第2話〜奴隷紋〜
バシッ、バシッ……バシッバシッ。
「わかったわかった、起きるよ。」
俺は慌てて上半身を起こした。
俺の膝にはケモミミの少女が、少し膨れた顔でお座りしている。
この少女が俺を起こすためにお腹を叩いてくるのだ。パーだからあまり痛くは無いが。
あの後、この少女を背負って体感で2時間ほど歩いてやっと街に着いた。
その頃には、太陽が沈もうとしていたので街門近くの宿屋で部屋を借りた。
そのお金はどこからかというと、あの馬車の主人から鍵を取る時に一緒に拝借させてもらった。
確かに犯罪だが、生きるためだ。一文無しじゃこの少女にご飯をあげることさえ出来ない。
因みに、この少女の名前はファルーらしい。
宿のベッドに寝かせてやったときに首輪がかけられているのに気付いた。その首輪に英語で[ Faruu ]と記してあった。
もちろんその首輪はファルーが寝ているうちに外してやった。
今日はギルドに行って、ファルーを親のところに届けてもらおうと思っている。
ファンタジーの世界なんだから、ギルドか、なにかそれに対応するものがあるだろうという俺の先入観だが、国家機関に頼めば何かやってくれるだろう。
その時、ファルーのお腹がキュルキュルと可愛い主張をする。
ファルーは真っ赤になって首を横に振っていたが、それもまた可愛かった。
「よし、まずは飯だな。食べに行こう。」
昨日、宿代を払う時に朝食付きで頼んであるのだ。
俺は、ファルーを連れて宿屋のロビーに降りる。すると、宿屋の女将さんがロビー横の食堂に案内してくれた。
案内された席で少し待っていろと言われたので、待っていると女将さんが2人分の朝食を持ってきてくれた。
言えば運ぶのくらいは手伝ったのに。いや、逆に仕事なんだからと手伝ったりしないほうがいいだろうか。
しかし、これから少しの間お世話になる予定なのだ。少しは好感を得ておかなければ。
「カウンターにいるからね。食べ終わったらまた呼んでちょうだい。」
「あっ、俺、運んでおきますよ。そっちの奥の厨房でしょう?」
そう言って、俺は女将さんが来た暖簾を指差す。
「え、えぇ、そうよ。じゃあ、お願いするわね。」
女将さんは微妙な顔をしながらロビーの方へ歩いていった。
やっぱり変だっただろうか。まぁ、今はともかく腹ごしらえだ。
「よし、食べよう。」
と、俺が言って手を合わせようとするとファルーがすぐにフォークを手に取ったため慌てて止める。
「待った、待ったファルー。まずは、手を合わせて作ってくれた女将さんや食べ物に感謝をするんだ。別に口に出す必要は無いが、何かを食べるときは毎回ちゃんと感謝をしてから食べるんだ、いいな?」
それに対してファルーは、こくりと頷くとフォークをテーブルに置き直し、手を合わせて目をつむる。
俺も、手をあわせる。
「いただきます。よし、食べよう。」
ファルーはすぐにフォークを掴むと朝食を食べ始めた。むしろ、掴むというより握っているが。
フォークの持ち方も教えてやればよかったな。
そう思いながら俺もフォークを手に取る。
出された朝ごはんは転移前の世界とほとんど変わらなかった。
パンに似たものに、何かのスープ、野菜の炒め物。スープの中身も何野菜の炒め物なのかもわからなかったが、外見はあまり変わらない。
恐る恐る食べてみたが、味もとてもいい。
ファルーを見ると、満面の笑みで朝ごはんを食べていたため細かいことはどうでもよくなった。
それよりも、自分の異世界転移への適応力に一番驚いている。
前から、そう言った系の本を読んでいたし、ゲームはRPGが一番好きでよくやっていたからかもしれない。
そんなことを考えながら、ちまちまと食べていたらファルーは食べ終わったようでフォークを置いて俺の方をじっと見ていた。
「パン、いるか?」
ファルーは、首を激しく縦に振る。
俺がそのまま渡してやるとまた満面の笑みで食べ始めた。
「可愛いな、お前。いっぱい食べて、早く大きくなれよ。」
ファルーは返事をするかのようにケモミミをピコピコと動かした。
その後、2人とも食べ終わると女将さんに言ったように厨房の方に食器を片付けると2人とも一度宿屋を出た。
「ファルー、今日はギルドに行くぞ。お前を、お父さんお母さんのところに返してやるからな。」
実は、昨日宿を取り、ファルーを寝かせてやった後に街の散策をしたのだ。
その時にギルドらしき場所を見つけているのだ。
一見酒場のようだったが、そこで呑んでいる人たちは全体的に体ががっしりしている人が多かった。恐らく、冒険者なる人たちだろう。
ギルドに属する冒険者はギルドの酒場の方が安くなるとかなのだろう。
俺はファルーの手を引き、ギルドまで連れて行った。
今日のギルドは夜ほどでは無いがまだまだ人がいた。朝から酒を呑んでいる冒険者もいる。
ギルドの敷居をまたいだ瞬間、冒険者たちの気迫と視線が伝わってくる。
その気迫に、ファルーも尻尾を下げていた。
俺は、そんなファルーの手を引き、窓口まで歩いていく。
「すみません、頼みたいことがあるんですが。」
「はい、なんでしょう。」
窓口には女の人が座っていた。
金髪碧眼でポニーテール。歳は、20代前半ぐらい。出来る優しいお姉さんという雰囲気だ。
「実はこの子、誘拐されていて移動中だった馬車から偶然助けたんです。両親を探してもらえませんか?」
「それで国営のギルドへ依頼しに来たと。いい判断です。変なグループに捕まらなくてよかった。では、身長などを計るので奥の部屋へどうぞ。」
そう言われたので、ファルーを連れて奥の部屋へ入っていく。
部屋は応接室のようになっていて、真ん中に30〜40㎝程の高さの机と、その両側に長イスが設置されていた。
すぐにさっきのお姉さんがメジャーを持って入ってくる。
お姉さんはファルーの前に膝をついて頭を撫でると俺の方を向いて質問をした。
「先に聞いておくわ。この子は奴隷?」
この世界には奴隷制度があるのか。
「わかりません、そうかもしれません。」
「じゃあ、ファルーちゃん、上の服を脱いでちょうだい。大丈夫よ、少し背中を見るだけだから。」
ファルーは、頷くと服を脱いで俺に渡す。
俺か。なぜ俺に渡すんだ。まぁいい、持っておこう。
ファルーの体はまだ幼いながらも綺麗だった。しかし、その背中には大きな紋章が描かれていた。
「……これは。」
「これは『奴隷の呪紋』って言ってね。奴隷商が奴隷たちにつける印なの。奴隷商っていうのはね、ギルドに黙認された団体なの。だから、国営であるギルドは奴隷の紋をつけられた人のことを助けられないのよ。奴隷商の邪魔をしたとして罰金を払うことになっちゃうの。ごめんなさい。」
お姉さんがファルーに抱きつく。
俺は何も言えず、自分の背中を触る。
「ごめんなさい。でも、わたし個人として手伝えることがあったらなんでも言ってね。」
「じゃあ、質問を1つ。この紋章を消すにはどうすればいいですか?」
「ごめんなさい、わたしにはわからないわ。」
「そうですか、ありがとうございます。じゃあ、俺がこの子を獣人族の住むところまで連れて行きます。獣人族のいるところを教えてください。」
お姉さんは驚いた顔をしていたが、少し待っててと言うと部屋を出て行った。
少しして戻ってくるとお姉さんは机に地図を広げた。
「見て、これが世界地図よ。見えないぐらい小さいけど、この南西の端の方にあるのがこの街。これでも大きい街なのよ。」
世界地図、前の世界とは全く違う。大陸は1つ、ところどころへこんだ大きな円形を描いている。
「獣人族がいるって言われてるのはこの森よ。」
そう言ってお姉さんは地図の東の方を指差す。
「じゃあ、真ん中の山を越えて…」
「残念だけどそれは無理よ。この山、スィエロ山って言うんだけどね。標高18000mで麓の方にも大型の魔物たちが出るのよ。あっ、ここでいう大型っていうのは体調とか横幅のことじゃなくて危険度とか強さとかが大型ってことなの。だから、オススメしないし、まだ子供のあなたたちは入山許可も出ないと思うわ。だから、南を通って東の森を目指しなさい。この地図も国からの配布でいっぱい有るからあなたたちにあげるわ。」
お姉さんは地図を丸めると俺に握らせる。
「ありがとうございます。旅の準備が出来たらまた挨拶に来ます。お姉さんの名前を聞いても良いですか?」
「お姉さんだなんて、嬉しいわね。エリーよ、エリミア・ウィールス。よろしくね。」
「えぇ、よろしくお願いします。では、失礼します。」
俺が一礼すると、ファルーもそれに合わせてお辞儀をする。
俺は、ファルーの手を取ると応接室を出ようとする。
「待って、君の名前を聞かせて。」
「いえ、名乗るほどの名前はありませんよ。では。」
俺は応接室の扉を閉じた。