第2話
ホームルームを終えると学生たちは仲の良い友人たちと塊になり、他愛のない雑談をしながら帰りだす。予備校に行くもの、家に帰るもの、今日くらい遊びに行くかと自分たちに言い訳をするもの。様々な考えが飛び交いながら教室の学生たちは出口に吸い寄せられるように減っていく。
柊一も貰ったプリントやら通知表をカバンに入れ立ち上がる。すると、葉山翔太が後ろから肩を叩きながら声を掛ける。
「いやー暑いね。それよりさ、さっき話してた今日の用事ってなに?急ぐの?昼飯くらい食べに行こうよ」
翔太は人懐っこい笑顔で話す。彼には意外とファンが多い。とてもモテるといっていいだろう。なのに彼自身はあまり女の子に興味がないらしく、もっぱら柊一と共にご飯を食べている。
整った見た目とどこか子供じみた母性本能をくすぐらせるような言動のわりに、浮いた話は聞いたことがない。だからといってホモセクシュアルというわけでもないだろうが。
時刻は十一時。昼ごはんにはまだ早いが、目的を済ませてから食べるのであれば丁度いいころ合いだ。でも一人で行った方がいい。翔太を連れていくことは余計に事をややこしくしそうだ、ここは断るのが良いな。柊一は冷静に考えた。
「いや、なんか親父に頼まれてさ。小学生の頃よく遊んでた娘がこっちに戻ってくるらしくて。両親は仕事の関係で遅れるらしくて、その娘だけ先に来るから松南駅まで迎えに行けって言われてるんだよ」
「なんだー。じゃあ俺も一緒に行ってもいいってことじゃん」
翔太はそういうとニカっと笑い、親指を立てて手を突き出した。その行動を予見していた柊一は彼の突き出された手を下しながら話す。
「今日は一人で行くよ。お前がいると面倒だから。」
「えぇ⁉そりゃないよー。迎えくらい俺が一緒でもなんもないでしょ?まさか、女か。しゅうちゃん、可愛い子だから独り占めしようって言うんだろ?」
翔太はにやけながら柊一のわき腹を小突く。柊一はやれやれといった感じでひとつ、ため息をつく。
「そういうリアクションだから面倒なんだよ。確かに女の子なんだけど、全く覚えていないんだよね。よく遊んでたらしいんだけど全然記憶にないんだ。変な話だよなー。俺記憶力良いはずなのに」
おかしい。といった感じで柊一は翔太に話す。翔太はその言葉を聞いた瞬間、少し驚いた表情をするが、「へー、」と相槌を打ちすぐに元の笑顔に戻る。
柊一は今日の朝父親と交わした会話を思い出した。親父の話では、幼少期から小学生にかけて、その女の子とよく遊んでいた。ちょっとした事故があって、療養のためにその子は引っ越した。柊一自身もその事故に合い、その時に少し頭を打っていたから、記憶が少し無くなったのかもしれないと。向こうは自分のことを覚えているはずだから、駅の西口の時計台で待っていれば大丈夫だと。合流した後は家に連れてくればいい。親父はそれだけ話し何処かに出かけてしまった。確かに事故の影響なのか、小学生の頃の記憶はあまり無かった。
何故まったく覚えていないのか、柊一は自分の中でその言葉を反芻していた。翔太は少し困ったような顔で柊一を見つめながら、何かを確認するように携帯を見た。
「おーい…おーい柊一。なに黄昏てるんだよ。」
柊一は翔太の声に気付くと顔を上げた。
「あぁ、悪い」
「なにぼーっとしてるんだよ。柊一が忘れるなんて確かに珍しいね。俺、一人で帰るわー。幼馴染の再開なんてプラトニックな空気、絶対耐えられないし」
翔太はそういって意地悪そうにニヤリとする。
「お前さ、話聞いてた?俺、覚えてないんだけど」
柊一はやれやれといった感じで答える。
「まあ、とにかく今日は諦めるわ。俺も用事あるんだった。早くいかないとどやされるしね。またラインするわ。じゃあね」
翔太はウインクをして柊一に別れを告げると、手に持っていたスマホを操作し、何処かに電話を掛けながら教室を後にした。柊一は翔太のあまりの変わり身に呆然としていた。
―なんだ、あいつ。いつもはもっとしつこいのに。あっさりしてんな。
なにか納得のいかない違和感が柊一の中に渦巻いたがすぐに消える。翔太はどこか抜けているから、本当に用事を思い出したのかもしれない。辺りを見回すといつの間にか教室の生徒もほとんどいなくなっていた。
柊一はカバンを持ち直し、教室を後にした。




