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あの夏の記憶  作者: としゆき
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第7話


「ただいま。親父いる?連れてきたよ」



 鍵のかかっていない玄関の扉をガチャリと開け、柊一は開口一番に遥香を連れてきたことを報告する。


静かな家に柊一の声が響くと、途端に家の奥でバタバタといった物音が木霊し、廊下の奥から無精ひげを生やした短髪の男性が顔を出す。声をかけた柊一には目もくれず、遥香をみつけるとその男性は笑顔になる。

 

「おぉ、来たか。遥香ちゃん。ふむふむ。面影も残ってるな」


 「どうも、ご無沙汰しています」



 遥香は畏まった様子で深々と一礼する。


 「いやいや、いいんだ。そんなに畏まらないでくれ。それより、先に家の片付けしなくちゃだったな。たしか君ん家の鍵は私が預かってたはずだ。えーと、ちょっと待っててくれ」



 そういって、柊一の父は再び廊下の奥の部屋に引っ込む。


 「シユウちゃんのお父さん、変わらないね」


 「俺のことは完全にないものとして見てたけどね」


 暑い中昼飯も食べずに迎えに行った自分への労いの言葉がなかったことに少しムッとしながら柊一は話す。まあ、いつものことなのだけれど。


 「でも、優しくて、良いお父さんだよね」



 どこをどう聞いたらそうなるのか。自分の興味のあることにしか目が向かないし、話も聞いてないような親父なのに。


 「そうかあー?そうは思えないね」



 柊一は同意しかねるといった様子で遥香に話す。


 「おーい。あったぞ」


 奥の部屋から出てきた柊一の父が掲げている右手には一本の鍵が握られていた。最近はカードキーやスマートキーが比較的主流になっているし、柊一の家でも今はカードキーだが、父が持っているのは昔ながらの銀色に輝く鍵だった。

 

「ありがとうございます」



 遥香は受け取ると再び深々と頭を下げた。


 「いいっていいって。掃除、大丈夫?こいつ手伝わそうか?」

 


「大丈夫です。ゆっくりやります。何かあったら手伝ってもらいますので」

 

遥香がニコっと笑うのを見て、柊一はこいつ呼ばわりされた親父への敵意が幾分和らぐ。


そもそも暇そうにしてた親父が掃除しとけばいいんじゃと思ったが、言葉にすることはなかった。

 

「じゃあ、なんかあったら言えよ」

 

そういって手をひらひらと振りながら柊一の父はまた廊下の奥の部屋へと戻っていった。

 


「本当に大丈夫?手伝うよ?」

 

「大丈夫だよ。荷物自体は後で来るみたいだし、今はとりあえず掃除機かけたりするぐらいだから。困ったことあったら連絡するね。シユウちゃん番号教えて」

 

「あ、うん」

 


笑顔で携帯を取り出す遥香を見て何となく照れ臭くなる。



携帯番号をお互いに登録したのを確認する。


 「じゃあ、終わったらまた顔出すね。シユウちゃんのお母さんにも会いたいし。あとでうちのお父さん、お母さんもシユウちゃんち行くって言ってたから」





 そういって遥香は笑顔で玄関を後にする。


 一人玄関に取り残されたままの柊一は気を取り直して靴を脱ぎ、家に入る。やけに静かな家だな。そういえばうちの母はどこに行ったんだ。高校生の息子が帰ってきたのに、昼飯もないのか。そんな文句を垂れながら柊一はキッチンに向かい、何か食べるものはないかと棚を漁る。


インスタントの類は見当たらず、昼飯にありつくには自分で作るしかなさそうだ。この暑さの中で火を使うとか拷問だろ。料理することを想像した柊一はそう思い、同時にいつもその状況で料理をしている母に感謝しつつ、ダイニングの椅子にドカッと座る。




 あー腹減った。




 冷蔵庫から麦茶を取り出し喉を潤す。飲むとすぐに柊一の額には汗が滲む。



空腹をどうやって凌ぐかを考えていると、玄関が空いた音がする。



 「ただいまー。柊一、帰ってるの?買い物に行ってたの。遥香ちゃん来たの?」


 ビニール袋を両手に下げた母がキッチンに入ってくる。



 「遥香なら来たよ。で、鍵もって家行った。それより、飯作ってよ。腹減った」



 もう空腹も限界である。母が来たことで食べれると理解した脳みそが食事を要求し、柊一の腹は待ってましたとばかりに音を奏でる。



 「はいはい、ちょっと待ってて」


 そういいながら慣れた手つきで母は料理を作り始める。これでやっとありつける。柊一はホッとして再び麦茶に口をつける。


 「そういえばさ、遥香ちゃん、可愛かった?」


 料理を手際よく作りながらの唐突な母の口撃に、柊一の飲んでいた麦茶が気管に流れこみ激しく咽る。


 「なんだよ、急に」


 「いやーだって、遥香ちゃん昔から可愛い子だったからさ。高校生ともなると相当な美人さんかなあって」



 にやにやと意地悪そうな顔で母が柊一を見る。



 はあ。どいつもこいつも。ワンパターンだ。


 「自分で確かめて。あとで来るって言ってたから」


 投げやりに答えていると昼食が出来上がってくる。



 「照れちゃってまあ。はい、どうぞ」


 「照れてねーし。いただきます」


 それだけ言うと、柊一は空っぽになった腹に投げ入れるように黙々と食べ始めた。 



 「でもさ、会えてよかったね。本当」



 母が急に真面目なトーンで話す。その表情は慈愛に満ちていた。



 「まあ、覚えてないけどね。昔のこと」



 「いいのよ。それでも、会えてよかった」

 



しみじみと話す母にどこか引っかかる。柊一は母の様子を横目で不審そうに見ながら、それでも食べ続ける。



 「さ、お父さんとご飯にしよーっと」



 そんな柊一の視線を感じたのか、母はそそくさと父がいる部屋に向かう。




 それにしても、自分だけが覚えていないってのは、なんか変だよなあ。



記憶力の良い自分が覚えていなくて、他の人たちが覚えていることに違和感を感じる。それに、誰も教えてくれようとはしないし。トラウマかなにかってことなんだろうけど、人ひとりを忘れる。しかも思い出ごと全部なんて、そんなことあるもんなのかな。



ちょっと調べてみるか。これから夏休みで時間もあるし。





 自分が封じ込めているかもしれない記憶を思い出すことに一抹の恐怖を感じたが、それよりも好奇心が勝った柊一はそう心に決めた。




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