ローラ
彼女の頭の上に巨大な火の玉が浮かんでいる。
そんな近くにあれば作った本人がとっくに燃えてしまいそうだが、そこは魔法と言う奴で彼女は何も感じない様だった。
火の玉はすでに直径二メートル位になっていて、喰らえば消し炭も残らないだろう。
「おい!命の恩人にこんな真似するなんてそれでも人間か?!」
「大丈夫。あたしは人間じゃないから!」
そう答えると火の玉が飛んで来た!!!
「うああぁ!!!」なんて事だ!転落死を逃れたと思ったら、火の玉に焼き殺されるなんて!一度は死んでしまったけど、二度は死にたくない!目の前に迫る火の玉を見て思わず叫ぶ!!
「嫌だああああああ!」
俺は夢中になって両手をバタバタと振り回した。すると次の瞬間、火の玉が跡形も無く消えていた。
「な?な?なんでぇ!!」彼女は叫ぶと、今度は何十本もの鋭い槍状の氷を作り出した。
「死になさい!!」 彼女はそう叫んで氷槍を放った。
けれど氷の槍は俺の側へ来るといきなり消えてしまう。その後も様々な魔法で俺を攻撃するんだけど、全て俺の前に来ると消え失せてしまった。 俺は何となくその現象を理解すると、少しずつ彼女に近づいていった。
彼女は近づいて来る俺に向かって「く、来るなぁ!」と叫びながら攻撃していたが、足がすくんでいるのか目の前に来るとその場にへたりこんでしまった。どうやら魔法の使い過ぎで体力が無くなった見たいだ。
俺は彼女の腕を掴むと、へたりこんでいる体ごと持ち上げ鼻がくっつきそうな距離でこう告げる。
「おい、ずいぶんな真似をしてくれたなぁ。俺はお前を助けたつもりだったのに、まさか殺されるとは思っていなかったよ。見れば大分弱っているみたいだけど、もう一度鎖で縛られた方が良いみたいだな」
彼女は、俺に両手を掴まれ体を吊るされてハアハアと息を切らしたまま何も言い返さない。この様子なら直ぐには復活しそうにないな。 彼女を離すと、俺はとにかくこの暗闇を何とかしたくなった。
「おい、さっきみたいに灯りを付けろ。」そう言って見るが彼女は首を横に振るだけで動こうとしなかった。 仕方ないので、俺は胸ポケットに入っているスマホを取りだし簡易ライトを使う。充電はまだ大丈夫だけれど切れたら終わりだ。
彼女は何事かと顔を上げて俺の手元を眺めていたが、俺は辺りを確認したくて彼女をほっておいた。頼りないスマホの明かりで見回して見れば、今いる場所は洞窟の様な所だった。足元も壁もゴツゴツとした岩みたいだし、天井は三メートル位ある。広さは学校の教室位と言った所かな?俺は辺りを眺めて諦めると、もう一度彼女に言った。
「なあ、明かりが欲しいんだけど?」
彼女は、ハァーと、一息着くと目を閉じて呪文を唱える。するとさっき出てきた青白い灯りが点った。 おぼろげにお互いの姿が見えるようになって、俺はスマホをしまいながら問いかけた。
「まだ俺を殺す気か?」
「・・・召喚しておいてなんだけど、あなた一体何者なの?」
「俺は、伝 紀一郎、ただの電気屋だよ。」
「デン、キイチロ?言い難い名前なのね?・・・・あたしはローラ、ローラ.ウシュトへン.ミルヒ.バーンスタインよ。」
うわ、なんか貴族っぽい名前来た!!!でもさっき自分は人間じゃないとか言ってた気がするけど?
「ローラ。君は人間じゃないのか?」
「そうね。わたしの一族は人間の間では吸血鬼なんて呼ばれているわ。」
やはり予想通りの答えだ。無駄だとは思うが一応きいてみる。
「俺を元の世界に戻せるか?」
「・・・無理よ。あなたを召喚できたのも偶然みたいな物だから。」
やはり・・・・今彼女が魔力切れになっているのも関係が有るんだろうな。
「ここは何処なんだ?まさかダンジョン・・とか?」
「へー、あなたの世界にもダンジョンがあるの?」
「・・・俺の世界にはダンジョンは物語の中にしか無いよ。」
ローラはムゥと頬を膨らませたが、馬鹿にされた訳じゃないと悟ると言葉を繋ぐ。
「ここはね、アルクラベルの迷宮。未だにクリアされていないダンジョンの一つで、世界最大の迷宮と言われているわ。」
「・・・・ここから出る方法は有るんだろう?」
なんかとんでもない場所らしい事は判ったが、せっかく異世界に来たのにここしか知らないで死にたくないと思ってしまった。
「あたしはローラ、バーンスタイン家の正当な当主なのよ?こんな迷宮、チョチョイのチョイよ!」
・・・胡散臭い。どうにも嫌な予感しかしない。俺はふかーくため息を付くと近くの壁に寄りかかり、被っていたヘルメットを脱いでポケットから煙草を取りだし百円ライターで火を着けた。
とにかくここから脱出しなければ!