恋愛と結婚は同じものです
恋愛と結婚は別なものだとよく聞きます。
私はそうは思いません。
ただ、考え方の違いだと思います。
金か愛か。
この極論に行き着きます。
どちらを取るべきなのか?
結婚とは何なのでしょう?
幸せに見える夫婦は、少ないように見えます。
度重なる悲劇的なニュース。
やはり、金か、、、お金があったら、、ニュースの中の人も事件を起こさなくて済んだのにと思われるかもしれません。
まず、愛か金かという議題が持ち上がる事自体が間違いなのです。
結婚とは愛し合うという約束ではありません。
義務ではありません。
「あなたしか特別に愛したくありません」
というお互いの意思表示なのです。
お金の事が議題に持ち上がる事自体、「利用」しているという事です。
助けてよ。
ではなくー。
助けるよ。
なのです。
支えてよ。
ではなくー。
支えるよ。
なのです。
自分からなのです。
与えても、与えても、与えても、与えても、与えても、まだまだ与えても、それでも。
与えさせてくれてありがとう。
そこには感動しかありません。
お互いに何でこんなに自分を愛してくれるのだろう?と。
不思議に思いながら、それに感謝し、暮らして行く事こそが結婚なのです。
感謝し続ける事なんて無理。
いいのです。
奥底でさえ、感謝していれば。
あんな夫婦になりたい。
そう思うのは、嫉妬するのは、奥底で感謝し合っている事が解るからです。
欲しいのならば、まず与えよ。
有名な言葉です。
これは真実であり、真理です。
欲しい欲しいと利用しているだけならば、飽きます。
よく、聞きますよね?
相手に飽きたと。
それは、そろそろこの映画も飽きたなあ、という感覚なのです。
映画を一緒に作る気など最初からないのです。
いいですか?
核心を言います。
あなたが与え続けたいと思う相手を探しなさい。
そして、与え続けたいと思ってくれるような人物になれるよう務め続けなさい。
それは習慣になり、あなたの精神になり、言葉となり、魂となりますから。
飽きた。
そう言われたら、それは、映画鑑賞に利用されているという事。
離れなさい。
一緒に映画を作ろうとしてくれる相手を見つけなさい。
縁を無駄に作らないよう、身体は出来るだけ清くいなさい。
身体を赦すのは、人生でたった一人で十分です。
それほどに、人の縁は、重く、それでいて、粘り気があります。
無駄な縁に絡まる暇はありません。
そうでしょう?
そして、見つけたら、与え続けなさい。
相手も与え続けてくれたら、その先に待つのは幸せな結婚生活です。
そこには感動しかありません。
お金の問題や、家の問題等、とるに足らない事になります。
何故なら人は、愛してくれている、愛し続けられているという喜びだけで、天国にいるような気分になれる生き物だからです。
お金か愛か?
答えましょう。
ます、愛。
お金は、二人で助け合いましょう。
そんな二人を見た周りは、否応なく、その二人に巻き込まれ、その二人を放っては置けなくなり、助けてくれます。
世の中とは、かくも素晴らしく、不思議な仕組みなのです。
利用しないで。
自分から。
与え、与え続ける。
それでも、相手が与えてくれそうになかったら?
利用されていたら?
離れなさい。
いいのです。
自分の幸せの為に与えても。
自分が幸せになる為に、自分がマイナスになる事は、いいのです。
それは、利用ではありません。
くれる為に与える。
いいのです。
利用ではありません。
自分が幸せになる為に、与えましょう。
与えてくれないなら、あなたが無くなるばかりです。
それは、不幸です。
幸せになっていいのです。
利用されない権利があるのです。
自分が幸せになる為に、与えましょう。
まずは自分から与えましょう。
返してくれた人に寄り添いましょう。
与え続けましょう。
返し続けてくれる人に寄り添いましょう。
その延長線に結婚式があるだけ。
ただ。
ただ、それだけなのです。
END