ドMな僕と特殊な彼女
「踏んでくださいッ!罵ってくださいッ!」
俺、普通の男子高校生こと「不知火 省吾」が何故こんな事を言いながら、学園一の美少女「水流崎 美鈴」に土下座しているか。
それは数十分前に遡る。それは夏の暑い午前だった。
夏休みももう目の前。そんな学生達の心を折りにかかったのは教師からの大量の課題であった。
当然やる気と共に「今そんな事言わなくても良いだろう」と言う生徒の視線が教師を突き刺す。
しかし…だ。教師はそんな視線もお構いなしに特有のドヤ顔をかまして課題を配る。
授業終わりのチャイムが鳴り、生徒は課題の件など無かった様にはしゃぎ、帰宅を始める。
しかし、俺の視線の向かう先は…そう、彼女。「水流崎 美鈴」だ。
学年一…いや、学園一と呼んでいい程の美人。
美人過ぎて街中を歩けばキラキラとしたオーラで気がつくし、そりゃもう目立つ。
俺は密かに彼女に想いを寄せている。
あれだけ綺麗な女子はそうそういないし、美少女、否、美人や美女を見て「健全」な男子高校生があこがれない訳が無い。
俺は、未だ想いを告白できないままでいる。このヘタレめ…と自分で自分を卑下しても何も始まらない。
そして事の発端は、これである。
小学校からの悪友、「真田 良行」と幼馴染、「春咲 緑」の帰宅途中だ。
「あ、やっべ。俺教室に忘れ物した。ちっと取って来るわ!」
「お?また忘れ物かよぉ。多いなお前。アルツハイマーじゃねえの?」
「もー、省ちゃんしっかりしてよ?」
「悪い悪い、先帰っててくれ」
友人と幼馴染を置いて、俺は教室に戻る。
ドアを開けると、美声が聞こえた。
入道雲が太陽を隠し、薄暗い教室に吹く風が美声を運ぶ。
オペラ歌手…程ではないが、良くたとえられる「聞いているだけで癒される女神の様な美声」だ。
歌に疎い俺でも、それくらいは解る。
生物としての勘が「安心」させている。
英語だろうか、間違いなく日本語で無い事は確かだ。
俺の聞いた歌の発信源は、間違いなく「彼女」だ。
そう…学園一の美少女、「水流崎 美鈴」だ。
彼女も俺に気付いたのか、驚いた様に振り向く。
俺はとりあえず…拍手するしか無かった。
「聞いて…いたの?」
歌と同じトーンの、やさしい声が俺を貫く。
「あ、俺は忘れ物を取りに来ただけだ。別に盗み聞きしてたとか、そんなんじゃないぞ」
「…お願いっ!」
彼女は俺に近付くと、綺麗に斜め45度で頭を下げた。
「この事は誰にも言わないで。言わないでくれたらどんな事でもする。貴方の好きな事なんでもしてあげる」
「…なん…でも…だとっ!?」
美少女に…しかも憧れの水流崎 美鈴に何でもすると言われた。
様々な姿が目に浮かぶ。
机の上で制服を半脱ぎで肌蹴させたなんともエロティックな水流崎。
そりゃもう男の子とあらばいろいろさせたい事もある。
…そうだ、付き合ってくれと言えば良いじゃないか。いや、でもそれじゃあなんだか脅しているみたいじゃないか…。
「な、なあ。水流崎。なんでお前…秘密にしたいんだ?」
「…言わなきゃ…駄目かしら」
「…なんでもするんじゃなかったのか」
少々卑怯だが…どうしても気になった。知ったからどうとか言う訳では無く、単なる興味本位だ。
「…私、特殊な力があるの」
「力?」
「えぇ、私が喋ると、皆私に性的欲求をぶつけたくなるらしくて…」
「…えーっと、早い話襲いたくなる…そういう訳か?」
「魅了する声が私の能力だと思うのだけど、私はこんな物欲しくない」
…だからいつも、学校ではあまり喋らなかった…いや、喋れなかったのか。
納得が行く…が。不審な点がひとつ。
なんで俺はなんともなかったんだ?俺も思春期の男子だ。それなりに欲求だってある。
「なぁ。なんで俺は利かないんだ。今俺も水流崎の歌を聴いたはずだぞ」
「確かに、なんで貴方は無事なのかしら」
「…俺の性欲が能力を上回った…とか?」
「そんな「バカ」な…」
ぞくっ。俺の脊髄が冷たくなった様な感覚と、心臓が激しく跳ね上がる音が聞こえる様だった。
な、なんなんだ今の…。
「えーっと…大丈夫?」
「あぁ、だ、大丈夫だ。…あ、俺は不知火だ」
「え、えぇ。よろしく…不思議ね…なんだか嘘みたいな話よね」
水流崎は考えながら、指の腹を甘噛みする。
あ。まただ。またあの感覚…。
こんな綺麗な声で…「あんな」ことを言われたら…。
「ん、どうしたの?不知火くん」
「…つ、水流崎。なんでもしてくれるんだったよな」
「え、えぇ。私のできる範囲なら…」
水流崎がこんな俺にでさえ、なんでもすると言う覚悟で頼んだんだ。
その気持ち…男として。否、人として…無碍にするわけには行かないだろう…。
「…なら、今から俺が言う二つの事を…秘密にして、それを全部「はい」と答えてくれ」
「わ、解ったわ」
そして俺は…一世一代の覚悟と共に…言葉を吐いたのだった。
「俺は恐らくMだ。…そして水流崎、俺を踏んでくれッ!罵ってくれ!!」
そして今に至る。出された結論は…死んだな、これは。
水流崎めっちゃ困った顔してるもん。どうしようこの変態。みたいな顔してるもん。
「ちょっとだ。ちょっとでいいんだ」
「…え、っと…。え?」
「戸惑う気持ちもわかる。だがこれは解ったんだ」
「な、何が解ったの?」
「俺は恐らく、水流崎みたいな綺麗な子に逆に襲われたい。そう心のどこかで思っているから能力が利かないのかも知れない!」
「ば、「バカ」なの貴方!?ちょ、ちょっと「気持ち悪いわ」…」
「うぉぉぉぉおおおおおお!!」
「ひゃっ、な、何なのよ!」
「…ってな訳だ。…俺は決めた」
「な、なな、何を?」
「俺は、お前を護る。お前の声に寄って来た奴からお前を護らせてくれ」
水流崎は、少し戸惑っていた。
自分からドMだと暴露し、踏んでくれ罵ってくれと言った男が、急に「お前を護る」だなんて少女マンガのイケメンよろしくな台詞を言っても困るだろう。
「…くすっ」
「へ?」
「…良いわ、私達は二人だけの秘密を持った。お互いにバラせないしバラされない…」
しりもちを付いた水流崎の生地の薄いスカートが日光を通し、黒いタイツの内側に隠されたトライアングルが…じゃない。
「へ?良いのか?」
「えぇ。秘密を共有してるの。けど、貴方も何かしてもらわないと…ね?」
「水流崎だけ何でもってのは不公平だ。俺もお前の望むことを極力する。これで良いか?」
「ふふっ、そうね。契約成立よ」
ひとまず、変態ドMの高校生と、能力を持った美少女のコンビが生まれた。
無料通話アプリ「RAIN」の連絡先を交換し、俺達はひとまず分かれた。
来週から夏休みだが…どうなるんだろうな。
「…能力、か」
俺は、自室で手を天井に伸ばした。
…無ければ、良い物。なんだよな…あんなもの。
伸ばした手で、右目を覆う。
左側だけが、宵闇に飲み込まれた部屋を見せ、右側は、完全な暗闇を見せられた。
「あー、悩んでもしょうがな…ん?」
ふと携帯を見ると、通知が来ていた。
『水流崎 美鈴:起きてるかしら』
と書かれた通知を、7分前に来ていたらしく。俺は大慌てでアプリを起動した。
『起きてる、どうかしたか?』
送ると、すぐに読んだ時に現れる「既読」が出現する。
数十秒後、かわいらしい兎のアイコンからセリフが出ている様に噴出しからメッセージが現れた。
『今度の土曜日、空いてるかしら』
『空いてる』
『そう、なら…』
その後すぐ、連なる様に表示される。
『どこかに出かけない?』
こ、これってまさか…で…デートのお誘いか…?