空舞ふめだか
私はメダカだ。今の時代には珍しいくらい澄んだ小川でひっそりと暮らしている。この小川には、私以外のメダカはもういない。死んでしまったのではなく、元々少なかった仲間たちを人間が綺麗に攫っていってしまったのだ。私だけが攫われ損ねてしまった。これが幸か不幸かなんて今となっては分らない。分かるのは、このまま私は一人老いて死を待つしかないということ、ただそれだけだった。
ちかちかと陽の光が空から降り注いできた。しばらく感傷に浸っていた私は思わず水面を見上げた。揺らめく水面は、水の外にある空を映し出し、透き通った青を湛えている。それがあまりにも美しいものだから、私は誘われるように水面へと泳ぎを進めた。そうすると、ぐんと空が近くなったような気がして、他の生物より小さいだろう心臓が一際大きく高鳴った。私はそのまま水面を見つめ、遠い空へ思いを馳せた。するとその青に、ぴゅうと雲とは違う白が飛び込んできた。あれは、そう、鳥だ。
何の鳥だかは分からない。けれどその白は大きく翼を広げ、青を泳ぐように飛び回っていた。あの鳥のように、私も空を飛べたのなら、こんな場所で一人悲しんだりなんてしなかったろうに。真似をしてひれを翼のように動かしてみても、私の体はぬるい水をかき分けるばかりだ。私は鳥が羨ましかった。だからこそ、鳥から目が離せなかった。食い入るように、空を飛ぶ鳥を見つめ、私は飛べないと知りながらもひれを我武者羅に動かした。体は水を突き進むばかりで、空には到底届かない。それでも私はひれを動かし続けた。
すると、不意に水の流れが不自然に変わった。そして、体がなにか薄い膜のようなものにぶつかる。この状態には身に覚えがあった。捕まったのだ。私は、人間に。無理やり引き上げられる感覚の中、私は必死にもがいた。しかし人間の力は私よりも幾分も強く、あっという間に私は水の外へと放り出されていた。途端、息が出来なくなる。苦しい。水を求め、私は力の限り跳ねまわった。しかしうまく水へと戻ることはできない。
もう私は死んでしまうのだろうか。ままならない呼吸を繰り返しながら私は思った。そして、まばゆいばかりの青空を見た。そうしてようやく私は水がどれだけ空の色を遮っていたのかを知った。空は、水中で見たよりも青く、広かった。私は薄れる意識の中、最後の力を振り絞って、大きくそして高く跳ねた。私を乗せた薄い網が、私と共に跳ねる。視界に写りこんだのは、美しい青空と、一羽の白い鳥だった。そしてすぐに、目の前は真っ白に塗りつぶされていく。
私も白い鳥になれたような気がした。
「あーあ、メダカ、折角捕まえたのに、跳ねて地面に落ちちゃった」