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いったい...どうなってるんだ。
体は元に戻ってないし...夢じゃない。っていうことは、あの白い少女も夢の中にいても夢じゃない...え
夢じゃないならどこに?
急な展開で自分の置かれた状況についていけていない中身おっさんの女の子は布団の上で慌てふためく。
「一体なんなんだ...こんな体になって...
そうだ。」
ふと夢の中の少女の言葉を思い出し、自分の右手を見るとやはりあの白い糸はあった。
指に巻かれ、その先糸は下に垂れず、何かにつながれているのか浮いている。しかしその糸は、30cmとしない長さでそれ以上先は消えていてどこに続いているかわからない。
試しにその糸を引っ張るが、糸からは何かを引っ張るような感覚はなく、伸びることもない。まるでアンテナが指から立っているみたいに糸は同じ形を保つ。
「なら、いっそ...」
昨晩投げ落としたカッターを拾いあげて、その白い糸に刃を向け近づける。
ちょっと待て...この糸が切れたら元に戻るってことだよな...
昨夜たまたまカッターで傷つけた右腕。
傷は浅く、その傷から少し漏れ出た血液が固まってプツプツとかさぶたができていた。
この体は元々自分の体ではないのだから、傷つけたままにするのは気が引けたので手当ぐらいはしてあげようと思った。
自分の知らない部屋からでて、知らない廊下をあるく。
したに行けば何かあるだろう、そう判断して階段をそろりそろりと降りる。
もしも、自分以外の誰かにあったらどうすればいいのか、頭の中で悩みながらも、階段を降りた先で周囲を見渡した。
右側に曲がったところに見える玄関を確認して悩む必要ないと思った。
玄関には靴一つ置かれていない。
きっとこの子の両親は出かけているのだろう。
誰かがいる心配がなくなると、足取りも軽くなり家中を歩き回った。
知らない人の家で何をやっているのかと疑われるだろうが、仕方がない。
この傷を手当できるものが必要だから手当たり次第探すしかなかった。
「よし...これでいいかな。」
お風呂場の洗面台で傷跡を洗い流し、消毒からの絆創膏をとめて手当てした。
「...にしてもやっぱ夢じゃないだよな。」
鏡の中に映る自分を見る度にそう思わせられ、不思議な気持ちになる。
どうして自分がこんなことになっているのか、なぜ知らない女の子の体になっているのか。
あの白い少女とこの白い糸が関係しているところまでは分かった。
しかし、少女のいう人を救う力、ヒーローになれる、というのが分からない。
俺はこの体でいったい何を救えばいいんだ、あの子は俺に何をさせたいんだよ...
部屋に戻り、机の上に置かれたカッターを取り直し、白い糸を掴んだ。
白い少女はこの糸を切ればいいって言っていたし切ろう。
そうすればきっと元に戻る。
そう信じて....
一息おいていざ切ろう、そうした時だ。
今度は白い糸を掴んでいた左手に目がいった。
左手首にみえる幾つかの傷痕。線がいくつも交差するそれは意図して刃物か何かで切ったあと。
「...まてよ...この子まさか。」
持っていたカッターの刃をしまい、再び机の上においた。
ちょっとこの子には悪いが部屋を調べさせてもらおう。
今年で三十路を迎えるおっさんが元の体のままこんなことをすれば、不法侵入以上に社会からの目がやばいだろう。
押し入れの中、本棚や引き出しあらゆるところを探してみるが、自分が探しているそれらしいものはない。
「後はここだけだけど...」
机の一番下に備えられた大きめでいろんな物がはいりそうな鍵をかけられた引き出し。
流石に壊すなんてことは出来ないし...
鍵をかけるくらいこの子にとって大事なもの、親にも見られたくないものなら鍵も親に見つからないような場所にある。
財布の中とかには入れないよな...この年頃の女の子なら部屋の中とかに隠すはずだ。
そこでふと目に入った小さなくまのぬいぐるみ。
まさかと思いながらもそのクマを手探り、怪しげにファスナーがあった。
「本当にあるとは...」
鍵も無事見つかりその引き出しを開けると、自分の探すていたものがまさにあった。
睡眠薬であろう錠剤の入った小瓶、中身はないが先の尖った本物の注射器。
それに...
「醤油?」
大きなボトルに入った黒い液体、市販で売っている醤油だ。
どれも人間を死に及ぼすことができるもの。
睡眠薬なら多量摂取、注射器なら脈へ空気注射...
けどなんでこんな子が醤油多量摂取の死因を知ってるんだ。
「大体予想はついてきたぞ...」
一階から水を持って引き出しから取り出した睡眠薬の瓶から2錠取り出し水と一緒に流し込んだ。
そしてベットに横たわり時が来るのを待つ。
「...」
再びあの夢の空間に来た。
白い少女に合うために。
「あれ、おじさんまた来たの?」
「ああ、会いに来たぞ」
「ふふふ...そう。」
普通ならこんなことになって頭がおかしくなりそうだ。
夢でもなく、幻想でもない。紛れもない現実。こんな状況になったのも自分が誰かを助けたいから。そんな憧れを持って夢を見ていたから。いつからか出来ないと諦めていてもやっぱり諦めきれていなかったから。
「あの子の体になったときはどうすればいいのか分からなかった。一体何を救えばいいのか。だから、諦めようとしていた。
けどわかったんだ...」
リストカットに失敗してもなお同じことを繰り返そうとしていた。
自殺できるものを揃え、誰にもバレないよう隠していた。
あの子は自殺したいほど苦しんでいるのだろう。
でも装具が揃っているのにすぐに死のうとは思っていない。きっとあの子は助けが来るのを待っている。
「まだ原因は分からないし、どうすればいいのかわからない。
でも俺は俺(あの子)自身であの子を助ければいいだろ。」
「分かってくれたのね。
でも良かったわ...
おじさんが白い糸を切らなくて。」
何だ突然不敵な笑みを浮かべて...
「あの糸を切ったら元にもどちゃうんだろ?」
「そうよ。」
「まだ助けてもいないのにそんなことできねえ。」
「それだけじゃないの。」
「え?」
白い少女は俺の手をとってあの白い糸を優しくさする。
「これはね、あの子とおじさんを結ぶ糸であり、私とおじさんを結ぶ糸でもある。
そしておじさんと今寝たきりのおじさんの本当の体を結ぶ糸でもあるの。もし切ったりなんかしたら....」
「切ったりしたら...?」
「おじさんの体とおじさんは切り離されて死んじゃうの。」
まさかこの糸がそこまで大事なものだとは思わなかった。というより、そういう大事なことは先に言って欲しかった。あの子の事に気付いてあげてなかったら今頃切っていたのかもしれない。
「でも間違って切れたりしないのか?」
「だいじょうぶ。この糸はおじさんと私にしか見えない糸。この糸に触れられるのもおじさんと私だけだから。」
「自分の意思以外で切れる心配はないってことでいいんだな?」
「...さぁ....あ、そろそろ起きる時間じゃないの?」
「おい、誤魔化すな...ってええ!ちょっとまて!まだ話はおわってない!!」
体が勝手に浮かび上がり、吸い上げられるかのように高く高く浮いていく。
下で白い少女が手を振って最後にこう言った。
「まだ見つけてない物もあるかもよ。」
そう聞こえ、周囲は真っ暗になり、次に真っ白になる。そして目が覚めた。
既に外は暗くなり初めていて一階から声が聞こえた。きっとこの子の両親が帰って来たのだろう。
「まだ見つけていないもの...」
最後に残した少女の言葉が気になってしょうがなかった。