しそうだけど、俺の場合はHPが高いから、多分二回までは耐えられる。
捕まったら命を吸われ続けるので、それだけは避けるように。
現在は夕方前で、まだ日は高い。油断こそ出来ないものの、今から夜が更けるまでは準備時間として使えそうだ。
大ダメージを与えるか、日の出まで粘って撤退させれば勝ちって事になる。
炎を嫌がるんだよな。
事前情報としては、大体こんなところだろうか。
さてどうするべきか。
「銃と弓矢が避けられた一番の原因は、不意を付けてなかったからですよね」
ドーマンとチェルシを交互に見て尋ねる。
「そいつはまぁ、そうだな」
「向こうは完全に予測していたわね。私が襲撃に気づいたのは、司書の男が襲われた後だったけど、すぐに構えて放った矢は完璧に避けられたわ」
チェルシが答える。
「何とかして、回避に集中できなくしたいですね」
「そうは言ってもな」
弓矢はともかく銃弾まで避けたってことは、撃たれた後ではなく、撃つ直前に回避したことになる。
引き金を引くタイミングや弾筋を予測できたのは、恐らく余裕があったからだ。
例えば大きな音をたてるなど、同じタイミングで何かを仕掛けたら、集中が乱れて回避力が落ちる可能性は高い。
こちらが一方的に攻撃できる中距離レンジは、頑張って活用したい。
長距離は、夜だから視力的に無理だろう。
「剣の攻撃を避けなかったんですね、と言うか抱き付くのを優先したのか。これも上手く利用したら、隙を作れそうですね」
「わざと抱きつかれろって言うのか」
「何かしら安全対策が取れそうなら、って話ですけど」
方針としては間違ってないはずだ。
向こうがナメてくれるなら、利用しない手はないし、ワイトは明らかに狩りを楽しんでいる。恐怖や絶望、無力感を与えたいのだ。
余裕ぶっているうちに、足元をすくいたい。
そして撃退の決め手は。
「炎が欲しいですね」
炎攻撃に意識を向けさすことで、きっと回避力だって落ちるはずだ。
とにかく攻撃が当てられないと負けるのは確実だ。
距離を取っての一方的な攻撃と、接近戦で抱きついて来る事の逆利用と、炎攻撃と、この三点で何か思いつかないだろうか。
やっぱり炎が欲しい。
「燃えやすいものってありませんか、油とか松明とか」
「そりゃまあ、あるにはあるが」
ドーマンが馬車の方を顎でしゃくる。
「松明が数本、ランタン用のオリーブ油もある。だが油を燃やすなんて無理だぞ」
ドーマンが言う。
そうか、時代設定的に純アルコールとか灯油は存在しないのか。
植物性の油じゃ、簡単には燃えないよな。
油ってのは、よほど条件がそろわないと、簡単には火が付かないはずだ。
もちろん高温に熱したら燃えるけども、中学の時にやった実験だと、たしか火が点くのは三百度くらいだった。
台所のサラダ油やオリーブ油に、火をつけたマッチを突っ込んでも、マッチの火が消えてしまうのは、油が冷えているからだ。
ならランタンの火は何故消えずに灯るのかと言えば、布などに染み込ませると気化が早まり、通常より良く燃えるのだ。
まあ布で気化が早まると言っても、いきなり勢い良く燃え上がるほどじゃない。
もっと急速に大量にガス化させないと、攻撃には使えない。
「あらあらナミノさん、いつまでも濡れたままじゃ風邪を引いてしまいますよ」
突然エルシアさんが声をかけてきた。
「ごめんなさいね、もっと早くすれば良かったのだけど、なかなかお話に割り込めなくて」
「は、はあ」
「言ったでしょ、私はお洗濯の魔法が得意なんですよ」
「そうですか」
「はい」
エルシアさんの真意が分からない。でも確かに川に落とされてから、小一時間ほどが経っていたが、あまり服は乾いていなかった。
指摘されて、寒かったことも思い出す。
しずくこそ垂れてなかったが、まだ全身がずぶずぶだ。
「魔法を使うわね、ナミノさん少し動かないで頂戴ね」
エルシアさんが両方の手のひらを俺に向けて、口の中だけで何かをつぶやいた。
ボワッとした感覚が、全身を包み込む。
首を回して全身を見てみると、何かモワモワした陽炎のようなモノが見えた。
蒸気だ。
熱は一切感じないのに、衣類を濡らしている水が蒸発しているのだ。
「ニ分くらいで乾くと思うのよ、ちょっと待っててね」
手の平を俺に向けたまま。
可愛らしく笑ったエルシアさんは。
ずっしり濡れて重たい、俺の服の水分を。
気化させていた。




