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世界最珍の二人軍隊

あの忌々しい壁が崩壊した年。彼らは敵を失った。そして壁が崩れるとともに諜報と軍隊の境界線まで崩れ始めていった。それから皆が口をそろえて言った。彼らは必要なのか、と。


誰かから名前を呼ばれている。健太は朦朧とした意識の中でぼんやりと考えていた。父親でも母親でもない男の声。どこかで聞いたことがあるような気がする声。柔らかな日差しの当たる縁側。手入れの行き届いた盆栽。声とともに、古ぼけた記憶の一部分がよみがえる。しかし、問題の声は思い出せない。若い。そう、若すぎる。健太は忘れかけていた記憶から情報を必死に引き出す。父親より引き締まった体。記憶が堰を切ったように溢れ出す。おじいちゃんにしては若すぎる。朗らかな笑みが印象的な若い祖父。今ではすっかり年老いて、認知症の祖父。

「起きろ、健太!」

「はっ」

健太は勢いよく起き上がると周囲を見た。記憶の声。そこには、さっきまで焦点の定まらない目で虚空を眺めていた祖父がいた。しかし、さっきまでとは確実に違うのがわかった。

「お目覚めだな、健太」

あのころと同じ朗らかな笑み。祖父は焦点のあった目で健太を見、テロリストと同じような装備で体を包んでいる。以外にもそれはしっくりと祖父の体になじんでいた。

「じいちゃん……?一体どうしたんだ?」

「どうしたって、目が覚めたのさ。愛する孫が危機だというからね」

祖父の体に隠れて見えなかったが、剥かれた男の裸体が転がっていた。

「ひっ!」

健太は驚いて飛びのいた。体の節々が悲鳴を上げる。

「ああ、あれか」

祖父は男を顎で指すと、

「テロリストの一人だ。気絶している」

「もしかして……じいちゃんがやったのか?」

男は手錠とテープで手足を拘束され、口や目もしっかりテープで覆われている。

ああ、祖父は何でもない事のように言い、

「一度確認はしたが、お前、体で痛むところはないか?」

健太の体を見まわして言った。

「じいちゃん、気は大丈夫か?なんで?意味が分からない」

目の前の状況がよく理解できず、健太は混乱していた。

「とある事情でな。俺は記憶を眠らせていたんだ。大丈夫、俺はヤク(ジャンキー)でも妄想壁野郎でもない」

そう言って、また祖父は朗らかに笑った。

「いや……意味わかんないし……とある事情?」

健太は目を細めて言った。その時はテロリストのことを忘れていた。

「ああ、俺は元々とある組織の工作員だった」

祖父は珍しく眉をひそめ、心底嫌そうな顔をしていた。あまり話したくない話題なのだろう。

「とある組織?軍とか」

しかし、健太の好奇心は止められない。

「そうだな、そういうことにしておこう」

祖父は簡単に話を終わらせると、有無を言わせない迫力で健太を黙らせた。そんな祖父を健太は始めて見た。

「ここから脱出する」

「え」

祖父の思わぬ発言に、健太はすっとんきょうな声を上げ、

「いや……え!?」

「何をあたふた言っているんだ?ここに長居していたら間違いなく代わりの警備が来るぞ」

周囲に気を配りながら小声で祖父が言った。

「いや、そうだけどさ、俺たち二人であんな連中相手にできると思ってるのかよ」

思わず健太は声を荒げてしまう。そんな健太を祖父は冷静になだめ、

「健太少し声を小さくしろ、それから深呼吸するんだ」

深呼吸して、少し声を小さくした健太は、

「わかったよ、でも深呼吸するのはあんただ」

まだ信じられんようだな、と祖父を苦笑いして深呼吸した。

「わかった。で何が気に食わんのだ」

祖父は立ち上がって言った。やっぱり脱出する気満々じゃん……とため息をつきながら

健太は、

「最近、なりすましとか増えてるだろ。それに軍事の映画や小説、資料をそれなりにかじっていれば、昔自分がエージェントだったなんて嘘くらい言えなくはないだろう。だから」

そこで健太はため息をつき、

「だからさ、あんたは気が動転してるんだって。あんたはただのどこにでもいる普通のおじいちゃんで、今もそうだ」

よくよく考えてみると、自称普通の高校生があまり普通ではないのを思い出して健太は苦笑いした。

「そういうことか……仕方ないな。所属を教えたら脱出すると約束するか?」

祖父は朗らかに笑って言った。

「……いいよ。しかたないけど」

「男の約束だぞ」

祖父は目を細めて笑った。

「わかったよ、うん……わかった」

健太はしぶしぶ言った。健太はあまり気乗りしなかったが祖父は行く気満々だったし、手錠はどこかへ消えていた。

「俺はある軍の特殊部隊隊員(スネーク・イーター)だった。さ、行くぞ」

祖父は早口で言った。

「へぇ……」

大した妄想だなと健太は思った。どうせつくなら外人部隊とかのほうがましだと思った。

ドアを静かにあけた祖父だったが振り返って、

「健太、行く前にいくつかのハンドサインを覚えろ」

ハンドサインとは軍隊等が物音をたててはいけない状況や声が伝わらない状況で使う、手で行うコミュニケーションである。

「ハンドサイン?何個くらい」

「そうだな、今すぐだから4,5個くらい覚えられるか?」

知らなかったけれど祖父は極度のミリオタだったのだな、と健太は思った。健太はすんなりとハンドシグナルは覚えられ、健太たちは部屋から出ることにした。

 相変わらず廊下は少しひんやりしていて、静かだった。気を付けなければ足音が響いてしまう。健太は足に力を入れて足音を出さないように歩いた。これが意外と筋肉と神経を使い健太は疲れてしまう。健太の前で慎重に進んでいる祖父は何食わぬ顔で物音を立てない。

本当に極度のミリオタなんだなと健太は思った。それから数分、案内図をメモ帳に書いたりできたりと案外安全な行軍が続いた。数分進むと、また放送がした。放送はさっきとは違い英語で行われた。逃げたのがばれたのではと健太は思った。健太はぞっとした。館内のテロリストが俺たちをとらえようと躍起になっている。もしかしたら殺されるかも。健太は今までの人生を思い出して、激しく身震いした。死ぬのはいやだと本気で思った。

「さっきなんて言ってたかわかる?」

健太が声を抑えて言うと、祖父が早口で、

「誰かを探している」

誰か?誰かって誰だ?

健太は脱出後の行軍が退屈だったのであくびをしながら考えた。極度の緊張から解放されたせいか気が緩んでいた。健太は暇だったのと極度の緊張から祖父に話しかけたくなり、軍事知識のことを聞こうとした。

「なぁ……」

すると祖父は健太の口を押え、黙らせた。何事かと思っていると、かすかだが話し声が聞こえる。そしてそれは徐々に近づいてきた。一瞬にして健太の体が固くこわばる。何かを罵る声が近づいてくる。祖父は健太に今まで来た道を戻るようにハンドサインで示した。健太はそれに従い集中して戻り始めた。動機が激しくてたまらなかった。祖父も一応M4突撃小銃は構えていたが、あまり信用できないだろうと健太は考えていた。曲がり角につくと、ゆっくりとだが声が遠くなっていき健太は一息ついた。しかし休憩をする暇もなく別の方向からかすかな話し声が近づいてくる。祖父は一瞬迷ったが、健太に待ち伏せをすること伝えた。

「嘘だろ」

健太は許される精一杯の声量で訴えた。しかし祖父は横に首を振り、拳銃を静かに点検し始めた。サプレッサーを装着し、感覚を確かめる。それはまるで戦士が戦いの前の儀式をしているような厳格な雰囲気を漂わせている。まるで自分の武器とともに感覚を研ぎ澄ましているようなそんな感覚。拳銃の点検を終えるとナイフの位置を確認し、祖父は足音に耳を澄ませ始めた。健太が震えていると、大丈夫だというように静かに微笑んだ。

ひんやりとした静かな廊下で、ただ靴音が響いているという異様な情景。静かに汗が祖父のほほを伝う。祖父が拳銃をかすかに握りなおす。唾をのむ音さえ響くほど静かな中、足音は大きくなっていく。相手の息使いがわかる。相手も慎重で曲がり角に差し掛かると、長い取っ手のついた手鏡を使い曲がり角の向こうを確認しようと試みた。手鏡の先がぬっと健太たちの前に現れる。しかしその刹那、祖父は年を感じさせない動きでテロリストに襲撃をかけた。まるで疾風のごとくテロリストに突進する。

手鏡がテロリストの手を離れ、宙に浮く。そして、銃声。火薬の臭い。テロリストの一人は何が起こったわかる前に拳銃で肩を撃ち抜かれ、吹き飛ばされると同時に銃を取り落す。流れるような動きで祖父はもう一人の腕にナイフを放る。ナイフは回転しながらテロリストの腕に突き刺さる。テロリストは激痛とショックで怯み、体を折り曲げる。まるで踊るように祖父はテロリストに接近し、テロリストの持っていたM4を顔に叩き付ける。何かの折れる音が響き、テロリストは倒れた。手鏡が音を立てて地面に落ちる。

「ふぅ……よし」

息を少し荒げて祖父が微笑んで、テロリストの銃を蹴り飛ばす。足元ではテロリストが苦痛で体をよじっていた。間髪入れず手を引き上げ、手錠を取り出しはめる。

「健太、手錠の付け方を教えるから、見なさい」

「お……おう」

健太はさっきの殺陣を見て度肝を抜かれていた。もしかしたら本当に特殊部隊員(オペレータ)だったのかも……。健太があれこれ考えているうちに、祖父は気絶している方にしてゆっくりと手錠を付けた。

「どうした?」

健太の視線に気づいたのか、もがいている一人に拳銃を突きつけ足にテープを巻いている祖父が訊いた。

「いや……ほんとうだったんだなって」

「さっきからそう言っているだろ」

祖父はウインクした。

「げぇ」

「きちんと周りを見ててくれよ、M4扱えるだろ?」

そう言って、祖父は小さく笑うと、もう一人にもテーピングをし、ポーチを探り包帯を出して応急処置を始めた。健太はM4を握り、周囲を見渡し始めた。何となくごてごてしていながら持ちやすく軽い銃だった。祖父は気絶したテロリストの服を切り裂きガーゼを当て包帯を巻いた。もう一人の腕も治療すると、またため息をついた。

「ふぅ……つかれた。さて……」

額の汗をぬぐう祖父に健太が、

「本当なんだな……」

祖父は微笑んで、

「本当だと言っている」

小さく笑った。どんなに状況がひどくても笑いを忘れないのだろうなと健太は思い、つられてほほ笑んだ。ここにきて初めてかもしれない。

「さて、健太。地図を見せてくれ」

「わかった」

健太はM4を祖父に渡し、ポケットから地図を取り出した。

「ここから少し行くとトイレがあるな。そこで休憩しよう」

はげかかった頭をなでながら祖父が言った。

「結構遠いな」

祖父はやれやれというように首を振り、

「お前、男の子だろう。楽できたのは昨日までだ」

と静かにふざけて笑った。

「へいへい」

健太はため息をついた。さっきまでの緊張は少し緩んでいた。祖父は水の入ったペットボトルを健太に渡しくれた。健太は貪るようにそれを飲んだ。ぬるかったが乾いたのどが潤い、体中にしみわたった。

「ふう……」

「さぁこいつらをトイレへ運ぶぞ。ここに置いておくのはまずい」

「はぁ……」

健太はため息をついたが、結局運ぶことになった。

 トイレにつくと健太は疲れで倒れこんでしまった。テロリストの足音を聞くことがあったが邂逅することはなくここまで来ることが出来た。

「ふう……重たいもんだなぁ」

汗を拭きながら健太が言った。すっかり小声でしゃべるのにも慣れていた。

「よく頑張ったな、さて……一息つくか」

祖父はコンバットハーネスとシャツを脱ぎ、鏡で自分の体をまじまじと見つめ始めた。

以外にもそれほど貧弱ではなかった。

「どうか、したのか」

健太は汗を拭きながら訊いた。

「ああ、どれくらいの年月が経っているのかと思ってな」

そう言いながら祖父は肩をさすった。

「痛むのか?」

妙に腫物に触るようなおかしなさわり方だったので健太は訊いた。

「いいや、大丈夫さ」

祖父は答えず、すぐに服を着、ハーネスを装着してしまう。祖父はテロリストの体を物色し始めた。

「ハンドシグナル、覚えているか?」

祖父がテロリストの体からコンバットハーネスを外しながら訊いてきた。

「ああ、でも後で確認しよう」

水を飲み終え、健太が思い出しながら言った。しかし今後とも使いたくないものだと思った。

「健太、いいものがあるから来い」

祖父が微笑んで言った。妙に今までとは違う微笑み方だなぁと思った健太の感は当たった。

「お前、これを使ったことがあるか?」

祖父が手にしているのは小さな銀色の四角い包みだった。祖父は妙に下品にほほ笑んでいる。

「そ、そんな冗談言ってる場合じゃないだろ……ま、まったく」

健太は赤くなって祖父の手から目を背けた。しかし、健太の頭からそれは離れず、さまざまな連想をしていくうちに、圭織の姿が思い浮かんで妙な罪悪感に襲われた。そういえば圭織はともかくとして隼人は生きているのだろうか。健太はここにきて久しぶりに二人のことを思い出した。

「とりあえず、これを着ろ」

祖父は健太にコンバットハーネスを差し出した。健太は祖父の助けを借りながら着ることが出来た。なんだか亀になった気分だった。

「これを見ろ」

祖父がそう言ってテロリストのM4の弾倉(マガジン)を抜き取り、見せてきた。そこには金属ではない光を放つ弾が収まっていた。

「これは……!?」

「ゴム弾だ。非殺傷用の武器で、暴徒鎮圧などに用いられる」

驚く健太をしり目に祖父がそっけなく言った。

「じゃあ……テロリストは殺しは、しないってこと!?」

祖父は眉を寄せて考え込み、

「いいや、そうは考えにくい。俺の持っていた方のM4は普通の弾丸が入っていた。それに」

それに何なんだ、と健太がせかす。

「それに、彼らが装備している手錠や拘束用のテープ、これらは人質用としては多すぎる。それにあの放送……」

「放送が何かあるのか?」

健太もあの放送の内容は気になった。

「ああ、あれは特定の人物を呼んでいるものだ。もっと言えば、出頭しろ、と言っているんだ。そいつが出頭すればここから出ていくと」

どういう事か健太にはわからなかった。

「じゃつまり、あいつらは誰かを探しているってこと?」

こんな山奥の老人ホームに誰を探しに来たというのか。健太はふき出してしまいそうになった。

「そうだ。だが、こんな老人ホームに……変だな。それにここまで事を大きくする必要がない……」

祖父も眉をひそめていた。確かに、あの装備なら、彼らの探す誰か(アンノウン)をひそかに捕えてしまうことだってできたはずだ。もちろん非合法に。なぜそうしなかったのか?こんなふうにしても手がかかるだけで無意味だろう。

「確かに……」

「健太、このテロが起きたときの状況を教えてくれないか」

健太はテロが始まった時の様子からフロアに集められるまでを話した。

「おかしいな。それじゃまるで木偶だ」

祖父は目を細めて言った。

「あれだけの錬度の連中がそんな無計画なやり方をするとは思えん」

祖父は腕を組んで考え始めた。健太もそう言われておかしいと思い始めた。自分がテロリストなら状況を掌握してから放送をするほうがよっぽど安全で合理的だと思った。それなのに、彼らは放送を先にし、混乱を招いてから掌握を始めた。

「もしかして……」

「奴らはテロを目的とした連中ではないのかもしれん」

健太の言葉を祖父が代わりに言った。

「じゃ……まさか「ダイ・ハード」みたく強盗とか?」

映画「ダイ・ハード」で悪役はテロリストのように見えて本当は強盗だった。

「まさか、ここはナカトミビルみたいに資産が眠ってるわけじゃあるまいし」

祖父ははげかかった頭をかいていった。ちなみにナカトミビルとは「ダイ・ハード」で占拠された建物の名称である。

「そうか……なら山奥だから、誰かの遺産が眠っているとか」

「ならもっと占拠の理由がないだろ……」

祖父はため息をついて、あたりを見回した。

「だからさ、老人の中に遺産のありかを知ってる連中がいて……」

「それにしても、最初の答えに行き着くだろ。謎解きは終わりだ」

そう言って祖父は立ち上がった。64歳とは思えない身軽さだった。そういえばスタローンも60歳か、ならじいちゃんも大丈夫だな。と健太は古参のアクションスターを思い出して思った。

「謎解きがだめなら、直接聞くまでさ」

健太は転がっている二人を見た。小麦色の引き締まった肉体がまぶしかった。祖父は拘束された一人の目隠しをとった。目隠しを外すと西端な白人の顔が現れた。祖父は顔には目もくれず、目を無理やり開けてまじまじ見た。

「ほう……こいつは」

祖父は初めて驚嘆の声を上げた。

「どうかしたのか?」

「まぁ見てろ」

祖父はいたずらっぽく笑うとおもむろにテロリストの目に指を突っ込んだ。

「お、おい……」

流石にひどすぎると思い、健太は止めようとしたがそのころには祖父は目的を終えていた。

祖父の指には透明な球体があった。

「これは……カラーコンタクトレンズ……?」

祖父は小さく頷いた。なぜこんなものをつけているのか健太には不思議だった。から根をとった後と付けた後では目の色が変わり、顔の印象さえも大きく変えていた。

「どういうことだ……」

健太が驚嘆の声を上げると、祖父が皮肉めいた口調で、

「まだあるぞ」

テロリストの髪の毛を見つめた。一見すると茶色だが、よく見ると根本はくすんだ黄色をしていた。

「どういうことだ……こいつらは身元を隠す必要があるってのか」

祖父は小さく頷き、

「もしかしたら、こいつは俺の同業者かもしれんな」

そう言って祖父は、男の腕をまくった、しかしそこには探したものはなかったらしく、祖父はため息をついた。

「何を探しているんだ」

「タトゥーだ」

健太の質問に祖父はそっけなく答えた。

「タトゥー?なんで」

「兵士はタトゥーをしている奴が少なくないからな。それで所属している部隊がわかる事もあるんだ。だからさ」

「へぇ……」

「まぁいいさ、さっさとこいつらをトイレの個室に詰め込もう」

祖父は再び目隠しをつけ、男を個室に入れた。健太もそれに倣ってテロリストを個室に詰め込んだ。

「ふぅ……」

健太が一息ついていると、祖父は静かに蛇口をひねり何か作業を始めた。水の音はほとんどしなかった。健太は少し尿意を感じたので用を済ませることにした。その後、祖父は健太に銃の取り扱いやハンドシグナルの確認をした。

「そういえばお前に果たすものがあった」

祖父は健太に小さなコルク片を渡してきた。

「なにこれ、ワインの栓?」

本当にワインの栓のような円柱の物体だった。

「これは耳栓だ。実際銃声ってのは慣れてないとかなり耳に来るからな」

そう言って祖父は苦笑いをした。

「俺は耳が遠いからな」

「ふうん……」

健太はしぶしぶ耳栓をはめた。元から静かな外界の音が消えほぼ無音になる。しかしこれでは話ができないではないかと健太は思った。だが、サプレッサーは二つしかないし仕方ないかと妥協することにした。祖父が何か口を動かし始める。思った通り祖父が何を言ってるのかわからない。

「なに?」

健太は耳栓を片方はずして訊いた。祖父はペットボトルにごみを詰め込んで微笑んでいる。

「じいちゃん……」

健太は一瞬、祖父の気が狂ったのかと思い狼狽した。

「これで手製のサプレッサーの出来上がりだ。まぁ使用回数は少ないがな」

それを聞いて健太はため息をついた。もちろん安堵の。四方八方を銃器で武装した兵士に囲まれているのに、隣には認知症の老人だけなんて心細すぎる。しかし、隣にいるのが特殊部隊(スペシャルフォースイズ)出身のベテラン兵士ということになれば話は別だ。祖父は拳銃に手製のサプレッサーを取り付けた。二人は軽くストレッチをしながら案内図を見て計画を考え始めた。

「まず、圭織ちゃんたちの様子を見に行く、異存はないか」

健太は小さく頷いた。

「じゃあ、ここから探し始めよう」

祖父は個室をさした。

「わかった」

健太は顔を洗って深呼吸をした。肩を軽く回しリラックスしようとする。

「行くぞ」

声は出さずに祖父が言うのが見え、健太は銃をとった。二人は静かに廊下に出た。


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