キイチゴ
「キイチゴって知ってるかい?」
彼に案内されるままついて行くが本当にこっちでいいのだろうか。
もちろん色々と慣れている彼に従うのが一番いいのだろうけれど、なにぶん私には普段本の中でしか起こらないはずの事が実際に起こってしまっているわけだから。
「ねえ、聞いてる?」
突然彼が顔を近づけてきたもんだからびっくりした。
「聞いてなかったんだ」
その通り。笑ってごまかした。
フゥーと一息入れて「まあいいや。これ食べて、一口でいいから」と腰くらいまである大きなつぶつぶを指さしていった。
「えっと……これなに?」
「キイチゴだよ。ほら、時々なってるの見たことあるでしょ?」
「まあ、そりゃあるけど」
これがキイチゴ……。
大きすぎてなんだか別物に見える。少なくとも食べ物には見えなかった。
「これを食べたら……元に戻るの?」
「そうだよ。お母さんのところに戻りたいだろ?一口どうぞ」
…………。
なかなか食べようとしない私を見て、彼は背中に手を添えてくれた。「どうかしたの?」
「私、帰りたくない。このままここで、小さいままでいれば、学校にも家にも行かなくて済む。私、このままでいい」
「小さいままだと大変だよ。元のサイズの時と同じことをしようと思ったらあの時の倍以上の仕事をしなきゃいけない。それに、さっきのように襲われることもたくさんある。僕たちの生活は君たちが思っている以上に困難なんだ」
「それでもいい。それでも、戻りたくない」
ここまで喋ってようやく、自分が泣いていることに気がついた。
そうすると、思考に感覚が追いついて、顔中がベタベタになっていることに気がついた。
雨に濡れて地盤が緩み、地に這った根が耐えきれなくなったかのように涙が出てきて、私は、今まで我慢していたことに気がついた。
「わかった」ボソッと呟くと彼は私の頭を2回、子供をなだめる時のように優しくたたいた。「君にいいことを教えてあげよう」