過去の俺と過酷な彼女
一瞬だ。たった一瞬で、部屋の空気が一気に冷たくなった。
やっぱりこれはカミングアウトすべきじゃなかったかな…。
「俺の能力は…多分だけど、性的に興奮すると運動能力や勘とかが上昇するんだ」
「…もしかして、その性的な興奮って…」
「そう、罵られたり蹴られたり…まあドMな俺が喜ぶ事で発動条件を満たす…らしい」
…この能力に目覚めたのは、中学校の頃だった。
まあ多感なお年頃で…そう、所謂中二病と言われる物にかかっていた頃だ。
俺は、友だちと「それ」っぽい会話をしていたワケで。
「…ふふっ、聞いたか「閃風刃」
当然変な二つ名…というかあだ名が付く。俺の場合は「閃風刃」。
脚が早くて、クラス中でも一番早いことからこの名が付いた。
正直雷属性のほうが個人的に好きだから、不服ではある。
「なんだ、「獄炎帝」」
「最近、噂になっているらしいが…聞かないのか?」
「フフッ…俗人の噂話など、興味ないな」
「そうか、だが気をつけろよ。お前も狙われるかもしれない」
「何?」
「…「凍氷将」がやられた」
「何ッ!?あの「凍氷将」が!?」
「どうやら、集団で襲われたらしい。気を付けるんだな」
「…忠告感謝する」
思い出すだけで恥ずかしいが、俺は帰り道…不良グループに会ってしまった。
女の子が、五人ほどに囲まれている。いわばナンパだ。
…俺には特殊な力があって、この不良どもを片付けられる。
そう思っていた。というか、実際にあった。
だが、現実は非常で…。当然木刀で殴られる。
…その時だった。俺はその体の底から力があふれるのが解った。
なんだか、その時は本当にやれる気がした。
…そして、俺はついにやってしまった。
俺の周りには、死んでいるのか気絶しているのか解らない不良グループが倒れていた。
女の子は頭から血をだらだら流している俺に恐怖したのか逃げ去ってしまった。
すぐさま、後日その噂は流れ始め…恐怖してか、かつての友達も俺から離れていった。
「怖い」
「近寄らない方がいい」
「不良」
様々な罵詈雑言が俺の体を突き刺す。
だが、不思議と傷付かなかった。否、体が、心が傷付く事を恐れて…。
痛みを、無理やり快感へと…性的興奮へと変換していたのだ。
俺はクラスで独立、不登校気味になってしまった。
「…もしかして、俺は本当に能力があるんじゃないか」
そんなワケが無い、か。そんな非現実な事が起こる訳が無いじゃないか。
自分自身に言い聞かせて落ち着けていた。
「なんで、俺なんだろうな」
中二病だったのもあるかも知れないが、俺は今でもこう思う。
「神様がいるなら…呪い殺してやる」
天井に向けて、怪我をしているでも無いのに包帯を巻いた手を向ける。
今でも、実際そう思っている。
「…能力なんて、封印しちまったほうが良いんだよ。本当は」
「…それに関しては私も同感だわ」
「鳥だけが、羽ばたく羽の重さを知ってる。美鈴は、本当に立派な奴だよ」
「いえ、そんな大した人間じゃないわ。他人と違うことを嫌うだけの女子高生よ」
美鈴は、俺の頭を撫でながらそう言う。
「ぎゃぁあああっ!」
「えっ!?ど、どうしたの!?」
「俺は、俺は…優しくされると辛いんだぁぁぁ!ぐぁぁあああ!」
「お兄ちゃん!どうしたの!?」
慌てた様子で、部屋の扉を開けるとTシャツにハーフパンツを履いた少女が現れる。
こいつは不知火 涼女。俺の妹だ。
「お、おぉ…涼女…。お兄ちゃんに水を…最後に水をくれ…」
「嫌だよ!そのまま死んでよお兄ちゃん!」
「ありがとうございますっ!!」
俺はエビ反りになって吹っ飛ぶ。なんだろうこの光景は。
動画に撮ってアップしたらすごい再生数になるだろう。
「危ない、死ぬ所だった…ありがとう妹よ」
「良いって、私にできるのはこれくらいだから」
「…なんだか、素敵な関係の兄妹ね」
「仲が良いって良く言われるんだ」
「そ、そう。…あ、もうこんな時間。帰らなきゃ…」
「送ってくか?」
「良いわ、家近いから」
「…んじゃ、また明日な美鈴」
「えぇ、また明日」
その美鈴の表情は、少し笑顔になっていた。