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あの夏の記憶  作者: としゆき
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第5話

柊一が顔を上げると視線の先に白いワンピースを着た女の子が見えた。


年齢は同じくらいか少し若い。白いワンピースに白い帽子をかぶっている。ワンピースから伸びる手足もとても白く、まるで人形のような人だった。どこか芸術品のような美しささえ感じられた。



芸能人顔負けのとても美しいその女の子は柊一の方を見ると目をキラキラさせながら走って柊一の方へ向かってくる。



きっとあの子だ。



柊一は苦笑いしながらそう感じた。見た目に覚えもなく、名前も覚えていない。だけどあのキラキラしながら突進してくる様子に懐かしさを感じていた。


「柊一くんですか?」


人形のような女の子は見た目から想像される通りの、心地いい声でそう尋ねた。女の子の声は、尋ねてはいるが確信に満ちており柊一も、あぁきっと自分が待っていたのはこの子のことだ、と確信を持つ。



「そう……だよ」



なんだか少し照れ臭くなって柊一は遥香から目を逸らして言う。


遥香はそんな柊一を見て懐かしさがこみ上げ、頬が緩む。


「よかった。やっと会えた。シユウちゃん。おっきくなったねー。でも、そのちょっと目つき悪いところ、変わらないね。私のこと、覚えてない?」


父から聞かされていて、柊一が覚えていないことを遥香は知っていたが、それでも柊一に直接訪ねてみたかった。もしかしたら、何処かそんな淡い期待が遥香の中にくすぶっていた。


「なんとなく、昔からの知り合いのような気はする…だけど、ごめん。記憶力はいい方だと思うんだけど、思い出せない。あと、目つき悪いは余計」


そうやって柊一は気まずそうに笑う。シユウちゃん、そう呼ばれることが妙にしっくりくる。他の友人に呼ばれているときと違う、本当に幼馴染だったのだと確信する。柊一はそれでも思い出せない自分が歯がゆかった。


目の前の女の子は確かに自分を知っていて、きっと昔からの知り合いなのだと思う。なのに、本当に思い出せない自分が許せなくて、哀しかった。



それでも遥香は優しく微笑む。



「ううん、いいの。聞かされていたから。私は月雲遥香って言います。シユウちゃんとは保育園から小学校5年生まで仲良かったんだよ。私とシユウちゃんの親も仲が良くて。だけど、小学校5年生の時に事故に合って、私は療養と父の仕事の関係で東京に引っ越したの。シユウちゃんもその時の事故のせいで記憶をなくしちゃったんだって。私のことを思い出すと、事故のことまで思い出しちゃうから、防衛本能がシユウちゃんを守るために私のことも忘れてるって、そうお父さんが言ってた。」




「事故って、何があったの?」




聞いていいのか、分からなかった。それでも柊一は重い口を開き、そう聞いた。



事故について柊一は全く覚えていなかったから。


人ひとり、それも仲の良かった子との思い出を失ってまで守るほどの事故。柊一は言いようのない不安に駆られたが、同時に知りたい気持ちも沸々と湧き上がる。けれども遥香は表情を変えなかった。




優しい笑みのまま首を横に振る。



「それは言わない方がいいって言われてるし、私もそう思う。昔のことは気にしなくて、こうしてまた出会えたんだしね。会いたかったよ。シユウちゃん」



そうやって満面の笑みで笑う遥香を見た柊一は恥ずかしくなり、相槌を打つことしかできなかった。


事故のことを知りたい気持ちはあったが、遥香の頑なな意思を感じ取ったし、彼女の優しさも柊一は感じた。きっとこの子と話しているうちに思い出す日が来るかもしれない。柊一はそう考えた。



「俺もきっと、会えてよかったと思う」



 今の柊一にはそれしか言えなかった。それでも心の底からそう思う。きっとこのタイミングで会えたことに意味はあるはず。そんな気がした。


 「ありがと。」


 遥香は変わらず笑顔でそう答える。


 「えーと、月雲…さん。確か、親父が家に連れてこいって言ってたから、行こう」



 初対面で幼馴染、柊一はいまいち距離感が掴めなかった。初めから丁寧な言葉を使わないことも柊一なりに考えてのことだった。



 「そんなに畏まらないで、遥香って呼んでね。よし、いこ!」


 そういって遥香は名字で呼ばれたことに少しむっとするがすぐに笑顔になり、柊一の腕に手を回す。



 「っ!?」



 柊一はいきなりの出来事に声にならない声を出す。いくら幼馴染といっても覚えていない自分にとっては初対面で、贔屓目なしに芸能人顔負けの美人が自分に腕を回してきて冷静でいられるような男でなかった。



 「ん?どうしたの?早く行こ」



 遥香はそんな柊一にはお構いなしといった表情で柊一を見る。どこか柊一が混乱するのを楽しんでいるようにも見えてしまう。



 「あぁ、じゃあ行こうか。」





 柊一は構内に目を向け、遥香の顔を見ずにそう返すのが精いっぱいだった。


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