第23話:事件
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「疲れた……ってあれ? なんでアイラお父さんが?」
宿の扉の先には顔つきが険しいアイラの父が立っていた。
「シアン君! アイラを見なかったかい?」
「アイラ? ……帰ってないんですか?」
「あぁ。もう外は真っ暗なのに……」
「門限でも?」
「日が沈むまでには帰ってきなさいと……」
アイラも自由奔放だが、言われたことは守る子だ。それを誰よりも知っているアイラのお父さんだから、この事態が不安で仕方ないのだ。
「探しましょう」
「いや、ダメだ。シアン君も、隣の子もまだ幼い。君たちがこんな時間に外に出ると、君たちまで行方不明になりかねない!」
この世界の街は治安が悪いのだ。夜闇に紛れて人攫いに遭うことなど頻繁にある。
「それに、君たちまでいなくなったら僕は……」
「……私が悪いんです。私が、あの子からシアンを独占しようとしたから……」
今まで黙っていたリアがポツリと漏らす。
「……それは、どういうことだい?」
「今日は、合宿明けで学校が休みだったんです。だから、今日こそはシアンと二人っきりでいられると思ってたら、あの子が来て……つい、シアンを連れて逃げちゃって……」
「……そうか」
低く威圧感のある声。アイラのお父さんはゆっくりとリアに近づき、腕を伸ばす。
リアはびくっと体を震わすが、これから行われるだろう罰に耐えるように目を瞑る。
アイラのお父さんの手はリアの頭を捉え、ガシガシと撫でた。
「……え?」
「よく言ってくれた。素直でえらいね」
「でも……」
「それじゃ、僕はアイラを探しに行くよ。今は時間が惜しい」
アイラのお父さんは柔和な笑みを浮かべて出て行こうとする。
その手は強く握りしめられていた。
「待ってください。俺も探します」
「それはさっきも言っただろう? 無理だって」
「行かせてください。……いや、見逃してください。ここから先はなにがあろうと俺自身の責任ということで」
「わ、私もっ!」
「ダメだ。危険すぎる」
「君もだ! 許可できない!」
このままでは埒があかないと思ったのか、アイラのお父さんは「話は終わりだ」と言って出ていった。
「行くよ、俺は」
「ダメよっ」
「リア、俺はリアに怖い思いをしてほしくないんだ。だから、今日だけは我慢してほしいんだ」
視線をリアに移すと、責任感と不安で涙目になっていた。
「大丈夫。俺は必ず帰ってくるし、アイラも連れて帰るよ」
「……うん」
リアに手招きされたので近寄ってみると、抱きしめられた。
「わっ……」
「こんなダメなお姉ちゃんだけど、これからもシアン君のお姉ちゃんでいていい?」
なぜ彼女がここまで俺のお姉ちゃんであることに拘るのか。
俺の姉であることは、彼女の存在意義なのかもしれない。両親がいなくなったことで、誰かとつながっていることで安心する。そして、自身の存在を肯定し、姉弟の血縁関係という、より強固なつながりがリアに安心をもたらしているのかも。
まだリアは幼い。あんまり、この関係に依存することはよくないが、今は俺が拠り所でいる必要があるんだろう。
「俺はリアがお姉ちゃんがいいよ」
「……そっか」
リアの抱擁が解かれ顔を見上げると、泣きそうだったからか少し変だけど、自然な笑みが刻まれていた。
「行ってくるね」
「うん」
俺はリアに見送られ、夜の街に出た。
「探知」
アイラの魔力なら、近場にいたらすぐにわかるのだが、少し範囲を広げないといけないらしい。
街全体を調べれるほどに範囲を拡大したとき、街の端っこにようやくアイラと思わしき魔力を見つけた。
「あの方向は門……その先には王都……よくわからないな」
王都に近い門の付近で停滞している魔力反応だが、俺は一度も行ったことのない場所にある。ただ、同じ位置に何個もの強い魔力が見られる。
「完全に誘拐じゃん……」
一分一秒も無駄にしてられない。
俺は持てる力全てを使って現場へと向かった。
★
「うぅ……ここは……?」
アイラが目を開けると、そこには暗闇が広がっていた。その両手両足には枷がはめられ、アイラが寝転んだまま立てないように拘束されている。
「な、なにこれ!?」
状況が飲み込めないアイラは悲鳴にも似た声をあげ、枷をガチャガチャと揺らが、外れる気配はない。
その部屋へ一人の男が扉を開けて入ってきた。
「起きたか」
「や! これ離して!」
「『黙れ』」
「……っ!?」
暴れるアイラに向けて男が一言告げた途端、アイラの声が消失する。混乱と恐怖で涙を流すが、男の表情は変わらない。
「お前の首に、奴隷の首輪をつけた。とりあえずの主人は俺に設定してあるから、お前は俺の命令に逆らえない」
アイラは大きく目を見開き、信じられないとばかりに首を振る。
奴隷の首輪とは、自らを奴隷と申告する首輪で、見た目は無骨な鉄の輪っかだが、そのなかには魔術が組み込まれており、奴隷は主人の命令を必ず受けるように機能している。
奴隷の首輪についての知識を得ているアイラの動揺は計り知れない。
「……まあ。お前の気持ちも察するが、諦めてくれ。助けは来ねえ。王都に行った先は辛いだろうけど、頑張ってくれや」
男も本望ではないのか、複雑な顔をする。しかし、そこに罪悪感の気はなく、今からでも帰すつもりはなさそうだ。
一方、アイラの心には僅かの余裕が生まれていた。シアンが助けに来てくれると。全幅の信頼を寄せるシアンなら、王子様みたいに迎えにきてくれると。
「……」
「なんだ、なにか言いたいことがありそうだな。『喋っていいぞ』」
「絶対、シアンが助けてくれるからっ!」
「……ふっ、少しの希望に縋って、現実を見たときの落差を深めないことだな」
そう言い残し、男は去って行った。
独りになったアイラは、たった一人で涙を零す。