第1話 〜運命の出会い〜
その日、あまりの明るさに起こされた。前日にカーテンは閉めておいたはずなのだが。東京の大学に通うために一人暮らしをしているから家族に起こされるような事もない。寝相が悪くて足か何かが当たりカーテンが少し開いてそのスキマから日光が差し込んでいるのだろう。俺はベッドのすぐ横にカーテンがあったはずと手を伸ばす。しかし、カーテンどころか何も手に当たる感触がしない。強い光に抗い、うす目を開ける。
「今日も綺麗な水色だな。」
うん、おかしい。なんで天井がない。寝転びながら横を見る。草が頬をかすり少しくすぐったい。なんで草がある。なんで俺は草原に寝ている。
「うわあぁぁぁぁ!?」
思わず叫びながら上体を起こすが誰もいなければ動物などもいない。いや、蟻がいた。良かった。…なにも良くない。俺はもう一度寝転び、空を仰ぐ。あっ、動物いた。鷹か、鷲か、いや、あれ龍だわ。中国の方のあの長細い龍だよ。龍、龍…。あっ。異世界転移かぁ。我ながら気付くのが少し早い気もするが。とりあえず冷静に。これが夢なら起きるまでこの草原でゴロゴロしていればいい。しかし、これが本当に異世界転移だった場合、この草原を早く抜けて街に向かった方がいい。いつ獣やらモンスターやらが出てきて喰われても不思議じゃないしな。死んだら起きるとかだとしてもわざわざ殺されて確かめたくはない。俺は自分の頬をつねる。地味に痛い。おそらく夢ではない。夢だったら痛くないのかと言われると、痛覚のある夢を見たこともあるからなんとも言えないのだが。とりあえず、街を目指そう。
俺は裸足で地面の感触を確かめながら歩き出した。前方には草の地平線、左方には俺が入ったら獣か山賊に襲われる未来しか想像できない程度の森が広がっている。右方のだいぶ向こうの方に山も見え、炭鉱の町でもありそうだが、炭鉱の町は商業特化していてあまり生活感は期待できなさそうなので遠慮しておきたい。森はもちろん入らない。ということでまっすぐ草原を地平線目掛けてゆっくりと歩いていく。
しかし、広い草原になにも動物が見当たらないのは不思議だ。こんな広い草原なんて来たことはなかったから元々草原はそういうものなのかもしれないが。
おそらく2時間ほど後。
「痛ったっ。」
裸足に容赦なく小石が突き刺さった。足の裏を見ると血は出ていないものの赤くなっている。
そういえば、さっきから視界に石が映る機会が増えていっている気がする。草原に石…。川だ。もう少し行けば川につけるかもしれない。そこまでは頑張ろう。そろそろ足が疲れてきた。
案の定、綺麗な川を見つけることが出来た。少し森に入ってしまったが、水分を補給したら戻って森を出よう。俺は川辺に座り、休憩をとった。さっき起きたばかりで眠気はないが足の疲労が強い。
「この川、飲んでも大丈夫だろうか?」
俺は恐る恐る川に手を入れる。冷たくて気持ちがいい。両手で少しすくい口に含み、飲み込む。渇いた喉に潤いが戻り、水が食道を通過しているのを感じられた。
「美味いな。」
川の水に危険はないだろうと判断すると、俺は川に直接口をつけて水分の補給を始めた。その時だった。
「うわぁあぁぁぁ!?た、助けてくれー!」
だいぶ近くから男性の悲鳴が聞こえた。俺は考えるより先に足を動かしていた。木と木の間を出来る限り速度を落とさないように走る。これもこの世界に適応するための訓練だと思えば足裏の痛みも無視できる。
声がした方に走っていくと、街道らしきものを見つけることができた。草が二筋、踏まれてそこだけはげている。馬の足跡も残っている。
さらに声のした方へと走っていくと馬車が襲われていた。馬車の主人らしき人が数匹の狼に囲まれていた。その内の一匹が馬車の主人に飛びつき肩を喰いちぎる。
「ぐあぁっ!?」
俺はとっさに馬車まで駆けると口の周りを紅色に濡らす狼を蹴飛ばした。
『お前ら、一度巣へ帰れ。』
反射的に狼たちに向かって吠えると、狼たちはジリジリと後ずさり、やがて走って逃げて行った。
「おい、おっさん、大丈夫か!」
馬車の主人の上体を起こし意識を確認する。
「ありがとう、どこかの少年。でも、もうダメみたいだ。こんな仕事してるからバチが当たったんだろうな。」
そう言ったっきり馬車の主人は目を閉じ開くことをしなかった。目の前で人が死んでも気持ち悪さはあまりしなかった。こういう異世界転生物で死を前にして嘔吐してしまうような主人公もよくいるが俺はそんなことはなかった。まだ何かをやり遂げてない気がして、吐き気があった気もするがまだ吐いている場合ではない気がしたのだ。
俺は馬車を見る。馬は逃げたのかすでに居なくなっている。荷台にはよくある布製の幕が掛けられ、後ろから荷物を入れられるような形式になっていた。俺は荷台の後ろの幕を少し開き中を覗いた。動物のような匂いと、鉄のにおいが混ざって嗅いだことがないにおいになっていた。光の届く範囲には果物や日用品が無造作に置かれている。しかし奥の方が見えない。思い切って俺は幕を引き裂いた。奥まで光が届いてよく見えるようになる。しかしそこには衝撃的な者があった。赤みがかった茶色のロングヘアーに獣の耳、狐のものに似た大きくふさふさな尻尾。俗に言う獣人種なる女の子が頑丈そうな檻の中で女の子座りしながら両手、いわゆる両前脚を前に着きグルグルルと、精一杯俺を威嚇していた。まずは檻から出してやって安心させてやらねば。俺は檻を探り開閉部を見つけた。しかし、それは厳重に鎖と南京錠で封印されていた。鍵が必要だ。俺は檻の周りを回りながら目をこらす。その間も獣人種の女の子は顔と目だけを動かし、俺を威嚇し続けていた。檻の周りにはないようだ。一度荷台を降りる。あの主人は持ってないだろうか。そう思い俺は主人の遺体を探る。やはりあった。3つの鍵が付いたリングが主人の腰に掛けてあった。それを取り外し俺はもう一度荷台に上る。檻に近づくと少女はまだ俺に向かって威嚇の体勢をとっている。俺はそんなことお構いなしに檻の南京錠を開け、鎖を取り払うと檻の前面を開け放った。その瞬間、少女が俺の手に噛み付いてきた。牙を立てて俺に怒りをぶつけるかのように力を込めて噛み付く。血が流れ、激痛が走るが、俺は少女を抱きしめた。
「大丈夫、俺は君の敵じゃない。」
そう言ってやると、少女の噛む力が少しずつ弱くなっていった。やがて、落ち着いたのか俺の手から口を離す。
「腕の枷の鍵も開けるからじっとしているんだぞ。」
少女が頷く。俺は2つ目の鍵で少女の腕の枷を外してやった。すると、少女はまた俺の手に噛み付いてきた。しかし、それは甘嚙みだった。涙を流しながら俺の手を甘嚙みしていた。
「怖かったよな、もう大丈夫だ。」
少女は頷くとそのまま俺の胸で眠りについた。
しかし、街に行きたいからほんとは寝られては困るんだがな。とりあえず背負っていくか。
俺は、少女を背負い荷台を降りる。外では小雨が降り始めていた。
「こいつが風邪引いちまうだろが。」
誰にともなく呟くと、街道沿いの木を雨よけにしながら街があるだろう方向に向かって歩き出した。