第39話:包囲
寮の扉を開けると、なかはいつになく騒々しい。
結局放置されていた俺の相部屋のくじ引きでもやっているのだろうか。
アイラが出入り口で佇む俺に気づき、声をかけてくるが、表情は明るくない。
必然的に俺の表情も引き締まる。
「シアンっ。大変なの!」
「……どうしたの?」
「魔物が学園を囲んでるのっ!」
「……ん?」
いまいち危険度が掴めない。
この学校は世界屈指の育成機関だと聞いている。
一年生はともかく、二年、三年生であればある程度の魔物には対応できるはずだし、遥やユーノならば遅れを取ることはないはずだ。
さらに、それを指導する教員たちもいるわけである。
有象無象が束になろうと危機に陥るのだろうか。
とはいえ、俺は先生の実力や上級生の平均値を知らないのだが。
最悪婆さんがなんとかするだろう。
「そんなに慌てることなの?」
「三年生が!」
「……は? 婆さ……学園長は?」
「それが、人間国の方に出かけてるらしくて……」
なんとも使えない――もとい間の悪い。
アイラでは知っている情報に限界があるだろうから、先生を頼ることにする。
「……モーラ先生は?」
「シアンの部屋にいるよ」
「……ありがと」
緊急事態とはいえ、俺の部屋に勝手にいるのはいかがなものか。
思うところはあるが、もはや自室と化している来賓室へと向かった。
扉を開けると、モーラが余裕のない表情でソファに座っていた。
「敵の戦力は?」
「三年生の第10クラスが倒されるレベルよ。包囲網は結構厚くて、二年の第1、2クラスと三年生の第7クラスより上のクラスが出撃しているわ」
当然、教員も駆り出されているはずだ。
「先生はなんでここに?」
「私とラーク君が帰ったときに、街の外に出ていたクラスが魔物に倒されて、この学校に進行中だってことを聞かされたから、あなたに説明をしようと思って」
語る表情は苦い。特徴的な口調も、今はなりを潜めている。
確かに、帰るときなんとなく慌ただしかった気がするが、魔物の気配は感じなかった。
俺の索敵範囲は学園外まで届くわけではないし、常時使っているわけでもないのでそれも当然なのかもしれないが……。
「なんで俺に?」
口ではそう言ってみたが、この教師、俺の実力に気づいているような節があった。
あまり誤魔化しても無駄なような気もするが……。
「見たわ、この前の試合」
心当たりがあるでしょ? と言外にほのめかしている。
「あはは……。でも、あれが三年生レベルとは言えないですよね?」
超下位のクラスなどはわからないが、生徒会の二人はアレでは倒せないだろう。
「……あまり私を舐めないでほしいわ〜。シアン君は隠してたがってたから黙っていたけど、私にはあれがあなたの本当の実力じゃないことくらい、わかるのよ」
やはりか。
明言されては、そのことを隠したい俺は交渉に入るしかなくなる。
「……わかりました。その代わり、そのことは絶対黙っていてほしいです」
「もちろんよ〜」
いろいろと未知数な先生だが、俺にはその言葉を信用するほかない。
嬉しげな表情のモーラから視線を切り、渋々戦場へと向かった。
「……若干五歳で、あの力……」
モーラは、喜ばしくも、複雑な心境でシアンを見送った、
☆☆☆
多めに魔力を使い、探知の範囲を学園周辺まで広げたところ、敵影は見つからなかった。
そんな魔物は一体しか会ったことはないが、そいつらがこちらに侵攻しているのだとすれば、苦戦するのも無理はない。転生者ですらそうだったからだ。
魔物が探知に引っかからないということは、今わかるのは味方の場所だけということになる。
とりあえず、味方が少ないところに赴くことにした。
塀からこそっと顔を出してみると、案の定敵は例のキメラであり、そしてまた人型をしていた。
魔物の部位を備えていながら、人間の顔や手足が見えているショッキングな風貌のため、交戦している先輩たちの動きは冴えない。
それに、魔物の単体の能力が彼らより高いため、必然的に防戦一方で、今も少しずつ先輩の傷が増えている。
「よっ、と」
幸い、先輩たちはこちらに気づく余裕すらないため、風魔法で俺は簡単に魔物の壁の裏へと移動できた。
しかし、流石に暇をしている後ろの方の魔物は俺と戦う気らしく、気分を害するような奇声を上げた。
「うるさいな」
手を一閃すると、俺に迫っていた魔物たちが一斉に崩れ落ちる。
もう、この魔物を人間と重ねることはやめた。
この程度なら一気に狩り取れるのだが、下手をすれば味方を巻き込むかもしれないし、終わらしたあとにバレるかもしれない。
よって、適当に間引くだけにする。
「やっぱり風魔法だよな」
ただひたすら俺を囲む魔物を切り刻む作業である。
無音で、不可視の刃は今の俺の立場には最適だ。
しかし、魔物が異様に俺へ寄ってくるのには違和感を感じる。
まあ、有象無象が集まったら狙う必要がなくなって楽なだけなのだが。
十分ほど殺戮を繰り返したあと、場所を移した。
北へ登ると、そこは味方の数が多く、さらに敵の数も多かった。
人数が少ないところがより危ないと思っていたが、そういうわけでもないらしい、
そして、一つ発見があった。
魔族がいた。
いや、初めて見るため推測になるが、紫色の肌が特徴的な、武闘派の印象を受ける大男である。
恐らく指揮官であろう男を殺してしまっては、情報も聞けない。
そのため俺は声をかけてみることにした。
「おじさん。そこでなにしてんの?」
「――『フレイムウォール』ッ!」
魔族は、ほぼ反射的に魔法を使用、俺の周りに炎の幕を垂らした。
しかしそれは突風に煽られ搔き消える。
「いきなり攻撃するとか酷いよな」
「……俺の魔法を前に無傷とは……」
無傷で現れた俺に、魔族は最大限の警戒を敷く。
よく見ると、角が生えており、より魔族っぽかった。
「……お前がこの街で最近有名な誘拐犯か?」
少なくとも、誘拐の関係者で間違いないだろう。
婆さんが言っていたように、最近行方不明者が多すぎる。
婆さんの膝下でこれだけできるのは、ほとんどの種族と敵対関係にある魔族くらいだろう。
そして、彼らが魔族になにかをされて、魔物になってしまっているのならば、看過できない。
「答える義理はない。……ただ、冥土の土産にはいいだろう。一つ答えてやる。俺たちはいつか勇者を殺し、お前らを滅ぼすっ!」
魔族にもいい奴と悪い奴がいるものだ。
自信に満ちた表情で宣言する魔族は、それを信じて疑っていないようだった。
それだけのなにかがあると考えていいのかもしれない。
まあ、それを聞き出すのは婆さんに任せるとする。
「大した妄言だな。すぐに現実を見させてやるよ」
火、風、水の三つの魔法を同時に展開し、波状攻撃を仕掛ける。
「甘いわッ!」
魔族は懐から魔術が刻まれた紙を取り出し、使用する。すると地面が隆起し、俺の全ての攻撃を打ち消した。
「『ボルケイノ・アロー』」
土の壁の奥から弓矢が高く空に打ち上げられた。
燃え盛る一本のそれは、高度が最高潮に達したときに十本に分裂し、俺へと一直線に落下を始める。
「『泥沼』」
さらに、魔法の使用が終わると同時に俺の足元をドロドロにし、機動力を奪いにかかった。
平行発動はできないものの、連続して高精度の魔法を使用する辺りから、決して弱い魔族ではないことがわかる。
「炎の矢から逃げようとする相手の足元を制圧し、万が一それに対処されても、もはや炎から逃げることはできない。俺の必殺だ」
壁の裏からボソボソとなにか言っているようだが無視。頭上に作った氷の盾で最低限の弓矢を無力化し、ついでに足元も凍結させる。
「……え? 必殺技がなに?」
「なっ……!?」
おそらく勝利を確信していた魔族は驚愕の声をあげ、まだ余裕だと言わんばかりの表情でこちらを見る。
「ふ、ふん。今のはジョブに過ぎん。さあ、行くぞ!」
「あ、うん」
態度があからさま過ぎて、空返事しか返せなかった。
ただ、この魔族の全力らしきものは見れたので、もう十分だろう。
「『アース――」
「上見て」
「ん?」
俺の声に応じ、詠唱途中の魔族が空を見上げたときには、ハンドボールくらいの石が目前まで迫っていた。
気絶した魔族を、彼からひん剥いた服で手足を縛り付けていると、すぐ近くの魔物が吹き飛んだのが視界の端に映った。
「あ、やべ」
あの魔物たちを軽々と吹き飛ばせる実力を持っているのは、俺の知るなかでは二人であり、一人はこの場にいない。
姿を隠すために魔法を使おうと思い至ったときにはもう遅く。
「ふぅ……あれ? シアン君?」
姫草 遥が、俺の前に現れた。




