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時刻は二十二時を回っていた。小学生の頃は「早く寝ないと成長に影響するのよ」とのことでしずえさんに早く寝かされていたが、中学に上がるとあまりクチクチ言われることもなく、もう少し遅くまで起きることもあった。
今日は久々に遊んだ事もあり少し疲れていて、フユがまだ長風呂している間に僕は一人ベッドに入っていた。
僕が小さい頃、「フユとじゃないと寝られない」とごねたお陰で、一人ずつ分けるはずだった部屋を寝室と私室に分け、寝室はダブルベッドを置き二人並んで寝ることになり数年。もう既に一人で寝られるのに今更な気持ちもありずっと二人で寝ている。
中学に上がると段々と身長も伸び、以前は大きかったベッドもぴったりサイズになりつつある。
蒸し暑い部屋の窓を開け、夜のひんやりした風を部屋に招き入れる。今夜は満月だった。
「ハル、もう寝るの」
ドアの開く音と同時にフユの声が聞こえた。振り返ると歯ブラシをくわえたままのフユがこちらに歩いてくるのが見えた。そしてそのままベッドに座る。
「今日、疲れちゃって」
「ん」
フユはしゃこしゃこと隣で歯を磨いている。僕は夜で暗い空を眺めながら、まだ転校生のことを考えていたのだった。
「…ねえフユ、やっぱ僕、夜永くんに嫌われてるのかなあ?!」
「えっまだそれ考えてたの」
フユはぴくっと反応するも、やはり冷めたような顔で僕を見てきた。まあ未だにそんなこと考えてるとは思ってなかっただろう。
「会ったことあるかなあとか、幼稚園で一緒だったかなあとか考えても全然わかんないんだ。だって一日目だよ!一日で嫌うはずがないじゃん」
「だから、あの人にとってハルが苦手なタイプだっただけだよ。会ったことないのはこっちも同じだし」
フユは洗面所に行くと言って立ち上がったが、僕も付いていくことにした。
「そういえば、ナツキが泊まりに来るって言ったの小学生以来だね」
「中学上がってクラス離れたのもあるんじゃない」
タオルで口元を拭くフユは、次に手にドライヤーを持っていた。スイッチを入れると、ブワっと暖かい風が僕まで届く。少し暑い。
「でもナツキと離れるとは思わなかったね、四年も一緒だったのに」
「ハルと一緒になれた方が奇跡なんじゃない?」
「嬉しいねフユ」
僕がニマニマしていると、フユは何も言わずに乾いていない僕の髪もドライヤーで乾かし始めた。
僕より少しだけ背の低いフユは、僕の長い髪に手を通しながら優しく風を当ててくれる。風になびく髪は、なんだかやっぱり女の子みたいで、これではフユに優しくされているようで、少し恥ずかしい。長年一緒に暮らして、過ごしていても、フユはどこかいつも僕よりカッコいいのだ。
「……髪、伸びたね」
「丁度ね、切ろうか迷ってたの」
フユの手は僕の髪をさらりとすり抜け、そのまま優しく僕の頭を撫でた。僕はそれに甘えた。
「……切るときは、俺が切るよ」
ああ、まただ。またこの顔。
フユは時々、僕の髪を見てはこう言うのだった。いつも眼鏡越しにしか見えない目が、僕の顔を真っ直ぐに見て、僕の心まで掴んでしまう。
僕はこの冷めたような、それでいて不思議と燃えるような目がとても怖くて、好きなのだ。
「………知ってるよ」
僕は彼に甘えた。頰を撫でていた彼の手に手を重ねて、僕はゆっくりと目を閉じていた。




