時代遅れの町
「すごい!?本当にまた小さくなったの?」
「ちょっ、やめてよ」
彼は私を引き離し、顔を背けてしまった。
嬉しすぎて抱き着いてしまったのはやりすぎか。
「ごめんなさい」
「いや、いいよ。そういうわけじゃないから」
そういう訳?どういうわけだろう。
「ほ、ほらあそこに行こう。普段僕がいるところに案内するよ」
早口にまくし立ててさっさと歩いて行ってしまう。
私も遅れずについて行った。
「すごいね、まさか本当にキスだけで小さくなれるなんて」
「別にキスじゃなくても良いんだけどね」
彼は昨日、帰りたくないと泣いてしまった私にまた小さくなれることを教えてくれた。その方法が彼の体液を飲むことだったわけだ。
最初は驚いたがそれでも、彼の体液を飲むかどうかよりも小さくなる方が私の中では重大だった。
それに彼ならいいかとも思えた。彼ほど安心する人間は他にいなかった。だから、私は良かったのだが、彼は嫌だったろう。後で謝らなくてはいけない。
「ここだよ」
彼が案内したのは大きな穴だった。けどこんなものは、元のサイズからしたら小さな穴だろう。手首までなら入るかどうかという感じだ。
「はいって」といって先導する。
「足下気をつけて」
「なんにも見えないね」
真っ暗な穴の中をしばらく歩いていると、やがて奥から光が見えてきた。
そして、そこから穴を抜けるのはすぐだった。
穴を抜けて広がる景色は、なんていうか自分が小さくなっていることを忘れてしまいそうなくらい、小さいものに溢れていた。
しかし本当にここが現実なのだろうか。まるで映画でも見ているように昔に来たみたいだ。
ビルの一軒もないし商店街は買い物客でやたらと騒々しい。建物にも現代を感じなかった。
「古いでしょ」と彼は言う。
「そりゃあ僕みたいな奴が外に出て、君たちの世界を見てからここに伝えてるからね。多少時代遅れなのはしょうがないんだよ」
「なんだか素敵だね」
「ん?」
「こういう感じ、好きだな」
「てっきり笑われるかと思ってたよ」そう言う彼の方が笑っていて、私までつられて笑ってしまった。
その日は1日その町を帰る時間まで歩いていた。
アイスキャンディーを一本10円で売っているおじさんがいるとは思わなかった。
穴を抜けて、図書館の庭へ出る。
彼はポッケからキイチゴの欠片をだした。「これ食べて」
食べる前に、言わなきゃ。
私はキイチゴを受け取って「あのね」という。
「あのね、私とキスするの……嫌だったよね……」
言ってて泣きそうになってしまったので勢い良く頭を下げて「ごめんなさい」と言ってごまかした。
それでも誤魔化しきれずに、下をむいているからか涙はどんどん溢れてきた。
「嫌じゃないよ」
「え?」
「嫌じゃない」
顔をあげて見えた彼の目は、とても真剣に見えた。
「僕は嬉しかった。君と、その……キスできて……」
「嘘。だってずっと目そらしてたじゃない」
「あれはさ、恥ずかしかったんだよ」
頬を赤くして、目を背ける。そんな彼が、たまらなく愛おしくなった。
「あの、じゃあさ!付き合わない?私たち」
「え!?」
「あ、いや!だってさ、付き合ってたらしても変に思わないでしょ?」そこでまた言いたくなって最後に「キス」と付け加えた。
彼は返事をしない。
しばらく無言で立ち尽くして、やっぱり嫌だったんだと思った時だった。
「いいよ」と、あまりに突然彼が言うから私には一瞬わからなくて「え?」と言ってしまった。
「だから、付き合おうって、僕たち」
返事だ。受け入れられたんだ。
その夜。私は部屋でずっと頬の緩みを抑えられずにいた。