別つ家族と悲しむ彼女
水流崎家 美鈴宅
「…不味いわね…看病できる人間を帰してしまった…かと言って姉さんを呼ぶ訳には…」
呼び鈴がけたましく鳴り響く。
近所迷惑かと思うほどに大きな音、風邪を引いている今は更にうるさく感じる。
美鈴はゆらり、ゆらりと起き上がり、インターホンの画面を見る。
熱やだるさなど何処へやら。…美鈴はドアへと向かい、急ぎ鍵を開けた。
「…姉さん。お久しぶりです」
「貴方の愛しの御幸お姉さんだよ〜」
「…今丁度、貴方だけは看病に呼ぶまいと思っていた所ですよ」
「え〜、なんで〜?心配して会社飛び出して来ちゃったんだよ?」
「仕事してください。貴方が仕事してくれないと私ここに住めないんです」
「まあまあ。今は特別大きなイベントも無いし大丈夫だって。…皆に売った恩はこういう時に回収するものよ」
彼女は、美鈴の姉。水流崎三姉妹長女の水流崎 御幸。
自身で立ち上げた会社を高校から経営している。
各部署に分割させ、人材派遣を行う特殊な会社だ。なんでもできるだけの人材を揃え派遣する…と言うモットーのもと今や日本で知らない者はいない程有名な会社となっている。
「…所で、誰から聞いたんです?風邪だって…」
「なるちゃん」
「…鳴海…誰の味方よ…」
「なんかね。なるちゃんに取り付けた盗聴器から聞こえたんだけど…」
「待って、今何かすごく物騒なワードが聞こえたんだけど…」
「………それでね」
「スルー!」
「その不知火君…面倒、ぬいぬい君でいいわ。ぬいぬい君を全力で邪魔する…的な話をしてたわよ。あのババァと」
「…っ!私だけに留まらず彼にまで⁉︎」
「…きっと、過去のアレね。いつまでも過去に囚われるなんて。器と尻の小さい見窄らしい年増女ね。良くあの尻で三人も産めたわ」
「あの人の腰が安産型かどうかなんて聞いてないの。…どうしましょう。…彼は…うちの人間とは関係ないのに…」
御幸は、慌てふためく美鈴を抱き寄せその胸に留める。
「…大丈夫。…手はもう打ってある。…お姉さんに任せて、病人は寝てなさいな。…心配して食べ物や飲み物まで買ってくれるなんて…良い子じゃない」
翌日、補習授業。見事おバカな俺は補習となった。
ただでさえ憂鬱なのに、俺は目の前に広がる光景に絶句した。
「……なんだ…こりゃ」
『不知火 省吾は水流崎 美鈴を脅迫している』
『強姦もしている。証拠写真も存在する』
『死すべし、不知火 省吾』
さまざまな罵詈雑言、合成写真を貼った張り紙が、廊下中に貼られていた。
「省ちゃん!」
「省吾!」
焦った様子で、幼馴染の二人組が走って来る。
良行に引っ張られ、息を荒げながら緑が付いて来たようだ。
「お、おぉ…良行…緑。お前らも補習か?」
「私は図書館で…」
「俺は補習。…つーかなんだよこの張り紙!嫌に手が込んでるな…」
「言っとくが俺は脅迫なんざしてない。それに強姦なんてした事無いし、そもそも俺は言いたかないが…」
「あぁあぁ!お前が童貞なのは嫌ってほど解ってる!」
「言わないでおいたのに!」
「…誰かな、こんなことしたの」
緑の目がマジだ。…やばい。犯人がこいつに知れたら何するかわからん…!
俺達はとりあえず、張り紙を剥がす事にした。
すると、担任の教師が大きな足音を立てて階段を登って来ていた。
「おい、不知火。こりゃどう言うことだ」
「先生!」
「…お前がこんなことするなんてなぁ」
「先生!省ちゃ…不知火君はそんな事しません!」
「緑…」
「しかしなぁ…この写真が出回っていては…」
「…良いですか先生。この肩幅と、不知火君の肩幅はサイズが一致しません!それに、この刺青!彼の体にはありません!刺青を消すには相当の跡が残る!これはコラージュ画像です!嘘なんですよ先生!」
「し、しかしだな…学校中でこれが貼られている…」
「先生が生徒を信じないでどうするんですか!」
「…む、むぅ…わかった。…信じよう。他の先生にも言っておく。君達今日は帰りなさい」
「ほ、補習は?」
「特別だぞ」
「「やったぜ!」」
カフェ
「しっかし、ひでぇもんだな。…省吾ごときがあの水流崎に脅しだ強姦だ…出来るわけねーだろ。バカが」
「…大丈夫だよ、省ちゃん。そんな事した犯人は私が見つけるから。……絶…す…」
「い、今なんて?」
「ううん!何でもない!」
何か物騒なワードが出てきた様な。
…しかし、タイムリーすぎて犯人の特定が容易につく。
もう、あいつしかいないだろと。見当しかつかなかった。
水流崎鳴海…マジでヤバイ奴だぞあいつ。…次は何しでかすか…。
けど、今下手に動けば今度は何をされるかわかったもんじゃない。問い質すのは今じゃない。
「こりゃ警察案件じゃないか」
「…民事不介入。いて欲しい時にいないのが警察だ」
「…そう、だよな」
良行…なんでお前が露骨に悲しそうな顔をするんだ。
俺は、罪悪感から、飲んでいたオレンジジュースを飲み干した。
「…悪い、一回帰る。頭整理したい。…悪いな、つき合わせちゃって」
「謝るな。俺らは好きでやってんだよ。次謝ったら握り潰すからな」
「握り潰すの流行ってんの⁉︎」
不知火家自宅
家で一度安堵したところで、汗ばんだ制服を脱ぎ捨て汗を流した。
RAINを確認。連絡は無し。しかし、こっちには用がある。
『具合どうだ』
『美鈴:割と良くなったわ。ありがとう』
『美鈴に言っても仕方が無いとは思うが…こんな張り紙があった。…心当たり無いか?』
『その件なのだけど…その、色々あるの。…手間を掛けさせる様で悪いけど、もう一度うちに来てくれる?しっかり話すわ』
『了解』
「…さ、行きますか」
美鈴の家に来るのは2度目か。
インターホンを鳴らすと、足音が聞こえる。
しかし、聞き慣れない足音。
ドアが音を立てて開くと、そこには超美人がいた。
超美人は、俺を見てはすぐに抱き着いた。…アメリカン挨拶。
俺の顔がその胸に包まれる。うん、心地よい窒息。気を失いそう。
「待ってたよ少年!」
「美人なお姉さん。…どちら様です?」
「ん?ああ、どうやら君の目玉は正常なようだ。見たとおり美人のお姉さんだよ。…ま、入って入って〜」
「…お邪魔します」
美鈴の部屋にいる…って事は、知り合いだよな。
…まさか姉妹?…3姉妹か…ありそうだな。
「…姉さん、別に私が出るから良いって言ったのに…」
「まぁまぁ、良いじゃないの。あ、座って座って」
「はい…」
言われるがまま、正座してしまう。
美鈴を寝かせたまま、女性も正座した。
「…さて、まずは…妹が大変ご迷惑をお掛けしました」
いきなりの土下座。綺麗な三本指。
そして地面に擦り付けられた額…。
こんな綺麗な土下座…見た事が無い…ぜひ見習いた…じゃなかった。
「あ、頭を上げてください。…そもそも迷惑ってどういう意味ですか」
「…今日、学校に張り紙があったと思う。…あれ、うちの妹…鳴海がした事なの」
「……やっぱり」
「今はうちの者に剥がさせているわ。なるちゃんが抜けている子で良かった」
「…あ、あの…」
「姉さん、挨拶忘れてる」
「あ、そうだった。水流崎 御幸!22歳独身!企業の代表取締役と言うのをやっています!」
名刺を、人生で初めて受け取った。
…水流崎派遣…派遣会社か?「お困り事、なんでも解決いたします!出来る限り!」とプラスなのかマイナスなのかわからない思考のキャッチフレーズが書いてある。
「…お前の姉さんすごい人なんだな…」
「ただ頭が良いだけよ。中身は割と残念…」
「酷いなぁ。…今回の件、訴えてくれても良いんだよ。私は第三者として協力する」
「…いえ、訴えた所で次に何をしてくるか分かった物じゃない。…状況を、説明してください」
「…分かった。…まずは…」
水流崎家
「…ただいま戻りました」
帰宅した鳴海を待っていたのは、明らかに激怒した表情の母、鈴葉だった。
「…お母様…」
「これは何?」
鳴海の目の前に突き出されたのは、一枚のA4コピー紙。鳴海が擦った物だ。
鳴海の顔が一気に青ざめる。一番バレてはいけない人間にバレてしまった。
背筋が凍り、冷や汗が顔中を伝い落ちる。
暑さのせいでは無い。そう確信した鳴海は、その場に立ち尽くすしかなかった。
「…誰が相手の方を邪魔しろと言ったのよ!私はあの「魔女」を邪魔しろと言ったの!そんなこともわからないの⁉︎」
「ごめ…なさい…ごめんなさい…」
「貴方は昔から何も出来ないで!鈍臭くて、役立たず!」
ヒステリックになった母親は、誰も止められない。…こうなった彼女は、最早怪物だ。
何をするかわからない。…しかし、鳴海は蛇に睨まれた蛙の如く、動く事は出来ない」
「こんなっ!」
近くにあった傘、それを取り出して。
「事すら!」
鳴海に一撃。鳴海はその場に座り込む。
「解らないなんて!役立たず!お前もあの不出来な娘達みたいに私を裏切るのかっ!」
ただ、耐えるしかない。…誰にも助けてもらえない、この絶望的な状況を。
鳴海は、怪物の暴力が止むまで、泣く事すらしなかった。