エンゲージ!
夕焼けに照らされたアスファルトに、うっすらと少女の影が映る。
「今の話、聞いてた?」
強気な言動にはっとして隼人は顔を上げ、
「ごめんちょっと疲れてて」
と言う頃には顔に笑みを張り付けている。
「もう……いい」
沙月の顔に、さっと陰りが指す。
「ごめんもう一回言って」
子供をあやすように優しく言った。隼人は話が聞こえないふりがしたかった。
「だから……隼人がこの前私の知らない人と歩いてたのを見て……」
「さっきも言ったけど、委員会で一緒の中山だって」
沙月が最後まで言うのを遮って隼人が言った。
「でも……だって……」
ふと沙月が歩みを止める。沙月の声は、だって、と理由を探しながら涙声になっていく。
「だって見たっていう人が……見たっていう人が……」
沙月はうつむいて、すすり泣き始めた。顔は隼人からは見えなかったが、乾いた道路にしずくが光って落ちるのが見え、泣いているのだと分かった。
隼人はうんざりして自分の靴を眺め始める。
この話をするのも疲れた、いったい何回目なんだ……。
付き合い始めて一年、自分に限ってそんなことは起こらない、そう根拠なく思っていた。
しかし違った。
違うと強く言いたいのをこらえて、隼人は優しく、
「本当に違うん……」
「そう」
隼人に最後まで言わせず、沙月は歩き出す。
「あ……」
それ以上何も言えずに、隼人は小さくなっていく沙月の背を追いかけた。
これ以上悪いことが起きるなんて思わなかったし、何より思いたくなかった。
最後に一人が降りてから数分後、健太はバスの中の雰囲気が息苦しくなり始めたのを感じた。健太は窓の 外を見るのも飽きて、ふと隣の座席(と言っても一番後ろの席に間隔を置いていたのだけど)を見た。すると圭織と目が合って、はっとして窓の外に視線を戻した。窓の外に広がる青々とした木々を眺めながら、さっきの刹那を思い出す。ぞっとするほど冷たくて恥ずかしい瞬間。圭織のはっとする顔。窓のふちに置いていた肘がずれ頭がぐらつき、短髪が揺れる。そして一瞬にして、いつものしかめっ面になるところを。そう言えば、いつもはあの日もそうだった。健太は前に広がる自然を眺めながら、この旅の原因を思い出し始める。
あれは三日前。夕食前のほんのわずかな時間の事だった。飯の支度が始まる頃だな、と健太が二階から降りてくると、弟の隼人と幼馴染の圭織が玄関で話しているのが見えた。二人とも制服姿だった。健太は二人を無視し台所に入ろうとしたが、弟の隼人に呼び止められた。
「あ、兄貴。圭織が今度の日曜日に介護施設イベントに出るらしいんだけど……」
「こいつが来るわけないでしょ」
圭織が冷たく言い放ち、ため息をついた。
健太は適当に愛想笑いして、
「いいんだ別に、俺には関係ないさ」
そう言って去ろうとした健太を隼人が呼び止める。
「待ちなよ。イベント楽しそうじゃん」
「イベントって……?」
訊いた健太を圭織が小さく睨み付けた。
「圭織頼む、じゃ俺は荷物置いてくるわ」
隼人は少し疲れた顔をして二階へ去って行った。
部活は大変だな、と健太は疲れた背中を見送る。
「日曜日に、みどり園で、ふれあい会っていうのがあるんだけど、私は介護士志望だから行くんだ。それだけ」
「へぇ……あの山奥に」
健太は自分の祖父母も利用している老人介護施設を思い出した。自然に囲まれた静かでなかなかいい場所だ。
「へぇ……ふたりで行って来ればいいじゃん。俺はパス」
たまには隼人と行くってのもいいだろう、俺は行かんぞ。健太はそう心に決めた。
母さんなんか手伝うことある、そう言って健太が台所に入ろうとするのを、降りてきた隼人が制する。
「まぁ待ちなよ兄貴。行こうぜ」
「え、あ……おう」
運動部で鍛えられた腕につかまれて健太は思わずビビってしまう。
「圭織、兄貴も行くってさ」
圭織は思いっきり嫌そうなまなざしを健太に向けてから、すぐに表情を変えて、
「わかった……仕方ないわね」
じゃそう言うことだから後よろしく、と隼人は台所へ消えていった。
取り残された二人の間に重い沈黙が流れた。
「だいたい10時半くらいに到着したいから、あんた寝坊するんじゃないわよ」
時間の無駄だと感じたのか、圭織はそれだけ言って帰ってしまった。
家が二軒しか離れてないんだから、そんなに早足で帰らなくてもいいじゃないか、そんなことをぼんやりと思いながら健太は圭織の背中を見送った。まさか日曜日に隼人が遅れると言って、バスの中ふたりだけになるとは思ってもいなかった。
何でこんなことになったんだろう。健太は小さくため息をついた。ただでさえ交通量の少ない道路は特に見る物もなく、退屈だった。何もない道路か、ふくれている幼馴染か。究極の二択だった。みどり園の建物が見えてくると心が弾んだ。圭織もいそいそと荷物の整理を始めた。昔はこうではなかったのだ。普通に仲が良く、健太は恋愛感情だって少しは感じたものだった。
「降りるわよ」
静かなバスの中で、圭織の声が響いた。わかった、そう言って健太は圭織と目を合わせないようにバスから降りた。
「じゃ、あたしは着替えてくるから。あんたはおじいちゃんの所に行ってて」
歩きながら、こっちを一回も見ないで圭織が言った。おう、健太も圭織を見ずに言った。
黄色と水色の建物を健太はふと見上げた。圭織も数歩先に行ったところで止まって振り返り、
「何やってるのあんた」
「いや別に」
一瞬、健太は圭織と目が合ってはっとする。
「じゃ先行くから」
圭織はそそくさと建物の中へ入って行ってしまった。
俺もじいさんに会いに行くか、と健太もぼんやりと祖父の顔を思い出す。
よくよく考えてみると、健太は自分の祖父の職業を知らない。
なんでしらないんだろう、健太は考えながら受付にあいさつする。受付は健太の顔を見るなり、
「あ、健太君。圭織ちゃんと一緒じゃないの?」
いえいえ、と手を振ってから健太は、
「じいさんのお見舞いに来たんですが」
それを聞いた受付が、健太君は優しいんだね、と柔らかく微笑んだ。
「俺は別に優しくなんかありません。家の物が皆忙しいだけですよ」
一瞬、受付が哀しい顔をしたが、すぐに笑顔に戻って、
「おじいちゃん喜ぶわよ。最近変な事をしてることが多いから……退屈なのよ」
と言った。健太は愛想笑いをして、祖父の部屋に向かった。廊下をぼんやりと進みながら、健太は祖父の事を考える。俺はあんまり祖父と話したりしたことはなかったな。優しく日差しが差し込む廊下をぼんやりと歩きながら、健太はそんな事を考えていた。健太は無意識に廊下についている手すりをさすりながら歩いていく。数人、見舞いに来たと思われる人とすれ違った。健太はその人たちに小さく礼をしつつ、祖父の部屋を目指す。
祖父の部屋につくと、いつも通り変な動きをしている祖父を見つけた。ベッドが二つ並んでいる清潔な部屋に一部になってしまったような感じが全然しないのはなぜなのだろうか。
祖父は健太をじろじろ眺めて、
「奴らが来る」
そう低くつぶやいた。
「何が来るんだよ」
健太が笑って言うと、祖父はそれきり何かを考え込むように黙ってしまった。
健太は圭織の言うイベントが始まるまで本を読むことにした。祖父のお見舞いに来るときはいつも本を持ってきて読書をすることにしている。読書という物は集中すると時間の流れも忘れてしまうものだ。健太もそれに漏れず、外界の様子など全く気にせずに本にのめりこんでいた。
「アルジャーノンってネズミなんだな。知らなかったよ」
時々祖父にそんな風に話しかけてみるが反応はない。そんな風にいつも通り時間が過ぎていく、健太はそう思っていた。しかしそれからすぐ、妙に読書が続かないことに気が付いた。健太は本から目を上げて、その理由に気が付く。祖父が見たこともない恐ろしい顔をして何かを呟いている。健太には何を言っているが分からない。謎の言語に英語が時々混じる。
エンゲージって何だ、とたまたま聞き取れた言葉を呟いてみる。聞いたとこあるような……
健太はぼんやりと本にしおりをして考え出す。
くそ……もう少しで思い出しそうなのに……。ああ…思い出しそうだ、そう思った時だった。
みどり園の日常が崩壊を始めたのは。
「ハローハローミナサン」
館内に放送が入り、片言の日本語が響く。健太も思考を中断されて、むっとしながらおかしな放送に耳を傾けた。祖父の隣の老婆が震えだし、職員があわただしく廊下をかけていく。
どうかしたのだろうか、健太がそう廊下に出たときだった。片言の日本語が恐ろしい単語を発した。
「ワタシタチはテロリストです。この施設を占拠しまシタ。ミナサンはヒトジチです」
テロリスト……占拠……人質?
健太は放送の言葉をぼんやり咀嚼する。しかし意味を理解する前に、耳をつんざくような音が聞こえた。バン、バン、バン。乾いたそれは間違いなく銃声だった。
館内の空気が一瞬にして張りつめ、冷たく重いものに変わる。
「え……これがイベント」
いまだに状況が呑み込めずに健太がつぶやく。そんな健太を無視して祖父が、
「セミオート。多分、9ミリ」
「……何言ってんだ。じいさ」
健太が言い終える前に、英語の怒鳴り声が健太の鼓膜を叩いた。
乾いて荒っぽい声。大勢が走る音。
健太がふと廊下を眺めると、目出し帽をかぶった大柄な男が銃を持って走っている。
まるでサイの突進のように、何かをけ散らすかのように荒々しい走り。それでも銃は進行方向からぶれないという異常な動き。装備がぶつかり合いガチャガチャと音を立てる。
男は健太を見つけると、
「こっちに来い、早く、早く!」
と銃を向けて怒鳴った。銃を廊下の方に向けては健太の方に向ける。健太は状況がつかめないまま祖父を起こし、蹴りだされるように廊下へ躍り出た。男は老婆を肩にのせて出てきた。
老婆はわぁわぁ叫んでいる。それで健太ははっと気が付く。館内中がうめき声や叫び声であふれている。日常とは違う音の洪水、それだけでも異常な光景だった。
「な……なぁこういうの面白くないぜ……」
祖父を抱えながら、健太が男に向かって小さくつぶやく。すると重そうなハーネスを揺らして男が近づいてくる。男はかがみこみ、健太と目線を合わせ、目出し帽から覗いた異様な色の瞳で健太を睨み付け、
「これは訓練じゃない。頼むから私の言うことを聞いてくれ。」
と早口で怒鳴る。
「は……はい」
健太はその迫力に気圧され、何も言えない。丸太のような腕で肩を掴まれる。黄色く輝く毛がもじゃもじゃに生えていた。
「この建物の中央のフロアに行くんだ。わかったな」
中央フロアってイベントをやる予定だった場所じゃないか……これはやっぱりイベントの前ふりなんじゃないか?
健太は皺くちゃな祖父の手を握って思った。その手を祖父が力強く握り返す。
「は、はい」
すっかりビビって健太が言った。
「行くぞ、その爺さんを連れて来い」
「はい……」
よたよたと歩いてフロアに近づくにつれ、同じような男が自分たちのように老人を連れて走っているのがいやでも目に入った。イベントにしてはさすがに乱暴すぎじゃないか?
健太が男を見ると、男はぶつぶつと虚空に向かってしゃべり続けている。男がしゃべると同時に男から雑音が聞こえる。日本語ではない。あれは無線か。健太はフロアについても立ち尽くしていた。そうだ、圭織。思いついてすぐ辺りを見渡しても見つからない。
どこへ行ったんだ、圭織は。そうしている間にもたくさんの老人と男がフロアに集まっていく。これはイベントじゃない。老人がわめき、泣くのを無視して男たちが仲間と話し合うのを見て、健太は察した。イベントではないという事が濃厚になってきて、健太はうなだれた。目を閉じて、手を無意味に何度も握り直し、目を開く。しかしそこにあったのは、さっきと何も変わらない現実だった。健太はため息をついて、力なく座り込んでしまった。
男たちは逃げるのを阻止するように、出口に立っている。
フロアは泣き声やわめき声で満ちてきた。フロアは劇場のようになっていて、壇上に数人の男が立っている。あいつらがテロリストか……健太は冷たい汗が手の甲を流れるのを感じた。テロリストの一人がマイクを持って壇上の一番上に来て、
「君たちが何もしなければ、私たちは危害を加えないのでおとなしくしてほしい」
と優しく言った。その言葉とは裏腹に、肩から軽機関銃を下げている。腰にはナイフのさやや護身用の拳銃まで見えた。
「それと、トイレや治療が必要になったものは言えば監視がつくが連れて行くので遠慮しないで随時言ってくれ。後で食料や水も調達してくる。繰り返して言いたいのだが」
壇上のテロリストはそこで口調を変え、
「私たちは君たちが何もしなければ、危害を加えない。それと、携帯電話を持っている物が居れば、私たちがあずかるから前の男の持っている袋に入れるように」
壇上から袋を持った男が降りてきて、ここだと表すかのように袋の口を大きく広げた。
「私たちに反抗するような馬鹿な真似はよせ」
壇上の男が力強く言い放った。健太は力なく立ち上がり、携帯電話を袋の中に入れた。
最後の一人と思われるものが携帯電話を入れたところで壇上の男が、
「質問があれば受け付ける」
この状況で質問なんかできるか、と健太はため息をついた。
「数人ここにきていない患者がいるんだが」
意志の強い若い声がざわめきの中に響いた。驚きのあまり健太は首を無理やりねじって、声のする方を見た。白い介護士の制服に身を包んだ青年が立っていた。健太は自分とあまり年齢が変わらないことに驚いた。
「それだが、彼らの中から数人は予備の人質として別な場所に捕えたんだ」
黒い目出し帽からかすかに見える浅黒い口が微笑んだ。
「大丈夫、手荒な真似はしないよ」
青年は少し顔をほころばせ、
「わかった。手出しはしないんだな」
「ああ」
青年はやや不満げに座った。
それから鉛のように重い時間が過ぎていくかと思われたが、テロリストの一人が水と災害用の食料を運んできて、またトランプやお手玉のような娯楽を運んできて雰囲気は一転した。テロリストの一人が認知症の老人たちとお手玉で遊び始めたのだ。最初はおっかなびっくりしながらだったが、そのテロリストが女性であることや武器を所持していないことが功を奏したらしい。片言の日本語と老婆のかわいらしいわらべ歌が徐々に場の雰囲気を和ませていった。
「トイレや治療を必要とするならば遠慮はいらんからな」
それまで仲間と話をしていた壇上の男が立ち上がり言った。それから我慢していたのか、数人がトイレへと駆け込んだ。壇上の上でテロリストたちは警備を交代しながら何かの話し合いをしていた。数分ごとに二人組でフロアに戻ってきては、壇上に居る者と変わる。
健太は祖父の位置を確かめると、圭織を探してフロアを動き回り始めた。
緊張しながら動くのは緊張するものだ、健太はやけに身体が疲れていく気がする。しかし、諦めて祖父のもとに帰ろうとした時に見慣れた背中を見かけた。
「隼人!」
「……兄貴。生きてたのか」
お前こそ、健太がそう言うと隼人が肩を抱いてきて思わずぎょっとする。
「どうかしたか?」
隼人が健太の顔を覗き込んだ。
「いや、なんでもない」
こんな風に身体を触れ合わせるのは何年ぶりだったことだろうか。健太は気づかれないように涙を拭い取った。
「おい、はようせんかい」
かすれた声で老人が隼人に向かって言った。悪い悪い、と隼人は老人の方を向く。
隼人は老人とトランプで遊んでいたのだ。
「いつここに?」
健太は安堵のため息をついた。
「ここが占拠される直前さ。ホント運がない。うわっジョーカーだぜ」
老人の震える手からカードを向きとって隼人が言った。
「圭織を見なかったか?」
健太は周囲を見渡しながら訊く。隼人は何も言わず、悲しい顔をして首を横に振っただけだった。
「そうか……」
健太ががっくりとうなだれていると、誰かに肩を叩かれた。振り返ると、さっき質問をした青年がいかつい顔で健太を見つめていた。
健太は妙に殺気立った青年介護士の顔を見て、
「あ、さっきの……」
青年は自分の名前を名乗り、健太も自己紹介をした。青年は結城と言うらしかった。
「こまったね」
結城はうなだれて言った。さっきの覇気はまるで感じられない。
「で、でもトイレとかは許されているし、警察が解決してくれるのを待てばいいのでは?」
励ますように健太が言うが、結城の表情は晴れない。
「あいつらがあの自爆テロ犯じゃないっていう証拠はどこにもない……」
健太が励ましの言葉を考えていると、結城がポツリと漏らした。
「自爆テロ犯?」
健太は聞きなれない言葉に戸惑い、訊きかえした。結城は、どこから話せばいいかな、とぼんやりと虚空を眺めて、
「2001年9月11日に爆破テロが起きたろ、それと同じ連中なんじゃないかと思ってさ」
健太は9.11同時多発テロのことは知っていたが、それを起こした首謀者の名前は知らなかった。
「それが、ここで起きていることと関係があるんですか?だって首謀者は死んだって聞きましたけど」
イスラム系テロ組織の首謀者を米軍が殺害したというニュースは、健太にとって記憶に新しかった。
「そう。まあその後組織については俺もよくは知らないんだけど、最近テロ事件って結構多いしさ。完全になくなったわけではないんじゃないかと思ってね。それでだ」
「それで?」
訊きながらも健太には結城の次のセリフがわかるような気がした。確かに最近起きたボストンや中国で起きたテロの事件は記憶に新しい、しかし健太は日本が?と思ってしまう。世界一安全なこの日本で、テロ?まったく妄想も体外にしてほしい、と普段なら思うはずだ。なぜなら健太も一度や二度はそんな妄想をしたことがあるからだ。
ある日、通っている学校がテロリストに占拠される。運良く屋上にいた男はテロリストのスキをついて全滅させ、学校一の美少女を助けて惚れられるという類のもの。モテない健全な中高生男子なら一度くらいは想像したことがあるのではないか。元凶は「ダイ・ハード」あたりだろう。しかし、考えてみるとそれは無理だとわかる。さすまたで止められる程度の暴漢なら出る幕がないし、かといって突撃銃を振り回す現役テロリストに丸腰でかなうわけがない。そう、なぜなら大半の男子高校生は何の特技もない普通すぎる高校生だからだ。実はハイテク傭兵組織の精鋭……だったりはしないのだ。警察が出動するレベルの事件で活躍などできるはずがない。そんなことをまじめに考えるようになったあたりから、男は現実のしょっぱさを知ることになる……
というのが割とオーソドックスな(?)非モテ男のたどる道であり、健太も経験した道のりだった。健太の妄想の中では学校一の美少女に当てはまるのが圭織だったりして、健太は思わず顔を赤く染めた。人によっては敵がテロリストではなくてゾンビだったりするのだが。
「俺たちで、自爆される前にテロリストたちを拘束する」
いたって真面目な口調で結城が言った。しかし健太は笑い出してしまった。
「俺たちはジョン・マクレーンじゃないんですよ。妄想も体外にしてください」
ジョン・マクレーンとは、映画「ダイ・ハード」の主人公であり、ほぼ丸腰でテロリストを全滅させた男。もちろんフィクションであり、それに仮にもマクレーンは現役刑事だった。
銃の取り扱いもできるし、戦闘だってなれているし、それに強い意志がある。
それに対し、健太は喧嘩さえやったことがないし、やる気もない。何より強い意志がない。
「俺はやりません。だって今のところテロリストは俺たちにやさしいですし」
健太は何となく自分の口調が弱弱しいのを感じた。
「そうか……」
結城がため息をついた時、トランプ遊びを終えた隼人が入ってきて、
「俺はやりますよ、結城さん」
妙にまじめな口調で言った。
「君は……?」
結城は隼人をぽかんと眺めていた。
「俺は健太の弟の隼人です」
結城は、ああ確かに似ている、と言って笑った。
「やりましょう。俺もこのまま待つことなんかできません」
隼人の強い口調にふたりも思わず驚いた。しかし、そのまま口を開けて驚いている健太とは違い、結城はまじめな顔になって、周囲を見渡し、
「やろう」
と隼人を見つめて低く言った。
「本気かよ!だって相手は銃を持ってるんだぞ……」
健太は二人を必死に引き留めようとしたが、二人はただ黙りこくって床を眺めていた。
自分が今まで歩んできた道を思い出して覚悟を決めているのだろうか。何となく異様な雰囲気だった。
「なんでだよ、まだ自爆するなんてテロリストは言ってないし……」
「確かに、だがいつ自爆テロ犯に豹変するかわからん」
健太はちらりと老婆と遊ぶ女テロリストを見た。目だし帽をかぶっていることを除けば、日本文化を学びに来た留学生か観光客にしか見えなかった。
「でも……」
健太は二人のことも心配だったが、何より自分が行きたくなかった。
「無謀すぎる」
小声で低く健太がつぶやく。
「でも行かないより行って後悔したほうがいい」
隼人の言葉が健太の心に突き立った。圭織の顔が脳裏をよぎる。
「勇敢と無謀は違う」
苦しく喘ぐように健太が言葉を絞り出した。しかし、
「何かを造り出してきたのは、無謀だと言われた人たちさ」
そう言って隼人は静かに目を閉じる。
「で……でも」
「でも俺は行くよ」
隼人の声には決意の響きが込められていた。
「結城さん、さっそく作戦を考えましょう」
それまで二人の言い合いを聞いていた結城が重々しく頷く。二人はトランプに何かをペンで記入しながら話し合いを始めた。疎外された健太は、ただ唇をかんでうなだれていた。




