得意な俺と特異な彼女
「うぉぉ…緊張してきたぁ…」
不知火 省吾、17歳(童貞 ドM)。
本日初めての女友達と…で、ででで…デートでございます。
「…暑い」
十分以上前に着いてしまった。
これはマズいのでは無いだろうか。
やっぱ俺って童貞だ。そう思う。漫画とかでよくある
「ごめ~ん、遅れちゃったぁ~待った?」
「いや、今来た所さ、マイハニー」
…というテンプレをやれるかとか一瞬思ったが、水流崎の事だ。
きっともうそろそろ着いて…。
そう思っていると、携帯の通知音とバイブが聞こえる。
この通知音は…水流崎だ。
遅れるのかな…。と思い通知内容を見ると『水流崎 美鈴:今どの辺にいるの?』と表示されていた。
俺はすぐさまロックを解除、集合場所である噴水前にいる事を知らせる。
この噴水は、集合場所の名所だ。ハチ公前くらい。
もしや、と思い噴水の裏側に行くと、やけに目立つ美少女が一人。
そわそわして、目線が泳いでいるので良く目立つ。
あれが学園一の美少女の取る態度では無い。
「おーい、水流崎ー」
「っ!お、遅いじゃない。何してたのよ…」
「…集合場所の真反対にいたみたいだな」
「そ、そうなの?じゃあ…行きましょうか」
「お、おう」
とは言った物の、特に何かルートを決めている訳では無く…。
初デートでそんな立派なことができるわけ無いじゃないか。
「…あ、不知火君」
「省吾で良い…ってのは、ちょっと馴れ馴れしいか」
「私達は秘密を共有してるの。今更馴れ馴れしいも何も無いわ。私も、美鈴でいいわ」
いきなり、大したデレだな…。
「そ、そうか。じゃあ…美鈴。なんで俺、今日呼ばれたんだ?」
「鈍感なのね、これからについてよ」
そうか、と素っ気無い返事をし、俺は別の事に対して悩んでいた。
そう、水流さ…美鈴についてだ。服が…その、高校生とは思えない豊満なバストを強調していて…正直目のやり場に困っている。
今更隠す必要は無いのだが、童貞丸出しである。
そして、周囲の目線が痛い。…仕方ないよね、こんな奴と美少女が歩いてんだもん。
美鈴が罰ゲームで俺連れまわしてる様にしか見えねえよ…。
「…省吾君、どうかした?」
「い、い、いや?べ、別になんでもねえよ?」
「そう?じゃああそこのカフェにでも入りましょ」
「お、おう…」
少しはかっこいい所を見せなければ…そう思った俺であった。
お洒落で、ドラマにでも出てきそうな喫茶店だった。
洗っている食器が鳴る音、少々煙る煙草の煙。
綺麗なステンドグラスの電灯に上で回っている巨大なファン。
理想の喫茶店と言うのはこういう物だろう。
そんな時だ、腹の虫が空腹を訴える声が聞こえる。
「…まさか美鈴、お前飯まだなのか…?」
「で、出かけ先で食べられればと思って…」
珍しく…というか、昨日見たが、美鈴が顔を真っ赤にしている。
ただ、本当に恥ずかしいらしい。
「いらっしゃいませ、ようこそ」
お冷とお絞りが渡される。タオル生地のちょっと良い奴だ。
「こちらメニューになります、お決まりでしたらそちらのボタンでお呼びください」
丁寧な対応で、お辞儀すると店員の女性はカウンターに向かっていった。
とりあえずメニューを開き、アイスコーヒーとナポリタンを頼む事にした。
別に格好付けてる訳では無く、普通にコーヒーが好きなだけだ。
「…じゃあ、私はこれとこれ。ボタン、押すわよ」
「どうぞ?」
「何かしら…」
「いや、押してくれ」
美鈴は存外子供っぽい一面もあるらしい。
ボタンを押すと音が鳴るのは、楽しいものな。
不服そうにボタンを押すと、先ほどの女性店員が来た。
「アイスコーヒーとナポリタン、アイスティーとサンドイッチ…でいいのか?」
「えぇ、以上でお願いします」
「っ…!は、はい。少々お待ちください」
あ、やられたな…顔ちょっと赤いよお姉さん。
美鈴の能力は女性にも効果があるのか…本人は気付いてないみたいだけど。
黙っておこうか、言うべきか…。
「…さて、今後についてだけど…どうするべきかしら」
俺の思考をさえぎる様に会話を続け、美鈴は顔の前で手を組んでロボットアニメの総司令官の様なポーズをしている。
「能力についてか?」
「えぇ、こういう訳だから我慢しろ…なんて言えないわよ普通」
「だから俺が護る、そう言う約束じゃなかったか?」
「えぇ、そう。けど貴方を一ひねりできる様な人が現れたらどうするつもり?」
確かにそうだ、昔から大親友、真田の家が武道家で、習っていたが…齧った程度。
急に格闘技に人生を展開しても仕方が無いし…。
「…あまり言わない方が良いと思うし…外であまり喋らない方が良いんじゃ無いかしら」
「それが、多分一番の最善策だろうな。でも多分一番最悪な方法でもある」
「どういう意味?」
「俺もさ、なんかこう…お前に飛び付く不当な輩をちぎっては投げちぎっては投げ…できれば良いんだが、そういう訳にもいかない」
「そうね、貴方ガタイは良いけど…」
「そしたらさ、逃げようぜ」
かっこ悪いよなぁ…護るとか言っといてこれなんて…。
「それも良いかもね。逃げるのは得意よ、私」
「でも、喋ることからは逃げるな。その為に俺がいる」
「…省吾君、今私初めて貴方が格好良く見えたわ…」
そうでしょうね…そりゃもう初対面…でもないか。そんな人間に土下座して踏めだの罵れだの…。
そんな奴がかっこよく見えたら、美鈴は恐らく眼球自体を変えなくちゃだろうな…。
「とにかく、だ。お前は気にせず、生きたい様に生きれば良い」
「どんな能力を持っていても?」
「お前が何をどうしていようと、だ。人はそれを実行する権利がある」
「お待たせしましたー」
間を裂く様に、料理が届く。そういえばさっきから良いにおいがしていた。
本当に喫茶店だろうか。ナポリタンの出来がすばらしい。
「うっし、じゃあ食おうぜ。冷める前にさ」
美鈴は少し微笑んで頷くと、口を小さく開いてサンドイッチを一口食べる。
…ち、小さいんだな。なんかこう…謎のエロスが…。
「あ、美味しいわね。このサンドイッチ。とても喫茶店の物とは思えないわ」
「お、お、おう。こ、このナポリタンも美味いな…あはは…」
小口で食べる美鈴のエロさに耐えつつなんとか、食い終わった。
関係のない雑談をする。流石にコーヒーだけじゃ時間は潰せないので店を出る事にした。
「俺持つよ」
「良いわよ、割り勘で。そういうのあまり好きじゃないの」
あ、天使だ。天使がいる。
美鈴も現代女子。もしかしたら全部出せとか言われる…そう思ったのだが。
恐らく現代に舞い降りた救世主だろう。
ここで「割り勘?全部出してくれないのかしら、気の利かない豚野郎ね」とでも言ってくれれば昇天できるのだが自重しよう。
結局割り勘と言う事態になってしまって、少々惜しいようなうれしい様な。
「私、このあたりをあまり知らないのよね。案内してくれるかしら」
店を出ると、唐突に頼んでくる。
「へ?あぁ、良いぜ。生まれも育ちもこの街の俺に任せろって」
出来る事は極力する。そういう約束だ。
そんな事言わなくても、しろと頼まれたらするけどな。
…駅の周辺だけで、色々ある。子供の頃、親に良く連れ歩かれたんだ。
「まずはここだな」
「ふれあい…動物園?」
「いかにも、ここには哺乳類から爬虫類までの生物が出揃っているんだ!」
「ずいぶんと範囲が広いのね。哺乳類ってまさか水棲動物とか言わないでしょうね」
「いや?犬猫ハムスターとか、メキシコサラマンダーとか」
「めき…へ?メキシコ?」
訳がわからない、そんな顔をしている美鈴は少しだけ、ここにいる急に抱き上げられた猫と似ている
少々、小動物をかわいいと愛でる気持ちを持って俺は動物園に入る事にした。
「ね、ねえ。メキシコサラマンダーってなんなの?私大きなトカゲは苦手よ!?」
「はっはっは、お前も良く知ってる。ほら、犬だぞ」
犬のコーナーに入ると、柴犬が美鈴の元に尻尾を振りながら近付く。
美鈴は、肩をぷるぷると震わせて地面にしゃがんだ。
「だ、大丈夫か?美す…」
「か、っわいいっぃぃいいいっ!!やだ何この犬、可愛いわぁ!」
ギャップ萌えってのがあるだろう?ああいうのを今目の前にしているのだが…。
これは、少々違うかもしれない。なんだか美鈴のイメージが若干崩れた…と言うべきだが。
これはこれで、違う所を見つけられてプラスかも知れない。
「もっふもっふ~」
…駄々崩れである。
気付けば二人とも犬に囲まれて、周りの親子に鋭い目線で見られている。
すいません、皆様。うちの子がご迷惑おかけします…。
「し、幸せよ。私今幸せ!」
「そ、そうか…良かったな」
「ほ、他には…猫、猫行こう」
猫と聞いたとたん、美鈴は静かに目を輝かせて口角が上がる。
好きなんだな、動物。
「猫…いいなぁ…あのツンとした態度…あ、おいでおいで。…行っちゃったか」
「私の所来ないわ…嫌われてるのかしら…」
「いや、違うぞ美鈴。俺はこれで喜ぶ事ができる。逆に考えるんだ。放置されちゃってもいいさってね」
「それで喜べるのは貴方だけよ…」
「ははは、その蔑む視線さえ俺にはご褒美だと知らずに…」
こうして見ると、特殊能力があるなんて思えない程…普通の女の子なのにな」
動物園は、存外楽しかったらしい。
色々巡り、最後にたどり着いた先は大型のショッピングモールだった。
なんだかんだ言って、最後にはここにくるんだな。
「こんな所があったのね…」
「知らなかったか?ここ色々店があんだぜ」
「知らなかったわ…」
「普段外って出ないのか?」
聞くと、美鈴は答えずに俯いてしまった。
答えは聞かずとも…だな。既に答えたような物だ。
「まあ良いさ、ショッピングを楽しむとしよう」
「そ、そうね」
「あれぇ?水流崎じゃん」
「何してんの?彼氏?」
女子の声だ。声だけで三人いる事が解った。
「ん、知り合いか?」
「えぇ、まあ…そうなるわね」
「ひっどいなぁ…ウチら友達っしょ?」
「そうそう、中学の時良く遊んだじゃぁん」
「忘れちゃったワケ?」
どこかで聞いた事のある様な台詞をゾロゾロと…本当に友達かこいつら。
髪なんて明らかに染めていて、プリンの様になっている。
その上ピアスをジャラジャラ付けて…化粧も濃い。
…とてもじゃないが、美鈴が付き合っていた中の良いお友達と言うのは信じられない。
それと、何より、声が汚らしい。こんな声で罵られてもなんも嬉しくない…。
「…今、私彼とデートしてるの。貴方達とはもう付き合いは無い。解るわね」
こんな美鈴の声は始めて聞いた。怒りを含んだ声だ。
あんまり、綺麗な声じゃない。
「な、なああんたら。もしかして…いじめっ子…とか、ねえよな」
「な、なんなのさあんた。彼氏?」
「まあそんな所だ。んで、あんたらこそなんなんだ」
「だから、友達だって」
「嘘を付くなよ」
真夏日の昼間だと言うのに、空気が冷えた感じがした。
いや、まあ俺のせいなんだが…。
「目を見ろよ、俺の目を。嘘じゃないならな」
「な、なんなの!?キモッ」
反応しない。美鈴の時はあんなにしていたのに…今はピクリとも来ない。
やっぱりな、お前らの声じゃ…何も嬉しくなんかねえ。
「帰れ。俺は我慢強いが、友達気取ってストレス発散する奴は許せない」
気分が悪い。だが、これだけは言わなくちゃいけない気がする。
そうしなければ、俺はきっと後悔する。美鈴のためとか、自分勝手かと思っている。
ならば、自分勝手を貫き通させてもらう…二度と美鈴に近付かせない為に…。
「いじめるなら、俺を苛めろ!踏め!罵れ!」
「ほ、本当なんなんだよアンタ!気持ち悪い」
「い、行こ!!」
「う、うん」
女子三人組は、走ってその場を逃げ去った。
隣の美鈴を見ようと首を曲げかけた所で、思い切り俺の耳たぶが引っ張られた。
「あだだだだっ!あっ…でも…」
「何公衆の面前でドM発言しているのよ…バカ」
「ありがとうござ、あだだだっ!」
「…良いわ、帰りましょ」
なんだか、怒らせてしまっただろうか。
帰りの電車の中で、ずっと難しい顔をしていた。
いや、まあ怒って八つ当たりしてくれても俺は嬉しいからいいんだけど…。
あんまり良くない事には気付いていた。
「…なぁ美鈴」
「何?」
「…悪かった」
「スッキリしたわ。…彼女達、あらぬ噂を流して私に居場所を無くしてくれた良い人たちよ」
「そうか、ゴミ女じゃねえか。…もし、またあんな奴らが現れたら…俺が居場所になる」
「しょ、省吾君」
「俺が椅子になれば、それはお前の居場所だなっ!」
「全部台無しよこのおバカ!」
「あはぁんっ!!」
俺は、多分ドMを一生治せないだろう。