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俺と吸血姫と異界の夜  作者: 眞島聡
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プロローグ 

 でん 紀一朗きいちろうは墜ちていた。

 

 

 5万トンクラスのカーゴスペースのハシゴを登っていたはずなのに、何故かハシゴごと落下していた。

 前の作業で誰かがやったハシゴの溶接が、いい加減だった為、外れてしまったらしい。

 船底まで約15メートル。運が良くても手足の骨折は免れない。

 


 墜ちていく一瞬紀一郎は、けれど恐怖ではなく安堵を感じていた。

(あぁ。やっと・・・・)

 生まれてきて30年、誰かを愛する事も無く、友もいない。

 たまたま入った会社で何となく過ごすだけの日々。自分以外感じる事の無い自分の存在が後一瞬で終わる。誰に頼まれた訳でもない事を終わらせる事に心からホッとしていた。


  §§§



・・・足の裏に固い感触を感じる。

自分が立っていると感じられる。目は見えない。辺りは真っ暗闇なのか、どうやら動かせる自分の手さえ見えない。

音も聞こえない、心臓の音の他聞こえてくるものが無い。

このままここにいたら、気が狂う事が確信できる孤独感だった。

 

「あのお・・・」


 気配は突然だった。今の今まで、ここには自分しかいないはずだ。

声がすると自分の前に何かの気配を感じ、紀一郎は目を丸くした。


「誰だ?!」


気配のする方へ誰何するが、とにかく真っ暗で何も見えない。

すると、ゴソゴソと音がして暫く、ポゥと青白い明かりが現れた


「あぁ!やっと上手くいきました!」


 目の前にいるのは、身体中、鎖でがんじからめにされた女だった。


 鎖は頭の先から足の先まで、ほぼ全身にぐるぐる巻かれている。腰までの長い髪とハイトーンの声で、女だと思った。


「何やってんだ?あんた?」


あまりにも非常識な格好だったので、紀一郎は冗談か何かだと思ってしまった。拷問だってもう少しマシなはずだ。


「遊んでいる様に見えるんですか?」


ちょっとイラッとした声で、女は答えた。


「とにかく!これを外して!!」


いやいや、鎖の繋ぎ目には南京錠が、どう見ても素手で外せる物では無いだろう。


「無理だ。悪いけど。」


鎖をずらして顔だけでも見ようと思ったが、下手をすれば皮膚を傷つけそうだ。何か道具でもあればと思うが、周りは真っ暗、青白い明かりは女の姿だけをかろうじて照らすだけだ。


「あなたの持っている物では駄目なの?」

え?そう言われて見ると自分の姿は作業服にヘルメットに安全靴、勿論、安全帯には道具を入れる腰袋がある。

 ペンチにニッパー、ドライバーにスパナと様々な道具を持っていたが、鎖を切る様な物は流石に入っていなかった。

「あ、有るな!」

急に思い付いて、作業服の胸ポケットを探ると俺はその道具を見せる

。・・・のだが女はピンと来ないらしい。

 それは、ピッキングセットだ。

 俺は女の前に行くと鎖が繋いである錠を眺める。そして二本の先の曲がった針金を鍵穴に差し入れ、解錠を試みた。


 カチャカチャ・・カチャ・・・カチャカチャ・・・・・・・・

 別に鍵師でも無い俺は音と指の感覚だけを頼りに戦っていた。

女は、始めの内はそんな物で開くのか?とか、もう少しマシな道具は無いのか?などとうるさくしゃべっていたのだが、俺が何も反応しないと、黙って見つめるだけになった。ちなみに南京錠と言う物は、ピッキングには向かない錠で有るらしい。そして俺はそれを知っているのだが女の姿があまりにも酷く見えたので、何とかしたいと思ってしまったのだ。

 カチャカチャ・・カチャカチャ・・・カチャカチャ・・・・・~~~ガチャン!


「え?・・」 「ン?」


 一瞬、二人共何が起きたか分からない様だった。俺の掌程の錠は、ブラブラと口を開けていた!

 

 「お、おおお!」俺は外れた錠を鎖から退かすと、ぐるぐる巻いてある鎖をほどいていった。女はまさか本当に鎖が外れると思っていなかったのか目を丸くして口をポカンとあけ、体を硬直させたまま、鎖をほどかれていた。


みるみる鎖は無くなり、女の体が露になる。案の定、女は全裸だった。

 全ての戒めを解かれると女はしゃがみ込んで、しかも明かりを消してしまった。「アタタタ・・・・・」暗闇の中、硬直した体が痛いのか女の声だけが響く。仕方ないので俺は着ていた作業服の上着を脱ぎ女に渡す。


「あ、ありがとう。」渡された上着を着たのでもう一度灯りが着いた。女は少し俯いきながらこちらを見て礼を言った。


 改めて見ると、女と言うより少女と言う感じだ。身体中鎖で縛られていて薄汚れてはいたが、かなり美少女なんじゃないか?

 髪は緩いウェーブのかかった銀に近い金髪で、くりくりした大きな瞳は夜明けの空を思わせる紫色だ。大きめな俺の上着から見えている手足はほっそりとして触れたら折れそうだ。身長は俺の肩位なのにそんなに細いなんて、まるで天使か人形だ。

 けれどそんな俺の感想を嘲笑う様に、彼女は俺にこう告げた。


「あぁ、ようやく自由なれたわ!これで、私を閉じ込めた連中を殺す事ができる。あなたにはとても感謝しています。だからこれは感謝の印、お礼です。死になさい。」


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