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目を覚ましてみると、今度こそ歪な形のシミが付く見慣れた天井であった。僕は重たい体を起こすと、ベッドから立ち上がりのそのそとした足取りでクローゼットにあった上着を羽織る。
一階に降りると、そこにはしずえさんと幸彦さんが二人してキッチンに立っていた。僕に先に気がついたのは、可愛らしいエプロンを纏うしずえさんの方だった。
「ハルちゃん」
しずえさんはパタパタと駆け寄ると僕の手を取りながらソファまで連れて行ってくれた。僕は大人しく座ると、しずえさんはキッチンからカップに入った紅茶を持ってきてくれた。
「まあ、たまには肩の力抜いて。ゆっくり休んでね。フユも もうそろそろ帰ってくるらしいから」「ありがとう、ごめんね、風邪は自分のせいなのに」
「いいのよ。たまにはちゃんとした世話くらいさせてちょうだいな」
眉をハの字に寄せながら笑いかけると、またキッチンへ戻っていった。僕は紅茶を一口飲むと、ソファにぱたりと横たわった。
「ハルを部屋まで運んだのは僕だったけど、ハル少し太ったんじゃない?」
仰向けに寝てみると、上から覗き込む幸彦さんの姿がそこにあった。
「成長期だからね」「そうか、でもガリガリよりはいいよね」
幸彦さんはL字ソファの一辺で寝る僕を避け座ると、手に持っていた紅茶に口をつけた。
「でもやっぱり幸彦がいるとソワソワしちゃうわね。久々で嬉しいのかしら」「母さんから生まれた子なのに!寂しくなっちゃうね」
トントンと野菜を刻む音、グツグツと煮込む楽しい音。ピーと機械音を立てながらご飯は炊け、カチャカチャと食器を用意する音も心地が良い。
しずえさんの料理は美味しいだけじゃなくて、ちゃんと気持ちがこもっていて、料理をしている最中のしずえさんも楽しそうで、僕はその姿が料理以上にとても好きなのだ。
幸彦さんは手帳になにかを書き留めながら時々紅茶を飲み、一旦手を休めるとそして僕の方を見てばちっと目が合うなり笑いかけてきた。僕はその度に目を逸らす。
しばらくしてご飯の支度が整うとほぼ同時に玄関の扉が開く音がした。そしてバタバタと走ってリビングに入ってくると、それがすぐにフユだとわかった。僕はふうと安心したように息を吐いた。
「ハルっ」
息を切らして僕の顔を覗き込むその顔は、いつものすましたような顔ではなく、子供っぽさの見える僕の好きな顔だった。僕のだらしない腕を取ってフユは汗を流しながら言った。
「熱は?」「もうだいぶ下がったよ」「よかった…風呂で寝ちゃった後なのに、髪乾かさないで寝るから」「寒かったんだもん」
フユのおせっかいはいつもお母さんが二人いるみたいで少しむず痒いけれど、こうやって僕を心配しているのを見るのは少し嬉しかったりする。僕はまた少し安心してフユの顔を見ながら微笑んだ。フユもなんだか一息つけたようだった。
「フユ、久々に見る兄はどうでもいいの?」「さっき会った」「あらそうかい」幸彦さんはほぼ相手にされないようだった。
「フユ、先に手洗って着替えてきて」
しずえさんが声をかけると、フユは僕から離れるのを一瞬躊躇いながらも、僕が視線を送るのを見てからするりと絡まっていた指を解いて洗面所へ向かった。
「いつ見ても、引くくらいハルにゾッコンだね」
「あんな露骨なの時々だよ。いつもは逆なんだけど、僕の方がフユ好きなのにこういう時だけ僕の百倍くらいフユは愛情見せてくるから…」
「はい、惚気はいいからさ」
幸彦さんはカップを手にして立ち上がると、キッチンの方へ歩いて行った。と思ったら、顔をのぞかせて「もうご飯できるみたいだけど、食べれる?」と優しい顔で聞いた。僕は少しなら、と答えておいた。




